小島朋之の発言 (外交防衛委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○参考人(小島朋之君) 五つ質問がありますので、もう、一つ十秒か二十秒でいかないといけないと思いますが、まず最初に、この反日デモ、このきっかけはということですが、これは澤先生がおっしゃられたようなことがない交ぜになっているんだろうなというふうに思います。デモは、北京であれ上海であれ、デモの中には間違いなく公安が入って誘導しようとしていました。誘導できなかったと。つまり、正に想定外の状況に入ってきているということだろうと思います。
二番目、権力闘争との関係。私、これがあるのではないか、したがって政権の中でなかなか意思統一が図れないと、そういうふうに思っております。
天安門事件というのは正にそうでありました。趙紫陽とトウ小平との間の、まあ言ってみればこの運動を、天安門事件の運動をどう評価するのかということについて、反党という評価と愛国という評価で真っ二つに意見が割れて、その結果が六・四、六月四日の惨事につながってくるわけでありますが、そういう可能性が少しあるのかなと。つまり、権力闘争というか、対日政策、そして対社会問題に対する対応をめぐっての意思の統一ができていない状況、こういうのがあるのかなと。
そして、私がそう思うのは、三月の全国人民代表大会のときに、一時胡錦濤は、胡錦濤をトップとした新しい集団指導体制と、こういう表現が用いられました。江沢民が胡錦濤に政権を譲ったときには、従来江沢民は、江沢民同志を核心、中心とした第三世代の集団指導体制と、こう呼ばれていたのに、江沢民さんはそう胡錦濤を呼ぶのを嫌がって、胡錦濤同志を総書記とした集団指導体制と、こう呼んでいた。それが三月の人代のときに、首という字を書いて、つまり頭ですね、胡錦濤同志を首とすると、こういう表現が出てきた。これが今回また消えた。そういうところにどうしてもチャイナ・ウオッチャーは注目してしまう。
三つ目、謝罪できない理由。いや、謝罪できない理由というのは正にそことつながってくると。
四番目、ナショナリズムはこれからもう高まりは急速になっていくか。私、その可能性があると思います。中国経済が発展すれば発展するほど、ある種の自信というのが若い世代に定着化していく。自信と見合うだけの国際的な評価がないときは、それはナショナリズムが高まっていかざるを得ない。一九九六年、「ノーと言える中国」という本がベストセラーを取りましたが、正にそのとき中国は、国際社会の中で大国と、こういうふうに注目され、中国自身が初めて自らを大国と、こういうふうに呼ぶようになりました。
五番目、歴史共同研究ですが、いろんな問題がありますけれども、私は、にもかかわらず、ここのところをきちんとやっていくことが、日中関係の妨げにナショナリズムがならない、そういった歯止めになっていくのではないか。ただし、歴史研究が歴史観の共有ということではないのは最初からくぎを刺す必要があろうと思っています。