滝実の発言 (日本国憲法に関する調査特別委員会)

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○滝委員 国民新党・日本・無所属の会の滝実でございます。
 先ほどの六月一日の本会議における代表質問におきまして、与党あるいは民主党の提案者からそれぞれ御見解をお示しいただきましたので、そういうことも踏まえて本日は意見を開陳させていただきたいと存じます。
 まず最初に、今、辻元委員から、六月一日の本会議の様子についての御発言がございました。私も、この本会議における情勢といいますか状況というのは余り好ましくない、そういう感じがいたします。この場でそんなことを申し上げるのは恐縮でございますけれども、やはり意見は意見としてお互いに聞く、そういうような姿勢がなければ国会はそもそも成り立たない。それを、発言を抹殺するような言葉をかけるというのはいかがなものだろうか、こういうようなことをあえて申し上げておきたいと存じます。
 さて、今回の二つの国民投票法案でございますけれども、それにつきまして基本的な考え方を私はまず申し上げておきたいと思うのでございます。
 言うまでもございませんし、今さら言うのもどうかと思うのでございますけれども、民主主義は多数決の原則に基づいている、これは当然のことでございます。しかし、その多数決の原則というのは、ただ単に採決すればいいというものではございません。
 多数決の原則が成り立つためには、賛成、反対をめぐって十分な議論が尽くされる、これが前提でございます。そういう前提のもとにおいて初めて合理的な結論に達し得る人たちが二分の一以上になるという、いわゆる有名なコンドルセの定理というのがあるそうでございますけれども、そういうような確率論を背景にしている。これは直観的にみんなそう思っているわけでございますけれども、そういうことが前提だろうと思うのですね。
 そういう意味では憲法改正の国民投票も、十分な議論を尽くす、十分な意見をお互いに認識する、それでなければ二分の一以上の賛成を要件とする憲法九十六条の意味がないというふうにさえ思うわけでございます。
 したがって、一般の法案であればなかなか一般国民がそこまではいきませんから代表民主制をとらざるを得ないわけでございますけれども、あえて直接民主制としての国民投票制度をとる以上は十分な意見を認識してもらう、これが前提でなければならないということをまずお互いに共通認識として持つ必要があるのだろうと思います。
 そういう意味で今の出ております二つの法案を見ますと、やはりそこのところに若干の不徹底さがあるように思います。
 どういうことかと申しますと、例えば広報協議会の委員の数、あるいは政党ができる無料の広告放送時間、新聞広告、こういったものの割り振りは所属する国会議員数で割り振るということで共通をいたしておるわけでございますけれども、私は、当然、国民投票は国会における議決に拘束されてはいけない、やはり中立の立場から国民に賛否両論の趣旨の説明なりあるいは国民運動を展開することを保障しなければいけないように思います。
 そういう意味では、広報協議会の委員の割り振りについて若干の配慮があります、しかし、それはその程度ではいかがなものだろうか、こういう感じがします。それから、無料の広告放送時間あるいは新聞紙面の割り振りについても同じようなことがある。どだい憲法改正案が国民投票に付されるときには、国会においては三分の二以上の多数決で決まっているわけでございますから、当然反対派の意見は三分の一以下でしか国民の目に触れることができない。そういう前提の中で中立的な国民投票を保障することは不可能だというふうに思いますので、私は改めてそういうことについて検討をしていただきたい、そういうふうに思います。
 それから、その関連で申し上げますと、参考人質疑でもございましたけれども、有料のテレビ広告につきましては、憲法改正の賛成、反対派が公平に利用できるような対応を民放連としても考えたい、考えなければいけないという御発言がございましたけれども、当委員会におきましてもこの民放連側の対応を踏まえた配慮が必要だろう、こういうふうに思います。
 それから二点目の問題として、憲法改正によって憲法が変えられても、相変わらず憲法のいわば解釈、運用に恣意的なことがあるならば何のために改正したかわからない、こういうような御指摘に対して、与党の提案者も民主党の提案者も国会法の改正で予定しております憲法審査会でそのようなことを考えたらどうだろうかと、運用の抑制をどうするかということについてこういうような見解が示されました。私は、それは一つの考え方として、憲法審査会でこの問題を取り上げていくということは一つの大きな方法だろうというふうには思いますけれども、それだけで内閣の権限の濫用を抑制することができるのかどうか、極めてあいまいだというふうな感じがいたしますので、これについてももう少し検討をしていく必要があるんだろう、こういうふうに思います。
 それから三点目に、これは愛知委員初め、国民主権に関連いたしまして、一般的、諮問的な国民投票制度について否定的な見解がしばしば示されてきたわけでございますけれども、もともと、例えば英米においては国民主権の徹底ということについてはかなり距離を置いてきましたね。だから、例えばアメリカでも憲法改正には国民投票を用いておりません。しかし、最近では、そういう英米流の国民主権の徹底についてはいささか疑問の観点から、抑制的に考えてきた英国でも一般的、諮問的な国民投票制度を導入しております。それからまた、オランダもイギリス、アメリカに近い格好をとってまいりましたけれども、そのオランダも一般的、諮問的な国民投票制度を導入する、こういうことになってきているわけでございます。
 もともと英米ではイギリスのエドモンド・バークの国民主権についての疑問的な政治哲学が根底にあってこういうようなことになってきたと思いますけれども、それが今、国民投票制度ということで、一般的にエドモンド・バークの考え方が修正されてきつつある、そういうふうに私は受けとめております。そういう意味では、この国民投票制度を憲法改正についてのみ考えるのではなくて、一般的な諮問的な制度を改めて検討すべきだ、私はこういうふうに思います。
 以上、主なところを三点ばかり申し上げましたけれども、もう一つつけ加えさせていただきますならば、公務員の国民投票制度についての取り扱いで相変わらず規制が従来どおり残っている、あるいは買収の規定についても事細かに買収の規定が残っている。私は、それはもう少し簡素あるいは規制緩和をすべきだろう、こういう感じがいたします。
 いずれにいたしましても、与党案、民主党案の二つの法案が出てきているわけでございますから、私は一本化するような努力を引き続きやるべきだということを申し添えて、発言を終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
    〔愛知委員長代理退席、委員長着席〕

発言情報

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発言者: 滝実

speaker_id: 6690

日付: 2006-06-15

院: 衆議院

会議名: 日本国憲法に関する調査特別委員会