小野清子の発言 (教育基本法に関する特別委員会)
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○小野清子君 私は、家庭教育の部分、第十条に限って御質問をさせて、中心に御質問をさせていただきたいと思います。
世の中の変化は、今申し上げましたように、各分野においても大変目覚ましいものがございますけれども、人間は何ら変わらず、未熟な状態でこの世に誕生し、親の庇護の下で人になっていくわけでございます。
そうした中で、私たち親にとりましても、子供を育てながら親というものを勉強させていただくという認識を私自身も経験をいたしました。みんな未熟の中で、それぞれが力を合わせていい人間に育っていく、その中における教育というもののありようがいかに大切であるかということを、このまず最初の部分の家庭教育に考えるわけですが、男女共同参画型社会という現状の中で、さらにその前には男女雇用機会均等法という法律が一九八五年に世界女性会議において採択をされ、翌年の一九八六年に日本においても施行されたわけでございます。
それまで閉ざされておりました働く女性の仕事の分野も大変広がりまして、例えばジャンボジェット機とか、あるいはパイロット、そういう方々、船の方ですね、の閉ざされていた分野に女性がどんどん体力、技術、能力があれば入っていける時代になってまいりました。高校進学も九八%、そして女性の大学進学も昨今の数字では四九・八%と大変大きな躍進を遂げ、この二十年間の間に女性の変化というものは男性を超して大変大きなものがあろうかと思います。
そうした中に生まれてきたのが少子化という問題でございます。働くということと家庭を持つということ、その両立の大変さ、子供を育てるということは母親に係る分野が大変多うございます。そういうことが共同参画型社会の実現ということに現在も移り変わってきているのではないかと思います。
こうした中で、それでは家庭の条件がどうなっているかと申しますと、核家族と言われますように、四世代、三世代が今核家族になり、そしてまた子供の数が一・二何ということで、家の中でも外でももまれることが大変少なくなってまいりました。福沢諭吉先生が、人は人にもまれて人になるという名言を発していらっしゃいます。もまれる人が周辺にいないで、子供は帰りの遅いお父さんに比べお母さんとたった二人、あるいは外の施設の御協力をいただきながら育つというふうな現状の中で、例えば子供の成長にとってそれがどういうかかわり合いを持ってくるかということは大変大きな問題で、外遊びの中に社会教育的な分野もありました。それが、空き地が全部駐車場になりまして外遊びはできない、遊園地はボール禁止で走り回れないなどなど、子供を取り巻く環境というものは内外、大変大きなものがあろうかと思います。
要するに、子供時代に大きな筋肉部分を使うとか、大きな声を出すとか、協力してもらう、助け合うというふうな教育的な分野が全く欠け落ちてしまっているというのが今の子供たちの現状でございます。
ここの中に、父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであるというのがその十条に書かれており、必要な習慣を身に付けさせようという中に、働く両親の場合にはなかなか難しゅうございます。
私は、ここに、短時間正社員労働という問題が今これから日本でも施行されようとしております。そこに大変大きな期待を持っているわけでございますが、さらには、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援する必要な施策を講ずるよう努めなければならないとございますけれども、ここで言ういわゆる家庭に対する支援と必要な施策ということは、具体的にどういうことをお考えになっていらっしゃるか。これは理念法ですから、具体的なものはないとは承知しながらも、御質問申し上げたいと思います。