外交防衛委員会

2006-12-12 参議院 全224発言

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会議録情報#0
平成十八年十二月十二日(火曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 十二月八日
    辞任         補欠選任
     荒木 清寛君     浜田 昌良君
 十二月十二日
    辞任         補欠選任
     佐藤 道夫君     藤末 健三君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         柏村 武昭君
    理 事
                岡田 直樹君
                山本 一太君
                浅尾慶一郎君
                柳田  稔君
                高野 博師君
    委 員
                浅野 勝人君
                川口 順子君
               北川イッセイ君
                小泉 昭男君
                櫻井  新君
                関口 昌一君
                福島啓史郎君
                犬塚 直史君
                喜納 昌吉君
                佐藤 道夫君
                榛葉賀津也君
                白  眞勲君
                藤末 健三君
                浜田 昌良君
                緒方 靖夫君
                大田 昌秀君
   国務大臣
       外務大臣     麻生 太郎君
       国務大臣
       (防衛庁長官)  久間 章生君
   副大臣
       防衛庁副長官   木村 隆秀君
       外務副大臣    浅野 勝人君
   大臣政務官
       防衛庁長官政務
       官       北川イッセイ君
       外務大臣政務官  関口 昌一君
       外務大臣政務官  浜田 昌良君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        泊  秀行君
   政府参考人
       内閣法制局第二
       部長       横畠 裕介君
       防衛庁防衛参事
       官        小川 秀樹君
       防衛庁長官官房
       長        西川 徹矢君
       防衛庁防衛政策
       局長       大古 和雄君
       防衛庁人事教育
       局長       増田 好平君
       防衛施設庁長官  北原 巖男君
       外務大臣官房審
       議官       長嶺 安政君
       外務大臣官房審
       議官       本田 悦朗君
       外務省中南米局
       長        三輪  昭君
       外務省中東アフ
       リカ局長     奥田 紀宏君
       外務省国際法局
       長        小松 一郎君
       外務省領事局長  谷崎 泰明君
   参考人
       拓殖大学海外事
       情研究所長    森本  敏君
       早稲田大学法学
       部教授      水島 朝穂君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○防衛庁設置法等の一部を改正する法律案(第百
 六十四回国会内閣提出、第百六十五回国会衆議
 院送付)
○政府参考人の出席要求に関する件
    ─────────────
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柏村武昭#1
○委員長(柏村武昭君) ただいまより外交防衛委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る八日、荒木清寛君が委員を辞任され、その補欠として浜田昌良君が選任されました。
    ─────────────
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柏村武昭#2
○委員長(柏村武昭君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 防衛庁設置法等の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に、拓殖大学海外事情研究所長森本敏君及び早稲田大学法学部教授水島朝穂君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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柏村武昭#3
○委員長(柏村武昭君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
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柏村武昭#4
○委員長(柏村武昭君) 防衛庁設置法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 この際、両参考人に本委員会を代表して一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席いただき、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様から忌憚のない御意見をいただき、今後の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方について申し上げます。
 まず、森本参考人、水島参考人の順にお一人二十分程度で順次御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 また、御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっておりますので、御承知おきください。
 なお、参考人、質疑者とも発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず森本参考人にお願いいたします。森本参考人、どうぞ。
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森本敏#5
○参考人(森本敏君) 本日、当外交防衛委員会において、防衛庁設置法等の一部を改正する法律案の審議に参考人として招致いただき、光栄に存じます。
 私は、このたび当該法律案及び法律案の成立によって防衛庁を省に移行する、昇格させるということについて、基本的に賛成の立場を持っているものです。
 そもそも、国家の基本的な機能であります国家の防衛は、外交や教育と並んで国の基本的な機能であり、それを所掌する国家行政組織として省になっているということは当然の措置ではないかと考えますが、防衛庁がそもそも昭和二十九年設置されたときの国の内外の事情から庁としてまず設置され、徐々にその態様が整い、今や国の防衛を担当する役所として、省として十分な態様を整えるに至っており、省として十分に資格のある役割と機能を果たしている防衛庁を省として位置付けることについて、もはや日本の国家行政組織の中で他の省と比べても、あるいは諸外国の国防省と比べても何ら遜色はないと考えるものであります。
 しかしながら、防衛庁を省にするということになりますと、防衛省であるからには今後一層その機能と実態を充実させる必要があると考え、今回の法案の成立が実現するということになれば、省としての態様を整え、一層国家の防衛を所掌する官庁として重要な役割を果たすように中を充実させていくという非常に重要な機会が訪れているのではないかと考え、以下、防衛庁を省にした場合、防衛省として今後いかなる課題を抱えるのかという、言わば今後の課題ということに重点を置いて少しく所見を述べてみたいと思います。
 そもそも、防衛庁というのは、朝鮮戦争後のアメリカの極東戦略の変更に基づいて警察予備隊ができ、それが朝鮮戦争が終わった後、当時の警察予備隊が保安隊になり、それが自衛隊になったときに防衛庁という現在の役所ができたわけですが、以来およそ半世紀、先人のいろいろな努力とそして訓練を通じて、多くの我々の貴重な生命がこの訓練や事故の機会に失われ、彼らの実績、彼らの努力をもって今日までたどり着いたことだと考えるわけです。
 しかしながら、依然として国家の有事を含む国家の緊急事態に現在の防衛庁を仮に省にするとしてもまだ不十分なところがあって、特に行政官庁としての防衛省が実際に有事の場合にいかなる指揮監督の機能を果たすのかということは法律を読んでも必ずしも明確でないところがあり、そもそも、旧軍でいうと軍政と軍令という双方の機能を例えばアメリカの国防省は持っているわけですけれども、軍政に特化した防衛省というものがいわゆる軍令の機能をどのように果たすのかということについては、今後まだまだ検討する余地があるのではないかと考えます。
 今回のこの防衛庁設置法等の一部を改正する法律案の中に、いわゆる国際平和協力活動を本来任務とする本来任務化の規定が入っているわけですが、この法律が成立した暁には、防衛省として国際協力活動が今後一層拡充されるということが期待されるわけですけれども、しかし依然として日本の自衛隊を領域外に出す場合には国内法的な根拠が必要であり、その際、今までのところは一般法がないために特別措置法を積み重ねて実施してきているわけですが、こうすると、常に新しい法律を作るために政治的リスクを負い、諸外国から対応が遅れ、かつその都度その活動の内容や武器の使用基準が変わるという不便さがあり、この際、国際協力活動が本来任務化した機会をとらえて、自衛隊が国外におけるこの種の国際協力活動に参加する根拠、あるいは活動の内容、武器使用の基準などを明確にした一般法を速やかに制定し、アジア太平洋における多国間協力や、あるいは将来多国籍軍あるいはPSIなど国際社会の安定のための国際協力に積極的に参加する基礎をつくる必要があるのではないかと考えます。
 言うまでもなく、防衛省はその実行機関として自衛隊を含んでいるわけでございますけれども、私は、最近日本が抱えている日本の周辺の安全保障環境を考えるに、この防衛力というものがいかなる役割を今後果たしていくのか、そして防衛力の所要量というのは果たして適切なのか、今の防衛大綱が真にこれからの日本が直面する新たな脅威やリスクに対応できる防衛力となっているのかについて、少し見直しを必要とするのではないかと考える部分があります。
 あわせて、米軍再編のプロセスがこれから数年にわたって進む際、その最終的な姿を念頭に置きながら米軍再編に伴う日本の防衛力の在り方を考えた場合に、私は現在の大綱が十分な所要と十分な役割を果たしているとは考えません。この際、もう一度日本の防衛力の在り方、そして本来いかなる役割を果たすのが真に日本のためなのかと、そしてそのためにいかなる防衛力が量として必要なのかということを見直す時期に来ているのではないかと考えます。
 もちろん、安倍政権の外交安全保障課題の中で日米協力を強化するということは重要な政策課題の一つでありますが、このための体制の整備も必ずしも十分であるとは考えません。特に、ミサイル防衛に関する集団的自衛権問題というものを明らかにすることが必要ですし、この集団的自衛権問題というものが解決される暁には、現在の日米安保条約、安保条約に基づく日米地位協定というのは根本的な見直しが必要になる時期が来るのではないかと考えます。
 さらに、話を元へ戻して、国際協力活動を拡充するためには、安保条約では読めない日米間の国際協力について条約、協定上の根拠がないことから、今後日米間で、例えば今年の年頭に行ったスマトラ沖での日米間の協力などの実態を念頭に置きながら、日米間で国際協力協定を将来締結する交渉を行う必要があるのではないかと考えます。
 日本の防衛、現在の防衛庁、そして今後防衛省になった場合に最も重要なことは、自衛隊及び防衛省全体の統合運用の体制を充実させるということであり、この点にかんがみれば、今年三月、統合幕僚監部が設置されたことは一つの重要なステップではなかったかと思います。しかしながら、有事の際に日米協力をより充実させるためには、日米間の指揮運用及びインテリジェンスのネットワークをどのようにつくっていくかということも今後の課題であると思います。
 在日米軍が日本にいる米軍のすべての指揮権を持っているということでは必ずしもなく、結果として、日本は今後、太平洋軍及び日本に設置される新たな陸軍の司令部とどのような指揮運用調整を行うネットワークをつくるかということも重要であり、その際、日本の防衛力が、陸海空自衛隊によってそれぞれ管轄する区域、空域が必ずしも一致しておらず、かつ司令部の機能にいささか冗長な面が見られることから、今後自衛隊の指揮の結節を除去するため、司令部の在り方や現在のような方面総監あるいは方面隊などの区分けのやり方を根本的に見直していくという必要があるのではないかと考えます。
 当然のことながら、我が国にとっては、米軍再編を進めるということは、日米同盟の観点からも、あるいは日本の国家の安全保障や防衛の面からも極めて重要な措置であり、今までのところ日米間でいろいろな協議が行われている途中でありますけれども、いずれは、この米軍再編を促進するために予算の措置を含む促進法、推進法なるものを制定し、これに基づいて必要な措置をとっていく必要があるのではないかと考えます。
 その際、日本の限られた施設・区域を最も効果的に使うためには、日米間で施設を相互使用するというところを拡大し、同時に、グアムを新しい戦略基地として機能を拡充させるというアメリカの構想をそのまま採用すれば、いずれの日にかグアム及びグアム周辺に日本が基地を建設し、そこに自衛隊がアジア太平洋にこれから展開する根拠基地を造り日米の協力体制を整えるとともに、そこを日本が重要な前進基地として、これから国際協力活動に出ていくという重要な足掛かりをつくる必要があるのではないかと考えます。しかし、その場合、どうしても日米地位協定に匹敵するような、日本の自衛隊が米国の領土の中に駐留することに係る地位協定を新たに日米間で交渉する必要があるというふうに考えます。
 日本の防衛にとってもう一つ重要なことはインテリジェンスでありますが、既にインテリジェンスについては、近年その情報機能の強化を図るためいろいろな施策が取られているところですけれども、私は三つの点をこの際指摘したいと考えます。
 一つは、機密保護法であります。国家公務員に秘密を守る義務を課していることは当然でありますが、公務員以外の者について、国家の機密に触れた場合、この機密を保護する包括的な法体系がないことは日米同盟の信頼性にもかかわる問題であり、これは速やかに改善を必要とするのではないかと考えます。
 さらに、自衛隊の活動が今後日本の周辺の脅威やリスクに対して有効に対応できるためには、平時から自衛隊が駐屯地の外に必要な警戒監視のために展開するということを可能にする法体系も必要であると考えます。
 このように、日本の防衛の在り方を考えるときに、国家行政組織としての防衛庁を防衛省にすることは当然ではあるものの、しかし日本の防衛を考えた場合に、この省が直面する今後の課題は非常に広範にわたっており、これらを一つずつ確実に充実させることによって防衛省というのがますます重要な国家の行政組織に転身できると、変身できるというふうに私は考え、そのような事態ができた場合、国民の中に真に防衛省に対する信頼感が広まり、その結果として、将来防衛省を国防省、自衛隊を国防軍に名前を変え、階級の呼称も、一等陸尉などというよく分からない呼称ではなく、正規に陸軍大尉というふうに階級の呼称を変えるという措置がとられることを希望するものであります。
 日本の防衛というのは、過去五十年、日本の置かれた特殊な政治事情と憲法の制約の下でここまで育ってきたわけですけれども、本来、冒頭に申し上げたように、国家の防衛というのは外交や教育と並ぶ最も基本的な機能であり、国家の行政組織としての態様を充実させるために今後ますます努力を積み重ねていかなければならず、そのために、省になったことに甘んじることなく、防衛省としてより充実した官庁を目指して、我々は精進し、これを国民として支持し、理解をしていくという必要があるのではないかと、かように考えます。
 以上でございます。
 委員長、ありがとうございます。
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柏村武昭#6
○委員長(柏村武昭君) 森本参考人、ありがとうございました。
 次に、水島参考人にお願いいたします。水島参考人。
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水島朝穂#7
○参考人(水島朝穂君) 今、この国は極めて重要な転換点にあります。本法案もまたその一つであります。そのような重要局面におきまして発言の機会を与えていただきまして、感謝申し上げます。
 さて、冒頭に申し上げたいことは、参議院の重要性であります。衆議院の安全保障委員会議事録を子細に昨日読んだところではありますけれども、十月二十七日から四回の委員会が御承知のような事情で野党欠席のまま行われております。十一月三十日の本会議で本法案は可決されましたけれども、報道によれば、審議時間は十四時間二十分だそうであります。良識の府である参議院で、本法案の持つ重要性にかんがみ、より慎重な審議が求められます。六日の本会議において、藤末健三議員が参議院を再考の府、再び考える府と呼び、深い審議を求めましたけれども、全く同感であります。慎重審議を本委員会に期待し、内容に入ります。
 結論をあらかじめ申し上げますと、私は本法案に反対であります。差し当たり、三つの理由を述べたいと思います。
 まず第一に、今この時期、このタイミングで防衛庁から防衛省にすることの積極的な説明がほとんどなされていないことであります。なるほど、旧総理府、現在の内閣府の外局として、内閣府の長としての内閣総理大臣の下で、その委任を受けた者としての地位にある防衛庁長官が閣議請議権がなく、また御承知のとおり、予算要求や予算編成の時期に他省庁と異なり内閣府を経由する手続などもあります。また、これらの理由を読んでみますと、ディフェンスエージェンシーという名詞が他国の防衛担当官との間で一言説明を要するといったような形で、言わば一つ格下に見られることの問題性などなどが指摘をされています。
 しかし、これは今に始まったことではなく、既にこの半世紀、これまでもやってきたわけで、その中で先人たちは様々な努力をし、各国に説明をしてきたわけであります。これがどうしても不都合であるという積極的な説明が私にはどうしても見られないのであります。
 そもそも、なぜ国家のいわゆる防衛任務というのをこのような複雑な二階建ての構造にしたのでしょうか。その設計の根底には明らかに憲法九条の存在があります。憲法九条は、安全保障の設計を軍事力を限りなくゼロにしたところから立ち上げることを要請しています。これは、広島、長崎という人類的な核戦争の体験、沖縄に見られる地上戦の悲惨な体験、そしてアジアの多数の民衆の犠牲の上に、日本国憲法はあえて近代立憲主義が自明視した国民国家における軍事力の本質へという点をあえて疑い、軍事的合理性を単に制限するにとどまらず、あえてその軍事的合理性を否定するところまで徹底した平和主義を採用したと私は考えております。ここにこの憲法の特質があります。
 国際情勢の変化の中で、憲法施行後わずかな期間で警察予備隊、保安隊というものを経由し、今から半世紀ちょっと前に自衛隊が発足するとき、政府は自衛のための必要最小限度の実力、いわゆる自衛力の合憲論を打ち出しました。違憲の戦力と合憲の自衛力。だから、当時、改進党が防衛省設置要綱案を作成しましたけれども、結局、防衛庁設置法となったわけであります。
 内閣の首長としての内閣総理大臣は実力組織としての自衛隊の行動に関する指揮権を持つ、しかし、自衛隊法七条は憲法七十二条の確認規定であると解し、いわゆる統帥権的な創設規定ではないと解します。したがって、長官は、内閣府の長としての内閣総理大臣の指揮監督を受け、自衛隊の部隊やその機関に対する指揮監督権、隊務統括権を行使するわけでありまして、これは国家行政組織法十条の確認規定と解します。
 これは、言ってしまうと列国の、普通の一般の国の国防省とは明らかに異なります。この苦肉の策ともいうべき手法は、これは憲法九条と自衛隊の言わば矛盾的併存状態を半世紀以上続けたことと一体を成していると私は考えています。つまり、日本は世界と違って、あえて軍政と軍令というようなクリアな分け方や、そういう軍政面にすらこのような二階建て構造をあえて屋上屋を重ねてやることによって、軍事に対して徹底してネガティブな姿勢を取る憲法の下で、あえて必要最小限の実力としての正当性を各国に説明をしてきたわけであります。
 いわゆる一般的に知られるシビリアンコントロールと異なる、この日本型のシビリアンコントロールの枠組みもまた、文官スタッフ優位制度を含めて、様々な矛盾を生じてくることは明らかでありますけれども、その矛盾をどう評価するか、その矛盾の中身の問題であります。森本参考人が御指摘するような、軍事的合理性を徹底した観点からすれば、文字どおりこの言わば矛盾的な仕組みというのは非常に不徹底であり、また様々な問題点を含んでいると思うことは明らかであります。しかし、あえてこれをこの国は半世紀続けてきた、その歴史の重みを見るべきであります。二〇〇一年に環境庁を環境省に変えたとき、環境は重要な国家任務であるからということで合意をしていったのとは明らかに異なる、軍事というものに抑制的であったこの国の姿勢はあえて私は重要であると申し上げておきたいと思います。
 防衛庁の説明図を見ますと、すっきりとした行政組織に変えるという、すっきりとした行政組織という、すっきりという言葉が多用されております。すっきりという言葉は最近いろんな場面で使われますけれども、世の中すべてすっきりするものばかりではありません。この国があえて軍や国防省を持たない国として進んできたこと、これはノーマルではありませんが、アブノーマルではない。世界がむしろ、世界が軍縮に向かっていく中でこの国があえてこの仕組みを今の瞬間変えること、そのことは世界の複雑な状況の中で日本が果たすべき独自の役割を私は放棄するものであり、あえて軍と国防省を持たない国として自衛隊と防衛エージェンシーでこのままいくことの方が、私はあえて軍事的合理性を高める、このような法案に対して反対するという観点からこれを強調したいのであります。
 これが第一の理由であります。
 第二の理由は、海外派遣任務の本来任務化の問題性であります。
 詳しいことは省略いたしますが、法案、子細に読んでみますと、実に様々な仕掛けが入っております。第三条第二項の構造は、一項で定める防衛の目的以外にも、同項の主たる任務の遂行に支障を生じない限度において、別に法律に定めるところにより自衛隊が実施することとされるものを含むとされています。もちろん、武力による威嚇、行使は含まないという形で縛りは掛かっていますけれども、そこに法律さえ定めれば任務の拡大に歯止めはありません。元々、自衛隊法第八章の第百条は土木工事の規定であり、ここに言わばずらずらと追加的に雑則のところに様々な、PKOから一連の任務が付いていったことは御承知のとおりであります。本来、これは本則である第三条を変えてそこで含むべきものと言われるものでありましたけれども、これまで一切そういうことがなされないままこの雑則の活用法でやってまいりました。
 自衛隊法改正案第三条二項には、法律で定めれば本体任務に連動するようこの雑則との関係も付いております。例えば、テロ特措法とイラク特措法という賞味期限付きの法律が本来任務に格上げされる仕掛けであります。附則第七項以下では、テロ特措法、イラク特措法による派遣が当該法律が効力を有する間として本来任務にリンクするように設計してあります。
 そもそも特措法というのは極めて時限立法であり、それぞれの国会の中で深い議論があります。この中でイラク特措法、テロ特措法に賛成した方でも、あえてこれが恒久法であれば決して賛成しなかったであろうような内容と性格を持っております。そのような特別措置法という法律をこのように何度も延長すること自体はここでは、問題でありますけれども触れませんけれども、その特別措置法というものをその法律の効力がある間、本体任務に連動されるこの立法作法は私は甚だ疑問であると思います。
 すなわち、本来、武装組織を持った以上、その権限行使は本則の部分の権限行動規定でしっかりとした授権規定、すなわちその権限を与える規定を持つべきであります。このような雑則の中にあったものを附則の中にこっそり忍び込ませ、それを言わば別の言葉で連動させて顕現化するというやり方こそ、これはこそくと言わざるを得ません。
 あえて次善の策、私はこの法律すべてを違憲と考えますけれども、あえて次善の策を考えるならば、あえてこの附則第七条以下と本来任務を切り離し、言わば別に法律を定めるというところに別の言わば歯止めを掛ける必要があると考えております。すなわち、PKO任務と周辺事態任務が附則二項には入っておりますけれども、これと同じように機能するように別に法律の定めるその有効な期間というやり方は余りにもあいまいであり、海外から見ても、日本の対外的な姿勢から見ても問題であると考えるのであります。
 そういう観点から、自衛隊の海外派遣任務の蓄積をあえて本来任務にすることが当然だという御意見があることは私も理解しております。しかし、これまでの海外派遣実績の冷静な検証、これが求められていると思います。川口元大臣が在席されていますけれども、これまでの日本の対外的な国際協力の中で、自衛隊をどうしても派遣せざるを得ないのというのがどれだけあったのか。自衛隊を派遣したカンボジアPKO以降、イラク特措法のサマーワ以降、この中身についての冷静な検証を見ていく必要があると思います。
 現地から感謝されているという表面的な理由だけでこれらの海外派遣任務が支持されたとするには私は早計であるし、これだけ財政が緊迫する中、大量の費用を掛けて、例えば同じ費用を掛けるならば相手国に対してもっと喜ばれるような方法があったであろうということも含めた冷静な検討が必要だろうし、テロ特措法やイラク特措法でも、現地のニーズにかかわりなく、ある種の派遣されることに意義があるという形で対米的な関係を重視したやり方が取られてこなかっただろうか。真の限られた予算の中で真の国際貢献を言うのであれば、世界の疾病や貧困、今そこにある危機に適切、的確に対応する日本の姿勢があってしかるべきであろう。そういうふうに考えたとき、海外派遣というものをこのように容易化するやり方について、今ここで決めることについて私は大きな疑問を持ちますし、また、費用対効果から見ても、日本がやるべき国際協力の形についてもっと検証が必要だろう。
 皆さん方の先輩が半世紀以上前の六月二日、参議院の本会議において、「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」というものを行っております。その中で、我が国民の熾烈なる平和愛好精神に照らし、海外出動はこれを行わないと決議したわけであります。つまり、自衛隊は海外に出さないということでこの自衛隊が発足したのであります。これは事情が変わったと簡単に言えるでしょうか。このときの皆さん方の先輩、参議院の議員たちの心にあったことは、少なくとも日本が海外で武力行使をし、再び他国に対し武力による威嚇を行わない、そういう国の形を想定していたに違いありません。そこから生まれてきたこの変則的とも言える防衛庁という防衛エージェンシーの形、軍隊ではなく自衛隊であるという形、大佐と言わず一佐と言うこの不思議な形、英文では一致しているのに、このようなある種の苦肉の選択というものは、この国の五十年の形を私は示していると思います。
 この点で、私はドイツの例を引きたいと思います。私の専門であるドイツは、同じように敗戦国として出発しながら、実は様々な海外派遣を蓄積してきました。私の調べた限りでは、今年の十一月の現在で、十地域八千八百八十九人の海外派遣を展開しています。そして、カンボジア、ソマリア、ボスニア、コソボ、アフガン、コンゴ、スーダン、そしてレバノン沖の海軍派遣まで、文字どおり、ヒンズークシからコンゴの密林までドイツ連邦軍の言わば防衛範囲になったと前国防大臣は言っているほどであります。つまり、本来、国防という下に設置されドイツ基本法がそれを根拠付けて連邦軍を設置したものが、九一年の湾岸戦争以降、国防というものの定義、すなわち防衛概念の定義変えを二つの軸でやってきました。
 第一の軸は、距離の軸であります。すなわち、本来、国防というのは、領空、領海、領土というものを言わば明確に守るという意味では、地理的な概念であります。これを地理的概念ではない形にして、言わば資源あるいは市場、そしてそことのアクセス、これが国益であると、こういう形で理解し、それを守ることが防衛の概念に含まれる、こういう距離概念の多大な拡大が行われました。その結果、ヒンズークシ山脈に至るまでドイツ国防軍の防衛範囲と解釈されていったのであります。これが距離軸であります。すなわち、死活的利益があるもの、守るべきものは国境の外にある死活的利益となっていき、国防目的で設定された軍隊が海外任務に転用されていったのであります。
 一方、時間軸は、武力攻撃の着手時点ではなく、脅威の内容と程度に応じて事前、先制、予防的に行動する考え方が生まれてきました。これはいわゆるアメリカの二〇〇二年九月の国家安全保障戦略におけるプリエンプティブストライク、先制攻撃などの明確に見られるように、言わば相手国からの脅威あるいはその攻撃の現実性がないにもかかわらず、文字どおり攻撃を掛けてしまう。これはイラク戦争について既にアメリカでさえ反省の動きがあることをかんがみれば、この先制攻撃のやり方がいかに国際的な法の支配を崩してきたかは明らかであります。
 ドイツは、この時間軸については抑制的であり、この距離軸についてかなり広げた結果、現在レバノン沖に部隊を展開し、さらに、そこで様々な問題を起こしています。世論調査では、七割が撤収すべきだという世論の結果が出ておりますし、この前の派遣決議では与党の中からすら反対意見が出てまいりまして、ドイツではこれまでのように多大に行われてきた海外派遣任務に抑制的な傾きが見られるのであります。そこにおける議論は、防衛のために設置された軍隊が言わばそのような形で国際政治的に転用されていく、そのことに対する軍隊内部からの批判もあります。私はドイツ滞在中、ドイツ国防軍の中の連邦軍の大佐が委員長を務める連邦軍協会を訪問し、様々な意見を聞きました。彼らは政治に向かってはっきりと軍人としての主張をします。つまり、このような海外における軍人が危険にさらされる任務が法的正当化が不十分なまま行われるということに対する疑問が内部からも出ているのであります。
 今、日本までがそのような海外派遣任務を容易にするシステムを取ることは、このような観点からいっても私は大いに疑問であります。ドイツの教訓を導けば、国連任務が明確である場合、そして人道援助のような明確な、いわゆる非軍事の活動であることが明確である場合に限っていくという形で、文字どおり国際派遣任務の言わば明確化ということが求められているように思います。その観点から、法案の三条二項に、他に法律に定めるという定め方はあいまいに過ぎると思います。
 第三に、この内容については、実質的には憲法改正の先取りではないかという疑問があります。憲法九条の言わば先ほど述べたような軍政、軍令を徹底して否定したやり方に対抗して、実質的には軍政面における制度的な改変を一歩進める、不十分であるけれども、防衛省という形で一歩進めることによって実質的には憲法改正の先取りになる。憲法改正は、御承知のように本院の総議員の三分の二を必要とする憲法改正マターでありまして、そのことを自覚するならば、あえてこのことは憲法改正の議論のところでやるべきであります。
 政府の行為によってという形で戦争の発生原因を明確化し、平和を愛する諸国民の連携と連帯のネットワークの構築を示唆し、そのために自らの戦争、武力行使、武力威嚇など国家暴力の諸形態を放棄するとともに、軍隊の保持を禁止し、国際法上交戦者の資格としての交戦権を自ら放棄し、そして全世界の国民、個人が貧困や飢餓、疾病、自由抑圧などから免れるよう、平和のうちに生存する権利の普遍化のための行動を求めたこの日本国憲法の思想、それは人権と統治の両面から平和を普遍的な憲法原理に高め、本質安全の保障モデルと私は考えております。
 このような観点から見るならば、本日、国連の安全保障理事会が半世紀以上前、日本の国連加盟を決定したと聞いております。国連安保理が日本国連加盟を決定した日にこのような場で、私は、日本という国が防衛省というふうに昇格させ、国際任務の拡大という方向に一歩踏み出すような法案を審議していることは大変象徴的と私は考えています。
 なぜならば、このような憲法の下で、国連の集団安全保障を強化する方向で、日米同盟というもの、つまり日米の軍事的同盟関係を過剰に強める方向ではなくして、あえてアジアに軸足を置いて、この国連の集団安全保障の枠組みの中でアジアの地域的な集団安全保障の枠組みを強めていく方向で日本が一歩踏み出していくこと、そのためにも米軍再編や、あるいは様々な海外任務の本来任務化、そして防衛省への昇格といったようなことをひとまずペンディングにして、その上で国連の強化の方向で日本が議論を進めること、それは今アメリカですら、あの先制攻撃的性格を強めたブッシュ政権ですら、今国内からの大きな批判にさらされ若干の軌道修正をせざるを得ないというこの時期、このタイミングでこの日本が文字どおり示すべき見識であると私は考えております。すなわち、防衛庁を防衛省にするよりも他にすべきことがたくさんある。何よりも、イラク派遣について文字どおり深刻な反省をすることが求められています。
 本委員会において、防衛庁長官は小泉前首相の発言について個人的見解のようなこともおっしゃって、私はいすからずり落ちましたけれども、文字どおり、あの小泉内閣、ついこの前行われたイラク派遣について、あの時期あのタイミングでの支持、協力の表明が正しかったのか、その後のイラク復興支援という名の下で行われた自衛隊のパンツァーファウストまで持つ、百十ミリのあの対戦車ロケットまで持っていったあのような活動が本当に正しかったのか、他に復興支援の方法がなかったのか、冷静な検証が求められていると思うのであります。
 そういう意味で、私は、衆議院でわずかな時間しか審議されていない本重要法案がこの国の形を対外的に示すというメッセージ機能を持っているという意味で、本良識の府参議院において、特に本委員会において、先ほどの議員の言葉を借りれば、深い審議を行って、慎重審議の上にも慎重審議を行って参議院の見識を示していただきたいと考えるものであります。
 最後に、米国との適切な関係を取ること、そして武力に過剰に依存しない形、この国の対外的な政策において求められるこの二つの姿勢を一貫させるならば、文字どおり対外的な交渉能力や情報力、そして何よりもネットワークの構築能力といったものを日本がもっともっと伸ばしていく、そういう方向に努力をするためにも、ディフェンスエージェンシーであえてとどまること、その上で外務省や様々な省庁との、あるいはNGOなどとの協力をしながら、日本が平和や安全保障について非常に難しいこの極東アジアの状況を踏まえて行っていくことが私は求められていると思います。
 本委員会が、繰り返しになりますが、参議院の外交防衛委員会という重要な場面におきまして、深い審議を行った上で本法案に対して慎重な態度を取っていただくことを最後に期待して、私の発言を終わります。
 ありがとうございました。
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柏村武昭#8
○委員長(柏村武昭君) 水島参考人、ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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川口順子#9
○川口順子君 森本、水島両参考人には、大変にディテールにわたった御意見をいただきまして、ありがとうございました。
 それぞれのお立場が基本的には違うということでありますけれども、問題は、お二人が違う立場からそれぞれ論じていらっしゃったことというのは、防衛庁を防衛省にすることが適切かどうかということの後ろ側にある、むしろ日本が自らの国を防衛をしていくために今の制度がいいかどうか、適切かどうかという立場の違いに基づいての御議論の開陳であったというふうに思いますし、また日本が国際社会で今後どのような役割を果たしていくかということについての考え方の違いもあったかなという気がいたしております。
 そういったかなり細かい議論に入る前に、この防衛庁を防衛省に昇格あるいは移行するということについての議論というのは、やっぱり日本の一般の国民の目から見たときに十分に理解されるべき点が理解をされているかどうかということが重要だというふうに思いますので、普通の国民の、有権者の目線にあえて立って基本的な御質問をさせていただきたいというふうに思っております。
 まず一番基本的な点について、日本の防衛を行っていくために、我が国が日本の我が国の防衛をするために日米安保条約というのがどういう役割を果たしているかということについての見方あるいは見解が一番基本であると私は思っております。
 水島参考人はお話の中でアジアとの連携を強調なさったというふうに私には聞こえましたけれども、森本参考人とそれから水島参考人それぞれから、日本の防衛と日米安全保障条約の関係をどう考えるか、日本の防衛をきちんと、防衛を正にするために日米安保条約はどう位置付けられるのかということについて御意見を伺いたいと思います。
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森本敏#10
○参考人(森本敏君) 我が国は戦後、憲法を制定し、そのときはまだ日本国としての主権を回復していなかったのですが、一九五〇年に勃発した朝鮮戦争を契機にして、日本はアメリカの極東戦略の変更に伴いサンフランシスコ平和条約によって主権を回復し、その際、この主権を回復したと同時に、九十日以内に占領軍が日本から出ていく、撤退するということになったので、日本は日米同盟という道を選択し今日に至っているわけです。この選択は歴史的に見て非常に正しかったと思いますし、今日の国家の安定と反映がこの日米同盟を選択したという選択に大きく依拠していることは明らかであると思います。そのとき我が国の固有の防衛力というのは当然ありませんでしたので、アメリカを日本及びその周辺にいさせるというか駐留させることによって国家の安定を維持し、日本は持っているリソースをすべて戦後の経済開発に、経済発展に投入するという選択を同時にしたわけです。この選択も、今日歴史を振り返ると正しかったと思います。
 その後、日本の防衛力というのが確実に育ち、日米安保条約に基づくいわゆる日米同盟というものと日本の防衛というのはどういう役割を果たしてきたかということについては、冷戦時代と冷戦後と少し内容というか質が変化しているのではないかと思います。
 冷戦時代の日米同盟と防衛力というのは、明らかにアメリカの極東における抑止戦略が非常に強力で強大なものであり、かつ極東における対ソ封じ込め戦略という大きな戦略的枠組みの中に日本が位置付けられていたので、したがって日本の防衛力は日米安保体制に基づくアメリカの抑止力の不足部分を補い、相互に補完をすることによってトータルで日本の国家の安定を維持すると。結果として、アメリカの抑止戦略によって日本の国家の安定を維持するという役割を果たしていたのではないかと思います。
 しかしながら、冷戦が終わってみると、リスクや脅威が非常に多様化し、アメリカが関心を持たないところまで日本が自らの手で国家の防衛をしないといけないということになり、例えば不審船の事件や北朝鮮のミサイル発射に見られるように、必ずしもアメリカが直接関心を持たないような東アジアにおけるリスクについても日本が独自の対応能力を整備し、そのことによってむしろ日米同盟の内容、質と量を完全なものにするということであり、軸足が、どちらかというと、相互補完というより、必要な場合に日本が独自の能力を自ら整えることによって結果としてイコールパートナーシップとしての役割を果たすというふうに内容が変質してきたんだろうと思います。依然として、日米同盟と防衛力によってトータルで抑止とそして対応といいますか、脅威があった場合にこの二つの機能で対応するという役割には変わりはないのですが、一層、冷戦時代よりも冷戦後に日米同盟、日米協力、防衛協力の中身がより対等なものになりつつある、あるいはそういうふうにしなければならないという状態に現在来ているのではないかと思います。
 私が冒頭申し上げた諸点は、正にその観点について見れば、防衛庁を防衛省にしてもまだまだこれからやることが多く、同盟国の関係としては完全なものとは言えないと。我々は何に着意をしてこれからこの日米安保体制に基づく同盟協力と日本の国家の独自の防衛力を相互に機能させるかということについて私の所見を申し上げたわけです。
 したがって、戦後、日本が日米同盟という道を選択したときから常に日米安保条約、日米安保体制というものと日本の固有の防衛力というものとが合わさって日本の国家の安定を維持してきたのですが、その内容をつぶさに見ると、明らかにプライオリティーや重点が質的に変化しているということではないかと思います。
 以上でございます。
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川口順子#11
○川口順子君 ありがとうございました。どうぞ。
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柏村武昭#12
○委員長(柏村武昭君) 続いて、水島参考人、どうぞ。
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水島朝穂#13
○参考人(水島朝穂君) これはやはり、日米安保体制の評価以前に、やはり、いわゆるその日米、憲法が期待する安全保障の形というのは、基本的には今から四十七年前に出た砂川事件の一審判決、東京地方裁判所の判決が言うように、国連の集団安全保障というものを最低線とすると、こういう立場からしますと、いわゆるアライアンス、軍事的同盟関係というものは憲法の期待する安全保障ではないというふうに私は考えておりますから、その角度からすれば、いわゆる砂川第一審判決の立場に立てば、皆さんとは違うと思いますけれども、日米安保条約の違憲性というものは今なおあると私は考えていますが。
 しかしその後、これだけ時間がたちました。そして、日本のそのときの選択について他に選び得る手段、全面講和論その他をここでする時間はありません。しかし、少なくとも八九年のベルリンの壁崩壊以降の冷戦の終結以降の日米安保の役割というのは、私は歴史的使命を終えたと考えております。
 それは、つまりNATOと同様の位置にあります。NATOの場合には、ヨーロッパ正面の脅威が基本的になくなったということで基本的にここで改編が迫られましたが、私がちょうど九九年の三月に滞在したときユーゴの空爆が始まりまして、実は空爆開始後十数日でNATOは五十周年を祝う予定だったんでありますけれども、実はヨーロッパの状況は、OSCEのような緩やかな地域的な集団安全保障のシステム、EUのシステムなどがありまして、冷戦型のNATOのようなシステムの存続というものがやっぱり議論されていたわけですね。そういう中で、NATOというのがユーゴの空爆やそれ以降のアフガンなどのコミットの中で存在証明をしていったわけですけど、私は、ヨーロッパにおいては基本的に、冷戦が終わったという傾きの中で、基本的に、集団安全保障とその地域版、地域的な集団安全保障の方向にやっぱり基本は流れていると考えておりまして、NATOは歴史的使命をあの時点で終えていたと思っています。
 それに比べ、アジアはまだ冷戦が続いていると。金門島もあるし、基本的に三十八度線もある。そう考えると事情は違うというのはそのとおりでありますけれども、少なくとも、この冷戦型、冷戦期に結ばれてきたこのいわゆる日米の軍事的協力関係というものをこのままの状態で再定義を繰り返して拡張するのか。この国会でも大きな議論を呼んだ、参議院では審議にならなかったあの六〇年の安保改定のような出来事が再び起こるとは思いませんけれども、少なくとも、それに匹敵するような根本的な議論が少なくともアジアを軸足に置けば私は必要になってくる。つまり、日米安保の再定義ではなくして、基本的には地域的なアジアにおける集団安全保障の形に議論のシフトをする時期に来たというふうに私は考えております。
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川口順子#14
○川口順子君 ありがとうございました。
 水島参考人の、冷戦構造はアジア地域ではまだ続いているという御認識をしていらっしゃるわけで、私もそこはそうだというふうに思っておりますので、それであればなおのこと、今、日米安保条約の、日米同盟の関係をここで変えなければいけないという理由には乏しいというふうに私は個人的には思っております。
 時間が実はもうちょっとあると思ったんですが、五十四分までで、あと四分しかないものですから、もう少し簡単な、もう一つ大事な質問をさせていただきたいと思いますけれども。
 シビリアンコントロール、普通の人間がこれを考えたときに、日本が一番今重要視をしなければいけないのはシビリアンコントロールがきちんとしているかどうかということである、その点を踏まえたいと思っているというふうに私は思いますが、この委員会でもシビリアンコントロールについての議論は、基本的に構造が変わっていないのでシビリアンコントロール等の基本的な枠組みというのは以前からあるまま、それで十分であるという議論がなされてきたというふうに思いまして、確かに自衛隊の最高指揮監督権ですとか、防衛出動、治安出動の命令権を総理が持っているということでその点は確保されていると思いますが、シビリアンコントロールについて、もう少しそこに行くまでの防衛庁ないし防衛省の中での枠組みをきちんと整理をする必要があるのではないだろうか。その点について、今の状況で次に何をやるべきか、森本参考人は幾つか具体的に挙げられましたので、その点について、それがシビリアンコントロールとどういう関係にあるのかということを森本参考人にお伺いをしたいと思っています。
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柏村武昭#15
○委員長(柏村武昭君) 簡潔にお答えください。森本参考人。
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森本敏#16
○参考人(森本敏君) シビリアンコントロールのそもそもの意義や内容についてここで説明を繰り返す必要はないと思いますが、少なくてもシビリアンコントロールというのがなかなか日本語になりにくいのは、いわゆるアメリカのこのシビリアンコントロールのシステムあるいはイギリスのいわゆる議院内閣制の下でのシビリアンコントロールという概念を戦後日本は取り入れて、いわゆる今まで防衛庁及び自衛隊の組織や人事、指揮権についてこの原理原則を取り入れてきたので、我々は今日なおシビリアンコントロールというのをそのまま英語の言葉として使っているわけです。しかしながら、この議論をつぶさにすると、それぞれの人が頭の中で考えている問題意識や定義について、ウエートが少しく違うという点は否定できないと思います。
 もちろん、シビリアンコントロールですから、自衛隊、すべての指揮権を内閣総理大臣が、国会の負託を受けて内閣を代表する内閣総理大臣がその最高指揮権を持っているということや、自衛隊をいわゆる動かすときの法的な措置をすべて立法府である国会において審議し、承認を得て動かすということであり、私はシビリアンコントロールというものの実体が戦後阻害される、あるいはおかしくなったことはないと思いますし、今後もないと思います。
 ただ、冒頭申し上げた点は、しかしながら防衛省にするこの機会にシビリアンコントロールの中身をより充実させるためには、そもそも国家行政組織としての防衛省、特に防衛省のいわゆる主任の大臣である防衛大臣並びにその指揮監督下にある内部部局、いわゆる内局というものと、それから内閣総理大臣が持っている自衛隊の指揮系統との関係が実際に有事にどのように機能するのかということについて、必ずしも明確にその責任の分担や運用のやり方がきちっと決まっているというわけではなく、そもそも平時の行政組織としてつくられている防衛庁内部部局というものが有事にどのような役割と機能を果たすのかと、そしてそれが統合幕僚監部とどういう関係になるのかということは、今後もう少し国民に分かりやすく中身を整理をして、実際に、国家の緊急事態でも特に国家の有事という国家緊急事態といいますか、国家の最も深刻な危機の場合に、行政組織としての防衛省が実力組織である自衛隊とどのような指揮運用関係になるかということがシビリアンコントロールの実体を決めるということなのではないかと考えているわけで、そのような観点から問題を提起したところでございます。
 以上でございます。
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柏村武昭#17
○委員長(柏村武昭君) よろしいですか。
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川口順子#18
○川口順子君 ありがとうございました。
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浅尾慶一郎#19
○浅尾慶一郎君 両参考人、ありがとうございました。
 今の川口さんの御質問と若干、伺っておりまして、絡みますけれども、このシビリアンコントロールのところは、森本参考人が指摘をされておりますとおり、今後どうなるかというのは非常に大切なことだというふうに思っております。
 特に、シビリアンコントロールという片仮名を使っておりますが、我が国の場合に即して申し上げれば、戦争に至るまでの経緯で、陸軍あるいは海軍と、旧ですね、旧陸軍、海軍が時の政権からコントロールが利かなくなった、あるいはもっと言うと、最終的には時の政権を逆にコントロールするようになって戦争に至ったということだと思いますから、その点の反省を踏まえると、このシビリアンコントロールの仕組みはしっかりとつくっていかなければいけないと。これはまあこの法案と直接関係するものでありませんので、そういう観点から、森本参考人、そして、これは水島参考人の御専門外かもしれませんが、今申し上げましたあるべきシビリアンコントロール、つまりは本来のシビリアンコントロールというのは主権者たる国民の下に自衛隊があるということになるんだと思いますから、そういう観点で、どういう形が組織上望ましいのかと。それは有事、平時にかかわらずというふうに申し上げた方がいいかもしれませんが、その観点でちょっとお答えいただければと思います。
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森本敏#20
○参考人(森本敏君) 途中の議論を省略をし結論だけを申し上げると、第一は、内閣総理大臣が事実上自衛隊の最高指揮官として常に機能するためには、いかなる場合に内閣総理大臣が置かれても必要な知識、助言が行われ、判断、決断ができるという機能が整備されていなければならず、そのためには、今この政権の下で議論をしている日本版のNSCなるものの結論がどうなるか分かりませんが、私もメンバーの一人なのですが、どうなるか分かりませんけれども、何らかの最高意思決定機関が総理を含んできちっとあって、それが常に機能するという状態であること、それから総理には、いかなる総理が世界じゅうどこにおられても必要な指揮連絡ができるという状態を維持することです。例えば、今特別機にお乗りになって諸外国においでになるときに、総理大臣に直接電話が通じるようには必ずしもなっていないわけで、そういう状態でシビリアンコントロールができるのかと。私はできないと思います。
 それからもう一つは、やっぱり総理に必要ないわゆるアメリカでいう軍事参謀、つまりミリタリーアドバイザーというのが常に補佐官として付いていて、きちっとした軍事的な判断が常に総理が間断なくできるようにシステムが取られていること、そういった総理の機能を常に完璧な状態にするようなシステムはまだまだ不整備だということを先ほどから申し上げているわけです。
 もう一つは、総理が実際の自衛隊の最高指揮官としても、その中におられる防衛大臣、内部部局というのはどういう役割を果たすのか、あくまで内閣総理大臣を補佐するのか、内部部局は長官の補佐機関なのか。そうではなく、アメリカの国防省のように、大統領が国防長官を通じて統参議長を指揮できるように、実際ラインの中に全部入れてしまうのが正しいのか。
 私は、防衛大臣は常に指揮系統の結節はあるものの、実際の部隊の指揮官との間にきちっと入っているという指揮系統が確立している方がよいと私は思うのですが、それがシビリアンコントロール上よいと、望ましいと思うのですが、しかし、そのために防衛大臣なる人に総理と同じような形式がきちっと整って常に防衛大臣が動ける、ミサイル防衛、ミサイルが飛んできても十分以内に防衛大臣なる人が常に判断が間断なくできるというシステムをどうやって内部部局につくっていくかということですね。そういったシステムは、まだ今の防衛庁を防衛省にしてもまだまだ整備が足らないと思いますので、先ほど抽象的ながらそういう基本的な問題を指摘したわけです。
 以上でございます。
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水島朝穂#21
○参考人(水島朝穂君) シビリアンコントロールにつきましては、例えば理念としてあるいは理論としてと、もう一つは制度としてのシビリアンコントロールというのがあろうかと思います。
 私は、これについては、今おっしゃった点などと重なる点は省略して、あえて日本型シビリアンコントロール、すなわちこの国で現実に理解され、実は運用されているポイントを指摘したいと思います。
 それは、いわゆるシビリアンが文民と訳す場合と、いわゆるシビルスタッフですね、すなわち文官、すなわち文官統制という側面を実はこの国は強く持っております。その点がよく批判の対象になります。文官スタッフ優位制度とも言います。それがシビリアンコントロールとイコールになり、場合によってはデモクラティックコントロール、民主的統制ともごっちゃになって議論されます。しかし、よく問題視されている部分については、いわゆる文官スタッフ優位制度を改めるべきだと、今回の統合幕僚長の仕組みその他も含めて、そういう傾きが大変強いんです。
 しかし、私は保安庁から自衛隊に至る過程の様々な資料、当時の一次資料を読んでおりますと、やはり当時は警察の発想で、警察の言わば官僚たちの統制の論理というのが実は保安庁、自衛隊に色濃く残っておりまして、これが先ほどから申し上げている日本的ないわゆるシビリアンコントロールの理解をつくってきた背景にあろうかと思います。
 これを今急激に変えて、アメリカ型のすっきりとした、文字どおり軍政、軍令の明確な形にすればこれはいいのかどうか。これは私は甚だ疑問に思っていまして、内局のシステムや参事官制度など、これは問題だとするのは、問題の立て方が例えば制服の側から見て問題だというのは、それは制服の立場、軍事的合理性からすればそうでしょう。しかし、今の仕組みをあえて大きく動かすことによって、例えば文官の中に基本的には背広を着た将軍といいましょうか、発想はほとんど現場の軍人よりももっと好戦的だという人が出ないとも限らない。
 考えてみると、制度としては、むしろ私は議会統制、すなわちこの委員会も含めて、私はドイツ連邦議会防衛委員会の持つような機能を国会法その他を改正しながらこの委員会が持っていくこと、すなわちドイツの軍隊は議会の軍隊と言われていますように、非常に議会統制がはっきりしましたし、明確ですし、あるいは海外派遣についても議会の創設的な、過半数の同意を要件とする法律も近年制定しておりまして、その意味では、言うところのアメリカ型のシビリアンコントロールばかりではなくして、むしろこの議会統制の新しい形、すなわち本来の民主的統制、軍、実力組織に対する民主的統制の議論をすべきだ。
 その観点から、例えば、私、今日、ドイツ連邦議会任命の防衛オンブズマン、これは毎年三月に報告書を出しまして、直接本人からこうやって送ってもらっているわけで、歴代防衛オンブズマン、これは連邦議会議長の横に一つだけ座席があって、そこに議会から選ばれ、いつでも部隊を訪問できる一種の水戸黄門のような、言わば議会派遣の、軍隊の内部問題、いじめ問題から様々な軍人からの訴えに耳を傾けてそれを聞いていく調査権を持ったオンブズマンの報告書があります。ここに軍人たちの海外派遣の悩みや様々な問題が報告書として議会に提出されます。
 このような仕組みが日本にはない。自衛隊内部の自殺事件はそのまんま防衛庁の報告で終わる。しかし、議会に強いそういう内部に対するオンブズマンのような議会任命、直接の機能があれば、これもかなり変わってくるでしょう。私は、シビリアンコントロールのアメリカ型のシステムの採用よりも、むしろ検討すべきはこのような現場の自衛隊員の声などを直接議会に届けられるようなシステムの工夫や検討ではないかと考えております。
 ありがとうございました。
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浅尾慶一郎#22
○浅尾慶一郎君 ありがとうございます。
 シビリアンコントロールと言ったときに、日本の場合は、御案内のとおり、議院内閣制でありますから、大統領が直接選ばれるアメリカとはおのずと異なると。そういう意味で、今議会がある種関与して統制をしていくということについて、私もそうすべきだというふうに思っておる一人であります。
 一方で、議会が関与するときによく議論になるのは、機密がすぐ漏れてしまうということが言われていますが、私はこれ、森本先生の中にもあります機密保護法の制定というのは、特に議会の中で秘密会ができるようにし、そこに参加する議員にその機密保持の縛りを十分付けた上で、議会が関与して、そうしたことに、統制に関与していくというのがあるべき姿ではないかなというふうに思いますが、その点について機密保護法の制定を訴えておられます森本先生、いかが思われますか。
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森本敏#23
○参考人(森本敏君) 私が八〇年代、ワシントンの日本大使館に勤務している間、いつも日本から議員の先生がおいでになる際、国防省を訪問し、国防省で必要なブリーフィングを行う。これはほとんどDIAとCIAの担当官が出てきてブリーフィングを行うのですが、事前に国防省から大使館の方に、今度来る議員にどの程度話したらよいのか、ちょっと率直に聞くということを必ず言ってこられるわけです。で、いや、もう十分お話しくださいとか、ここの分野についてはちょっとセンシティブなので少し程度してくださいとかということを申し上げるわけです。というのは、アメリカの日本を知っている担当者は、全部日本の立法府の方に秘密保護の法的義務が掛かっていないということを知っていて、CIA、DIAのクラシファイドのブリーフィングを行うときに、やっぱりその情報がどういう状態で出ていくかということに彼らは一定の基準がなく非常に迷うわけです。
 これは恐ろしく難しい問題で、日米同盟関係を将来危うくする原因の一つとなりかねないと思いますので、私は、議員に一律に機密保護を適用するという考え方は私は取りません。どういう考え方かというと、ある秘密というものに接した者、これは議員であれスタッフであれ企業の人であれ、その秘密というものに接した者が機密の保護の義務を負うということでなければ、だれでもかれでも議員にだけ秘密保護の義務を与えるというのは、これは適切ではないと考えます。
 しかし、議員の方々ほとんどはそういう秘密に接する機会が多いわけで、私は末席ながら役人を三十年やってきたのですが、やっぱり役人の場合も、はっきり申し上げると、議員の先生に呼ばれて説明をするときに、どの程度話すかということについては上司の許可を取って説明に来るわけであります。こういうことをしているのでは、本当に立法府が政策の議論をしていただくということにはならないわけで、先生御指摘のように、例えばアメリカにあるような情報特別委員会のようなものを設け、そこの議事録はデリートされた秘密部分であって、その中で行われる審議はすべて秘に関するブリーフィングが行われ政策が議論されるという方法は、その秘密に接する者に秘密を守る義務を規定するということによって初めて可能となるわけで、私のわずかな経験では、ミサイル防衛をアメリカが日本の議員に説明しようとしたときに非常に深刻な問題が起きて、アメリカの中でクリアされていないこの秘密を日本の国会に持ってきて各政党に説明するということにアメリカは非常にちゅうちょしたわけです。
 ということは、本当の技術的な秘密部分を説明を受けずにミサイル防衛の技術的評価をするというのは、本当のところはどだい無理な話でありまして、そういった政策を真に議論していただくためには、これは別に議員だけではなく、議員のスタッフであれ、今申し上げたように、企業の人であれ、すべてその秘密に接した人にその秘密を守る義務を課するという、ある種の機密保護法を設けるということによって秘密公聴会もでき、情報委員会も設置でき、あるいは国会議事録に別のバージョンをつくるということもできるわけで、すべてが公開バージョンという中で政策を議論していただくのには、今はともかく余り大きな問題は起きていませんけれども、将来、国家が非常に緊急事態になったときに、これは国として機能しなくなるということなのではないかということを、念頭にあって先ほど申し上げた次第です。
 以上でございます。
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浅尾慶一郎#24
○浅尾慶一郎君 時間が参りました。
 ありがとうございました。
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柏村武昭#25
○委員長(柏村武昭君) 続いて、高野博師君。
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高野博師#26
○高野博師君 両参考人の貴重な御意見、ありがとうございます。
 まず最初に、森本参考人に幾つかお伺いしたいと思います。特に憲法との関係なんですが、森本参考人の御意見は、幾つかの点については憲法改正を前提としなくてはならない点もあるのかなという気がいたしますが、今回の法改正はあくまでも憲法の枠内でということが大前提になっていると思います。
 そこで、一つは、防衛庁設置法と自衛隊法の改正によりまして、日本の防衛は専守防衛に加えて国際平和協力活動業務等、要するに、海外任務が本来任務になったということによって日本の防衛は本質的に変わったんではないか、変わるんではないかというふうに思いますが、これまで専守防衛のためには日本の防衛力は必要最小限度の防衛力を持つと、それが憲法にかなっている、合憲だと、こういうことになっていたかと思いますが。
 そこで、この専守防衛に加えて海外任務が本来任務となりますと、今のあるいはこの必要最小限度の防衛力では十分ではなくなるんではないか。そこは先生もおっしゃっているように、所要量等については検討すべきだとおっしゃっておりますが、そうしますと、その海外任務等の本来任務も達成するためには人員、装備等は十分ではなくなるということになりますと、必要最小限度という枠が崩れるのではないか、そういう意味では憲法解釈を変えなくてはいけないのか、あるいは憲法を変えなくてはいけないのか、憲法上の問題があるんではないかと思いますが、そこはどうお考えでしょうか。
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森本敏#27
○参考人(森本敏君) 日本の憲法が我が国の防衛政策や安全保障政策に課している基本的な制約要因とは、つまるところ二点に要約されるというふうに私は考えています。
 一つは、もちろん集団的自衛権を国家の権利としては保有しているが、これを行使することは憲法の解釈上できないとされる制約要因が一つですが、もう一つは、日本の領域外において武力の行使に当たる行為といいますか、をすることができないとする制約要因です。そして、この二つの制約要因は幾つかの部分で重複している、オーバーラップしていると思います。全く切り離しではなくて、幾つかの部分で重複している。
 専守防衛というのはあくまで日本の持っている防衛力の質を言うのであって、この場合、専守防衛と言っていることの意味は、日本の防衛力を使って他国を侵略したり攻撃をするということはできない、あるいは日本の国家の防衛に専ら専念する防衛力を持つという趣旨でありますけれども、これはPKOに見られるように、日本の防衛力を領域の外に、武力の行使に当たらない行動に参加できないかというと決してそういうことではないということは御承知のとおりです。
 さて、その場合、この任務を本来任務化するということは、国家の防衛力に最小限必要な防衛力があって、新たな任務に必要な防衛力が別途プラスアルファになるという意味では私はないと思います。本来任務というのはどういうことかというと、常に自衛隊が持っておるあらゆる部隊と機能がその本来任務を果たす役割が常にできるように平生から装備も持ち、訓練も行われていて、ある特殊な部隊だけが任務を命ぜられていくというのではなく、平生から錬成訓練を行い、装備を持ち、そのような任務が末端の部隊にまで果たせるようにその能力を高めておくということの趣旨です。
 もっとはっきり申し上げると、例えば海外に国際協力任務に出ていっている部隊があって、国家の防衛に対して非常に重大な事態が発生し、日本の防衛のためにその部隊を帰さないといけないときには、当然のことながらプライオリティーとしてその部隊を戻して国家の防衛に任ずる、当たり前のことだと思うんです。当たり前のことだと。
 ただ、その本来任務にするというのは、先ほど申し上げたように、いかなる部隊、いかなる隊員といえども、治安出動や国際協力任務のようなものを命ぜられたら、直ちにそれができるように平生から部隊として組織し、訓練をして、装備も持たせるということであって、本来最小限、国家の防衛に最小限必要な専守防衛の防衛力と追加される任務のために別途の防衛力が要るということでは決してないと思います、ではないと思います。
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高野博師#28
○高野博師君 はい、分かりました。ありがとうございます。
 もう一つ集団的自衛権についてでありますが、森本参考人は集団的自衛権を認めるべきだというお考えだと理解をしておりますが、集団的自衛権は当然憲法上の問題をクリアしなくてはいけないと思いますが、それがクリアできたとした場合に、それであっても、その集団的自衛権の行使は限定的、抑制的であるべきだと思います。
 そこで、限定的な集団的自衛権の行使を認めるという考え方、これについて森本参考人の御意見を伺いたいと思います。例えば、アジア太平洋あるいは極東に限って集団的自衛権を認める、あるいはPKO活動のときに限って、要するに活動に、そういう限られた活動に限って集団的自衛権を認めるというような考え方についてはどうお考えでしょうか。
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森本敏#29
○参考人(森本敏君) 高野議員の御指摘のとおり、集団的自衛権という問題を正面から取り上げてこれを可能にするためには、憲法問題になるというのは明らかで、私は憲法をきちっと、正攻法で憲法問題を処理をして集団的自衛権を行使できるようにすべきだという考え方、立場を取っています。
 ところで、それでは御指摘のように、集団的自衛権を自衛隊が行使できるというときになった場合、自衛隊の集団的自衛権行使というのは当然のことながら領域の外で行うわけですから、領域の中で集団的自衛権というのは原則ないわけですから、領域の外で自衛隊が行う活動に何らかの制約要因か歯止めを付けるべきだという考え方を私は取らないんです。取らないんです。どうしてかというと、いかなる国の軍隊といえども、どこか活動すべき領域だとか地域というようなものが制約をされている部隊があるのかというと、私は国内法においてそういう縛りが掛かっている軍隊はないと思います。
 ところが、例えば北大西洋条約はその第五条で、北米大陸及び欧州における北大西洋条約加盟国の一若しくは二以上の国に対する武力攻撃があった場合、すべての国に対する攻撃とみなして、これはみなし行為なんですが、みなして集団防衛をするという集団防衛条約になっているわけで、あくまで北大西洋条約が発動するのは、条約をそのまま素直に読めば、北米及び欧州のNATO国に対する武力攻撃であって、例えばユーゴ紛争のように、ユーゴの中でAとBの部族が争うということは、これは北大西洋条約加盟国に対する武力攻撃が明示的にあるわけではないので、北大西洋条約をそのまま発動してNATO軍を正規に出すということができないわけです。こういう場合には、したがってNATO条約、いわゆる北大西洋条約に基づいてNATOが活動できる領域というのは制約はあるわけですけれども、例えばいかなる、アメリカ軍であれ中国軍であれロシア軍であれ、世界じゅうのいかなるところにでも出れるというのが原則です。私は、集団的自衛権を行使した場合に、日本の自衛隊をどこどこまでは行っていいとか、どこまでは行って悪いとかというような制約要因を掛けるべきではないと思います。
 ただ、一つだけ、我が国が、その場合、将来一般法という形でこの問題が議論される際、どうしても入れていただきたいなと思うファクターというか要因というのは、我が国のクリティカルな国益を追求するに必要な、もうそれしかないという我が国のそれもクリティカルな国益を、その国益を定義しないといけないことは当然のことながら、国益を重視して、その国益を追求するところであれば、たとえそれがどこであっても出るべきだし、あるいは我が国の周辺であっても国益でないところには出るべきではないし、あくまで判断の基準は地域ではなく国益であるべきだという考え方を取っていますので、地理的範囲に基づいてこの集団的自衛権行使に制約要因を掛けることには反対です。
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