西村明宏の発言 (文部科学委員会)

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○西村(明)委員 おはようございます。自由民主党の西村明宏でございます。
 まず初めに、いじめに起因して若い命をみずから絶ってしまった子供たちとその御家族に対しまして、心から哀悼の誠をささげたいと思います。そして、皆様とともに全力を尽くしてこのいじめ問題の根絶に当たってまいりたいと思うところでございます。
 さて大臣、教育というのは一体何でしょうか。辞書によりますと、その定義では、一般的あるいはその面の知識や技能の修得、社会人としての人間形成などを目的として行われる訓練というふうにあります。ただ、現在の教育においては、知識や技能に偏在しておりますし、大学進学ばかりに目を向けたカリキュラムが編成されている、これが今の未履修の問題にもつながっていると思います。その反面、社会人としての基礎的な教養である文化であるとか伝統、そして歴史、そういった社会人になる上で基礎的に身につけていかなければならない部分、また、社会人としての人間形成の面の育成、こういったところがどうしてもおざなりになっている、そういうような気がしてなりません。
 そしてまた、もう一つ問題意識を持っているのは、自由主義というものが余りに強調されているのではないのか。自由というのは、もともと人間が生まれながらに持っているものでございます。しかし、その自由というのは、自分の自由は他人の自由と接した時点で制限されるということが理解されていないんじゃないのかなと思います。
 人間は、生まれたときにあらゆる自由を持っています。世界じゅうに自分一人しかいなければ、その自由は十分に享受できる。しかし、それが家族ができ、そして地域コミュニティーができて、そして歴史的にはそれが発展して都市国家になって、そして現代のような大きな国家になりました。そうすると、より多くの人と一緒に快適に暮らしていく、そういった節度というものが求められてくるように思います。
 人間の自由の部分、個人の自由と、そして人間の尊厳というものは十分に尊重されなければなりません。しかしながら、相手の自由とそして尊厳を尊重することによって初めて、自分の自由と尊厳が守られる、こういった根本的なところがなくて、自分の自由ばかり主張して、相手の自由の領域まで踏み込んでしまっても構わないというような風潮があるように感じてなりません。
 社会を生きていく上での規範意識というものを、もっともっと子供のときからしつけていかなければならない、そういった思いでいるところでございますけれども、大臣の教育に対する根本的な理念、考え方というのをまずもってお伺いしたいと思います。

発言情報

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発言者: 西村明宏

speaker_id: 15092

日付: 2006-11-15

院: 衆議院

会議名: 文部科学委員会