松井孝治の発言 (憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会)
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○松井孝治君 民主党・新緑風会の松井孝治でございます。
私は、レジュメは用意してこなかったんですが、今日の議題になっている事項を中心に、今、荒井委員の方からは政党との関係あるいは選挙制度もあったわけですが、その辺りは中心は次回に譲って、意見を申し述べたいと思います。
まず最初の参議院、一院制か二院制か、あるいは参議院が必要かという議論は、もうこの小委員会あるいは憲法調査会でも議論が相当重なっておりますが、私どもとしても参議院は必要であるという見解でございます。ただ、参議院の改革は必要であるというのは、これも各会派が意見は同じだと思いますが、改革は必要である。
具体的に、一院制、二院制の長所・短所、是非ということになりますと、やはり今非常に政策決定にスピードが求められている、あるいはダイナミズムが求められているのは事実だと思います。したがって、現状のような参議院というのは、政策決定のスピードにおいても、あるいはダイナミズムにおいても、必ずしもそれは社会のニーズに適応していないということは我々が意識しなければいけない。したがって、参議院の在り方を考えていくときに、同じように法律あるいは条約、予算、同じように衆議院と議論していたのであれば、これは参議院に対する国民的な批判を免れないであろうというふうに考えます。
しからばどうすべきかという意味においては、やはり衆議院と役割分担をして、むしろ重畳的、重複的に議論をするというよりは、視点を変えて議論をするということが必要なんではないかと思います。
これは小委員会でも、あるいは調査会本体でも議論になっていますが、衆議院が、例えば法律案の多くは内閣で決定されているわけでありますが、既存法律の一部を改正する法律というのが出てまいります。あるいは、予算でいえば、今年の予算はどういう費目をどれだけ増やしたかと、あるいは減らしたかということがマスコミの注目も浴び、また、衆議院での予算審議の中核になっているわけでありますね。それを、全く同じことを参議院がやっている限りにおいては、衆議院の論点の繰り返し、あるいはその落ち穂拾いという役割に甘んぜざるを得ない要素が多々あります。それでも、議論が不要かといえば、私は必ずしもそうではないと思いますけれども、必要な議論もあろうかと思いますが、そういう要素が非常に、ある意味ではリダンダンシーという要素が強いと思います。
そうではなくて、私ども参議院が議論をするとすれば、その一部改正の法律の改正部分を議論するのではなくて、その法律の根っこは本当に必要なのか、あるいは時代の要請を体しているのかというような根本からの議論が必要になろうと思いますし、むしろ予算よりはチェックの院としての、決算でその予算の結果がどう現実に効果を及ぼしているのかということを議論すべきだということも、これは各会派においても比較的共通認識がある部分ではないかと思います。
要するに、衆議院と参議院がある種の分担関係といいましょうか、チェックの視点を変えるという参議院にしなければいけない。これは、したがってその両院の調整機能にも及ぶわけでありますが、両院の調整機能をどうすべきか。例えば、先ほど荒井委員の方からあった三分の二要件というものを半分にすべきかどうかということについて、まだ我が党において完全に意思決定を見ておりませんけれども、場合によっては分担をし、例えば予算を中心とした衆議院がある、そのときに、予算は衆議院の優越が非常に明確になっている分野でありますが、それに対して、むしろ参議院は決算を中心に、決算の拘束力を強めるという形で参議院の議論あるいは機能を強化すべきである。同じように、予算も法律も、そこの部分の権限は握ったまま決算を強めるというよりは、むしろ役割分担をきっちり議論をすべきではないかというふうに考えております。
そういう視点において、衆議院というのはどうしても執行の院であろうと思います。我が党は、特に政府、与党というのを一体化すべきだというふうに考えておりますから、そういう意味では、衆議院自身は執行の院である、参議院はそれに対して一定の距離を置いて、チェックの院としての機能を果たすべきではないか。
自民党においても途中段階でそういう議論があったようでありますが、したがって首班指名であるとか、あるいは、そういうチェックの院である参議院が執行の院である衆議院と同じように執行機関である行政に対して閣僚を出すという形でのコミットメントを続けて、果たして利益相反が起こらないかということは慎重に議論をすべきではないか。具体的にいえば、首班指名、総理大臣の指名あるいは閣僚を送ること、あるいは問責決議の扱い、ここの辺りについては検討を更に進めなければいけないのではないかと考えております。
具体的に参議院が担うべき分野としてもう一度申し上げれば、私は、決算あるいは行政評価、あるいは地域間の財政調整、そして中長期的な政策課題で、これは必ずしも政党の対立的な関係において処理するのが適切ではないような中長期的な政策課題。例えば、年金問題のように、政権交代が今後常態化するようなことがあって、そのたんびに年金制度をいじくっていたのでは、これは年金制度は安定が欠けるわけでありまして、そういうものについては参議院が議論において、より優先して議論を行うような、これは憲法上の規定で設けるというよりは、あるいは衆議院、参議院の話合いの中で会派を超えてそういう分担関係を作り上げることが必要かもしれませんが、そういった中長期的課題というのも必要であろうと思います。
もう一つ、執行の院である衆議院に対するチェックの院としての参議院という色彩を強化すべきだとした場合に大事な点は、政策のリソースをどうするかということであろうと思います。
執行の院である衆議院が中心となって作る内閣には、中央官僚組織という大きな政策スタッフ集団が存在するわけであります。今のところ、参議院にももちろん調査室であるとか、あるいは法制局であるとか、そういう政策スタッフは存在しているわけでありますが、やはりチェックの院としての参議院が独自性を発揮するために政策スタッフあるいは先ほど申し上げた政策評価、行政評価を行うスタッフというものをもっと増員をしなければ、これはとてもじゃありませんが、執行の院である衆議院に対し、ある意味では対等以上のチェックの役割を果たすということにはなりません。
したがって、今も、これは荒井委員も私も決算委員会のメンバーあるいは理事でございますが、決算委員会においても議論をしていますけれども、そういうチェックの院としての決算の機能を強化するために、一々説明は、結局のところ内閣に所属する行政各部から説明を聞きながらチェックをするという状況に今あるわけであります。こういう状況ではなくて、これは会計検査院というものをどう位置付けるかということに関連するわけでありますが、例えば会計検査院的機能というものを参議院に取り込むべきではないか、あるいは広く国会に取り込んで、それは主として参議院がそういう組織を活用すべきではないかという議論もあろうと思います。
また、民主党は、政権公約の中で行政評価院を作るべきではないかという議論をいたしております。これは、会計検査院との関係においてはその会計検査院的リソースを活用するべきだというのが私の個人的考え方でありますが、単に会計経理上の問題をチェックするにとどまらず、その制度あるいは政策の有効性について根っこから、霞が関の論理で説明を受けるということではなくて、その霞が関とある意味では独立したような政策集団を持って、政策制度のそもそもの必要性、有効性、時代適応性をチェックできるようなスタッフを持たないで参議院が形の上でだけ決算の審議時間を増やしても、それは本当の意味でのチェックの院としての権威あるいは議論の深みに欠けるのではないでしょうか。
その意味で、私は、ある意味では霞が関の一部の機能あるいはリソース、総務省の中には行政評価局、昔の行政監察局ですが、そういう部局もあるわけであります。そして、会計検査院というのは約千人のスタッフを抱える組織であります。そういう人員、リソースを生かして、今の時代の必要性という意味においては、霞が関の人員を相当程度国会に移して、人員というのはそのままの人が移ってくるかどうかは別でありますが、言ってみれば、その公務員の部局を大きくするというのはなかなか今の財政の下では難しいわけでありますから、その定員をむしろ国会に移して、そこが例えば政策評価院とか行政評価院というような形で今の会計検査のみならず政策の根っこから必要性を問い掛ける。会計検査院というのは会計財政上のチェックしかできません。しかもそれは手続上の不当事項中心のチェックであります。それをもっと広めて、財政に関係ないいろんな諸規制の有効性、規制改革のようなことも含めて、そもそもの制度設計からチェックをし、場合によっては対案まで出していけるような政策スタッフ集団を作るべきではないかと思います。その意味では、会計検査院機能を含めた、参議院が従来の行政回りの機能というものを自らのスタッフとして有効活用すべきではないかと思っております。
もう一つ重要な機能というのは、これも執行権との独立性が必要なものとして、国会同意人事というものがあろうと思います。
先ほど荒井委員の方から面接という言葉がありましたが、私はこれを更に進めて、米国の上院などでよく行われているように、非常に重要な内閣人事については国会においてきちんと公聴会、その人物を政策的な議論も含めて行った上で、国会がその人事について同意するかどうかを、これはまあむしろ参議院が中心になって行うべきではないかと考えております。
そういう参議院の機能を考えたときに一つ二つ重要な事項は、まず第一に、会期というものをどう考えるかということであります。
今、会計検査院の機能も参議院で議論をしていますけれども、年次報告的なことしか会計検査院はやっておられませんけれども、逐次的に、それが閉会中であろうといつであろうと、チェックの院という姿勢、機能を果たすためには、むしろその会期というものを今の衆議院と同じ会期で置くというのはやや合理性を欠くのではないかと考えております。
そして今の、これは選挙制度とも絡むわけでありますが、参議院が、やはり与党も野党とも政党の党議拘束が参議院の意思決定においても色濃く掛かっているということについては、これも憲法事項かどうか分かりませんけれども、党議拘束がやはりより薄くなるような方向での改革が必要なのではないかと考えております。ただ、これについては、次回議論される選挙制度との関係で、本当にその党議拘束、政党の拘束がそんなに弱くできるかどうかということを保障するためにも選挙制度にも工夫が必要ではないかというふうに考えております。
最後にもう一点だけ追加をするとすれば、参議院の司法的機能、今、司法的機能というものは、いわゆる裁判所だけでいいのかどうかというのをこれは議論をすべきであると思います。行政の中にも司法的機能を色濃く持った、例えば公正取引委員会であるとか特許庁なんかも審判機能を持っているわけでありますが、行政全体が、あるいは政治全体が従来の事前調整型から事後チェック型になろうとしている中で、司法との関係をどう考えるかというのは、チェックの院という意味でも参議院にとっては非常に重要なことではないかと思っております。
その意味において、例えば憲法解釈というのが、従来これは執行の組織である内閣が自ら憲法解釈をして、これは合憲である、どこまでなったら違憲であるという判断をしております。内閣がそういう憲法解釈の権能といいましょうか、憲法解釈を内閣の一部門が独自の判断で行うことは、これは別に私は適切であると思います。ただ、それが憲法解釈のすべてを決めるような現状というのはおかしいんではないか。内閣としての憲法解釈はあろうかもしれませんが、立法府として憲法解釈というのを持つべきである。最終的には、それが本当に違憲であるかどうかというのは、これは司法にゆだねてもいいのではないか。
そういう意味では、チェックの院として参議院が、今の例えば内閣であるとか、あるいは衆議院において示された憲法解釈というのが本当にいいのかどうかということをチェックする、この機能も非常に重要になってこようと思います。
これもやはり重要なことは、それだけを行うのに本当にふさわしいスタッフを現行の参議院が持っているかどうかということになると思いますが、それは非常に私は寂しい限りではないか。例えば、憲法解釈をきちんと行えるような中長期的視点に立って、しかもそれが党利党略による憲法解釈ではなくて、ある種の権威、そして中長期的な整合性があるような憲法解釈機能をもし参議院が持つとしたら、それにふさわしい憲法論あるいは行政機能についてのしかるべきスタッフを参議院が持った上で、しかもそれが政党、各会派の利益によって濫用されないような組織を参議院内部にどう作り上げていくかということが必要ではないかと考えます。
以上でございます。