田島一成の発言 (教育再生に関する特別委員会)

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○田島(一)委員 国立学校設置法の施行規則第二十七条、冒頭、何のために設置しているかというところをひもといていただいたと思います。やはり目的は、児童、生徒、幼児の教育、保育に関する研究に協力し、及び当該国立大学または学部の計画に従い学生の教育実習の実施に当たることを目的としているんですね。ですから、その教育研究について、男子校でなければならないという理由は示されなければおかしいわけなんですよ。優秀な子供たちを集めなければ研究にならないということを示せなかったらおかしいわけですよね。
 おもしろい例が一つあります。東京大学の教育学部附属学校というのがあります。ここは実は実験校として双子の研究に随分熱心に取り組まれていまして、双子の児童生徒を優先的にとる。といっても、実は不合格になる、抽せん漏れするケースもあるんですね。そういうふうにわかりやすい研究をされているのであるならば、附属学校としてのレゾンデートルはしっかりと証明されると思うんです。
 しかしながら、偏差値だけはやたら高くする。先ほど大臣は、抽せんでお子さんは入られたとおっしゃいましたけれども、筑波大学附属駒場でも、中学校については競争率八倍を超えれば抽せんにしますとやっていますが、八倍を超えることはありません。受けてももったいないからみんな受けません。ですから、抽せんが行われたのはここ近年一度もないんですよ。ですから、国語、算数、理科、社会の四教科の試験一発勝負になるんですね。
 要は、優秀な子しか集めていないという現実を、先ほど申し上げた国立学校設置法の規則の第二十七条に違反しているんだということをしっかり文科省も認識をいただきたいんですよ。それをしないと、今申し上げたように、教育実習の実施もそうです、子供たちの様子の観察や研究についても何一つ、実態と乖離した研究しかできないということを私は認識をいただきたいんですね。
 一般の、それこそ公立の小学校や中学校で起こっているさまざまな問題が、同じように国立大学の附属学校で起こっているかどうか。以前、文科省で、大臣にお願いをして学校給食費の未納状況というのを調査していただきました。現場の先生には多くの負担をかけたのかもしれません。しかし、公立の学校では相当数が出てきて、結果、国立ではそういう問題はなかったですよね。それくらい家庭的にも安定をした人たちばかりが子供さんを送り込んでいらっしゃる。
 そして、受験となれば、東大に、それこそ六十人、七十人、八十人と現役で入っている。優秀だということは、それはそれで結論としていいことかもしれません。しかし、やはり入るための能力を持った人しか集めていないわけですから、これでは教育実習校として大学の研究に資することではないんだという現実をぜひ照らし合わせていただきたいし、この世の中は半分は男性、半分は女性です。それである中にもかかわらず今や男子校だということ自体が私はどう考えても腑に落ちない点でありますので、ぜひ、先ほど答弁いただいたように、もう一度この問題点をきちっと整理していただかなければならない。もっと言うならば、この問題を整理せずして、今の教育改革というのは本当に論ぜられるのかなとさえ私は思っておりますので、その点、ぜひ酌み取っていただきたい。お願いをしておきたいと思います。
 今回のこの附属学校の問題ででも今明らかにさせていただきましたが、なぜ国立大学の附属学校がこれだけ進学校化してしまったのか。これはもちろん、社会全体が受験に対して非常に過熱ぎみであることがその根底にあるのだというふうに思います。
 この過熱する受験競争の緩和という問題については、今始まった問題ではありません。平成八年の中教審の当時から議論を重ねられてきた課題でありますが、残念ながら、今なおこの過熱した受験競争が緩和されるということはないまま進んできています。本当ならば、国立大学附属学校などが先頭を切ってこの過熱する受験競争を緩和させる手だてをとらなければならない、そういう立場にあると私は思うのですが、逆にそれをあおっているような状況があるから、今、この附属学校の問題も取り上げさせていただきました。
 今回のこの教育基本法改正に端を発し、三法の改正、私よくよく考えますと、今の社会がいろいろと生み出してきた課題、例えば格差の是正とかも含めてなんですけれども、そういう問題の根底にあるものを解決せずして、教育三法の改正、教育基本法の改正だけで本当にこの世の中が住みよく、また豊かになれるのかな、そんな気持ちを改めてこの質問を考えながらとらえてきました。いいです、聞いてください。
 もちろん、教育に関するさまざまな問題は、大臣も御承知のとおり、私たちも、いじめによる自殺や家庭内におけるいろいろな問題、殺人事件等々、教育の果たす役割の大きさを感じながら今日まで議論を重ねてきたところであります。
 例えば、与党の方からも、教育改革全体を論じるときに、愛国心を盛り込むべきだ、そして、大学の九月入学制、また、社会奉仕活動を制度として導入しろ、そして義務教育年限の前倒しなどが議論をされているというふうに聞いておりますけれども、どれもこれも、実は法律で義務づけるような中身なのかなとさえ思えるものばかりだと私は思います。
 例えば九月の入学問題などは、これは、第二次中曽根内閣時代に既に臨教審で議論をされていた、二十年前の話であります。社会奉仕活動の制度としての導入も、諸外国でもう既に先駆的に取り入れられていますし、義務教育年限の前倒しについても、それこそ、幼保一元化という五十年来の課題が具体的に解決の方向を見出せないまま、前にも進んでいない状況があります。
 やはり、こうした課題を何とかすれば今の教育は立て直せるんだと短絡的に考える前に、私は、それこそ、小泉さんが残した財政改革や地方分権、規制緩和の後始末として、生じてきた格差是正が何より大切なのではないかなというふうに実は思っているところであります。青少年健全育成、この課題についても、それこそ、教育以前の社会全体の問題としてメスを入れていかなければならない課題だと思います。もちろん教育も、その担わなければならない重要な分野の一つだというふうには認識をしています。
 しかし、今前段に申し上げたように、受験に対して過剰な意識を持っているこの日本人の感覚、ここにメスを入れない限り、私は、この教育改革が完遂できることは不可能なのではないかなとさえ実は思っています。学校で成功すれば人間として将来も成功が約束されている、そんな意識を持って、日本の社会では学校が支配をしてきたと言ってもおかしくないような現状があります。受験競争はよくないと多くの方は語りますが、いざ自分の子供を見たときには、いい学校へ入ってほしいという自我がどうしても働いてしまいます。
 このような葛藤の中で、私たちも、親としてまた政治家として、教育とはいかにあるべきか、そして、今日の、学ぶということはどうあるべきかと議論を重ね続けてきたところでありますが、いまだに結論には私は至っていないように思います。学歴社会がどうあるべきなのか、また、この社会を構築している有能な人材そしてまた能力が別の分野ででもしっかりと自分の持ち味を発揮できる、バランスのとれた社会を構築したい、そう考える中ではありますが、残念なことに、今の教育は学歴社会を補強するばかりではないか、そんなふうに思えてならないのであります。
 まだまだこの議論が途中の段階で、私は、繰り返し繰り返し教育改革については大臣とまた与野党を超えて議論をしていかなければならないというふうに考えますが、先ほど引用した国立大学の附属学校の受験校化の問題も含めて、この学歴社会にメスを入れていかないと、私は教育改革は完成しないのではないかというふうに思います。
 学歴社会の現状、平成八年から中教審等ででもずっと議論をされてきましたけれども、今なお明確な方向には至っていない。一たんはゆとり教育という答えに導かれたところもありましたが、それがまた引き戻されるということで、結果的にいえば、子供たちが右往左往しているような、そんな現状にも私は見えてなりません。全体として教育が揺れ動いていると言われておりますけれども、果たして、この学歴社会という観点からとらえたときには何をやらなければならないとお考えなのか、大臣の御見解をぜひ聞かせてください。

発言情報

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発言者: 田島一成

speaker_id: 13209

日付: 2007-05-17

院: 衆議院

会議名: 教育再生に関する特別委員会