外交防衛委員会

2005-04-21 参議院 全63発言

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会議録情報#0
平成十七年四月二十一日(木曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         林  芳正君
    理 事
                浅野 勝人君
                三浦 一水君
                山本 一太君
                齋藤  勁君
                榛葉賀津也君
    委 員
                岡田 直樹君
                柏村 武昭君
                桜井  新君
                谷川 秀善君
                山谷えり子君
                犬塚 直史君
                喜納 昌吉君
                佐藤 道夫君
                田村 秀昭君
                白  眞勲君
                荒木 清寛君
                澤  雄二君
                緒方 靖夫君
                大田 昌秀君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        泊  秀行君
   参考人
       中央大学法学部
       教授
       前駐米大使    柳井 俊二君
       慶應義塾大学総
       合政策学部長   小島 朋之君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○外交、防衛等に関する調査
 (我が国のアジア外交に関する件)
    ─────────────
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林芳正#1
○委員長(林芳正君) ただいまから外交防衛委員会を開会いたします。
 外交、防衛等に関する調査のうち、我が国のアジア外交に関する件を議題といたします。
 本日は、参考人として、中央大学法学部教授・前駐米大使柳井俊二君及び慶應義塾大学総合政策学部長小島朋之君に御出席いただいております。
 この際、参考人の方々に対し、本委員会を代表して一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、誠に御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、ありがとうございました。
 皆様から忌憚のない御意見をいただきまして、今後の調査の参考にしたいと存じておりますので、よろしくお願いを申し上げます。
 議事の進め方について申し上げます。
 まず、参考人からお一人二十分程度で順次御意見をお述べいただき、その後、午後零時三十分までをめどに質疑を行いますので、御協力をお願いいたします。
 また、御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっておりますので、御承知おきください。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず柳井参考人に御意見をお述べいただきます。柳井参考人。
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柳井俊二#2
○参考人(柳井俊二君) ただいま御紹介にあずかりました柳井でございます。
 それでは、着席のまま発言をさせていただきます。
 今日は、お招きいただきまして大変光栄に存じます。私の方からは、アジア外交一般につきまして、いただきました二十分の範囲内で御報告をさせていただきたいと存じます。
 昨日までちょっと多忙だったものですからレジュメを用意してございませんで、申し訳ございませんが、口頭で御報告させていただきます。
 私の冒頭の報告は、四点について触れたいと思います。第一点は、アジア外交のうち政治、安全保障に関する点でございます。第二点は、経済それから途上国の開発の問題でございます。それから第三点は、文化、科学技術、教育等、その他の関係ということでございます。そして第四点は、若干視点を変えまして、アジアの各地域別の関係あるいは外交ということに触れさせていただきたいと存じます。
 まず第一の政治、安全保障の側面でございますが、御承知のとおり、アジアの安全保障環境というのは非常に特殊であると思います。特に、北東アジアの安全保障環境というのは非常に難しい状況にあると存じます。
 ベルリンの壁の崩壊に象徴される一連の事件によりまして冷戦構造というのがなくなったわけでございますが、もとよりこれはアジアにも大きな影響を及ぼしたとは存じます。ただ、アジア、特に北東アジアの場合には、いわゆる古典的な安全保障上の脅威と、また新しい脅威というものが二つともあるというところが欧州の場合と非常に状況が違うんではないかというふうに存じます。
 古典的脅威と申しましたのは、特に朝鮮半島の分断の継続、そして中国と台湾の緊張関係ということでございまして、言い換えれば、冷戦の名残と申しますか、遺産というようなものがまだ残っているということでございます。また、別な見方をすれば、古典的という意味は、国家からの脅威、特に北朝鮮からの脅威というものは国家による安全保障上の脅威という問題でございます。
 それに、新しい脅威といたしましては、核の拡散問題、そしてテロの問題というような新しい脅威でございまして、これはアジア、北東アジアに限ることなく、全世界的な問題であると思います。
 北東アジアの場合には、こういう古典的な国家からの脅威という問題、あるいは国家間の緊張関係、あるいは国内の、中国の場合のように、大陸と台湾の緊張関係というような古典的な緊張に加えまして、新しい脅威が生じているというところが一つの特徴であろうと存じます。これに対しまして、日本の外交努力といたしましては、こういう脅威をできるだけ取り除くと、安全な環境をつくるということが第一の目的であると思います。
 そのために、朝鮮半島につきましては、韓国との協力の下、北朝鮮の核問題の解決、これにはもちろん韓国のみならず米国、中国、ロシアとの協力もございますけれども、この北朝鮮の核の問題を何とか平和的に解決しようとしてきたわけでございますが、今のところまだはかばかしい成果が上がっていないという現状でございます。
 また、中国との関係につきましても、一九七二年の国交正常化以来、中国との関係の強化というものに努めてきているわけでございますが、朝鮮半島につきましても中国につきましても、どうしても過去の問題というものが付きまとうわけでございまして、最近の一連の動きも正にそのようなものの表れだろうと思います。最近の動きにつきましてはまた後ほど触れる機会があると存じますし、また小島先生の方からも詳しいお話があると思います。
 また、ロシアとの関係につきましても、政治、安全保障上の安定化という意味で、対ロ外交というものが非常に重要な役割を果たしていると思います。残念ながら、まだ領土問題は解決せず、したがって平和条約も締結されない状況にございますが、とにもかくにも領土問題については交渉が継続しているという状況は一つの安定要素ではあるかと思います。
 こういう北東アジアの不安定な情勢、緊張の存続ということから考えまして、やはりアメリカとの安全保障条約、同盟関係というものが引き続き重要な役割を果たしているというふうに存じます。
 また、その他の脅威につきましては、先ほど触れました核の拡散のおそれ、またテロというような非国家主体、国家以外の主体から来る脅威というものがアジアにもあるわけでございますが、その中には海賊行為のようなものも最近では頻繁に起こっております。
 また、これはいわゆる安全保障の問題ではございませんけれども、津波のような大規模災害というものが人々の安寧に大きな脅威になっているということも事実でございます。他方、日本としては、こういう自然災害についてもアジア近隣諸国に対して貢献をするということが行われております。
 近隣諸国との関係につきましては、やはり過去の問題の清算、和解というものが非常に大事であろうと思います。私は、日本の外交としては非常にこれについては努力をしてきたと思います。また、相手方でも努力があったと思いますが、しかしながら、残念ながら、まだこの問題が尾を引いているというのが最近の状況を見ても明らかでございます。
 この問題に関しまして、一九九八年に金大中大統領がまずお見えになり、その直後に江沢民主席が来られたわけですが、そのときのお二方のアプローチにはかなりの差があったというふうに記憶しております。
 金大中大統領はあのとき小渕総理と会われまして、過去の問題についてもう一回反省とおわびを言ってほしいと、その代わりこれを最後にするということを言われまして、同時に金大中大統領は、戦後の日本は戦前の日本とは違うんだと、戦後の日本は平和国家であり民主国家であり、また市場経済によって発展をしてきているということを明確に、また公に述べられた上で、未来志向の日韓関係を構築しようということを言われたわけでございます。これはもちろん日本側としても歓迎するところでございました。
 江沢民主席の場合には、もちろん過去の反省を求められたというところは同じなんですが、しかし、戦後の日本が戦前の日本とは非常に違うというところの認識につきましては必ずしも十分に言われなかったというふうに記憶しております。むしろ、日本における軍国主義の復活というようなことを非常に強調されておりましたのがこの御両者のアプローチの大きな違いであったと思いますし、そういうところからも最近の問題が生じているというか、最近の問題に関係があるというような感じがいたします。
 私は前にソウルにおりましたときに、八〇年代でございますが、教科書問題というのが大きく持ち上がりまして、これは韓国、中国と両方あったわけでございますが、確かに当時のいろいろな教科書の記述について、韓国側、中国側から見て非常に不適切だと、あるいは直してほしいというような御要望がありまして、まあそれには一部無理からぬ御要望であったという気がいたしますが、私は、それ以来、随分日本の教科書というのは改善されて、近隣諸国との関係についても随分配慮がなされてきているというふうに考えます。したがいまして、最近の中国での教科書問題の取り上げ方につきましては、率直に申しまして、納得のいかない点がございます。
 それから、過去の反省につきましては、一九九五年の村山総理の談話によりまして非常に明確に反省とおわびということを公にされているわけでございまして、この点が必ずしも中国あるいは韓国の方々に十分認識されていない面があるんではないかという気がいたします。
 以上が、第一の政治、安全保障の問題でございます。
 第二の経済と開発の問題でございますが、この面につきましては、東アジア、特に韓国、中国の非常に目覚ましい経済発展というものがこの地域の特徴であろうかと思います。
 それだけに、特に中国の場合には、急速な経済発展とともに社会的なひずみが生じている、また政治体制との違い、経済と政治の体制の違いという問題も生じているというふうに感じます。もとより、東南アジアにおきましても、経済発展はほかの途上地域に比べますと非常に良くいっているという感じがいたします。
 このような発展につきまして、日本からの投資、それから政府開発援助、いわゆるODAが果たした役割というのは非常に大きかったと思いますし、また、一部地域では今後ともODAの役割というのは重要だろうと思います。この点に関しまして、まあ日本の財政事情ということもございますが、最近、G7諸国がODAを増やしている中で独り日本のODAだけが減ってきているということについては、率直に申し上げて、非常に残念に思います。やはり今後ともODAの役割というものは非常に大きいというふうに思う次第でございます。
 そして、このODA、それから投資もある程度そうでございますが、そういう日本からの経済活動あるいは協力というものを通じて東アジア諸国が発展する、安定するということは、もちろんこの東アジア諸国に対する貢献ではございますが、しかし近隣諸国、この地域が安定するということは我が国の利益にもなるわけでございまして、正にこれは経済の問題にとどまらず、安全保障という観点からも必要であり、また好ましいことであろうと思います。
 近年、この東アジア共同体ということがしきりに言われております。今年もそのための首脳会議が行われるようでございますが、その可能性と障害について考えてみたいと存じます。
 よく東アジア共同体というようなことが言われておりまして、この共同体という言葉がかなり、何と申しますか、過剰な期待を抱かせるような言葉ではないかというふうに存じます。私は、非常に遠い将来には何らかの形の共同体ということを考える価値は十分あると思いますが、ただ、現実の問題として、中期的に考えて共同体と言えるほどの地域協力というのは相当現実性がないんじゃないかという気がいたします。
 欧州の場合には、第二次大戦後、特に独仏の和解を通じて、またヨーロッパで、ヨーロッパの共同運命というようなことから、将来を見据えた、ヨーロッパの未来に関するいわゆるビジョンというものが示されまして、そのための協力がなされてきたわけでございます。私はたまたま、ちょうど一九六〇年代の初めにフランスにおりましたけれども、当時のドゴール大統領とアデナウアー首相との間で、独仏の和解を図る、そしてその上に新しい欧州を構築するという努力が、懸命な努力がなされたのを目の当たりにしております。やはりこういう地域協力を進める上では、こういう強力な指導者があり、将来のビジョンを示しながら過去の和解を進める、そのために大幅な交流を行うということが必要だというふうに感じた次第でございます。
 アジア、特に北東アジアにおきましては、政治体制の違いということもございますし、またこれまでは経済発展段階も非常に違う、いろいろな背景の違いがヨーロッパに比べて大きいものですから、なかなかそう簡単にはいかないと思います。最近、地域協力のための努力がなされているということは歓迎すべきことではございますが、一足飛びに共同体というところまで考えるのは余り現実的ではないだろうと思います。私は、できるところから協力を進めていくと、またそのときに、繰り返しになりますけれども、過去の和解と同時に、将来どういう方向に向かっていくかという絵をかくと申しますか、ビジョンを示すということが非常に重要なことであろうと思います。
 三番目の点でございますが、文化、科学技術あるいは教育等の面における交流の問題でございます。
 私、アジア諸国に勤務し、あるいはアジア諸国の方々といろいろな交流、接触をする中で非常に常々感じておりましたのは、やはりまだ日本と近隣諸国との交流、特に若い世代、特にまたその中でも学生の交流というものが従来不十分であったという気がいたします。度々引用して申し訳ございませんが、一九五〇年、六〇年のころの戦後のヨーロッパの状況を見ますと、当時の非常に大々的な学生の交流、留学というものに比べますと、まだ東アジア、特に北東アジアにおけるそういう交流は不十分であるという気がしてなりません。ある程度、最近、私、今大学の方に奉職しておりますが、アジアの学生たちも来ておりますし、日本からも留学生は行っておりますが、まだまだヨーロッパ諸国間、あるいは日米間、あるいは米欧間というところに比べますとこういう若い人たちの交流というものが不十分であるという気がいたします。
 それから、日韓間ではある程度進んでおりますが、どうしてもこの歴史認識に関する問題の解決というものが重要であるわけですけれども、そのための共同の歴史研究というものがもっと必要ではないかという気がいたします。
 先般、町村外務大臣が中国に行かれて李肇星外交部長とお話をされたときに、町村外務大臣の方から歴史研究を進めようという御提案をされて、それに先方から賛意が表明されたというふうに聞いておりますが、こういうことは非常に重要なことであり、大いにやるべきことであると思います。それぞれの国の歴史認識が完全に一致するということはあり得ない話でございますが、しかしながら、いろいろな事実誤認に基づく誤解であるとか、あるいは相手方の見方に、ああこういう違いがあるのかということを知るだけでも、こういう歴史の共同研究というものが非常に重要であるというふうに思います。
 最後に、残りました時間でアジアの中の地域別の外交についてちょっと触れさしていただきたいと存じます。
 北東アジアにつきましては冒頭のところでかなり触れさしていただいたわけでございますが、正に一番、北東アジアの韓国、北朝鮮、中国、あるいはさらにロシアとの関係というものが重要であり、かつそれだけに難しい状況でございますが、ほかの地域につきましては、東南アジアにつきましては、特に経済協力、経済関係を通じまして非常に友好的な関係が構築されてきたんではないかと思います。
 たまたま私がインドネシアに在勤いたしましたのが一九七四年の初めからでございましたが、その直前に田中角栄当時の総理がジャカルタに行かれてジャカルタ暴動と、当時、反日暴動というふうに報道されましたが、言ってみますとこれは必ずしも反日という単純な話ではなくて、インドネシアの政権内部の権力闘争であるとか、あるいはインドネシア人と華僑とのあつれきとか、そういう複雑な要素が絡まっておりました。しかし、いろいろなことがございましたが、東南アジアとの関係につきましてはおおむね良好に推移してきているのではないかと思います。
 一九九〇年代の終わりに東南アジアの金融危機がございました。また、インドネシアでも非常に不安定な状況が生じて暴動のようなこともございましたが、そのとき痛感したんでございますが、日本に対する、日本人に対する信頼関係あるいは友好的な関係というものが非常に強固なものであるということを感じた次第でございます。あれだけ暴動がございましたけれども、日本人に対する危害はほとんどなかったと、また、日本の企業も決して逃げ出すことなく踏みとどまったということは現在でも高く評価されているところでございます。一月にインドネシアに行ってまいりましたけれども、そういうような評価がいまだに聞かれる次第でございます。
 以上の二つの地域に比較いたしまして、南西アジア、すなわちインド、パキスタンあるいはその他の諸国との関係につきましては、率直に申しまして今までは余り十分な密接な関係がなかったんではないかという気がいたします。
 この地域、特にインドにつきましては、私は外交努力をもっと強化すべきだと、インドとの関係あるいはパキスタンとの関係というものをより密接にするための努力を倍増すべきであるというふうに感じます。
 特に、インドはあれだけの人口を持った国であり、また最近は非常にITを中心に発展をしております。また、インドは議会制民主主義ということでは非常に安定した政治体制を持っているわけでございまして、我が国としてはインドに対してもっと注意を払うべきであるというふうに存じます。インドの戦略的な重要性ということにもっと着目すべきであろうと思います。また、北東アジアの場合と違いまして、インドあるいはインド亜大陸諸国との間には歴史的なしがらみと申しますか、難しい問題はございません。そういう意味で非常に我が国に対して友好的でございます。御存じの方も多いと思いますが、東京裁判、極東軍事裁判のときに、一人インドから来ておりましたパル判事のみが日本のいわゆる戦争犯罪人を裁くことは不当であるということを堂々と述べられたことはいまだに記憶に新しいところでございます。
 それから、伝統的にはアジアというふうに必ずしもみなされておりませんが、最近では随分アジアに入ってきている、あるいは入ろうとしている豪州、ニュージーランドという非常に安定した、また民主的な諸国との関係というものもこれからますます重要な要素になっていくのではないかと思います。豪州、ニュージーランドとの関係につきましては、非常にこれまでも密接にいろいろな面で協力しておりますが、これからも協力する余地があり、また非常に良い結果がもたらされる可能性の多い地域であるというふうに存じます。
 大体時間になりましたので、締めくくらしていただきます。ありがとうございました。
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林芳正#3
○委員長(林芳正君) ありがとうございました。
 次に、小島参考人にお願いいたします。小島参考人。
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小島朋之#4
○参考人(小島朋之君) 小島でございます。
 それでは、座って発言させていただきます。
 私、一枚レジュメを用意させていただきました。これに沿いながら、三点お話しさせていただきます。一点目は、最近拡大している中国における反日デモ、これについてどう見るのかということについて発言させていただきます。二点目は、この反日デモ、反日騒動、これに向けての日本政府の対応ということについて簡単に整理させていただきます。そして、三点目に、この委員会のテーマである我が国のアジア外交について若干の提案をさせていただきます。
 それでは、早速最初のところにまいりたいと思います。
 中国における反日デモということでありますが、この具体的な展開については日本のメディアも報道しておりますので、ここで詳しく説明する必要はなかろうと思います。この反日デモというのは一体全体これまでとどんなところが違うのかという点についてだけ最初にお話しさせていただきます。
 私は、大きく三つ、これまでと異なる特徴が今回のデモには見えると思っております。
 第一点は、半ば自発的な反日デモ。官製の反日デモは、一九四九年の建国以来かなりの大きさで行われてまいりました。例えば、五〇年代末の長崎国旗事件。見本市で右翼が中国の国旗を燃やしたということで日中関係が大きく揺らぎますが、このときには反日デモというのが中国全土で一千万規模で行われたと。これは官製であります。半ば自発的な反日デモとしては私、これ過去最大ではないかと思っております。
 二点目。四月初めにデモが始まって、既に三週間続いております。これがこのまま続く、そういう可能性も大きいという点、これもまた今回の一つの特徴であろうと思います。そして、こういった規模と時間と、これに大きくかかわってきているのがいわゆる情報革命、インターネット、一言で言えばネット革命と、これがこういった特徴をもたらしてきたということであろうと思います。この点についても既に日本のメディアでも報じられておりますので、ここまでにしておきたいと思います。
 この動き、これがこのまま拡大していくというのは、中国の内政にとっても、日中関係にとっても、東アジアということから見ても、これかなり深刻であります。ということを受けて、中国政府もやっとこのデモというのの抑え込みに掛かってきたというふうに思われます。
 一つには、二日前に行われた中国共産党の宣伝部、それ以外の部と委員会、六つの委員会と部を集めた情勢報告会というのを北京で開いて、ここで日中関係がいかに重要であるのか、冷静に対応すべしと、こういった方針が打ち出され、さらにはそれを受けて、今中国の全国各地に日中関係の工作者、前の、元の日本大使などもひっくるめて宣伝報告会というのをやっております。こういった方向で抑え込めるのかどうなのか、なかなか予測が難しいところであります。
 その一つ、それを占う一つは、この二十二日に開かれるバンドンでのアジア・アフリカ会議五十周年で両国の首脳、胡錦濤・小泉会談が行われるのか、行われてどういう結果が出てくるのか、これが一つであろうと思いますし、もう一つは、時期で見ていけば五月四日、ここのところまでこういったデモが続くのかどうかということであろうと思います。
 五月四日というのは、一九一九年、第一次世界大戦の終戦を受けて行われたベルサイユ講和会議、ここでの、ドイツが確保していた山東半島の権益を日本が引き継ぐという、こういった決定が下され、これに対して北京を中心とした学生たちが反日デモを行い、それが反政府に拡大し、それが一九四九年の中国革命につながると、言わば中国革命の原点としての反日愛国運動のときであります。ここまで来ると、これは大変なことになるのではないかということであります。ちなみに、五月四日というのは、中国においてはちょうど日本と同じようにゴールデンウイーク、一週間の休みでありますので、この休みのときどう動くのかというのが問題になってこようと思います。
 こういった特徴を持った反日デモ、その背景はどういったところにあるのか。
 一つは、最近の日中関係であろうと思います。経済的には熱いけれども政治的には冷却化していると。正に、ここに書きましたような二〇〇一年以降の小泉総理の靖国神社参拝問題、台湾問題、東シナ海のガス・石油開発問題等々、様々な問題が浮上し、そして今回の場合には、国連改革に関連して常任理事国、安全保障理事会常任理事国入りの可能性が出てきたという報道、そして教科書に対する検定合格の報道、こういったことが重なってきたということであります。
 そういった最近の日中関係で、なぜ若い世代を中心とした反日デモが起こったのか。その背景にあるのはやはり若い世代の反日感情と、こういうことであろうと思います。
 こういった反日感情をもたらしてきたのは、中国政府による歴史を中心とした愛国主義教育にあることは、これはもう明らかであろうと思います。その愛国主義の歴史教育とその目的というのは、ここにも書きましたように、中国共産党政権の正統性を若い世代に植え込むということでありまして、そこで扱われる歴史というのは、当然のことながら、党の過去の栄光というものを象徴的に示す歴史であり、それは抗日愛国戦争、ここに共産党が勝利したと、ここに集中するということであろうと思います。一九九五年に指定された愛国主義教育基地、これが二百五。現在は更にそれが増加しておりますが、その多くが抗日戦争関連であるというところにそれは見て取ることができようかと思います。
 この愛国主義教育はいつから始まったのかということでありますが、中国、中華人民共和国は、これは中国共産党、共産党が建国した国でありまして、その意味で建国当初においては愛国主義よりもむしろ国際主義、国際的な連帯というのが強調されましたが、話ははしょりますけれども、日本における終戦四十周年、中国における抗日戦争勝利四十周年、このとき以降、愛国教育というのが強調されるようになります。そして、一九八九年、天安門事件直後にもまたこの愛国教育というのが強調され、特に現在我々が見ている教科書における愛国主義教育というのは、一九九四年の愛国主義教育大綱、ここで定められ、翌年、九五年、抗日戦争勝利五十周年以降、極めて本格的に展開されることになる。正に、そうした教育を受けた十年後に、今騒いでいる学生たち、その反日感情というのがそこからもたらされたということであります。
 その意味で、中国の政府にとって、こういった反日感情の発露である反日デモ、これを全面的に抑え込むということは、自らの教育の成果を否定するということにつながります。なかなか難しいと。その意味で、ディレンマの中に今回の場合、中国の政権はあるというふうに私は見ております。
 ディレンマは、二つの意味でのディレンマであります。
 一つは、国内向けと国際向け。国際向けに、こういった反日デモ、それはよろしいが、デモが大使館を攻撃する、日本人経営のレストランを破壊する、日本人を傷付ける、これは許すことはできないわけであります。それが続けば、二〇〇八年の北京オリンピック、これをやっていけるのかと、こういう声を国際社会で高まらせ、それだけでなく、中国政府は現在でもなお対日関係、日本との協力というのは重要であるという認識は依然として持っているわけで、その意味での両国関係の全面的な後退のおそれというのをもたらしてくる。
 さはさりながら、国内向けでいけば、今申し上げたように、反日デモは全面規制はとてもできない。規制をすると自らが進めてきた教育そのものを否定することになり、まして、そうした反日感情の下でデモをしている学生たちを拘束する、捕まえる、そういうことになったときに、デモの矛先は政府に向かいかねない。これが一つのディレンマであります。
 もう一つのディレンマは、反日の効用と危機誘発のはざまに揺れるというディレンマであります。
 効用というのは、これまでも中国は、こういった歴史問題、反日感情、こういった問題を対日外交のカードとして使ってまいりました。なお、有効性については捨て切れないところがあろうと思います。しかも、その次にお話ししますように、ここ最近、一、二年、中国社会の中には不満がマグマのように充満しております。この不満のガス抜きという点の効用もあるということであります。
 その意味で、この反日の効用というのを考えると、そう簡単にこうした一連の動きを抑え込むことはできない。しかし、こういった反日デモが、反日騒動、こういうことになってくると、今申し上げた最近顕著になってきている社会内部の不満、これが反政府につながりかねない。こういった状況に対する言わば危機意識というのがございます。
 昨年、停刊処分を受けた中国の雑誌の「戦略と管理」という最後の号に北京大学の社会学者が書いておりましたが、二〇一〇年前後に中国には危機多発の時代が到来すると、そういった深刻な状況認識というのは、こういった専門家だけでなく指導者の中にも私はあるのではないかと思っております。一言で言えば、改革・開放は経済の発展をもたらし国民生活の全般的な水準の向上をもたらしたが、同時に、豊かな層は更に豊かになり貧しい層は更に貧しくなる、この「「富有」層VS「弱勢群体」」と書きましたが、正にこういった状況が今深刻になっております。
 中国の政権は、胡錦濤政権はこれに対応しようとしておりますが、対応し切れるかどうか、今時間との勝負と、こういう状況に入っているのではないかと。こういった二重のディレンマの中で、私が今一番注目し憂慮しているのは中国の政権の意思統一、これがなかなか取れていないのではないのかと。ある種の政治、ガバナンスの脆弱化というのが見られるということであります。
 町村外務大臣と李肇星外交部長が会談を行いましたが、李肇星外交部長が、中国はこれまで日本に対して謝らなければならない行為は一切していないと、こういうことを言いました。この言葉を聞いて、私はもう本当にあきれ返りました。ちょっと見たって、昨年の十一月の中国海軍の日本領海侵犯、あれ遺憾の意を表したはずなんですが、一切謝らなければならない行為をしていないということは、あれは中国の領海だったのかなと、こういうふうに思うわけでありますが。しかし、それは分かっている、中国側も分かっているけれども、そう発言せざるを得ない。そこまで発言するしかない、なかなか苦しい状況にある。それは、政権の中でこの問題にどう対処するのか、意思統一がなかなか図れない、そういう状況があるからなのではないかというふうに考えております。
 ちょうど胡錦濤さんは四月九日、十日、北京で予想外の反日デモと騒動が起こったとき、北京におりませんでした。山東省を視察中でありました。つまり、こういった状況というのをほとんど予想していなかったということであり、その後の対応についてはかなり不思議な対応が見られます。公式の報道から見ても不思議な対応が見られる。
 四月十五日に政治局会議を開きます。政治局会議というのは中国共産党の最高意思決定機関でありますが、当然のことながらこの会議ではこの問題が話し合われているはずでありますが、ここに書いたとおり、精神を集中して建設をやり、一心一意、発展に力を注ごうと、こういうことが話し合われたと、とても信じられないわけでありますが。それを受けて、四月十七日の人民日報は、天安門事件直後のトウ小平さんの発言を引用して、中国における問題は、すべてを圧倒するのは安定を求めることであると。安定団結というときは必ず中国においては安定団結がないときであります。こういう状況にあると。そういった点について、若干でありますが対日政策をめぐる揺れというのがどうも見られる。
 温家宝総理は三月十四日に、日中関係改善のための三点提案というのを行いました。首脳同士の相互訪問を早期に回復する、日中関係改善のための外交部門による戦略的な共同研究を進め、第三番目にやっと歴史問題と、こう出てきていたわけでありますが、その温家宝総理は、今回の反日デモが騒動に至るそういった段階において、正にそういった動きに火に油を注ぐような発言をしております。インド訪問中に、このような事態は日本に歴史への反省を強いると、良かったと、こういうことであります。今、こういう状況にあると。
 まだ、私は、政権の中で今回の事態に対して統一された対応というのがまだ決まっていないのではないか。そうだとすると、二十二日、もうあしたでありますが、日中首脳の会談、どんなことになるのか、そこのところを非常に心配しているということであります。
 あと残った時間、我が国の対応という点でありますが、私は出発点は謝罪、賠償、責任者処分、これはやはり要求せざるを得ないだろうと思いますが、しかし同時に、日中関係というのは両国にとっても重要であるのみならず、やはり東アジア地域全体にとっても極めて重要であると。そういった文脈、そういった観点が今回の問題に対する日本の対応にも生かされていくべきであろうと。そして、日本として、政府として反省すべき点というのはやっぱりあるなと思います。中国が言い募るような歴史問題について日本が正視せず、反省せず、何もしてないということはない、正にそういった点についてはきちんと反論すべきであろうが、しかしながら対中外交に、最近の日本の対中外交にその遠因があったことはやはり否定できませんねということであります。
 やはり、その最大のものは残念ながら小泉総理の靖国神社参拝であります。参拝自体を問題にしているのではありません。参拝に対する説明不足が余りにも問題であると。中国も理解しているなんということは、この一連の事態を見ても分かるわけでありますが、こういった発言が正に問題であるということであります。なぜそんな発言が出てくるのかと。私は、これもちょっと言い過ぎかもしれませんが、小泉総理の中国に対する、東アジアに対する関心の不足と認識の不足と、それがあると言わざるを得ない。一言で言えば東アジア戦略の欠如、これが最大の問題であろうと。靖国神社参拝の問題も対中政策も、もし明確な東アジア外交戦略があれば、その中で説明していくことができるだろうと。
 それを受けて、あと一分で最後に提案をさせていただきますが、第一点は、その意味で、今から、遅いかもしれないけれども、東アジア外交戦略をきちんとつくっていくべきだろう。そしてその中で、先ほど柳井大使の方からも御指摘があった東アジア共同体、こういったこともきちんと、経済だけでない共同体ということを位置付けていくべきだろうと思っております。東アジア共同体が遠い将来の目標であることはそのとおりでありますが、少なくとも東南アジア、東アジアにおいてはその機運が本格化している。そうであるとするならば、日本もまた、難しいとはいえ、やはりそういった流れにきちんとイニシアチブを取っていかなければいけないだろうと思っております。
 二つ目は、やはりきちんとした歴史問題に対する反論、これをやる必要がある。現在の事態を見ていると、中国側の日本に対する非難、今の段階では国際社会は何を言うかと、こういう反応でありますが、やはり大きな声で言い募ればそれが事実になっていくと、私はそれを非常に恐れております。
 三つ目は、やはり歴史問題に対する共同研究、これをやるべきだと思いますし、提案をし、中国も前向きであるというのは、私はこれは望外の喜びと、こういうふうに受け止めなければいけない。私は、とても中国はこんな歴史問題について共同研究、提案をしても受け入れるとは思っておりませんでした。その意味で、これ積極的に進めていくべきだと思っております。できればこの歴史問題の共同研究は、日中だけでなく、東南アジア、北東アジア、台湾、こういったところもひっくるめて包括的にやっていくべきなのではないかと思っております。
 若干時間が過ぎました。私の発言はここで終わりたいと思います。
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林芳正#5
○委員長(林芳正君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 本日は、理事会の合意により、まず大会派順に各会派一人一巡の質疑を行います。その際、発言時間は答弁も含めて十分以内でお願いいたします。その後、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行うことといたします。
 なお、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、質疑のある方は順次御発言を願います。
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山本一太#6
○山本一太君 答弁も含めて十分以内ということなんで、かなり短く質問させていただきたいと思います。
 まず、小島参考人にお聞きしたいと思います。
 中国における反日デモの背景について大変説得力のある明確な御説明をいただいたわけなんですが、私もこの反日デモの趨勢を大変心配をしております。中国が、小島先生おっしゃったように、ある程度反日というものを外交的に使っていたとしても、ウィーン条約違反とも当然言われる、デモ隊の投石を止めなかったりしているところを見ると、やはり中国側もこのデモをどう抑えていいのかということをかなり悩んでいるという風があります。
 そこで、小島参考人にお聞きしたいのは、この反日デモ、ワーストシナリオ、ベストシナリオについて、なかなか予想するのは難しいと思いますが、参考人の考える具体的なシナリオですね、これをちょっとお聞かせをいただきたいということでございます。
 もう一つは、簡単に言いますが、この反日デモについての若い世代の、いわゆる中国の新世代の役割、位置付けというものに私は大変興味を持っておりまして、七〇年代の一人っ子政策で出てきた若者たち、わがままで切れやすい、しかし教育水準は高い、それに愛国主義教育も加わり、十年以上にわたって日本も経験したことのないような一〇%以上の経済成長を遂げている中国の中で育ったプライド、しかし同時にコンプレックス、こういう若い世代がこれから中国の政治体制にどういう影響を与えていくのかということについて是非お聞きしたいと思います。
 それから、柳井参考人については、外交官として、最後は外務省のトップとして御活躍をされたわけですが、長年にわたりアジア外交を目撃してこられたということで、九八年の金大中大統領の訪日、江沢民主席の訪日のときのいろんないざこざといいますか、あの日本側の対応の戦略にも深くかかわっておられた。田中総理のASEAN訪問のときの暴動についてもいろいろと検証される立場にいた。韓国にも赴任をされておられた。そういう立場から、柳井参考人は、今の小泉外交をどう評価するか、小泉総理のアジア外交をどう評価するか。
 小島先生は戦略なき靖国参拝とか言っていつも厳しいことをおっしゃいますが、私は必ずしも八方ふさがりではないと思っていますし、小泉総理でなくてもいつかは通らなければいけなかった道なんではないか。中国が市場主義経済に移行する中で出てくるナショナリズムを考えれば、こういうことは早晩起こったかもしれない。韓国はほとんど、ウリ党政権が出てきて、戦後の韓国の保守政治を根底から一回ひっくり返そうという雰囲気になっている。こういう中で、外交の当事者として外交に携わってきた立場から、小泉総理の東アジア外交というものをどう評価されるか、その点についてお伺いしたいと思います。
 質問、ほぼ五分か六分ぐらいだと思います。
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小島朋之#7
○参考人(小島朋之君) 二つ御質問がありました。
 第一番目、反日のワーストシナリオとベストシナリオ。難しいんですけれども、ワーストシナリオ、私は、中国の指導者たちもそれをおびえていると思いますが、ある種の天安門事件の再現というふうに思っています。つまり、天安門事件というのは中国の政権にとって、なぜおびえているのかというと、それは政権の中の分裂が結局ああいった事態を招いたということであります。その兆候、そしてそういった、それをもたらすような背景、それは一九八九年のときよりもはるかに深刻なのではないかと。その意味で、対処に誤れば天安門事件、それは中国共産党の終わりの始まりと、そういう危機、危険さえあるということであります。
 ベストシナリオ、私、ベストシナリオはないと思うんですね。ベターなシナリオということであれば、現在、明日でありますが、そこまでに政権が、中国の政権が意思統一をして、きちんとデモを抑え込み、日中関係の戦略的な重要性と、ここを柱として言わばこの反日の動きから関係改善へと、三月十四日の時点に戻っていく、それがベターなシナリオではないかと思っています。
 二つ目の若い世代の役割と。この若い世代こそがこれから二十年、三十年後の日中関係をつくっていくわけですが、私は、この若い世代というのは、一方で反日感情がありますけれども、他方で、正に今現在、東アジア地域が一つにつながっていこうとしたときの、それを促進しているある種の下部構造としての、ポップカルチャーをひっくるめた文化相互浸透性の中に中国の若い世代も入っていると思います。一方で反日ですけれども、他方において日本に対して、日本と意識しない日本に対しての好ましい感情というのがあるわけですから、その二つの二面価値的な感情というものをやはり日本としては、後者について更に深めさせていくような努力をしていく必要があるのではないか。それは人的な交流であり、あるいは経済的な交流、文化的な交流ということになろうかと思います。
 一つだけ付け加えさせていただくと、一九八三年、胡耀邦総書記は三千人の日本の青年を招待しました。翌年、日本政府は五百人だけお返しに招待しました。もっとやろうではないですかということであります。
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柳井俊二#8
○参考人(柳井俊二君) 三番目の御質問でございますが、小泉外交につきましては、私、御質問の、中心ではございませんけれども、日米外交については、小泉政権発足当初まだワシントンにおりましたので直接拝見をいたしました。その後も関心を持ってフォローしておりますが、日米外交につきましては非常にうまくやってこられたという印象を持っております。日米関係が今ほど緊密になり、同盟が強化されたことはないというふうにさえ思っております。
 それに対しまして、中国、韓国等、特に東アジア諸国に対する外交につきましては、率直に申しまして、もっと関心を払っていただいた方がよかったかなというふうに思います。若干具体的には、先ほど小島先生からもお話ございましたが、靖国神社の参拝につきましてはもう少し説明をしていただく必要があったと思いますし、また説明が可能であったという気がいたします。例えば、靖国に参拝される趣旨は、やはりさきの大戦で亡くなった日本の国民、兵士、一般の霊を慰めるということであって、何もその戦争犯罪人の行為を正当化するものではないんだということをはっきり言われれば、これは中国にも相当通じるものがあるのではないかというふうに思います。
 それから、繰り返しになりますが、先ほどちょっと触れましたけれども、やはり歴史共同研究というような形、あるいはより広く人の交流というようなことを通じて相互に、中国、韓国と相互に歴史認識についてよく話し合うということが必要であろうと思います。
 それから、これは向こう側の問題でございますが、やはり戦後の日本は戦前の日本とは違うんだということをもっと中国人、また韓国人、特に若い世代に知ってもらう必要があるというふうに思います。したがいまして、ここは向こう側の問題ではございますが、我が方でもできることがあるのではないかという感じがいたしております。
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山本一太#9
○山本一太君 ありがとうございました。
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榛葉賀津也#10
○榛葉賀津也君 民主党・新緑風会の榛葉賀津也でございます。両参考人、今日は本当にありがとうございました。
 端的に両参考人に一点お伺いしたいと思います。
 先ほど来、靖国の話が出ましたが、この靖国に代わる国立の追悼施設を造ろうではないかという動きも自民党の中でも一部、そして我々民主党の方からも提案をさせていただいております。他党からもこのような御意見があるやにも聞いておりますが、この施設の建設について両参考人はどのようにお考えか、まず一点お伺いしたいと思います。
 そして、小島参考人にお伺いしたいのですが、先ほど山本委員がおっしゃったように、これは天安門以降、愛国教育を受けた若い世代がこのデモをやっていると。比較的裕福な技術系の労働者で、インターネットにも精通している、日本の侵略を経験した世代ではない新しい世代がやっているという点で非常にムーブメントとしては新しいものかなと思うわけでございます。正に参考人がおっしゃるように、人的交流が極めて重要だと思うんですが、とりわけ我々の若い世代の政治的、文化的、また文学的、学者レベルにおいてもこういった交流が大事だなというふうに感じるわけでございますが、他方、上海のデモ等を見ますと、北京のデモとは若干違って、極めて中国自身に対するメッセージが含んでいるのかなというふうにも感じ取れるわけでございます。具体的に、今中国のどのレベルにどのような不満がたまっているのか、この辺の構図について少し教えていただきたいというふうに思うわけでございます。
 そして、柳井参考人にもう一点、EUは天安門事件以降、対中国武器輸出を禁止しておりましたが、これを解除する動きが昨今見えてまいりました。他方、ロシアのシベリアパイプラインはどうやら中国側のルートを優先的に建設しようという流れもある。また、中国はあれだけもめていたインドとの国境も極めてスムーズに今解決の方向に進んできている。朝鮮半島はこのような状況。極めて日本のこの東アジア戦略が他国に比べて若干後れを取っている、若しくはこのゲームに参加し切れていないという感が、感じるわけでございますが、この日本の東アジア外交全体について、参考人の御所見をお伺いしたいと思います。
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柳井俊二#11
○参考人(柳井俊二君) 私の方から先にお答えさせていただきます。
 第一の靖国神社の代わりの施設を造るということについてはいかがかという御質問だと思いますが、私、国際的には、諸国の例を見ましても、宗教と関係なくそういう国立墓地であるとかあるいは無名戦士の墓であるとか、そういうものがある場合が多いわけでございまして、国際的にはそういうものがあれば非常に望ましいとは思います。
 ただ、それをするためにはこれまでの靖国との関係をどうするかという問題がございますので、新しい施設を造るということについてはやはり国内のコンセンサスというものがないといけませんので、その辺の議論をまずするのが先決であろうかというふうに思います。それができればもちろん国際的には望ましいというふうに思います。
 それから第二の点でございますが、中国の若い世代の人たちの考え方についての御指摘は、正にそのとおりだと思います。やはり彼らは文化大革命とかあるいはそれ以前の経験がないわけでございまして、全く新しい環境の下で育った中国人でございますから、そういう若い世代に対する教育というものは、基本的にはそれは中国側の問題ではございますが、先ほども触れましたように、やはり若い世代にはますますもって日本の、戦後の日本、現在の日本というものを知ってもらう必要があろうかというふうに存じます。
 それから三番目のEUの、EU諸国による武器禁輸解除問題、あるいはロシアのパイプライン問題、あるいはインドと中国との関係改善、朝鮮半島の情勢に触れられた上で、日本の東アジア外交が後れを取っているんではないかというふうに御指摘があったわけでございますが、率直に申しまして、私もその点は危惧するところでございます。
 EUの武器解除の問題につきましては、これにははっきりと反対ということを明言すべきだと思います。政府はそのようにしているとは思いますが、この点は極めて明確に彼らに対して言う必要があるというふうに思います。アメリカは日本の立場を理解してくれているようでございますが、やはり直接EU諸国に対してそういう立場を明らかにしていくということが重要だと思います。
 それから、パイプラインの問題につきましては、ロシアは御承知のとおり今石油関連の輸出で非常に潤って、石油、ガスで潤っているわけでございまして、ロシア経済は最近、案外高度成長しておりますが、恐らくその半分以上は石油、天然ガスからの収入によるものだろうと思います。そういうことからいっても、またロシアと中国との国境問題その他の問題が調整されているということからいって、中ロ関係が改善していると。これはインドとの関係も似ているわけですが、そういうこと自体はむしろ歓迎すべきことだろうと思いますが、我が国は我が国として、やはり北方領土の問題がございますけれども、やはりロシアとの関係というものをより太くしていくと。
 例えば、ロシア経済については非常にアレルギーが強いわけでございますが、例えばロシアに対する投資というものも、もう少しよく考えて、促進する余地があるんではないかと思います。また、ごく最近ウクライナに行ってまいりましたけれども、あの国の非常に大きな潜在力というものは必ずしも日本では認識されていないんではないかと思います。したがいまして、旧ソ連、特にウクライナ等の、あるいは中央アジアの主要国等との関係の改善というものはまだまだやる余地があると思いますので、そういうことを通じて日本の東アジア、あるいはもうちょっと広くなりますけれども、外交の強化を図る可能性は十分にあると思います。
 インドにつきましては、先ほど冒頭申し上げたとおりでございます。
 朝鮮半島については、もうこれも最初、先ほど申し上げたとおりでございます。
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小島朋之#12
○参考人(小島朋之君) 榛葉先生の方から二点御質問がありましたが、第一点目、靖国神社に代わる追悼施設、これは可能か、こういうことであります、御質問でありますが、この御質問に対しての私の考え方というのは、ほぼ柳井大使と同じであります。確かに、追悼施設が造られればふさわしい。しかしながら、今の日本の国内世論がそれでまとまるのかどうなのか、やはりそこが一つ肝心なところであり、そして中国がこういうことを靖国について要求しているから造るということであると、なかなか難しいだろうと思っております。
 二点目、若い世代が今こういった形で反日感情を持ってデモや大きな動きをしているが、もう一つその社会の内部にある不満を持つ層、これはどの辺りに具体的にあるのかという御質問だったと思いますが、それは、一言で言えば改革・開放の恩恵に恵まれていない人々と。恵まれていない人々は、基本的にはかつて中国共産党を支持してきた階層であると、農民と労働者であると。そこが今大きな不満を持っているということだろうと思います。
 農民ということで言えば、一九八五年に農民の一人、農民の一年間の年収、純収入を一としたときに、都市住民の所得、可処分所得というのは一・八だ、こう言われていました。現在、それが、昨年でいけば一対三・四に広がっていると。地域で見ても、内陸と沿海ではかなりの格差が拡大し続けていると。ここのところが問題であり、政権もそれを認識し、三農問題を解決する、農村、農業、農民、この三つの農の問題を解決するということで取り組んでおりますが、結論的に言えば、格差はまだ拡大していると。こういった人々が昨年後半以降、日本のメディアでも伝えられましたが、地方で政府に対して抗議のデモをし、政府のビルを占拠し、こういったような行動があったということであります。
 レジュメに書きましたように、これは二〇〇三年の数字でありますが、上訪といいますのは、これは都に陳情に上ると、こういう意味でありますが、二〇〇三年、一千万件こういうのがあったと。そのうち、解決されたのは〇・〇二%であると、解決しないまま地方に戻れないということで北京郊外には陳情村というのがあちらこちらにあると、こういうことであります。
 こういった人々の問題というのをどう対処していくのか、どう解決していくのかというところが今政権にとっては決定的に重要な問題ではなかろうかと思っています。
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澤雄二#13
○澤雄二君 今日は、柳井参考人、小島参考人、大変貴重な、また示唆に富む意見たくさん、どうもありがとうございました。
 私、小島参考人に幾つか御質問をさせていただきたいというふうに思いますけれども、最初に、参考人が言われました中国政権のジレンマについて、ちょっと元の職業であります記者に返ってジャーナリスティックに聞かせていただきたいなというふうに思います。
 今回の、最初にデモのきっかけでありますけれども、一体どういうことが引き金になったのかと。事の真実はよく分かりませんが、そのきっかけになったのはアメリカ西海岸からのインターネットで、それは華僑若しくは韓国の人たちが発信したものだという情報があったりとか、それからこれは画面を見ていますともう明らかに分かりますが、笑顔で投石をしている人たちがいるんだと、それからまたこれは情報でございますが、終わった後にお帰りはこちらといって観光バスに案内されて帰っていったグループがいると。非常に合点がいかないデモであったというような気がいたします。
 それから、先ほどジレンマの話をしていただきましたけれども、それの関連で、愛国教育、これが日本に対する対日運動のきっかけになっていくというお話があって、それが国内の不満をそらすために使われるというお話がありましたけれども、もう一つそのジレンマのお話で伺うと、今回のデモがある種権力闘争に使われているような気配はないのかということでございます。
 それから、謝罪ができないというふうに先ほど小島参考人はおっしゃいました。何かそういう理由があるんだろうと。謝罪するということは、もし権力闘争があれば謝罪するということは相手に対して非常に得点を与えることですからできないだろうと。だから、そういう何か影は今回の騒動ではなかったのかなというふうに思います。
 それから、私は基本的に、この中国と日本の関係、特にこの数年の間、ナショナリズムの対立だということを言う方がたくさん、多いんですが、私はそういうナショナリズムというのはそういうふうに余りなかったんじゃないかという気がしますが、愛国教育をきっかけにして、若者たちの間で、先ほど小島参考人は若者の気持ちの中に二つの気持ちがあると言われましたが、その一方で、対日、抗日というナショナリズムの急速な高まりというのはあるんだろうかと。その高まりというのは今後シェアを増やしていって将来の日中関係の関係改善の大きな妨げになる可能性があるかどうかということについてお伺いしたいと思います。
 最後に、これは柳井参考人も小島参考人も言われましたけれども、こういう日中関係の改善するために大きな役割として、歴史の共同研究というのが提案されました。これは韓国ともやって二回シンポジウムを開きましたけれども、柳井参考人が言われた、ドイツとフランス、正にドゴールとアデナウアーが指導力を発揮して一九五〇年に教科書の改善プログラムというのを進めました。これも物すごい規模でやられました。それから、一九六三年には青少年の交流計画というのを、これも百万のオーダーで毎年プログラムをされました。小島参考人は、胡耀邦が三千人招いたじゃないか、こういうことの可能性は本当に改善につながるのか。
 それから、もう一つ心配なのは、これを進めていったときに、小島参考人が言われました、中国が受けると思わなかったという中国側の理由、これを乗り越えることができるかどうか、その点について伺いたいと思います。
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小島朋之#14
○参考人(小島朋之君) 五つ質問がありますので、もう、一つ十秒か二十秒でいかないといけないと思いますが、まず最初に、この反日デモ、このきっかけはということですが、これは澤先生がおっしゃられたようなことがない交ぜになっているんだろうなというふうに思います。デモは、北京であれ上海であれ、デモの中には間違いなく公安が入って誘導しようとしていました。誘導できなかったと。つまり、正に想定外の状況に入ってきているということだろうと思います。
 二番目、権力闘争との関係。私、これがあるのではないか、したがって政権の中でなかなか意思統一が図れないと、そういうふうに思っております。
 天安門事件というのは正にそうでありました。趙紫陽とトウ小平との間の、まあ言ってみればこの運動を、天安門事件の運動をどう評価するのかということについて、反党という評価と愛国という評価で真っ二つに意見が割れて、その結果が六・四、六月四日の惨事につながってくるわけでありますが、そういう可能性が少しあるのかなと。つまり、権力闘争というか、対日政策、そして対社会問題に対する対応をめぐっての意思の統一ができていない状況、こういうのがあるのかなと。
 そして、私がそう思うのは、三月の全国人民代表大会のときに、一時胡錦濤は、胡錦濤をトップとした新しい集団指導体制と、こういう表現が用いられました。江沢民が胡錦濤に政権を譲ったときには、従来江沢民は、江沢民同志を核心、中心とした第三世代の集団指導体制と、こう呼ばれていたのに、江沢民さんはそう胡錦濤を呼ぶのを嫌がって、胡錦濤同志を総書記とした集団指導体制と、こう呼んでいた。それが三月の人代のときに、首という字を書いて、つまり頭ですね、胡錦濤同志を首とすると、こういう表現が出てきた。これが今回また消えた。そういうところにどうしてもチャイナ・ウオッチャーは注目してしまう。
 三つ目、謝罪できない理由。いや、謝罪できない理由というのは正にそことつながってくると。
 四番目、ナショナリズムはこれからもう高まりは急速になっていくか。私、その可能性があると思います。中国経済が発展すれば発展するほど、ある種の自信というのが若い世代に定着化していく。自信と見合うだけの国際的な評価がないときは、それはナショナリズムが高まっていかざるを得ない。一九九六年、「ノーと言える中国」という本がベストセラーを取りましたが、正にそのとき中国は、国際社会の中で大国と、こういうふうに注目され、中国自身が初めて自らを大国と、こういうふうに呼ぶようになりました。
 五番目、歴史共同研究ですが、いろんな問題がありますけれども、私は、にもかかわらず、ここのところをきちんとやっていくことが、日中関係の妨げにナショナリズムがならない、そういった歯止めになっていくのではないか。ただし、歴史研究が歴史観の共有ということではないのは最初からくぎを刺す必要があろうと思っています。
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澤雄二#15
○澤雄二君 ありがとうございました。
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緒方靖夫#16
○緒方靖夫君 日本共産党の緒方靖夫です。本当に有益なお話、ありがとうございました。
 最初に、柳井参考人にお伺いしたいと思うんですけれども、中国と韓国との関係で、歴史認識の解決、過去の和解が必要だという、そういうことをおっしゃられまして、そのとおりだと思うんですね。日本はちゃんとやっていると、こう言っても、相手があることですから、それが難しいところだと思いますね。その点で、独仏の先生のお話は大変有益だったと思います。僕も、例えば外交官の独仏間の交流、七〇年代終わりにもうそういう交換が始まる、国益を代表する外交官がそういうことやるわけですから、大変な努力があったと思うんですね。
 そうすると、こういうことを見ながら、日本として和解のために何が必要なのかと、その点について先生のお考えを伺いたいと思います。
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柳井俊二#17
○参考人(柳井俊二君) ありがとうございます。
 正に今、緒方先生御指摘のとおり、相手があることでございますので、我が方が幾らよく説明したからといって必ずしも分かってもらえないという難しさがあるわけでございます。
 しかし、それでも日本側としてできることはすべてやるということが必要であると思いますし、今先生よりも御指摘ございましたように、正に独仏間の交流というのはもう非常に大規模でございましたし、また外交官の交流もございました。私もたまたまそういうことが行われておりましたときにフランスの大学に留学しておりましたが、私の周りはドイツ人の学生であふれておりましたし、また、かつてはそういうことはなかったんですが、ドイツ語を話すフランス人が非常に急速に当時増えました。
 こういうことがやはり、日中間、日韓間、あるいは将来的には北朝鮮も含めて近隣諸国との間で大規模に、格段に大規模にやる必要があるというふうに思います。
 先ほど小島先生から御指摘ございましたように、中国から何千人も招かれて、それに対して五百人しか呼ばなかったという点は、私は当時、やはりこれはまずいというふうに思いました。もちろんこういうことには予算が必要なことでございますが、しかし、日本の将来、それから東アジアの将来を考えますと、こういうことに掛けるお金というのは大したことないわけでございますので、ここはやはり大胆に投資をする必要があるというふうに考える次第でございます。歴史研究、若い人の交流、その他考えられることはすべてやるべきだというふうに思います。
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緒方靖夫#18
○緒方靖夫君 再びお尋ねしたいんですけれども、過去を振り返って、結局、私は思うんですけれども、中国と韓国との間でそれぞれ国交を正常化したり、あるいは国交を持つという、そういう時期に、七二年あるいは六五年、それに至る時期、その後、どれだけ両国政府間でこういう今問題になっているような歴史問題が議論されてきたのか。余りされてこなかったんじゃないかという印象を持っているんですね。
 国際情勢の大局でもうばあんと判断しちゃった、あるいは援助がぼおんと欲しいという、そういう国情の下で、そういうことで判断したという、そういう事情もあってなかなかそういう議論というのがない中で、今わあっと最近になって、最近といってももっと長いスパンですけれども出てきたという、そういう印象を持っているんですけれども、長いキャリアの先生のごらんになっている、あるいは経験されている点で、可能なことを話していただければ幸いだと思います。
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柳井俊二#19
○参考人(柳井俊二君) 先ほどもちょっと触れましたけれども、前回のというか、最初の教科書問題のときに韓国におりまして、その渦中にあって大変な思いをしたわけでございますが、その後、若干日韓の歴史共同研究のようなものはなされてきたと思います。日中間ではそのようなものはこれからということでございますが、自分への反省も含めまして、過去の問題についてもっと率直に、また幅広く話し合うべきであったというふうに思います。
 過去不十分だったということを踏まえて、やはりこれからはもう格段にそのような話合いをしていくべきだと思います。これは、話し合いますと非常に対立いたしまして大変難しいわけでございますが、しかし、幾ら努力しても、恐らく韓国・日本、中国・日本との間で歴史認識が同じになるということは絶対にあり得ないと思います。しかしながら、先方の韓国や中国の教科書を見ましても、事実関係の誤認とかいろんな、あるいは解釈に相当無理があるというような点もありますし、向こうから見て日本の教科書にもそういうことがあると思います。
 ですから、まあ一致しないまでも、やはりそういう事実関係、基本的な事実関係については直す余地があると思いますし、またその見解の不一致は不一致として、お互いに言わば認め合うということも可能でありますので、そういうことはもう格段にそういう努力を拡大していく必要があるというふうに思います。
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緒方靖夫#20
○緒方靖夫君 小島先生にお伺いいたします。
 先日のヘラルド・トリビューンを見ておりましたら、アジアの動向をこれから決めていく十のポイントという、そんな大変面白い記事がありまして、その中には中国とインドの発展がどうなるかということから始まって、最後にはインドネシアそれからオーストラリア等々の話が出ておりました。
 その真ん中辺りに、みんなポジティブな話が多い中で日本の過去というポイントがありまして、これがやはり大きな問題を握るという、そういう指摘があったんですけれども、私はそれを見て、大変面白いと同時に、やっぱりそれだけの重みを持っているんだなと。アジアのことに詳しい識者はそういうことを、見方をしているんだという点で興味深く感じたわけですけれども。
 この歴史問題がアジア全体の中でどういう、まあ戦後六十年もたっているわけですけれども、どういう重みを今後国際情勢、関係の中で持っていくのかと、その点についての御見解をお伺いしたいと思います。
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小島朋之#21
○参考人(小島朋之君) この問題というのは、先ほどの発言の中で若干触れましたけれども、やっぱりこれからのアジアにとって大きな問題になりかねない。つまり、今中国と韓国は正にこの問題を言っているわけですね。ある意味で言い募っている部分があるわけで、そして先ほども申し上げたように、中国が言っている、日本は歴史を直視しない、きちんと反省していない、その部分のかなりの部分はそうでないところもありますけれども、それを言い募れば言い募るほど、それは更に将来のアジアにとってマイナスの要素として働いていくだろうと思うんですね。
 その意味で、歴史の共同研究というのはきちんとやらなければいけないと、こういうふうに思うということであり、この過去の問題、歴史の問題、そして今起こっている反日デモということについて、実際に起こっているところを見ると、これは韓国と中国だけなんですね。台湾では起こっていない。まあ言っているのが北朝鮮。東南アジアは何もない。シンガポールは若干ストレーツ・タイムズや聯合早報が批判をすると。やっぱり東アジア全体の中でこの歴史問題も見る必要がある。反日デモ、反日騒動もきちんと位置付けておく必要があると。
 つまり、東アジアといっても、北東アジアと東南アジアと南アジアがあると。ところが、どうもその辺りが、中国や韓国でこういった動きがあると、これはもうアジア全体の評価であると、こういうとらえ方は少し問題であると思いますが、その意味でも、歴史の共同研究というのは日中だけでなく、もう少し幅広な共同研究というのを提案していく必要があるのではないかというふうに思っております。
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林芳正#22
○委員長(林芳正君) 緒方君、時間です。
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緒方靖夫#23
○緒方靖夫君 短く、一問だけです。
 柳井先生にお伺いしますけれども、長年のキャリアから、今の小泉政権のアジア外交に対してもしアドバイスがあればお聞かせいただきたいと思います。それで終わります。
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柳井俊二#24
○参考人(柳井俊二君) アドバイスというのもおこがましいんですけれども、先ほどもちょっと触れましたように、小泉内閣はもう少しアジア、なかんずく近隣の韓国、中国にもっと関心を払っていただきたいということでございます。
 その中で具体的に何をするかという点につきましては、先ほど来申し上げていますように、過去の問題については共同研究その他の努力を行うと。また、これもちょっと触れましたけれども、過去の問題のみならず、将来の東アジアの在り方、地域協力の在り方についてのビジョンを示すと、協力すればこういういい世界ができるんだというビジョンをもっと明確に示す必要があるというふうに思います。
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緒方靖夫#25
○緒方靖夫君 ありがとうございました。
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大田昌秀#26
○大田昌秀君 社民党・護憲連合の大田でございます。本日は、貴重なお話をいただいて、大変ありがとうございました。
 柳井先生に二点ばかり、それから小島先生に二点ばかりお伺いしたいと思います。
 まず最初に柳井先生にお願いしたいのは、EUが二〇〇三年十二月に採択した欧州安全保障戦略についてでございますが、これは欧州として初めての多国間の、多国間による安全保障戦略ですが、マスコミでは、イラク戦争に示された米国の単独行動主義や先制攻撃というやり方に対峙するものとして国連中心の多国間主義を鮮明にしたと報じていたわけですが、それについてどのようなお考えをお持ちか、お聞かせください。
 それと、先ほどお話を伺っておりますと、北東アジアの共同体をつくるのは、現在では非現実的だという趣旨のお話がありましたけれども、この欧州安全保障戦略みたいに多国間による安全保障政策をアジア、北東アジアの方でつくり上げるとすれば、どのような努力をなすべきかという点にお聞かせいただけたら有り難いと思うんです。
 それから、あと一点は、二〇〇四年の七月十三日付の世界週報で、時事通信のワシントン特派員の村田記者のインタビューに答えられて、戦略上沖縄の米軍の大幅な撤退は当面ないのではないかというお考えを示されております。
 私は直接アメリカの政府首脳や高官とお話しした経験がありますが、そのときに強く感じたのは、日本政府が本格的に基地問題を考えて主張すれば、アメリカ政府としては柔軟に対応するということをいろんな方から聞かされたわけですね。
 米政府は、来月下旬に在日米軍の再編問題に関連する政府調査団を沖縄現地に派遣して、沖縄の負担軽減について、日本国内での米軍の再編又は他の国への部隊の移動などで実現するのか、グアムやハワイなどへの部隊移転を含めた形で行うのか、早急に見通しを立てたいとの考えを示しているわけなんですが、このような動きから見て、必ずしも米、アメリカ政府は沖縄に現在のような海兵隊基地を過剰に負担させるということは考えていないのではないかと思われるわけですが、その点についてお考えをお聞かせいただけたらと思います。
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柳井俊二#27
○参考人(柳井俊二君) 三点御質問をいただきました。
 第一点は、二〇〇三年のEUの安全保障、共通安全保障戦略についてでございますが、この背景にはもちろん、二〇〇三年というのはイラク戦争が起こった、今回のイラク戦争が起こった年でございまして、確かに欧州諸国がアメリカの単独的な行動について相当批判を強めていた時期ではございます。
   〔委員長退席、理事浅野勝人君着席〕
 ただ、もう少し長期的に考えますと、やはりEUあるいはヨーロッパ諸国を見ますと、冷戦のとき以来NATOという形で多角的な同盟関係を持って、これによって冷戦時代、安全保障を図っていたわけでございますが、冷戦が終わりますと、ソ連あるいはワルシャワ条約機構に対峙するものとしてのNATOというのは意味を失ってしまったわけでございますが、しかし、その代わりPKOでございますとか、その他の平和活動の中核としてNATOは重要であるということで、一つはNATOを東の方に拡大していくと。元ワルシャワ条約機構の加盟国だった一部の国までNATOに入ってくるという形で、まあ違う形の安全保障体制に、NATOはあるわけですがその性格が変わってきたという中で、やはりEUとして安全保障政策を共通化していく必要があるということがかねてから随分長い間議論されてきた結果だろうと思います。
 そういう意味で、欧州の場合には安全保障環境というものが北東アジアと非常に違いますので、そのままでは北東アジアにこういうやり方を持ってくるということはできないと思います。むしろ、OSCEという形で安全保障対話というものが欧州で長年行われておりまして、日本も準加盟国のような形で入っておりますが、そういうようなやり方には参考になる点が相当あるんではないかと思います。
 この点は、第二の東アジア共同体に関しての御指摘に関係があると思います。私も東アジア共同体は当面、共同体ということの意味いかんにもよるんですけれども、EUのようながっちりした組織をつくるのは無理であろうと。しかし、できるところはいろいろあるので、できるところからやっていくという意味での東アジア地域協力というのは可能だと思います。その中で、現在既にございますが、いわゆるASEAN地域対話、いわゆるARFという安全保障対話がございますが、こういうものも今後更に促進していくということは十分可能だろうと思います。
   〔理事浅野勝人君退席、委員長着席〕
 それから第三番目の沖縄における米軍基地の問題でございますが、私も昨年、引用されましたインタビューでそのように申し上げた経緯がございます。私が申した趣旨は、当面大幅な撤退はないだろうということで、御指摘のような形で、いろいろな形で、一部の米軍が外国へ行く、あるいは日本の他の地域に動くというような形の再編というのは十分あり得ると思いますし、そういう方向で話し合っていくべきだと思っております。
 ただ、東アジア、特に北東アジアの安全保障環境が大幅に好転する見込みが今ないわけでございますので、そういう意味で、抜本的な撤退、一切基地がなくなるというようなことを含めて、そういう大幅な撤退というのは率直に申し上げて難しいんじゃないかという趣旨で申し上げたわけですが、繰り返しになりますけれども、今ちょうど米軍の再編をやっているところでございますので、言わば一つのチャンスでございます。そういう意味で、いろいろな形で知恵を出して沖縄への負担を軽減していくということはやるべきであるし、可能性があるというふうに思っております。若干、あのインタビューのときの言い方は舌足らずだったかもしれませんが、そういう趣旨でございます。
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林芳正#28
○委員長(林芳正君) 大田君、簡潔にお願いいたします。
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大田昌秀#29
○大田昌秀君 はい。時間がないので、一点だけお伺いします。
 何年か前に、ジョセフ・ナイとかアーミテージさん、アメリカの、が中心になって十六人の学者、政府高官、それから軍事評論家たちが二〇一五年の世界情勢という本を書いておりますが、その中で、日本について、二〇一〇年までに憲法を変えて二〇一五年までに核兵器を持つだろうということを予言みたいなことを言っておりますが、その理由として、中国では戦争のできる世代が急激に増えるのに対して、日本は全く逆に戦争のできる世代が急激に減っていく、そうすると日本の中国に対するナショナリズムからいって核兵器を持つようになるだろうという趣旨のことを書いています。
 最近の日中関係見ていますと非常に懸念される点がありますが、そのような点について日本が中国に今後どのような対応をすればいいか、お聞かせいただけたらと思います。
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