植木とみ子の発言 (教育再生に関する特別委員会)
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○植木参考人 おはようございます。
まず、このような重要な会議の場で意見陳述の機会を与えていただきますことを、心から感謝申し上げます。
私は、大学院修了後約十五年間を国立大学の教員養成学部に文部教官として勤務し、その後、縁あって福岡市に迎えられ十六年、特に、直近の三年間は市教育委員会教育長を務めさせていただきました。教育長の時代には、現場主義を実践し、二百三十一の学校すべてを回り、ほとんどのクラスを見て回りました。さらに、この間二年間、中央教育審議会教育課程部会で臨時委員として学習指導要領の改訂の論議にも加わらせていただいております。
これらすべての経験から、ただいま議題となっております学校教育法に関して賛成の立場から、何点かの期待と要望を申し述べさせていただきたいと思います。
まず、義務教育の目標に関してでございます。
提案されております学校教育法では、その目標が具体的に示され、達成することが求められております。まず、この点につきまして現場の多くの教師は歓迎していることをお伝え申し上げます。
御案内のように、これまで、学習指導要領の法的位置づけと教育課程の編成権をめぐっては、学校経営の中で論争と対立があった時期もございました。しかし、このような論議を繰り返さないためにも、今回のこの規定の明確化は、この法のもとに作成される学習指導要領が、各学校において編成される教育課程の大綱的基準として確実に機能するものとなる、そのための土台が完成するものと考えます。
さらに、その内容は、現行学校教育法及び改正教育基本法に示されている項目に、よく読みますと、規範意識、自然体験活動、我が国と郷土の歴史についての理解、家族と家庭の役割についての理解、読書に親しむこと、自然現象についての観察及び実験、運動を通じて体力を養うといった文言が付加されておりますが、これらはいずれも、私が参加させていただいた中教審教育課程部会で、今の子供たちに生きる力をつけさせるために基礎的に必要な項目であるということで、委員の皆さんが真剣に議論をしてきたものでございます。
目指すべき教育の目標を法律で明確に示し、教育内容の大枠を定めようとされる本委員会審議は、国民にとって大変頼もしく、まことに意義あることだと存じます。
次に、副校長等の設置について、これをぜひ実現していただくようお願いいたします。
既に皆様の共通認識として、現在、地域、家庭の教育力がかつてと比較して極端に低下しているという状況がございます。そして、それがすべて学校に期待されているわけでございます。
私どもが一昨年、家庭の教育力に関する調査をいたしましたが、その中に、教師の愚痴ですけれども、保護者から、子供をデパートに連れていったけれども迷子になってしまった、迷子教育はどうなっているんだというふうなおしかりを受けたという報告もございました。
食育の必要性についても、基本的には家庭での食教育の伝承がなくなったからでしょう、「早寝早起き朝ごはん」、こういうものも学校から展開しなければならない状況、これも同じだと思います。
一方、保護者の学校に対する期待、要望はますます大きくなっております。極端になりますとクレーマーとなって、その対応に、担任はもとより、校長、教頭が時間をとられることになります。校長、教頭がこのような対応になれていない場合には、ひどいときには夜中まで保護者から解放してもらえなかったり、数カ月に及んでたび重なる会見を求められたりと、落ちついた学校経営はおろか、日常の子供の教育にも差しさわるということもあります。
福岡市では、この件に関する学校現場の負担を減らすために、平成十七年度に、学校から独立した学校保護者相談室というのを設置いたしまして、客観的な立場から両者の調整をしようとしております。これまで、保護者からは年間平均二百件程度の相談があります。学校側からは十数件程度。この数字を見る限り、校長がほかに相談することを恥としているらしく、まだまだ学校が抱えている状況が多いと感じております。
また、教育環境が激変している今日、調査統計や教育委員会への報告書の作成など事務の負担が大変な重荷になっていることも否めません。学校の地域開放が進むと、その事務的な負担、施設の管理などの仕事も増加します。その上、今後は、放課後子どもプランの実現もしていかなければなりません。また、総合学習、食育など教科横断的な授業では、それを中心としてマネジメントする人材も必要となります。
昨年、私どもで、リーダー養成研修として教頭業務棚卸しというのをやりまして、その業務見直しを図りました。結果は、教頭の一日の平均勤務時間はほぼ全員が十一時間以上、年休の平均取得日数は三日、教頭が毎日必ず行う業務は二十項目、業務全体では百五十九項目に上っております。その内容も、教育管理に関すること、人事管理に関すること、事務管理に関すること、施設設備管理に関すること、地域や外部団体との連絡調整と多岐にわたっております。
その中でも、特に事務的な業務に追われ、教頭の役割として最も重要だと考えられている、教師への指導に時間を費やすことができない現状があることが明らかになりました。いわんや、校長の多忙感はそれ以上でございます。
るる申し上げましたが、要するに、学校という組織をマネジメントするための管理職の時間、能力育成についての配慮が現在特に必要となっているということでございます。
学校を訪問すると、その学校がうまく回っているかどうかというのは、校門を入るときにわかります。まず、学校の周りには雑草が生えていません。掃除が行き届いております。地域の方々が毎日当たり前のように学校に来られて、学校の美化や雑務を手伝っておられます。子供たちは外部の人にもきちっとあいさつができ、教室も窓があけ放たれて、だれでも迎え入れる雰囲気があります。教室に入ると、子供たちは先生の方をちゃんと向いて、そこでは共感とか信頼関係ができているのが伝わります。このような学校は、校長、教頭、教務主任、この連携がとてもよくとれております。教師集団をきっちりまとめ、さらに地域の信頼も厚い。このような環境で子供は初めてちゃんと育つと思います。
このためには、学校が組織として機能する必要があります。これまでは、校長個人の能力に多く頼ってきたところがございます。しかし、私は、すべての学校でこのようにあるべきだと思います。そのためには、すべての校長にマネジメント能力を身につけさせることが必要であります。その一助として、教頭を経験し、校長になる前にマネジメント能力を専門に身につけるための期間、つまり副校長として活動する時間を置くことは、大変有効だと考えます。また、この副校長が校長を代理して地域との窓口になると、学校開放はより進むことも期待できます。
さらに、現在、児童が抱える問題が複雑多岐になっており、不登校、いじめ、無気力、無目的な生徒の指導、LD、ADHDなどの特別支援教育の必要などで、個々の教諭も一人一人の子供に十分に向き合える時間がございません。教諭として専門職を生かせるような制度設計が必要だと考えます。主幹教諭、指導教諭などの指導を仰ぎながら、また助力を得ながら自分の学級経営に邁進できれば、すばらしいことと存じます。ぜひとも、この新たな職を設置していただけるようお願いいたします。
次に、学校評価についてでございます。
先ほど、立派に運営している学校は校門を入るときからわかると申しましたが、地域の人の協力が目に見える形であらわれており、それ以外でも、学校は地域の力に頼るところが多くあります。
福岡市にはすべての小学校区に一つずつ公民館が設置されており、この公民館を中心に自治会の活動が組織されております。子供の健全育成のために、地域子ども育成事業として、自治会、学校、PTA、子供会などが一緒になり活動しております。先年、子供が登下校中に命を奪われるという、あってはならない事件が全国的に続発した際にも、自治会が率先して子供の見守り運動を展開してくれました。これがスクールガードの活動へと発展しております。というわけで、事件があったからといって私どもは、殊さらにガードマンを配置したり学校の門を閉ざすということはしませんでした。むしろ、地域の人みんなの目が子供の安全のとりでなのです。
子供たちは、学校以外の多くの時間を地域で過ごし、多くの大人から自然のうちにさまざまなことを学びます。地域行事の参加というのはその最たるものでしょう。また、地域の方は学校にゲストティーチャーとしてもお見えになります。まさに「学校はまち、まちは学校」、福岡市ではこのスローガンのもとに学校運営をしております。学校は地域とともにあり、その意味で、地域と離れる学校選択制はなじみません。このように、地域に支えられた学校は福岡市以外に全国でもたくさんあると思います。
学校は基本的にいつでも地域の人に開かれるべきだということで、このことをより促進するために、学校公開週間も設けております。学校公開週間では、毎年十一月の初めの一週間、特別の広報をいたしまして、多くの市民の方に自分と全く関係のない学校にも幅広く足を運んでいただいております。さらに、個々の学校についての感想もいただいております。
地域とともにある学校ですから、学校が保護者や地域の方々に積極的に情報提供することは、学校、家庭、地域の連携を強化する上で極めて重要であり、また、これをしないと、地域の方々の信頼、協力を得られるものではございません。
一方、保護者や地域の方々は、しっかりと自分たちの学校を見て、いろいろ注文をしたり、褒めたりしかったりしておられます。つまり、意識するしないにかかわらず、常に外部評価をしているわけです。学校はこれにこたえるべくさらに努力し、そのことを皆さんにもお知らせします。この連鎖が学校を活性化し、学校運営をやりやすくし、また、ひいては子供の教育によりよい方向に向けているというふうに思います。
このような実践を一部の成功の事例に終わらせるのではなく、すべての学校、地域に広げ、普遍的な制度にするためにも、これらの学校に学んで、学校評価、その公表のためのマニュアルづくりをすることは大変意義のあるものだと思います。
ただし、この場合、住んでいる場所で学校が決められ、自由な選択はできないわけですから、その評価内容、公表内容は、いたずらに他の地域との競争心をあおるものではなく、どうすればよく学校運営ができるか、子供たちがよりよく教育できるかという観点から考える必要があると思います。
最後に、大学等の履修証明制度について述べさせていただきます。
大学では、その資源を社会に還元するために広く公開講座なども実践してきたのですけれども、受講生からは、正規の履修証明が欲しいという要望が多く寄せられておりました。
公開講座は、生涯学習の中でともに学び続けたいという市民的要求を満たすものであったわけですが、現在では、転職、再就職などの再チャレンジのためであるとか、昇進のために実際に役立つものであることなども期待されています。そのためには、オーソライズされた履修証明が必要とされることも多くあります。また、入試というこれまでの方法以外に、あこがれの大学の講義を受けてその証明が受けられるという仕組みで社会の何かが変わるかもしれません。
履修証明制度の対象となる課程は、社会人などを対象として特別に開設された体系的な科目のまとまりであるということなので、内容としては、公開講座のより専門的なものと考えられます。
従来、大学では、ともすれば自分の興味に従った研究が優先され、社会に必要とされる研究が後回しにされるといったような嫌いもございました。この履修証明制度の対象となる課程は実際に社会に必要とされる今日的な研究であろうし、さらに、体系的な科目のまとまりということなので、大学教官が協力して事に当たらなければなりません。この意味では、大学にとっても、教官の緊張が高まり、今日的な研究へのよりよい刺激になろうかと考えます。
せっかく創設された履修証明制度がうまく活用されるためには、大学側が率先して講座を開設するようなインセンティブを与えることがあってもよいのではないかというふうに考えます。
一方で、余りニーズのない地方の大学に、都心の大学と同じように開設できないということで、何らかの不利益を課すことはあってはならないと思います。さらに、既にロースクールや社会人のための大学院を開設しているところで、一部の教官に負担が集中しているという現状も押さえておかなければならないというふうに思います。
また、今日的な研究だけでなく、基礎的な研究もそのレベルを決して落としてはならないということも蛇足ながら申し添えておきます。
いずれにしましても、この履修証明が、大学の学位と同じとまでは言わなくても、何らかの形で社会的に通用する仕組みをつくってくださいますよう期待いたしまして、私の意見陳述を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。(拍手)