古山明男の発言 (教育基本法に関する特別委員会)
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○参考人(古山明男君) 古山です。千葉市で私塾をやっております。
今、藤原さんの方が公立学校の中でと、法令の中でとおっしゃったんですけれども、私は法令の外側におりましたんで、法令の限界というのがよく見えるような立場にいましたんで、そういうことをちょっとお話しできればというふうに思っております。
私塾やっていましたんだけれども、私はいわゆる学力の私塾じゃなくて、生徒を絶対に選びませんという方針でやっていました。そうしましたら、不登校、あるいは落ちこぼれ、落ち着きがない、無気力、その他これはちょっと学校の守備範囲じゃカバーできないだろうという、そういうお子さんと親御さんが一杯来たんですね。そういうものに対する対応というのが非常に多かったんです。フリースクールもやっていまして、不登校のお子さんたち見ていました。不登校のお子さんと親御さんというのは、本当に立場のない人たちなんですね。学校へ行かなきゃならない、分かっているんだけれどもどうにも教育の道が付かない、せめてできることをやっておりました。
こういうお母さん方に話聞きますと、異口同音に聞くのが、学校というのはしゃくし定規である、それからきれい事ばっかり言う。これ何でかなと思いまして、少し自分で制度の研究なんか始めまして、それから外国の取材なんかもいたしまして、法律と制度をかなり調べていまして、それで今思っていますのは、日本でいろいろ教育問題出てくる、またなかなか解決の道が付かない。これは学校教育法と地方教育行政の組織及び運営に関する法律、この二本の取り合わせというのが非常に悪くて、問題が起こったときにフィードバックすることができないシステムできているというふうに思っているんです。そういうことを現場の視点からも含めましてちょっとお話しできたらと思っています。
大変面白い実例に出会ったことあったんです。あるお母さん、小学校のお子さんをお持ちのお母さんだったんですけれども、子供にお弁当を持たせたかったんですね。学校へ行きまして担任の先生にいいですかって聞きましたら、担任の先生、いろんなことおっしゃったんだけれども、まあとにかく校長に聞いてみないとということで、それで一緒に校長先生のところへ行ったわけです。そうしますと、校長先生もいろんなことをおっしゃったんだけど、結局市の教育委員会に聞いてみないと。これ実は、給食は全員に施すことという文部省の告示があるんですね。そこで、教育委員会に出向いたところ、市の教育委員会に行ったところ、いろんなことをおっしゃったんだけれども、結局これは県教委に聞いてみないと。県教委の指導下にあるんですね。それで、県教委に行きましたら、県教委は、行ったんじゃない、電話したんですけれども、そうしたら文部省に聞いてくださいと。で、文部省に電話したんです。そうしましたら、そういうことは教育委員会の御判断なさることでという。それでこれ、それでうやむやになっちゃったんですけれどもね、この件ね。
これ、普通のたらい回しに見えるんです。ところが、これは権限関係がどうなっていたかよく調べますと、実は正式権限がこうなっているんですね。
順に見ていきますと、担任は校長の指揮下にあります、独断でできないわけです。校長先生は市教委に強く指導されております。特に法令絡みのこと難しいです。ところが、市教委というのは、いろんな市教委あるんですけれども、多くの場合非常に権限持ってないところで、事務処理だけやっているような場合多いんですね。それで、こちらも法令絡みなもので言えない。それから、もし前例作っちゃって、ほかからもいいですかなんて言われたら困っちゃう。そこで、県教委へ行ってくれと。県教委の方は、もしオーケー出しちゃいますと、これオーケーでもノーでもそうなんです、前例作っちゃう。それから、市教委の頭越しでやっちゃうことになるんですね。これはまずいというんで、県教委なかなかできない。それから、法令絡みなものですから、万が一文科省と、当時、文部省だった時代の話なんですけれども、トラブルがあったときの対応までしなければならない。とても当時、その一担当者の決断でできないんです。
ところが、じゃ文部省はといいますと、これ実は文部省は指導、助言しかできなくて、指揮しちゃいけないんですね、学校を。ですから、もしこれに対して文部省がはっきりした判断とかこうしたらと言ったら、これは教育委員会に対して越権行為になっちゃうんです。
それで、文部省は学校の基準を定めるのが仕事です。そして、教育委員会はそれを運用するのが仕事です。だもんで、これ運用に入るというので、文部省としては、そういうことは教育委員会の御判断なさることでと言うしかないんですね。言わないと越権行為になっちゃうんです。
これ見てみますと、このどこにもそれぞれの方が無理がないんですね、それぞれの職分。なんだけれども、これ要するにたらい回しなんです。
それで、これ一般行政ですと、こういうたらい回しがありますと、親御さん、次の選挙で市長を落とすとか何とかできるんですけれども、教育は一般行政と分離していますので、市町村は責任負っているわけじゃないんです。そこで、だれを落選させることもできないんですね。それで、これは結局うやむや、泣き寝入りになるわけなんです。
それで、日本でのたくさんの教育問題があるんですけれども、これがだれが責任持っているのかはっきりしないという構造がありまして、うやむやなっていく、泣き寝入りになっていく。特に、不登校問題なんというのは、今の教育では対応できない事態が起こっているという意味なんですね。
ところが、これ本格的に解決するには大変な予算、法令、人員、全部集めなきゃならないんだけど、これ持っているところなくて対応できない。それで、私みたいなアパート一室のフリースクールなんかに一杯お子さん来るわけです。
じゃ、何でそんな無責任な体制できたかというのをちょっと歴史的な経過から御説明したいと思っていまして、ちょっと資料の方をごらんいただきたいんです。「教育行政の変遷」と題しましたペーパーです。
まずは、戦前の教育行政なんですけれども、これはトップに内務省と文部省がありまして、その下に道府県、その下に市町村、で、市町村が直接学校をつくって運用するという形になっていました。それから、トップに内務省があるのを不思議に思われると思うんですけれども、これは実は、当時、地方自治というのがなくて地方のことはみんな内務省の管轄になっているものですから、学校に対しても内務省が絶大な権限持っています。この特徴は、学校も一般行政に組み入れられちゃっていること。そうしますと、当然、国の政策と教育が一致しますんで、これが軍国主義教育のもとになった、そういう深刻な反省生じまして、で、戦後、教育委員会ができてきます、一九四八年です。
それで、教育委員会は独立性を高めなきゃならないということで、行政委員会としてつくりました。これは選挙管理委員会ですとか公正取引委員会、これと同じような構造ですので、首長さんも指揮しちゃいけない、議会も指揮しちゃいけない、そういう行政委員会としてつくって、この教育委員会が公立学校を運営すると。ただ、これが独善的になっちゃいけないというので、教育委員会は公選制、それから文部省が学校基準を定めて、その基準の中でやってもらうと、そういう構造になっていました。当然、この構造の特徴は、教育が一般行政と別建てになっていまして、自治体が登場しません。これは、教育と住民は教育委員選挙を通じてつながっています。
この現実だったんですけれども、実はこの教育委員会、さほど機能してないんですね。その最大の理由は、実は六三制施行、これより教育委員会の発足が一年遅れちゃうんです、どうしても議論がまとまらなくて。そうしますと、六三制、暫定的に文部省が運営しなきゃなりません。そして、今度こそ恣意的にやらないぞという反省がありますんで、きちんとすべて法令を作った上で文部省は運営なさった。そうしますと、膨大な法令の体系ができるんですね。これが学校教育法及びそれに伴う政省令でありまして、これは現在もそのまま続いております。そのため、現在も非常に規制の多い法教育体系というのができております。
この制度なんですけれども、実は教育委員会はほとんど仕事がなかったんですね。学校基準を定める仕事が本当は教育委員会の仕事なんですけれども、それを文部省が持っている。それから、委員選挙をやっていますと、三流の政治家が出てきたり教員組合が組織票で入るとかあったんで、かえって選挙をやるんで政治持ち込むんじゃないかと、そういう心配あったものですから、地方教育行政法というのが一九五六年にできまして、この教育委員選挙をなくしました。
それから、教育委員会に対して文部省が指導、助言、指揮じゃないんです、指導、助言できる体制つくりました。文部省、都道府県教委、市教委、学校というのが一つのラインになります。この特徴は、ライン上に、保護者、住民に信任を問われる役職というのがどこにも入っていないんですね。よく市長さんがと思われているんですが、これは実は一般行政別建てなもので、市長さんは責任を負ってないんです。ただ、法制上のちょっと都合があるもので、もしいじめ自殺なんかあった場合、訴訟の主体になっちゃうのは市長さんなんです。
それで、ここで、教育委員会は非常に文部省の支部みたいな形に傾斜していくんですけれども、なぜかといいますと、この教育委員会というのは、元々非常に独立性が高く設計してあります。そこで選挙をやめちゃって文部省の指導、助言付けましたら、教育委員会に意見言える立場はもう文部省しかないんですね。だもんで、教育委員会はどんどんどんどん文部省の方に傾斜していっちゃいます。それから、法律がいろいろあるものですから、条例優先というわけにいかないんで、非常に国の法令にいきます。
そして、ちょっと飛ばします。次のページです。この権限構造がどうなっているかを模式図化したものです。
戦後の日本教育、なかなかうまくいきまして、高度成長を支えました。学力も高かった。これ、実質的に指導してきたのは文部省なんですね。ところが、面白いことに、文部省はこれ、直接権限は全く持ってなかったんです。間接指揮のルートを三本使ってやっていました。
一本は、学校教育法を始めとした法律とそれに伴う省令。省令の部分に非常に権限が一杯ありますんで、文部省の一存で決められることがたくさんあります。議会通さなくていいんです。それから、教育委員会を通じて指導、助言していく。もう一つは、国庫補助をやっていますんで、それに対して補助を受けるについてはこれだけの基準満たしてくれという、標準化ありますんで、学校の一クラス人数とか、こちらは国庫補助からの標準化でコントロールしていました。
それで、このシステムの問題点、二つありまして、一つは問題が起こったときに責任者がどこだか分かんないんですね。というのは、文科省が方針を出しまして、教育委員会がそれを自主的に判断して実行するという形式、今取っております。だもんですから、問題があったときに、教育委員会の方の責任なのか文部省の責任なのか、どっちも責任の取りようがない形になっちゃうんですね。
もう一つは、一方通行の形になっていまして、現場の実情、問題点、これ、くみ上げる能力が非常に低い。また、対応能力が非常に低い。そもそも、住民が信任を問える役職、どこにも入ってませんで、それから教育委員会も上の方ばっかり見ますんで、なかなかその実情伝わらない。
そこで、その権限構造のちょっと下に、非常に権限が分散しています、新しい施策なんか立てる場合に何が起こるかという図にしたんですけれども、新施策という家の下に四本柱が立っています。これ、予算は首長にあります、今。それから、法令を握ってるのは文科省です。人事権者は県教委、そして実行責任持ってるのは市教委です。この柱のどれか一本でも抜けちゃうと施策が立たないんですね。そのため、施策どっかでやりたい人はみんなこのお互いの了解を求めて回るんですけれども、そのたびに、まあいいけどもちょっとここは何とかしてくれというのを付けられて、非常に妥協的な案ばっかり出てくるんですね。
一方、教育の本当の当事者、教室の中のことを知っているのは先生と生徒だけです。教職員、それから生徒、さらに保護者もある程度関係している。こちらの、もちろん何のかの言えるんですけれども、正式な法律で保障された発言権と運営参加権、持っていないんですね。このため、どんどん実情と離れちゃうわけです。
そして、将来像なんですけれども、欧米の例なんかいろいろ調べまして、やっぱり教育の当事者というのは先生と生徒とそして保護者。この三者のどこかがへそ曲げちゃったりつぶれちゃったりすると、教育もう運営できないんですね。この三者の立場をきちきちんとして、チェック・アンド・バランスできちんと作り上げていく。欧米にたくさん例がありますので、そういう方向で作っていくことかなというふうに思っております。