木下武男の発言 (予算委員会公聴会)
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○木下公述人 昭和女子大学の木下と申します。よろしくお願いします。
私は、そこにありますA4二枚のテーマでお話しします。何やら大学の講義のようなレジュメになってしまって恐縮ですが、ごらんください。
私は、今到来しつつある格差社会に十分に配慮して予算編成をしていただきたいという立場からお話しします。連合の公述人の方も格差社会について触れられましたけれども、私は違った角度からお話ししたいと思います。それは、格差社会の問題を構造的にとらえるという視点です。つまりそれは、単に格差が拡大してきている、ないしはフリーターの増加が問題であるということにとどまらず、実は、戦後につくられた労働と生活をめぐる日本的システムが崩壊しつつあるという認識に立っているからです。
本題に入ります。
まず、格差社会の指摘というところですけれども、今、格差社会ないしは下流社会等々の言葉がはんらんしておりますけれども、私は、それは不正確であって、二極化社会というふうに考えたいと思っています。それは、これまでの日本の社会は十分に格差社会であったというふうに思っているからです。
ここに引用しましたのは、一九九一年の国民生活審議会の答申、報告であります。ここに、企業中心社会、余りにも経済効率に偏った企業中心社会が、長時間労働、会社人間、単身赴任など諸外国に類を見ない勤労生活をもたらしている、この企業中心社会の変革が必要だというふうに述べていました。そして、その中で格差社会についてこのように触れています。個人の生活が過度に企業に依存してしまった状況下では、企業間の優劣が単に賃金の格差にとどまらず、従業員の生活全体に格差を生じさせてしまう、企業規模間の賃金格差は近年拡大傾向にある、教育機会や相続を通じて次世代にわたって継続していく場合があり、社会の不平等性の見地から問題になるというふうに言っています。
ちょうど、亡くなったソニーの盛田会長は、日本的経営が危ないという論文を書いて、似たような問題意識でありました。こういった一九九一年状況のときには、かなりこういった企業中心社会や格差社会についての問題指摘があったわけであります。
それでは、格差社会から二極化社会へというのはどういうことなのか、つまり、これまでの格差社会は一体どういうものであったのかということをお話しします。
下の図、左のところを見てください。実は、格差社会の秩序と安定ということでこれまでの日本社会は形成されていたというふうに考えています。
図は、九六年の企業規模ごとの年齢別賃金カーブを描いたものです。企業規模別のカーブで、整然と、しかも序列化されていることがわかります。働いている者の世界では、日本のこの格差は、企業規模別に大変大きな賃金の格差がある、これは日本の特殊な年功賃金によるものでありますけれども、そのことは省きます。企業規模によって賃金格差が極めて大きい、そして、賃金の年収格差はやがて働く者の生涯所得格差を生み出します。
そして、その企業規模間の秩序と、実は、大学、学校の格、序列というものが対応関係にあったわけです。つまり、この年功賃金カーブの一番上のトップのカーブに乗ろうとするならば、いい学校、いい大学に入らなければならない、こういった構造になっていたわけです。
したがって、日本では、いい学校、いい大学、そしていい会社、こういったルートがつくられて、学校や大学の格を競う日本特有の学歴競争社会というものがつくられたわけです。そして、このことについて、親も子供たちも教師も、一応このルートに乗せることを暗黙の合意として、そして、そのルートに乗せるために勉強させていたわけでありますし、学生生徒は、ここから落ちた場合には、自分が勉強しなかったから、自分がだめだったからといって納得していたわけです。
しかし、この格差社会というものは、実は、格差はあるけれども、私は、安定した社会、秩序があった社会だというふうに思っています。それを今の図の右のところで示しました。
これは、下の長方形と上の台形が重なっています。下が学校、上が会社です。三月卒業、四月入社という日本特有の定期一括採用制度というものがありますけれども、このことによって学生生徒は、企業内の生涯の入り口に正社員として立つことができたし、そしてその中で、内部昇進制といいまして、日本特有のだんだんと昇進、出世していくという仕組みに乗っていったわけです。
つまり、三月卒業、四月入社、昇進、出世、そして定年を迎える、これは企業の濃淡があって、大なり小なり差はありますけれども、しかし、このルートに多くの学生生徒は乗ることができた。これが格差社会の安定と秩序というふうに見ることができると思います。
この格差社会へのインパクトというものがどのようなものであったのか、これが下のところで書きました下層の形成。1は失業者、2は有期雇用労働者、これは左のところが十五歳から二十四歳までの男性の正社員と有期雇用の比率ですけれども、右の薄いところが正社員です。左が有期雇用というふうになりますけれども、これは就業構造基本統計調査で五年ごとの変化ですけれども、二〇〇二年のこの変化が大変大きいというところに注目していただきたいと思います。
今、これは四二%です。二〇〇二年段階で、この二十四歳未満の若者の四二%は非正規です。そして、直近の二〇〇五年の労働力調査では、これが四八%という結果が出されています。右が女性ですけれども、女性全体では五三%、つまり、働く女性の多数派は有期雇用というふうに変化いたしました。
そして問題は、上のところの二極化社会という図に戻っていただきたいのでありますけれども、この若年を中心とした有期雇用、失業者、無業者という若者の労働市場がだんだんと壮年や中高年へと拡大していく、こういったことが予想されるわけです。
現に、昨年の国民生活白書では、フリーターの中心層が三十代にかかり始めている、そういったふうに述べております。また、そこでは、これは二十五から三十四歳ですけれども、共働き世帯の四、五%がフリーターカップルだというふうにデータを出しています。あるいは、中高年フリーターという言葉も出ています。つまり、若者を中心とした労働市場の変化が、やがて日本全体の労働市場の変化を引き起こしていくだろうというふうに予想することができるわけです。
これが右のところでありまして、これまでの台形と長方形が接していた、ここのところに、そのまま正社員になれない部分がある。流動的労働市場というふうに言いましたけれども、このことが形成されて二極化社会がつくられていくだろうというふうに予想することができます。
次に、二極化社会についてのイメージですけれども、少しイメージでお話しします。
左の下ですけれども、実現してはならないアメリカ二極化社会の例ということで、左のところの棒グラフを見てください。これは、アメリカの所得階層を五つに、最も低所得、そして最も高所得というふうに五分の一、五分の一、五分の一で分けています。上が、小さくて恐縮ですけれども、一九四七年から七三年までの所得階層の伸び率を示しています。明らかに一番低所得の階層が所得は伸びています。しかし、下のこれは一九七三年から二〇〇〇年です、低所得者は余り伸びない、高所得者は大変伸びているということがわかります。
そして、二極化社会というのは、五割五割という分け方ではなくて、少なくともアメリカの場合は、右の高所得者の五分の一と五分の四に断層があるように感じられます。つまり、五分の一階層と五分の四階層というふうにアメリカは分かれているということであります。
そして、右のところ、上層は、これはかなり言われていることでありますけれども、ゲーテッドタウンといいまして、一つの町に鉄さくをつくって、そこでライフルを持ったガードマンが警備し、その中に上層のお金持ちの邸宅やショッピングのお店があるということがありまして、郊外にそういうものがあります。下のダウンタウンでは、ここに書きましたように、刑務所人口がこのような形になっています。五百万人が保護観察下にあるということで、見たら、これは長崎県ないしは青森県の人口に匹敵します。このような二極化社会がこういった不安定な社会をつくり出すということは明らかであります。
次のところに、それでは日本はどうなのかということで少し見てみたのがこの図であります。これは勤労者の純預貯金額の推移を示していまして、アメリカは五分の一で切りましたけれども、これは十分の一ずつに切ってあります。
そうすると、これが一九九五年から〇四年までの間の経過でありますけれども、実は、純預貯金額の推移でいえば、一番上層がやや伸びているという感じですけれども、あとは右下がりになっています。とりわけ、十分の一の階層のところを見ていただきたいんですけれども、二〇〇〇年に純預貯金額ゼロになっています。そして、これはマイナスですから、預金の切り崩しに入っているということです。
見なければならないのはこの第一階層、さっき言いました預貯金なしですけれども、この世帯主の年齢は決して若くなくて、四十五・四歳です。世帯数三・〇六人です。こういったところに今階層化、二極化という事態が進んできているというふうに見ることができます。
それで、ここで強調したいのは、次の、日本的システムの崩壊と二極化社会というところであります。
私は、先ほど、労働と生活をめぐる戦後的システムの崩壊というふうに話しましたけれども、重要なのは、その代替システムを構築するということが大切だということが一番強調したい点であります。
一つは、(1)年功賃金・企業福祉による生活保障の崩壊ないしは縮減ということでありまして、先ほどの生活審議会は、個人の生活が過度に企業に依存しているという表現ですけれども、これは企業依存の生活構造というふうにとらえることができます。
つまり、どういうことかというと、左のところは、上がブルーカラー、下がホワイトカラーの年齢別の賃金カーブです。これを見ますると、日本だけが特別な年功賃金というふうになっていまして、欧米は年齢とともに余り上がらない、フラットになっていますね。これは極めて注目すべきものだというふうに思っています。
右はそれをモデル化したものですけれども、これは賃金の水準ではなくて上がり方です。ヨーロッパの場合は、ここの水準のフラットのところが一人前の賃金です。日本の場合は、単身者賃金から世帯主賃金へと上がるという年功賃金です。この二つの差が今大変重要になってきているわけです。
ヨーロッパの場合は、モデル化して示しましたけれども、年齢とともに上がらない。さぞや大変だろうというふうに思われがちですけれども、生計費が上がらないような仕組み、これがヨーロッパの福祉国家における社会保障、社会政策で、住宅、教育、老後ということでベクトルを下に押し下げる役割があるということと、生計費を上げる、これが児童手当であります。このような形で、フラットになっているものに対して、これを押し下げる、押し上げるという福祉国家的機能があるということです。
強調したいのは、これを日本は企業が肩がわりしていたということですね。この企業が肩がわりしていたものに対して、もう企業は撤退する、どうするのかということが、私は日本の政策的な中心点にならなければならないだろうというふうに思っています。
それで、具体的に連合の公述人の方がおっしゃられたところはそのとおりでありまして、省きます。
それと、特に(2)日本型雇用の崩壊と労働力政策という点では、これは日本の雇用の特殊な採用方式というのがありまして、さっき言いました三月卒業、四月入社です。だから、学校に職業紹介を任せていたわけでありまして、これが、もうそれこそ高校では正社員になれない人たちがいるから、結局はハローワークだとかさまざまな派遣になってしまうわけでありますけれども、この職業紹介についてもきちっとした手当てが必要だろうということ。
二番目は、日本の企業内の技能養成システムです。
これは、日本は特殊な技能養成の仕方がありまして、欧米は企業の外で技能を養成するということです。これが、日本で今企業に余裕がなくなった、あるいはフリーターとして技能を養成することができない、これは私はもう国家的な課題だと思います。技能を身につけることのできないような国になってはいけないと思います。
トニー・ブレアが、エデュケーション、エデュケーション、エデュケーションと三回叫びました。先進国はどこでもITを中心とした教育に熱心です。しかし、日本のフリーターやさまざまな有期雇用に対してどこが技能養成をするんだ。これまでは企業がやっていました、企業が撤退した後どこがやるのか、このことが今重要になってきていると思います。
最後に、トリノ・オリンピックで、一つとったようでありますけれども、振るわなかった背景に企業がスポーツから撤退しているという指摘があります。それを国家が肩がわりするというのもいかがかと思いますけれども、少なくとも、労働と生活のところで企業が撤退しつつあるということに対して、どこがどのような形で代替機能を構築するのか、それは決して小さな政府ではないだろうというふうに思っています。積極的な御論議をお願いしたいと思います。
以上で終わります。(拍手)