水島朝穂の発言 (外交防衛委員会)
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○参考人(水島朝穂君) これはやはり、日米安保体制の評価以前に、やはり、いわゆるその日米、憲法が期待する安全保障の形というのは、基本的には今から四十七年前に出た砂川事件の一審判決、東京地方裁判所の判決が言うように、国連の集団安全保障というものを最低線とすると、こういう立場からしますと、いわゆるアライアンス、軍事的同盟関係というものは憲法の期待する安全保障ではないというふうに私は考えておりますから、その角度からすれば、いわゆる砂川第一審判決の立場に立てば、皆さんとは違うと思いますけれども、日米安保条約の違憲性というものは今なおあると私は考えていますが。
しかしその後、これだけ時間がたちました。そして、日本のそのときの選択について他に選び得る手段、全面講和論その他をここでする時間はありません。しかし、少なくとも八九年のベルリンの壁崩壊以降の冷戦の終結以降の日米安保の役割というのは、私は歴史的使命を終えたと考えております。
それは、つまりNATOと同様の位置にあります。NATOの場合には、ヨーロッパ正面の脅威が基本的になくなったということで基本的にここで改編が迫られましたが、私がちょうど九九年の三月に滞在したときユーゴの空爆が始まりまして、実は空爆開始後十数日でNATOは五十周年を祝う予定だったんでありますけれども、実はヨーロッパの状況は、OSCEのような緩やかな地域的な集団安全保障のシステム、EUのシステムなどがありまして、冷戦型のNATOのようなシステムの存続というものがやっぱり議論されていたわけですね。そういう中で、NATOというのがユーゴの空爆やそれ以降のアフガンなどのコミットの中で存在証明をしていったわけですけど、私は、ヨーロッパにおいては基本的に、冷戦が終わったという傾きの中で、基本的に、集団安全保障とその地域版、地域的な集団安全保障の方向にやっぱり基本は流れていると考えておりまして、NATOは歴史的使命をあの時点で終えていたと思っています。
それに比べ、アジアはまだ冷戦が続いていると。金門島もあるし、基本的に三十八度線もある。そう考えると事情は違うというのはそのとおりでありますけれども、少なくとも、この冷戦型、冷戦期に結ばれてきたこのいわゆる日米の軍事的協力関係というものをこのままの状態で再定義を繰り返して拡張するのか。この国会でも大きな議論を呼んだ、参議院では審議にならなかったあの六〇年の安保改定のような出来事が再び起こるとは思いませんけれども、少なくとも、それに匹敵するような根本的な議論が少なくともアジアを軸足に置けば私は必要になってくる。つまり、日米安保の再定義ではなくして、基本的には地域的なアジアにおける集団安全保障の形に議論のシフトをする時期に来たというふうに私は考えております。