高野博師の発言 (決算委員会)

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○高野博師君 正にその帰属が、返すということについてロシア側は、これを返すというのはこれはもうルーズだと、要するに敗北だというとらえ方を恐らくするだろうと思うんですね。したがって、そうは簡単に返せないと。
 一九五六年の日ソ共同宣言では、これは両方の議会が批准していますから、これは法的拘束力を持つ国際約束だと、こういう位置付けができると思うんですが、平和条約締結後に色丹、歯舞の二島を引き渡すということは五六年の共同宣言で言っているわけですね。ということは、少なくとも二島は返す意思があるということはこれで確認できると思うんですが、一九九三年の東京宣言では、これは法的拘束力はないと思いますが、四島の帰属問題を解決することによって平和条約を早期に締結するよう交渉を継続すると、こういう言い方、この帰属を明確にしてから平和条約結びましょうと、こういうことになっていますが、その間に橋本当時の総理の川奈の会談があって、中身については明確にされておりませんが、明らかにされておりませんが、潜在的主権というようなやり取りで恐らく交渉したんだと思いますが、これもうまくいかなかった。
 そして、二〇〇一年にイルクーツク声明を出して、これも法的拘束力はありませんが、共同宣言、東京宣言、両方を交渉の出発点とするということがうたわれたんですが、これ相互に受入れ可能な解決にすると、これを目的にすると、こういうことなんですが、正に相互に受入れ可能な解決方法と、これが一番難しいんですが、そこについてもっと詰める必要があるんではないかと思うんですが。
 まず、中国とまずロシア、さっきちょっと触れましたが、ソ連時代から中ソの国境、東部国境というのはずっと争っていたと。そして、東部国境は四千三百キロ、そのうちの三千五百キロは河川の国境だと。アムール川、ウスリー川。しかし、一九六九年にダマンスキーというか、珍宝島で軍事衝突があって、これは正に両方とも核戦争の危機もあったと言われるぐらい緊迫したわけですが、その後、徐々に関係が少しずつ良くなり出して、そういう中でペレストロイカが進んでロシアになり、そういう中で中ソの東部の国境、これはやれるところから決めていきましょうと、こういうことになって、最終的に先ほど言いました二〇〇四年の十月十四日にプーチンと胡錦濤両首脳の間で最終決着がした。これはある意味で世界を驚かしたわけでありますが、このやり方についてはどういう認識をされていますか。

発言情報

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発言者: 高野博師

speaker_id: 15245

日付: 2006-04-05

院: 参議院

会議名: 決算委員会