沓掛哲男の発言 (財政金融委員会)
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○沓掛哲男君 皆さんおはようございます。
それでは始めさしていただきます。
昔から失敗は成功のもとと言われています。失敗にくじけず、その原因を究明し、それへの対応をしっかり立てて再チャレンジすれば成功は間違いないというような教えだというふうに思っております。私たちのこの周辺におきましても成功の例、失敗の例はしばしば見られるのですが、成功した場合には、少しでもそれに関係した人は、おれがやったやったと言いますので後世にもよく伝わるのですが、失敗した事案については、みんなかかわりたくない、早く忘れてしまいたいというようなことが多く、後世に伝わりにくいです。
今、景気もマクロ的には良くなってきているので、政府はこの機に財政再建をと力を入れておられますが、そのことは必要なことでもあり、結構なことであります。しかし、木を見て森を見ないと大変なことが起こり得るということを、平成九年秋から起こった大不況について見てみたいというふうに思います。
バブル崩壊による不況を種々の対策により、平成七年、八年には設備投資の増加、平成七年は一〇%、八年は二〇%でしょうか、そういう設備投資の増加などにより、経済成長率も平成七年には名目で一・八%、実質で二・四%、平成八年には名目二・二%、実質二・八%の増加となり、景気は回復基調となりました。ちょうど今のような状態でした。今の状態を見てみますと、平成十六年の経済成長率は名目で〇・五、実質一・七%、また平成十七年では名目一・八、実質三・二%の増ですから、ほぼ同じような状態でした。
そこで、平成七、八年は、当時、設備投資をリード役にしてようやく景気も立ち直り始めたのですから、そのとき経済政策はこれを側面から支援する、支える役割に徹しなければならなかったと思うのですが、しかるに橋本政権は、逆に財政赤字の削減を優先し、需要を大幅に抑制いたしました。平成九年には、消費税を三%から五%に、二兆円の特別減税を廃止し、医療保険の患者負担引上げで九兆円の国民負担増、さらに公的年金の保険料引上げや公共投資の削減など、前の分も合わせると約十五兆円の需要減を行いました。その上、民間ベースで民間の建築投資が約五兆円減となりました。二十兆円の需要減となったわけです。当時のGNPが五百兆ですから、四%ぐらい減となりました。
しかし、さらに、この時期もう一つの需要不足要因が起こってきました。それは輸入の大幅増加でありました。プラザ合意後、日本は円高を志向せざるを得ませんでしたから、円高に持っていった。そうすることによって、今度は国内での生産がきつくなりましたので、海外への生産拠点の移転を行いました。そして、そこでいろいろなものを生産し、世界にも売りましたけれども、また日本へもたくさん輸入してまいりました。日本への輸入が増えれば、当然国内の需要減も起こってきたのです。これがまたちょうど平成九年ごろ、ピークで押し寄せてきたわけです。
さて、もう一つ、この時期、有効需要不足だけでなく、不良債権問題を抱えた金融部門リードの景気後退が貸し渋りなどにより起こってきたんです。バブル崩壊の象徴とも言える株価や地価の暴落が始まったころ、ある大蔵省の幹部が、株価や地価が下がったからといって何が問題なのか、バブルに踊った人たちが困っているだけではないかと言っていたし、多くの人たちもその程度に思っていたんです。
ところが、株価や地価の暴落で最も痛手を受けたのは都市銀行を始めとする銀行でした。銀行は、バブル期に不動産会社や建設会社に融資を急増させました。しかし、その貸出し先が地価の暴落で買った土地を売ることができなくなり、借入金を返却できなくなりました。いろんなことがあるんですけれども、単純に言えば。銀行は、発生した不良債権をそれまで蓄積してきた利益、すなわち自己資本を減らすことによって穴埋めしなければなりませんでした。
国際的に仕事をしている銀行にはBIS規制が働きます。自己資本比率を八%以上に保たねばなりません。自己資本が減れば貸出金も減らさなければなりませんでした。これによって貸し渋りが起こり、それが激しくなったのが、またこれ平成九年、十年のころでございました。中小企業ばかりでなく、有力企業まで貸し渋りに苦しみました。平成九、十年の設備投資の急減に銀行による貸し渋りが大きく影響していたわけです。
そこで、ひとつまとめてみますと、いわゆる平成十五年以降、確かに今、経済成長率は名目、実質ともにプラスとなり、現在は景気回復基調にありますが、平成七年、八年も名目、実質ともほぼ今と同レベルでありました。そして、翌九年に増税等による需要減十五兆円、さらに輸入増による需要減、不良債権処理のための都銀等の貸し渋りで経済は破綻寸前の状態となり、その対策として種々の経済対策が必要となり、そのため、多額の借金、国債発行がせざるを得なくなったわけです、小渕、森内閣等ですね、なりました。
その轍を踏むことなく財政運営を是非していただきたい。ただ国債発行が増えた増えたと言うけれども、それには今のようなやはり政策上問題があったということをしっかりと踏まえていただきたいと思うんです。
尾身大臣はちょうどそのころ、平成九年の秋に経済企画庁長官になられ、そして平成十年の八月ごろまで正にこの経済企画庁長官をされておられまして、この平成十年不況対策に真っ正面から取り組まれた豊富な経験をお持ちでもございます。
私、そのとき非常に感心したのは、やっぱりこの年の、平成九年の暮れというのはもう正に大変厳しい状況でした。中小企業者はたくさんの借金を抱え、返済できない。また、取立ても厳しくなっていたんです。これは大変なことになるなと思ったとき、それを救ったのが時の経済企画庁長官尾身大臣の発言でございました。その発言は、一言、来年の桜の咲くころには景気は明るくなるだろうという言葉でした。私は、正に政治的発言であり、この一言葉であの年の暮れ、中小企業の経営者がたくさん死ななければならなかった命が救われたというふうに思っております。
こういうことを踏まえて両大臣にお尋ねしたいんですが、まず尾身大臣には、今後の歳出歳入一体改革の進め方について所見をお伺いしたいし、また山本大臣には、これまでの不良債権問題に対する取組と今後の展望についてお伺いします。
我が国の金融機関は、バブル崩壊後の長い間、いわゆる不良債権問題に苦しみ、この問題への取組に多大な労力を費やしてきました。不良債権問題の解決は、我が国が民需主導の持続的な経済成長を遂げる上でどうしても取り組まなければならなかった重要な課題でありましたが、必ずしも容易なことではありませんでした。
そこで、不良債権問題の抜本的解決に向けて行ってきたこれまでの取組をどう総括されるか、またその正常化が図られた今後、このような過ちを繰り返さないためにどのような点に留意していけばよいのか、大臣の見解をお聞かせいただきたいと思います。