教育再生に関する特別委員会
⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。
会
会議録情報#0
平成十九年五月十七日(木曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 保利 耕輔君
理事 大島 理森君 理事 河村 建夫君
理事 小坂 憲次君 理事 鈴木 恒夫君
理事 中山 成彬君 理事 野田 佳彦君
理事 牧 義夫君 理事 西 博義君
安次富 修君 赤池 誠章君
井澤 京子君 井脇ノブ子君
伊藤 忠彦君 稲田 朋美君
稲葉 大和君 猪口 邦子君
浮島 敏男君 亀岡 偉民君
木原 誠二君 木原 稔君
木村 勉君 清水清一朗君
鈴木 俊一君 とかしきなおみ君
中森ふくよ君 西村 明宏君
西本 勝子君 萩原 誠司君
馳 浩君 原田 憲治君
平田 耕一君 福岡 資麿君
福田 良彦君 二田 孝治君
松本 洋平君 やまぎわ大志郎君
安井潤一郎君 山内 康一君
山本ともひろ君 若宮 健嗣君
渡部 篤君 川内 博史君
北神 圭朗君 田島 一成君
田嶋 要君 高井 美穂君
西村智奈美君 松本 大輔君
横山 北斗君 笠 浩史君
伊藤 渉君 大口 善徳君
石井 郁子君 阿部 知子君
保坂 展人君 糸川 正晃君
…………………………………
議員 高井 美穂君
議員 田島 一成君
議員 牧 義夫君
議員 藤村 修君
議員 松本 大輔君
議員 笠 浩史君
内閣総理大臣 安倍 晋三君
総務大臣 菅 義偉君
財務大臣 尾身 幸次君
文部科学大臣 伊吹 文明君
国務大臣
(内閣官房長官) 塩崎 恭久君
内閣官房副長官 下村 博文君
文部科学副大臣 池坊 保子君
文部科学副大臣 遠藤 利明君
総務大臣政務官 土屋 正忠君
文部科学大臣政務官 小渕 優子君
政府参考人
(内閣官房内閣審議官) 山中 伸一君
政府参考人
(文部科学省大臣官房長) 玉井日出夫君
政府参考人
(文部科学省生涯学習政策局長) 加茂川幸夫君
政府参考人
(文部科学省初等中等教育局長) 銭谷 眞美君
政府参考人
(文部科学省高等教育局長) 清水 潔君
衆議院調査局教育再生に関する特別調査室長 清野 裕三君
—————————————
委員の異動
五月十七日
辞任 補欠選任
赤池 誠章君 福田 良彦君
稲田 朋美君 清水清一朗君
稲葉 大和君 木村 勉君
木原 誠二君 萩原 誠司君
とかしきなおみ君 安次富 修君
松本 洋平君 福岡 資麿君
安井潤一郎君 木原 稔君
山内 康一君 中森ふくよ君
保坂 展人君 阿部 知子君
同日
辞任 補欠選任
安次富 修君 とかしきなおみ君
木原 稔君 安井潤一郎君
木村 勉君 稲葉 大和君
清水清一朗君 稲田 朋美君
中森ふくよ君 浮島 敏男君
萩原 誠司君 渡部 篤君
福岡 資麿君 山本ともひろ君
福田 良彦君 赤池 誠章君
阿部 知子君 保坂 展人君
同日
辞任 補欠選任
浮島 敏男君 山内 康一君
山本ともひろ君 松本 洋平君
渡部 篤君 木原 誠二君
—————————————
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提出第九〇号)
地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第九一号)
教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案(内閣提出第九二号)
日本国教育基本法案(鳩山由紀夫君外五名提出、衆法第三号)
教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案(藤村修君外二名提出、衆法第一六号)
地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案(牧義夫君外二名提出、衆法第一七号)
学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案(笠浩史君外二名提出、衆法第一八号)
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時開議
出席委員
委員長 保利 耕輔君
理事 大島 理森君 理事 河村 建夫君
理事 小坂 憲次君 理事 鈴木 恒夫君
理事 中山 成彬君 理事 野田 佳彦君
理事 牧 義夫君 理事 西 博義君
安次富 修君 赤池 誠章君
井澤 京子君 井脇ノブ子君
伊藤 忠彦君 稲田 朋美君
稲葉 大和君 猪口 邦子君
浮島 敏男君 亀岡 偉民君
木原 誠二君 木原 稔君
木村 勉君 清水清一朗君
鈴木 俊一君 とかしきなおみ君
中森ふくよ君 西村 明宏君
西本 勝子君 萩原 誠司君
馳 浩君 原田 憲治君
平田 耕一君 福岡 資麿君
福田 良彦君 二田 孝治君
松本 洋平君 やまぎわ大志郎君
安井潤一郎君 山内 康一君
山本ともひろ君 若宮 健嗣君
渡部 篤君 川内 博史君
北神 圭朗君 田島 一成君
田嶋 要君 高井 美穂君
西村智奈美君 松本 大輔君
横山 北斗君 笠 浩史君
伊藤 渉君 大口 善徳君
石井 郁子君 阿部 知子君
保坂 展人君 糸川 正晃君
…………………………………
議員 高井 美穂君
議員 田島 一成君
議員 牧 義夫君
議員 藤村 修君
議員 松本 大輔君
議員 笠 浩史君
内閣総理大臣 安倍 晋三君
総務大臣 菅 義偉君
財務大臣 尾身 幸次君
文部科学大臣 伊吹 文明君
国務大臣
(内閣官房長官) 塩崎 恭久君
内閣官房副長官 下村 博文君
文部科学副大臣 池坊 保子君
文部科学副大臣 遠藤 利明君
総務大臣政務官 土屋 正忠君
文部科学大臣政務官 小渕 優子君
政府参考人
(内閣官房内閣審議官) 山中 伸一君
政府参考人
(文部科学省大臣官房長) 玉井日出夫君
政府参考人
(文部科学省生涯学習政策局長) 加茂川幸夫君
政府参考人
(文部科学省初等中等教育局長) 銭谷 眞美君
政府参考人
(文部科学省高等教育局長) 清水 潔君
衆議院調査局教育再生に関する特別調査室長 清野 裕三君
—————————————
委員の異動
五月十七日
辞任 補欠選任
赤池 誠章君 福田 良彦君
稲田 朋美君 清水清一朗君
稲葉 大和君 木村 勉君
木原 誠二君 萩原 誠司君
とかしきなおみ君 安次富 修君
松本 洋平君 福岡 資麿君
安井潤一郎君 木原 稔君
山内 康一君 中森ふくよ君
保坂 展人君 阿部 知子君
同日
辞任 補欠選任
安次富 修君 とかしきなおみ君
木原 稔君 安井潤一郎君
木村 勉君 稲葉 大和君
清水清一朗君 稲田 朋美君
中森ふくよ君 浮島 敏男君
萩原 誠司君 渡部 篤君
福岡 資麿君 山本ともひろ君
福田 良彦君 赤池 誠章君
阿部 知子君 保坂 展人君
同日
辞任 補欠選任
浮島 敏男君 山内 康一君
山本ともひろ君 松本 洋平君
渡部 篤君 木原 誠二君
—————————————
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提出第九〇号)
地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第九一号)
教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案(内閣提出第九二号)
日本国教育基本法案(鳩山由紀夫君外五名提出、衆法第三号)
教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案(藤村修君外二名提出、衆法第一六号)
地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案(牧義夫君外二名提出、衆法第一七号)
学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案(笠浩史君外二名提出、衆法第一八号)
————◇—————
保
保利耕輔#1
○保利委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、学校教育法等の一部を改正する法律案、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案及び教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案並びに鳩山由紀夫君外五名提出、日本国教育基本法案、藤村修君外二名提出、教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案、牧義夫君外二名提出、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び笠浩史君外二名提出、学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案の各案を一括して議題といたします。
この際、お諮りいたします。
各案審査のため、本日、政府参考人として内閣官房内閣審議官山中伸一君、文部科学省大臣官房長玉井日出夫君、生涯学習政策局長加茂川幸夫君、初等中等教育局長銭谷眞美君、高等教育局長清水潔君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →内閣提出、学校教育法等の一部を改正する法律案、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案及び教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案並びに鳩山由紀夫君外五名提出、日本国教育基本法案、藤村修君外二名提出、教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案、牧義夫君外二名提出、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び笠浩史君外二名提出、学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案の各案を一括して議題といたします。
この際、お諮りいたします。
各案審査のため、本日、政府参考人として内閣官房内閣審議官山中伸一君、文部科学省大臣官房長玉井日出夫君、生涯学習政策局長加茂川幸夫君、初等中等教育局長銭谷眞美君、高等教育局長清水潔君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
保
保
田
田島一成#4
○田島(一)委員 民主党の田島一成でございます。
きょう一時間という時間をちょうだいし、大臣以下関係の皆さんにお尋ねをさせていただきたいと思います。
質問に入ります前に、きょうの朝刊にも載っておった国民健康・栄養調査の結果、大臣も新聞をごらんになられたかと思いますが、一人で朝食をとっている中学生が四人に一人だというような厚生労働省が発表した結果が載っておりました。早寝早起き朝御飯、もう最近、随分地元のPTAなんかででも唱えている人たちが多くて、定着したかのように思われますけれども、データ的には、どうも一人で朝食をとるケース、朝食をしっかりとってくる数はふえてきている、一定の成果は上がってきているのかなというふうには思うんですけれども、残念なことに、一人で朝食をとっている子供の数は四人に一人、そんな数字が出てきています。
できれば家族そろって食卓を囲んで、朝、一日気持ちよくスタートを切れることが何よりだというふうに思いますし、私なども、こうして単身赴任をしておりますと、子供が食事をしている様子を思い出しても、多分一人でばたばた食事をしながら、その用意とお弁当の準備を私の連れ合いが台所でやっているのかな、そんなふうに思い出したりしているわけであります。
今こうして、福島のあの事件も含めて考えますと、やはり家族の中での対話が非常に少なくなってきている。その貴重な場が食事の団らんのひとときであることは言うまでもないと思いますが、この朝食を一人でとっている子供たちの数が依然減っていかない傾向、これをとらえて大臣としてどのようにお考えか、まず冒頭、お聞かせをいただけないでしょうか。
この発言だけを見る →きょう一時間という時間をちょうだいし、大臣以下関係の皆さんにお尋ねをさせていただきたいと思います。
質問に入ります前に、きょうの朝刊にも載っておった国民健康・栄養調査の結果、大臣も新聞をごらんになられたかと思いますが、一人で朝食をとっている中学生が四人に一人だというような厚生労働省が発表した結果が載っておりました。早寝早起き朝御飯、もう最近、随分地元のPTAなんかででも唱えている人たちが多くて、定着したかのように思われますけれども、データ的には、どうも一人で朝食をとるケース、朝食をしっかりとってくる数はふえてきている、一定の成果は上がってきているのかなというふうには思うんですけれども、残念なことに、一人で朝食をとっている子供の数は四人に一人、そんな数字が出てきています。
できれば家族そろって食卓を囲んで、朝、一日気持ちよくスタートを切れることが何よりだというふうに思いますし、私なども、こうして単身赴任をしておりますと、子供が食事をしている様子を思い出しても、多分一人でばたばた食事をしながら、その用意とお弁当の準備を私の連れ合いが台所でやっているのかな、そんなふうに思い出したりしているわけであります。
今こうして、福島のあの事件も含めて考えますと、やはり家族の中での対話が非常に少なくなってきている。その貴重な場が食事の団らんのひとときであることは言うまでもないと思いますが、この朝食を一人でとっている子供たちの数が依然減っていかない傾向、これをとらえて大臣としてどのようにお考えか、まず冒頭、お聞かせをいただけないでしょうか。
伊
伊吹文明#5
○伊吹国務大臣 けさは先生の想定問答を読んでおって、私は朝食をとる時間がなかったんですが、再生会議で親学ということをいろいろ取り上げられて、それが話題になりましたね。私は、あそこで言っておられることはほとんど間違っていないと思うんですよ。ただ、そうできない人たちが大勢いる中で、おれたちはこうやった、私たちはこうやったからあなたたちもこうしなさいというのはちょっといかがかなと私は実は思ったわけです。
朝、家族すべてで食事をとるのが理想で、できるのにそうしない親はやはり困ったものだと私は思いますね。ただ、夜勤の御家族もあるし、お母さんがいない御家庭もあると思いますから、できる状態にある親は、やはりできるだけ、自分がこの世に生み出した命について責任を持って育てていただく。これはもう先生のおっしゃるとおりだなと思いますし、我々政治家がやるべきことは、人にお説教を垂れるのではなくて、やはりそのような状況をつくり出していく努力をするということだと思います。
この発言だけを見る →朝、家族すべてで食事をとるのが理想で、できるのにそうしない親はやはり困ったものだと私は思いますね。ただ、夜勤の御家族もあるし、お母さんがいない御家庭もあると思いますから、できる状態にある親は、やはりできるだけ、自分がこの世に生み出した命について責任を持って育てていただく。これはもう先生のおっしゃるとおりだなと思いますし、我々政治家がやるべきことは、人にお説教を垂れるのではなくて、やはりそのような状況をつくり出していく努力をするということだと思います。
田
田島一成#6
○田島(一)委員 ぜひ、国民の範たるお立場でもいらっしゃいますので、朝食はしっかりとっていただきたい。私も、この質問をするためにかき込んで食事はとってまいりました。
その一方では、中高年男性の肥満傾向がさらに強まっているという補足的なデータもございました。見渡しますと、メタボリック傾向の方もどうもいらっしゃるようであります。食育基本法というものもしっかり成立をした中であります。食事さえとればいいというものではない。さらには、その食事を通してコミュニケーションを深めていければ、最近にぎわしている、子供が親を殺すといったような悲惨なニュースもきっとなくなっていくのではないか、そんな気持ちがしております。
しかし、国としてそれを強要する立場にあるかどうかは、これはいささか問題があると私も感じております。大臣と全く一緒であります。ですから、範としての大臣としての日ごろの食生活の充実、ぜひ私の方からお願いをしておき、質問に移らせていただきたいと思います。
前回に引き続き、中途半端で終わってしまった質問の続きから入りたいと思います。教育実習の現状の問題点であります。
現在の教育実習は約二週間から四週間というような実態であることは、前回の質問のときに指摘をさせていただいたところであります。わずか四週間という時間的な問題はあるものの、この期間中はやはり教科指導が中心となっていることは大臣も認識をいただいていると思います。
ただ、その問題点として、私自身の経験談を申し上げたとおり、必ずしも目指そうとしている教科の指導をこの教科指導で受けられていない、そんな問題もあるんだということはぜひ調査を進めていただきたいし、それであったとするならば、悲劇は学ぶ学生たちだけでありますから、そういったことが今は絶対にないというようなことを示していただけるような調査をぜひ一方でしていただきたい、このことをぜひお願いしておきたいと思います。
教科指導中心の教育実習ですから、その四週間の中で、学校の中で教育職員としてやらなければならない仕事の全体を実習として掌握できるかといえば、甚だ無理があろうかというふうに思います。
ただでさえ教科指導以外の事務処理に追われる現場の先生方、そのことから、子供たちと向き合う時間がないという叫びすら届いている現状からすると、校務というもの、学校のありとあらゆる仕事を四週間という短い期間を使ってできる限り見て、聞いて、そして自分の体で体験していかなければならない、そんな貴重な時間だというふうに思うわけでありますけれども、残念ながら、実習校の判断で、教科指導以外の校務にかかわれるケースとかかわれないケース、そんなのがやはり混在しているように感じております。
実際に採用されて教壇に立つまで、教育実習から随分ブランクがあいているということも考えますと、教育実習自体を見直すことこそやはり今の教育現場の改革につながるのではないかというふうに実は私は考えました。この五月末から六月にかけて、そしてまた秋、年に大体二回教育実習が行われているようであります。この春の五月、六月に教育実習を受けますと、せっかく現場の雰囲気を体で感じ取った学生たちが、うまくいって来年の四月に教壇に立つとしても、半年間は教壇からごぶさたをしてしまうという現状があるわけであります。
果たして、研修期間として、研修時期としての意味が十分果たせているのかどうかという問題点を私は感じるわけですが、大臣、その点についてのお考えをお聞かせいただけますか。
この発言だけを見る →その一方では、中高年男性の肥満傾向がさらに強まっているという補足的なデータもございました。見渡しますと、メタボリック傾向の方もどうもいらっしゃるようであります。食育基本法というものもしっかり成立をした中であります。食事さえとればいいというものではない。さらには、その食事を通してコミュニケーションを深めていければ、最近にぎわしている、子供が親を殺すといったような悲惨なニュースもきっとなくなっていくのではないか、そんな気持ちがしております。
しかし、国としてそれを強要する立場にあるかどうかは、これはいささか問題があると私も感じております。大臣と全く一緒であります。ですから、範としての大臣としての日ごろの食生活の充実、ぜひ私の方からお願いをしておき、質問に移らせていただきたいと思います。
前回に引き続き、中途半端で終わってしまった質問の続きから入りたいと思います。教育実習の現状の問題点であります。
現在の教育実習は約二週間から四週間というような実態であることは、前回の質問のときに指摘をさせていただいたところであります。わずか四週間という時間的な問題はあるものの、この期間中はやはり教科指導が中心となっていることは大臣も認識をいただいていると思います。
ただ、その問題点として、私自身の経験談を申し上げたとおり、必ずしも目指そうとしている教科の指導をこの教科指導で受けられていない、そんな問題もあるんだということはぜひ調査を進めていただきたいし、それであったとするならば、悲劇は学ぶ学生たちだけでありますから、そういったことが今は絶対にないというようなことを示していただけるような調査をぜひ一方でしていただきたい、このことをぜひお願いしておきたいと思います。
教科指導中心の教育実習ですから、その四週間の中で、学校の中で教育職員としてやらなければならない仕事の全体を実習として掌握できるかといえば、甚だ無理があろうかというふうに思います。
ただでさえ教科指導以外の事務処理に追われる現場の先生方、そのことから、子供たちと向き合う時間がないという叫びすら届いている現状からすると、校務というもの、学校のありとあらゆる仕事を四週間という短い期間を使ってできる限り見て、聞いて、そして自分の体で体験していかなければならない、そんな貴重な時間だというふうに思うわけでありますけれども、残念ながら、実習校の判断で、教科指導以外の校務にかかわれるケースとかかわれないケース、そんなのがやはり混在しているように感じております。
実際に採用されて教壇に立つまで、教育実習から随分ブランクがあいているということも考えますと、教育実習自体を見直すことこそやはり今の教育現場の改革につながるのではないかというふうに実は私は考えました。この五月末から六月にかけて、そしてまた秋、年に大体二回教育実習が行われているようであります。この春の五月、六月に教育実習を受けますと、せっかく現場の雰囲気を体で感じ取った学生たちが、うまくいって来年の四月に教壇に立つとしても、半年間は教壇からごぶさたをしてしまうという現状があるわけであります。
果たして、研修期間として、研修時期としての意味が十分果たせているのかどうかという問題点を私は感じるわけですが、大臣、その点についてのお考えをお聞かせいただけますか。
伊
伊吹文明#7
○伊吹国務大臣 何事もそうでしょうけれども、もちろん、その職につくまで、ある程度の研修をして、心構えを持ってその職につくわけですが、同時に、職についた中で日々先輩の教えを受けて研さんをし、そして、教員でいえば、十年をめどにして十年目の研修を受けるということですから、今のやり方の中で、あと、具体的な例について先生と政府参考人の間でいろいろ具体的なやりとりをしていただいて、委員の先生方にもそれを聞いていただきながら、直すべきところがあれば正していけばいいと思います。
何事も完璧ということはありませんので、ある部分を直そうとすると、必ず、その部分は直るんだけれども他の欠陥が出てきますね。だから、教育実習をどの程度時間をとるのか、そうすると、あと教科をどのように扱うのか、あるいは将来的には四年で本当にいいのか、修士を教師の資格にするべきなのかということまで含んだ広範なやはり議論に移ってくるという大切な御指摘であると思って伺わせていただいております。
この発言だけを見る →何事も完璧ということはありませんので、ある部分を直そうとすると、必ず、その部分は直るんだけれども他の欠陥が出てきますね。だから、教育実習をどの程度時間をとるのか、そうすると、あと教科をどのように扱うのか、あるいは将来的には四年で本当にいいのか、修士を教師の資格にするべきなのかということまで含んだ広範なやはり議論に移ってくるという大切な御指摘であると思って伺わせていただいております。
田
伊
伊吹文明#9
○伊吹国務大臣 それは人それぞれじゃないでしょうか。何か、一年生で、突然当選してこられた人でも、もう五回、六回みたいな顔をして堂々たる発言をされる人もおりますし、何度当選しても私のようにおどおどしている者もおりますから。
ただ、四週間というのはちょっとやはり短いかなという気はしますね。
それから、研修の内容、これはやはりよく考えないといけないと思います。国会の議論は、私は答弁をしているだけじゃないんですよ。大切なことはきちっと事務局にメモをさせて、そして行政で対応できることは、いいことは、直していきたいと思いますから。
今すぐどうこうするということをここで申し上げるわけにもいきませんが、貴重な御意見として承らせていただきます。
この発言だけを見る →ただ、四週間というのはちょっとやはり短いかなという気はしますね。
それから、研修の内容、これはやはりよく考えないといけないと思います。国会の議論は、私は答弁をしているだけじゃないんですよ。大切なことはきちっと事務局にメモをさせて、そして行政で対応できることは、いいことは、直していきたいと思いますから。
今すぐどうこうするということをここで申し上げるわけにもいきませんが、貴重な御意見として承らせていただきます。
田
田島一成#10
○田島(一)委員 現在の教育実習というのは、実習校次第、実習校任せとなっているところがやはり大きいんですね。例えば、一般校に教育実習に出向く学生たちにしてみれば、ほとんどが自分の出身校に行っています。附属の学校に行かれるケースももちろんありますが、一般校へ行くと、いわゆる学校現場としてみれば日常業務に大きな負担となる。この現実も、やはり先生方から何度も聞かせていただきました。しかしながら、母校の出身者だから仕方がないなというような思いで、温かくなのか嫌々なのかは別にして、受け入れていただいている現実があります。
実習校任せだ、実習校次第だというようなこの教育実習が教員免許状のカリキュラムの一つとして組み入れられているとするならば、これはやはりひとしくその内容についての厳しいチェックが入るべきだと私は思います。
検討に値すると大臣もおっしゃっていただきました。そのことについては大変前向きな答えと私も考えておりますので、どうかひとつその中身について、各校それぞれ違いがある、カラーがあることは大変いいと思いますけれども、その内容に差があることについてはいささか問題だというふうに私も感じておりますので、どうかその点、よろしく御検討いただきますようにお願いをしたいと思います。
さて、今回の教員免許状の関係ですけれども、政府案では、十年単位での免許更新制を導入するというお話でありました。例えば教育現場に立っていただいている先生方にしてみれば、日ごろの授業状況、また研究している中身、研修を重ねていらっしゃる中身を、十年ごとで免許を更新するんだということだから何の心配もないだろうというふうにお考えの向きの方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、教育職員は、必ずしも教育現場に立つ人ばかりではありません。その一例が、教育委員会の事務局に出向をいただいている教育職員であります。今、教育委員会の事務局の職員、自治体によってもその比率はさまざまだというふうに思いますが、その大方が、学校教員が二年間ないし三年間といったスパンで、教育現場から離れて事務局の職員として教育委員会事務局部局に出向しているというケースがあります。
まず、具体的な数字として、ぜひ事務方にお尋ねしたいんですけれども、現在、全国で教育職員の何%ぐらいが教育委員会事務局に出向をしているのか。もちろん、外郭団体の法人等に出ているケースがあるかもしれませんけれども、おおよそで結構です、教壇以外で仕事をしている教育職員は何人ぐらいいるのか、その数字を示していただけますか。
この発言だけを見る →実習校任せだ、実習校次第だというようなこの教育実習が教員免許状のカリキュラムの一つとして組み入れられているとするならば、これはやはりひとしくその内容についての厳しいチェックが入るべきだと私は思います。
検討に値すると大臣もおっしゃっていただきました。そのことについては大変前向きな答えと私も考えておりますので、どうかひとつその中身について、各校それぞれ違いがある、カラーがあることは大変いいと思いますけれども、その内容に差があることについてはいささか問題だというふうに私も感じておりますので、どうかその点、よろしく御検討いただきますようにお願いをしたいと思います。
さて、今回の教員免許状の関係ですけれども、政府案では、十年単位での免許更新制を導入するというお話でありました。例えば教育現場に立っていただいている先生方にしてみれば、日ごろの授業状況、また研究している中身、研修を重ねていらっしゃる中身を、十年ごとで免許を更新するんだということだから何の心配もないだろうというふうにお考えの向きの方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、教育職員は、必ずしも教育現場に立つ人ばかりではありません。その一例が、教育委員会の事務局に出向をいただいている教育職員であります。今、教育委員会の事務局の職員、自治体によってもその比率はさまざまだというふうに思いますが、その大方が、学校教員が二年間ないし三年間といったスパンで、教育現場から離れて事務局の職員として教育委員会事務局部局に出向しているというケースがあります。
まず、具体的な数字として、ぜひ事務方にお尋ねしたいんですけれども、現在、全国で教育職員の何%ぐらいが教育委員会事務局に出向をしているのか。もちろん、外郭団体の法人等に出ているケースがあるかもしれませんけれども、おおよそで結構です、教壇以外で仕事をしている教育職員は何人ぐらいいるのか、その数字を示していただけますか。
銭
銭谷眞美#11
○銭谷政府参考人 ただいまお尋ねのございました、教員が教育委員会の事務局において勤務するケースというのはあるわけでございます。例えば、教育委員会の課長等の管理職になるような場合とか、指導主事それから社会教育主事などの専門的な職員として配置をされる場合などがございます。
その数でございますけれども、都道府県、市町村の教育委員会を通じまして教育委員会事務局に勤務をしている教員全体の人数ということはちょっと把握はしていないわけでございますが、教員が教育委員会に勤務している典型的なケースとしての指導主事について申し上げますと、指導主事は、都道府県教育委員会には現在約四千六百人おります。それから、市町村の教育委員会には約四千九百人おります。合わせまして九千五百人ぐらいの指導主事がいるわけでございますので、その多くは教員から教育委員会の方に来ている、こう思われるわけでございます。
それから、社会教育主事でございますけれども、これは、国立教育政策研究所の調査によりますと、平成十七年の十二月現在でございますけれども、社会教育主事として最初に発令をされたその直前に教員として学校に勤務をしていた方、つまり教員として勤務をしていて社会教育主事に発令されたという方が約千五百人という数字は把握をしているところでございます。
これらを合わせますと一万人を超えるわけでございますけれども、教員の数自体が、どこからどこまでをとるかにもよりますが、百万とか、国庫負担の対象なら七十万とか、そういう数でございますので、全体から見るとそういう状況になっているということでございます。
この発言だけを見る →その数でございますけれども、都道府県、市町村の教育委員会を通じまして教育委員会事務局に勤務をしている教員全体の人数ということはちょっと把握はしていないわけでございますが、教員が教育委員会に勤務している典型的なケースとしての指導主事について申し上げますと、指導主事は、都道府県教育委員会には現在約四千六百人おります。それから、市町村の教育委員会には約四千九百人おります。合わせまして九千五百人ぐらいの指導主事がいるわけでございますので、その多くは教員から教育委員会の方に来ている、こう思われるわけでございます。
それから、社会教育主事でございますけれども、これは、国立教育政策研究所の調査によりますと、平成十七年の十二月現在でございますけれども、社会教育主事として最初に発令をされたその直前に教員として学校に勤務をしていた方、つまり教員として勤務をしていて社会教育主事に発令されたという方が約千五百人という数字は把握をしているところでございます。
これらを合わせますと一万人を超えるわけでございますけれども、教員の数自体が、どこからどこまでをとるかにもよりますが、百万とか、国庫負担の対象なら七十万とか、そういう数でございますので、全体から見るとそういう状況になっているということでございます。
田
田島一成#12
○田島(一)委員 今挙がった主事の数だけでも、全体の約一%ぐらいが教育委員会事務局に出向している。主事だけですから、それ以外にも当然、課長職それからそれ以上の職で出ていただいている方もいらっしゃいますし、中には、前の文部科学委員会でも指摘をしたとおり、教育長の学校教員出身者が非常に多く占めている、ほとんどだというようなことも示したとおり、事務局に出向している教育職員の数というのはやはり相当に上ってきているということを今お示しいただいたところであります。わずか一%と見るのか、それでも一%いるというふうに見るのか、これはやはり大きいところがあります。
実は、この教育委員会の事務局に出向している教員が、今回の免許更新制で心配をしている点が一点あります。十年目という節目にもし教育委員会事務局に出向していたとするならば、いわゆる更新の三十時間の講習で絶対的な不利が生じる、そんな声が上がっているんですね。教壇に立てない、立つことが物理的に不可能でありますから、一年や二年教壇に立たないということの不安が先立つ、そういうことを私は地元で聞いてまいりました。
実際に教壇に立つことの間にブランクがあいてしまうと大変やりにくいということは、多分、経験値からしても、おっしゃる意味は私は理解をできますし、例えば、教育委員会事務局出向が解けて教育現場に戻る際にも、きちんと現場復帰ができるかどうか不安だという声も私も聞きました。
そう考えると、十年目の節目にこういう事務局に出向しているということがもし起こったとするならば、すごく不平等が生じてしまうのではないかということも実は危惧するわけですけれども、その点についてどのような手を打たれるつもりなのか、お聞かせいただけますか。
この発言だけを見る →実は、この教育委員会の事務局に出向している教員が、今回の免許更新制で心配をしている点が一点あります。十年目という節目にもし教育委員会事務局に出向していたとするならば、いわゆる更新の三十時間の講習で絶対的な不利が生じる、そんな声が上がっているんですね。教壇に立てない、立つことが物理的に不可能でありますから、一年や二年教壇に立たないということの不安が先立つ、そういうことを私は地元で聞いてまいりました。
実際に教壇に立つことの間にブランクがあいてしまうと大変やりにくいということは、多分、経験値からしても、おっしゃる意味は私は理解をできますし、例えば、教育委員会事務局出向が解けて教育現場に戻る際にも、きちんと現場復帰ができるかどうか不安だという声も私も聞きました。
そう考えると、十年目の節目にこういう事務局に出向しているということがもし起こったとするならば、すごく不平等が生じてしまうのではないかということも実は危惧するわけですけれども、その点についてどのような手を打たれるつもりなのか、お聞かせいただけますか。
銭
銭谷眞美#13
○銭谷政府参考人 まず、免許更新講習は、日々職務を支障なくこなして努力をされている多くの教員の方であれば、通常は、三十時間講習をしっかり受けていただければ修了できる、そういうものを予定しているわけでございます。
ただ、十年目の更新の時期に、やむを得ない事由によりまして有効期間の満了の日までに更新講習の課程を修了することが困難であると認められるときは、免許管理者は、その者の免許状の有効期間を延長することが、改正免許法の九条の二の第五項におきまして可能になっております。
そういうものに通常該当するのは、出産とか病気とか、あるいは海外勤務などによりまして教育現場を離れている人についてはこの規定が適用できるのではないか、こういうふうにまず思うわけでございます。ですから、現場に復帰する直前に講習を受けていただければ、いわば更新ができるということにもなるわけでございます。その辺の法の運用につきましては、今後、基準等をお示ししていくということになろうと思います。
なお、教育委員会に出向している職員につきましては、先ほど指導主事の例をお示しいたしました。数としては、やはり指導主事で教育委員会に出向する方が、先ほど申し上げましたように多いわけでございます。ですから、指導主事につきましては、法の九条の二の第三項の規定によりまして、例えば他の教員を指導する立場にある職員ということで講習受講の免除の対象とするということも今検討しているところでございます。
いわば、指導主事というのは先生方をむしろ指導する立場、あるいはいろいろな研修などでも講師を務める立場でございますので、指導主事については、常に最新の知識、技能というものを身につけた方がその任に当たっているということや、ほかの教員を指導する立場にあるということで、免除の方向で今検討しているということでございます。
この発言だけを見る →ただ、十年目の更新の時期に、やむを得ない事由によりまして有効期間の満了の日までに更新講習の課程を修了することが困難であると認められるときは、免許管理者は、その者の免許状の有効期間を延長することが、改正免許法の九条の二の第五項におきまして可能になっております。
そういうものに通常該当するのは、出産とか病気とか、あるいは海外勤務などによりまして教育現場を離れている人についてはこの規定が適用できるのではないか、こういうふうにまず思うわけでございます。ですから、現場に復帰する直前に講習を受けていただければ、いわば更新ができるということにもなるわけでございます。その辺の法の運用につきましては、今後、基準等をお示ししていくということになろうと思います。
なお、教育委員会に出向している職員につきましては、先ほど指導主事の例をお示しいたしました。数としては、やはり指導主事で教育委員会に出向する方が、先ほど申し上げましたように多いわけでございます。ですから、指導主事につきましては、法の九条の二の第三項の規定によりまして、例えば他の教員を指導する立場にある職員ということで講習受講の免除の対象とするということも今検討しているところでございます。
いわば、指導主事というのは先生方をむしろ指導する立場、あるいはいろいろな研修などでも講師を務める立場でございますので、指導主事については、常に最新の知識、技能というものを身につけた方がその任に当たっているということや、ほかの教員を指導する立場にあるということで、免除の方向で今検討しているということでございます。
田
田島一成#14
○田島(一)委員 今の答弁ですと、指導主事は免除する。では、それ以外の社会教育主事だとか、それ以外、主事でない立場の方についてはどうなるのか。
例えば、現場復帰していただく前に免許の更新をしていただくとおっしゃいましたけれども、しばらくは現場に立っていなかったんですよ。ブランクがあったわけですから、そこで免許更新の手続をとるとおっしゃっても、これは絶対的に、現場に立ち続けている人との差が生じてしまうじゃないですか。それをどう埋めるんですかと私は聞いているんですよ。どうですか。
この発言だけを見る →例えば、現場復帰していただく前に免許の更新をしていただくとおっしゃいましたけれども、しばらくは現場に立っていなかったんですよ。ブランクがあったわけですから、そこで免許更新の手続をとるとおっしゃっても、これは絶対的に、現場に立ち続けている人との差が生じてしまうじゃないですか。それをどう埋めるんですかと私は聞いているんですよ。どうですか。
銭
銭谷眞美#15
○銭谷政府参考人 先生、まさに免許の更新講習は、自信と誇りを持って教壇に立っていただけるようにするために、教育に関する最新の知識、あるいは教育内容とか、あるいは教育方法とか、そういうものについての技能というのを、講習を受けていただいて、そしてその講習によってそういうものを身につけていただいて、そしてまた十年間の免許の更新ができる、こういうものでございますから、ペーパーティーチャーの方も実は内定をしたら講習を受けていただくわけでございますから、教育委員会で働いている方とペーパーティーチャーはもちろん全然状況は違うと思いますけれども、まさに講習を受けていただいて、そして修了の認定をしていただくということでよろしいのではないかと思っております。
この発言だけを見る →田
田島一成#16
○田島(一)委員 現場に立つ先生方ででも、いわゆるストレスや肉体的な疲労から疾病になるというケースは何度もこの委員会の中ででも出てまいりましたが、実は、教育委員会事務局に出向したことがきっかけでそういういわゆる疾患になられるケースというのも間々あるんですね。私の地元でも実はありました。
こういう現状は何から起こるのかなと考えたとき、教育職員を目指して採用された先生方は、教壇に立つことしか考えていなかった、ところが、地元の校長先生や教育委員会、教育長から、教育委員会の事務局に来てくれと説得をされて入られる、自分は本当は嫌だけれども、頼まれたから仕方がない、そんな思いで出向されているケースがほとんどだというふうに実は聞きました。
自分から手を挙げて教育委員会事務局に進んで出向を申し出る人、これは本当にまれだという状況らしいです。学校教員として採用されたのにどうして机に向き合って自分は仕事をしなければならないんだろうかというように考える先生方もいるようですね。これは、現実問題としてぜひ受けとめていただきたいと思うんです。私は、その点についてどうこうまず言うつもりもありません。
しかし、教育委員会事務局に出向してデメリットばかりかといえば、私は決してそうでもないと思うんですね。いわゆる学校という閉鎖社会で子供たちと向き合うだけではなく、社会人として、また、大人といいますか一般の方々と接する機会は、何よりも教育現場よりもずっと多いわけですから、人間の幅を広げるにはちょうどいい機会だというふうに私は思っているんですが、残念ながら、それを受け入れることができない教育職員もいるという現実があります。そういう方々が、またこの十年の免許更新制とあわせて余計におかしな方向に行かないかな、そんなことを実は危惧するわけであります。
この点については運用の部分で相当配慮をされるだろうというふうにも思いますけれども、どうか、いろいろな現実問題が起こっているんだということだけはしっかり御理解と認識をしておいていただきたい、そのことをぜひお願いしておきたいと思います。
次の質問に入りたいと思いますが、国立大学附属学校の実態についてであります。
先ほど申し上げました教育実習の問題とも重複するところがあるわけですけれども、教員養成課程の大学にはすべてこの附属学校が設置されています。養成課程以外にも設置されているケースがあるわけですけれども、現在の国立大学の附属学校はまず何のために設置をされているのか、概念として整理をしたいので、冒頭御説明をしていただきたいと思います。
この発言だけを見る →こういう現状は何から起こるのかなと考えたとき、教育職員を目指して採用された先生方は、教壇に立つことしか考えていなかった、ところが、地元の校長先生や教育委員会、教育長から、教育委員会の事務局に来てくれと説得をされて入られる、自分は本当は嫌だけれども、頼まれたから仕方がない、そんな思いで出向されているケースがほとんどだというふうに実は聞きました。
自分から手を挙げて教育委員会事務局に進んで出向を申し出る人、これは本当にまれだという状況らしいです。学校教員として採用されたのにどうして机に向き合って自分は仕事をしなければならないんだろうかというように考える先生方もいるようですね。これは、現実問題としてぜひ受けとめていただきたいと思うんです。私は、その点についてどうこうまず言うつもりもありません。
しかし、教育委員会事務局に出向してデメリットばかりかといえば、私は決してそうでもないと思うんですね。いわゆる学校という閉鎖社会で子供たちと向き合うだけではなく、社会人として、また、大人といいますか一般の方々と接する機会は、何よりも教育現場よりもずっと多いわけですから、人間の幅を広げるにはちょうどいい機会だというふうに私は思っているんですが、残念ながら、それを受け入れることができない教育職員もいるという現実があります。そういう方々が、またこの十年の免許更新制とあわせて余計におかしな方向に行かないかな、そんなことを実は危惧するわけであります。
この点については運用の部分で相当配慮をされるだろうというふうにも思いますけれども、どうか、いろいろな現実問題が起こっているんだということだけはしっかり御理解と認識をしておいていただきたい、そのことをぜひお願いしておきたいと思います。
次の質問に入りたいと思いますが、国立大学附属学校の実態についてであります。
先ほど申し上げました教育実習の問題とも重複するところがあるわけですけれども、教員養成課程の大学にはすべてこの附属学校が設置されています。養成課程以外にも設置されているケースがあるわけですけれども、現在の国立大学の附属学校はまず何のために設置をされているのか、概念として整理をしたいので、冒頭御説明をしていただきたいと思います。
清
清水潔#17
○清水政府参考人 附属学校設置の目的というお尋ねでございますけれども、附属学校は、教員養成大学・学部等に附属して、まずは、大学学部の教育に関する研究に協力するということが一点目、そして学生の教育実習の実施に当たるということを目的として設置されております。
そのほか、各附属学校それ自体として、それぞれの学校の研究課題を設定して、教材研究あるいは授業研究を中心とする研究活動を進め、そしてその成果を他の公立学校等に、地域の学校等に提供する、こういう役割を担っております。
この発言だけを見る →そのほか、各附属学校それ自体として、それぞれの学校の研究課題を設定して、教材研究あるいは授業研究を中心とする研究活動を進め、そしてその成果を他の公立学校等に、地域の学校等に提供する、こういう役割を担っております。
田
田島一成#18
○田島(一)委員 授業研究、それからまた学生たちの教育実習の場という位置づけであるということを今御答弁の中でおっしゃっていただきました。
附属学校における教育実習生に対する対応の状況について、前回の委員会でも私例示をさせていただきました。文部科学省からちょうだいした資料をもとにして御紹介をした、例えば北海道教育大学では、三人に二人はこの附属学校以外で教育実習を受けているという実態であります。今とうとうとお述べをいただいた目的は十分に達成できているという実態には今ないと私は考えます。
附属学校における教育実習の意義は一体どこにあるのか、改めて御説明いただけますか。
この発言だけを見る →附属学校における教育実習生に対する対応の状況について、前回の委員会でも私例示をさせていただきました。文部科学省からちょうだいした資料をもとにして御紹介をした、例えば北海道教育大学では、三人に二人はこの附属学校以外で教育実習を受けているという実態であります。今とうとうとお述べをいただいた目的は十分に達成できているという実態には今ないと私は考えます。
附属学校における教育実習の意義は一体どこにあるのか、改めて御説明いただけますか。
清
清水潔#19
○清水政府参考人 お尋ねのことに関しては、在学する学生の教員養成という全体の位置づけの中で、まさに教員としての資質、心構え、あるいは授業その他にわたる学校教育活動全体の課題にどう実際に取り組んでいくかということがその目的であろうかというふうに思っております。
ちょっと補足させていただきますけれども、附属学校における教育実習は、例えば長いところでは十週間、平均で六週間から七週間という形で行われております。つまり、在学中の全学年を通じてどう体系的に行っていくかという中で、例えば、長いところ、十週間の例でありますと、まず大学一年次で、児童生徒の様子を観察する、そういうセミナー的なものを二日やり、二年次において、これは公立学校でお願いしているわけでありますけれども、教科学習、生活指導のサポートを通して理解を深めるのを一週間、そして三年次で、免許法において必修として定められている教育実習を附属学校で実施し、四年次では、その成果を踏まえてみずからの問題意識に基づく調査研究を行う発展的なもの、これは附属、公立、それぞれを選択して行うというような形で、附属学校だけですべてを行うというのではなくて附属学校あるいは協力校等とあわせて、全体として体系的に教育実習を教員養成課程の中に位置づけよう、こういう形で活用されているというふうに認識しております。
この発言だけを見る →ちょっと補足させていただきますけれども、附属学校における教育実習は、例えば長いところでは十週間、平均で六週間から七週間という形で行われております。つまり、在学中の全学年を通じてどう体系的に行っていくかという中で、例えば、長いところ、十週間の例でありますと、まず大学一年次で、児童生徒の様子を観察する、そういうセミナー的なものを二日やり、二年次において、これは公立学校でお願いしているわけでありますけれども、教科学習、生活指導のサポートを通して理解を深めるのを一週間、そして三年次で、免許法において必修として定められている教育実習を附属学校で実施し、四年次では、その成果を踏まえてみずからの問題意識に基づく調査研究を行う発展的なもの、これは附属、公立、それぞれを選択して行うというような形で、附属学校だけですべてを行うというのではなくて附属学校あるいは協力校等とあわせて、全体として体系的に教育実習を教員養成課程の中に位置づけよう、こういう形で活用されているというふうに認識しております。
田
田島一成#20
○田島(一)委員 生徒の様子を観察することから始まって、自分自身の課題を研究する、その舞台が附属学校だという御回答を今いただきました。もちろん、その状況の中で設置をされていることは目的の中にも盛り込まれている話であります。
しかし、本当に学生たちが生徒たちの様子を観察したり自分たちの研究テーマを深掘りするステージとしてふさわしい舞台かどうかを、もう一度これは考えなければならないと私は感じております。
前回の委員会での質問の折に、私は、参考資料として、進学教室が発行している私立、国公立の中学校の入試の偏差値の一覧表をお配りしたと思います。あの中で、国立大学の附属中学校は、押しなべて高い、一、二の偏差値を示す学校として位置づけられておりました。レベルが高い、いわゆる頭がよくなければ入れないという位置づけで今日の国立大学附属学校は一般国民にも認識をされているところであります。
教員養成課程ではない大学の附属であります筑波大学附属駒場中学校に至っては、首都圏に限ってですけれども、私立の御三家と言われている開成、麻布等に並ぶ、もしくはそれ以上の難易度を示しているという学校になりました。ふたをあけてみると、いわゆる首都圏内の一番優秀な児童が集まってきている学校として今もなおあり続けています。
それだけ優秀な子供たちが集まっている学校で、それ以外の教員養成課程でもそれに準じたような傾向が見られますが、優秀な子供たちばかりが集まっているところが、果たして子供たちの様子を観察したり教育の研究をしたりするステージとして本当にふさわしいのかどうか、この点をもう一度私は考えなければならないだろう、教育改革と言う前に、前提として、私は直さなきゃならないんじゃないかなと考えますけれども、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →しかし、本当に学生たちが生徒たちの様子を観察したり自分たちの研究テーマを深掘りするステージとしてふさわしい舞台かどうかを、もう一度これは考えなければならないと私は感じております。
前回の委員会での質問の折に、私は、参考資料として、進学教室が発行している私立、国公立の中学校の入試の偏差値の一覧表をお配りしたと思います。あの中で、国立大学の附属中学校は、押しなべて高い、一、二の偏差値を示す学校として位置づけられておりました。レベルが高い、いわゆる頭がよくなければ入れないという位置づけで今日の国立大学附属学校は一般国民にも認識をされているところであります。
教員養成課程ではない大学の附属であります筑波大学附属駒場中学校に至っては、首都圏に限ってですけれども、私立の御三家と言われている開成、麻布等に並ぶ、もしくはそれ以上の難易度を示しているという学校になりました。ふたをあけてみると、いわゆる首都圏内の一番優秀な児童が集まってきている学校として今もなおあり続けています。
それだけ優秀な子供たちが集まっている学校で、それ以外の教員養成課程でもそれに準じたような傾向が見られますが、優秀な子供たちばかりが集まっているところが、果たして子供たちの様子を観察したり教育の研究をしたりするステージとして本当にふさわしいのかどうか、この点をもう一度私は考えなければならないだろう、教育改革と言う前に、前提として、私は直さなきゃならないんじゃないかなと考えますけれども、いかがでしょうか。
清
清水潔#21
○清水政府参考人 御指摘の事例は、必ずしも、附属学校全体を通じての傾向であるのかどうか、いささか、若干疑念もないわけではございませんが、まず一般的に、いろいろ事例を挙げられたわけでございますけれども、学校で、いわゆる御指摘にありました偏差値というのは、ある意味ではどういう生徒が志望しているかという実態をあらわしているものだろうと思っております。
附属学校は、先ほど申し上げましたように、筑波大学附属駒場高校でございますと例えばスーパーサイエンスハイスクールとか、そういう形で、いろいろな形で、実習生を受け入れるだけではなくて、スーパーサイエンスハイスクールの指定を受けて、先駆的科学技術者を育成するための中高一貫のカリキュラム研究、教材開発、そういう実験研究の性格を担ったりしております。
それぞれの学校はそれぞれの地域において、歴史と申しますか伝統と申しますか、そういう形で、ある意味での評価、人気というのも非常にございます。そして、先ほど申し上げましたような実験研究校、教育実習校としての性格という部分で、その役割を恒常的に果たしていくために一定の学力が求められるという現実もございます。
そういう意味で、一般的にとは必ずしも思いませんが、それぞれの地域内において比較的そういう学力が高いと言われる児童生徒が集まってくる可能性というのは否定できないわけでありますけれども、それは結果としてということであろうというふうに思っております。
この発言だけを見る →附属学校は、先ほど申し上げましたように、筑波大学附属駒場高校でございますと例えばスーパーサイエンスハイスクールとか、そういう形で、いろいろな形で、実習生を受け入れるだけではなくて、スーパーサイエンスハイスクールの指定を受けて、先駆的科学技術者を育成するための中高一貫のカリキュラム研究、教材開発、そういう実験研究の性格を担ったりしております。
それぞれの学校はそれぞれの地域において、歴史と申しますか伝統と申しますか、そういう形で、ある意味での評価、人気というのも非常にございます。そして、先ほど申し上げましたような実験研究校、教育実習校としての性格という部分で、その役割を恒常的に果たしていくために一定の学力が求められるという現実もございます。
そういう意味で、一般的にとは必ずしも思いませんが、それぞれの地域内において比較的そういう学力が高いと言われる児童生徒が集まってくる可能性というのは否定できないわけでありますけれども、それは結果としてということであろうというふうに思っております。
田
田島一成#22
○田島(一)委員 局長、その答えはちょっと無責任ですよ。現実にその実態をつくっているのは学校側の責任じゃないですか。高等教育局としてそういう実態は仕方がないとおっしゃっているけれども、では、どうして入学試験というのを実施されるんですか、中学校で。抽せんだけにすればいいじゃないですか。
試験科目をごらんになられましたか。算数の科目、確かに難問奇問はありません。しかし、あの制限時間の中ですべて解ける子供が本当にいるのかなと思うくらい、すごいボリュームですよ。一度ぜひ、いらっしゃる方々も入学試験の問題をひもといてみてください。中学校の入学試験ですけれども、本当にびっくりしますよ。しかし、それがほとんど解けないと入れない、九割以上解けないと入れないとすら評価をする進学教室なんかもあるぐらいであります。
頭がよい子でないと入れないというのが国立大学の附属学校だとするならば、今スーパーサイエンスハイスクール指定校とおっしゃいましたけれども、スーパーサイエンスハイスクールは何も筑波大学附属駒場高校だけじゃありませんよ。ほかにも全国にいっぱい公立高校があります。どうしても国立の附属校でしなきゃならないというような問題では何もないんじゃないでしょうか。
これだけ優秀な子供たちを集めて、エリート育成の研究実験だと堂々とおっしゃるならば、それも一つのあり方かもしれません、実験ですから。しかし、今、現実に附属校のある現状というのは、エリートを養成して東大に何人入れるかみたいな、そういう現状が結果としてやはり出てきている。それがあるから、多くの受験生たちは、私立へ行ける家庭の環境の人たちがどっと押し寄せてきてしまっている。こういう問題が起こってきているわけですよ。
今に始まった議論ではありません。附属校のあり方については、中教審等ででもずっと議論を続けてこられましたけれども、結論が出ぬまま、ずっと先送りで今日まで来ました。教育改革とおっしゃるならば、こういう現実の問題を解決せずして、私はこれは教育改革と本当に言えるのかな、そう思うわけであります。
もっと端的な例を申し上げましょう。今例に挙げました筑波大学附属駒場高校、中学校、ここは共学校ですか。
この発言だけを見る →試験科目をごらんになられましたか。算数の科目、確かに難問奇問はありません。しかし、あの制限時間の中ですべて解ける子供が本当にいるのかなと思うくらい、すごいボリュームですよ。一度ぜひ、いらっしゃる方々も入学試験の問題をひもといてみてください。中学校の入学試験ですけれども、本当にびっくりしますよ。しかし、それがほとんど解けないと入れない、九割以上解けないと入れないとすら評価をする進学教室なんかもあるぐらいであります。
頭がよい子でないと入れないというのが国立大学の附属学校だとするならば、今スーパーサイエンスハイスクール指定校とおっしゃいましたけれども、スーパーサイエンスハイスクールは何も筑波大学附属駒場高校だけじゃありませんよ。ほかにも全国にいっぱい公立高校があります。どうしても国立の附属校でしなきゃならないというような問題では何もないんじゃないでしょうか。
これだけ優秀な子供たちを集めて、エリート育成の研究実験だと堂々とおっしゃるならば、それも一つのあり方かもしれません、実験ですから。しかし、今、現実に附属校のある現状というのは、エリートを養成して東大に何人入れるかみたいな、そういう現状が結果としてやはり出てきている。それがあるから、多くの受験生たちは、私立へ行ける家庭の環境の人たちがどっと押し寄せてきてしまっている。こういう問題が起こってきているわけですよ。
今に始まった議論ではありません。附属校のあり方については、中教審等ででもずっと議論を続けてこられましたけれども、結論が出ぬまま、ずっと先送りで今日まで来ました。教育改革とおっしゃるならば、こういう現実の問題を解決せずして、私はこれは教育改革と本当に言えるのかな、そう思うわけであります。
もっと端的な例を申し上げましょう。今例に挙げました筑波大学附属駒場高校、中学校、ここは共学校ですか。
清
田
田島一成#24
○田島(一)委員 国立の附属が男子校である必要性というのは一体何があるんでしょう。私、ひょっとしてと思って調べましたら、お茶の水女子大学附属学校、あそこですら共学なんですね。ヤジ共学です。駒場については男子校ですね。
なぜ、教育に関する実験研究のステージが男子校でなければならないのか、お答えください。
この発言だけを見る →なぜ、教育に関する実験研究のステージが男子校でなければならないのか、お答えください。
清
清水潔#25
○清水政府参考人 今お尋ねの学校について、男子校として、その経緯については今つまびらかにしていないところでありますけれども、基本的に、それぞれの附属学校の設置の経緯あるいは目的、大学とのかかわり方という中で、どういう学生をどういうふうな形で受け入れるかということは、それぞれ、大学のあり方として決定されるべきあれだと思っております。
この発言だけを見る →田
田島一成#26
○田島(一)委員 おっしゃっていることが矛盾していませんか。附属学校は何のためにあるのかと私一番最初に聞きましたよね。その学校の建学の精神だとかなんとかというのは私学の話で、国立大学の附属学校についてはそれは通用するんですか。
一番スタートはどういう経緯だったか、それぐらいやはり調べておいていただきたいと思いますし、なぜ男子校でなければならないのかというふうに聞いているんです。客観的にお答えください、男子校でなければならない必要性はあるのかないのか。
この発言だけを見る →一番スタートはどういう経緯だったか、それぐらいやはり調べておいていただきたいと思いますし、なぜ男子校でなければならないのかというふうに聞いているんです。客観的にお答えください、男子校でなければならない必要性はあるのかないのか。
清
伊
伊吹文明#28
○伊吹国務大臣 附属中学校、小学校のあり方については、いろいろ過去の経緯があると思いますので、よく調べて御答弁をさせますが、あるいは先生のところへお伺いさせます。
今は、先生、これも、いいことと悪いことがいつも必ず起こるということを私が申し上げているのは、こういうことだと思うんですが、親方日の丸的な感覚でやってもらっちゃ困るので、国立大学法人にいたしましたね。ですから、今は、建学の精神の私立と同じように、彼らは国家公務員じゃなくなっちゃったわけですよ。どういう形で学校を運営するかというのは、少なくとも現時点では彼らの判断にゆだねられているということです。
ただ、文部科学省として、教員養成の学校に附属をしている小中高等学校のあり方について、エリート養成校であっていいということは、先生がおっしゃっているとおり、そういう答弁というのは私は適切じゃないと思います。
ただ、私の子供の例ですから必ずしも一般論に当てはまりませんが、ほとんど小学校を持っておるわけですよ。今中学校のことをおっしゃいましたけれども。率直に言って、小学校のときの子供の偏差値や能力なんてわかりません、幼稚園から小学校へ入るときは。ですから、私の子供のときは抽せんだったと思いますよ、小学校へ入るのは。
そして、小学校へ入った連中がほとんどそのまま中学校へ行けるというわけではないんですが、先生がおっしゃったように、中学校で入ってきた連中と下から入ってきた人との間に明らかに学力の差があるんですよ。しかし、小学校から来た者も、そういう人たちに刺激をされて、いろいろ努力をして、そして何とか水準的に追いついていくという人もいる。
だから、必ずしも中学校から始まる進学の附属校であるという感覚だけでは論じられないと思いますから、中学校、高校に在学している人がどの程度下から来たのか、どの程度試験で入ってきたのかということも踏まえて、先生の今の御指摘もよく考えて、余り経緯だとか何か実験校だとかということだけじゃなくて、実態、もう少し一般庶民の感覚で附属校をよく見させたいと思います。
この発言だけを見る →今は、先生、これも、いいことと悪いことがいつも必ず起こるということを私が申し上げているのは、こういうことだと思うんですが、親方日の丸的な感覚でやってもらっちゃ困るので、国立大学法人にいたしましたね。ですから、今は、建学の精神の私立と同じように、彼らは国家公務員じゃなくなっちゃったわけですよ。どういう形で学校を運営するかというのは、少なくとも現時点では彼らの判断にゆだねられているということです。
ただ、文部科学省として、教員養成の学校に附属をしている小中高等学校のあり方について、エリート養成校であっていいということは、先生がおっしゃっているとおり、そういう答弁というのは私は適切じゃないと思います。
ただ、私の子供の例ですから必ずしも一般論に当てはまりませんが、ほとんど小学校を持っておるわけですよ。今中学校のことをおっしゃいましたけれども。率直に言って、小学校のときの子供の偏差値や能力なんてわかりません、幼稚園から小学校へ入るときは。ですから、私の子供のときは抽せんだったと思いますよ、小学校へ入るのは。
そして、小学校へ入った連中がほとんどそのまま中学校へ行けるというわけではないんですが、先生がおっしゃったように、中学校で入ってきた連中と下から入ってきた人との間に明らかに学力の差があるんですよ。しかし、小学校から来た者も、そういう人たちに刺激をされて、いろいろ努力をして、そして何とか水準的に追いついていくという人もいる。
だから、必ずしも中学校から始まる進学の附属校であるという感覚だけでは論じられないと思いますから、中学校、高校に在学している人がどの程度下から来たのか、どの程度試験で入ってきたのかということも踏まえて、先生の今の御指摘もよく考えて、余り経緯だとか何か実験校だとかということだけじゃなくて、実態、もう少し一般庶民の感覚で附属校をよく見させたいと思います。
田
田島一成#29
○田島(一)委員 国立学校設置法の施行規則第二十七条、冒頭、何のために設置しているかというところをひもといていただいたと思います。やはり目的は、児童、生徒、幼児の教育、保育に関する研究に協力し、及び当該国立大学または学部の計画に従い学生の教育実習の実施に当たることを目的としているんですね。ですから、その教育研究について、男子校でなければならないという理由は示されなければおかしいわけなんですよ。優秀な子供たちを集めなければ研究にならないということを示せなかったらおかしいわけですよね。
おもしろい例が一つあります。東京大学の教育学部附属学校というのがあります。ここは実は実験校として双子の研究に随分熱心に取り組まれていまして、双子の児童生徒を優先的にとる。といっても、実は不合格になる、抽せん漏れするケースもあるんですね。そういうふうにわかりやすい研究をされているのであるならば、附属学校としてのレゾンデートルはしっかりと証明されると思うんです。
しかしながら、偏差値だけはやたら高くする。先ほど大臣は、抽せんでお子さんは入られたとおっしゃいましたけれども、筑波大学附属駒場でも、中学校については競争率八倍を超えれば抽せんにしますとやっていますが、八倍を超えることはありません。受けてももったいないからみんな受けません。ですから、抽せんが行われたのはここ近年一度もないんですよ。ですから、国語、算数、理科、社会の四教科の試験一発勝負になるんですね。
要は、優秀な子しか集めていないという現実を、先ほど申し上げた国立学校設置法の規則の第二十七条に違反しているんだということをしっかり文科省も認識をいただきたいんですよ。それをしないと、今申し上げたように、教育実習の実施もそうです、子供たちの様子の観察や研究についても何一つ、実態と乖離した研究しかできないということを私は認識をいただきたいんですね。
一般の、それこそ公立の小学校や中学校で起こっているさまざまな問題が、同じように国立大学の附属学校で起こっているかどうか。以前、文科省で、大臣にお願いをして学校給食費の未納状況というのを調査していただきました。現場の先生には多くの負担をかけたのかもしれません。しかし、公立の学校では相当数が出てきて、結果、国立ではそういう問題はなかったですよね。それくらい家庭的にも安定をした人たちばかりが子供さんを送り込んでいらっしゃる。
そして、受験となれば、東大に、それこそ六十人、七十人、八十人と現役で入っている。優秀だということは、それはそれで結論としていいことかもしれません。しかし、やはり入るための能力を持った人しか集めていないわけですから、これでは教育実習校として大学の研究に資することではないんだという現実をぜひ照らし合わせていただきたいし、この世の中は半分は男性、半分は女性です。それである中にもかかわらず今や男子校だということ自体が私はどう考えても腑に落ちない点でありますので、ぜひ、先ほど答弁いただいたように、もう一度この問題点をきちっと整理していただかなければならない。もっと言うならば、この問題を整理せずして、今の教育改革というのは本当に論ぜられるのかなとさえ私は思っておりますので、その点、ぜひ酌み取っていただきたい。お願いをしておきたいと思います。
今回のこの附属学校の問題ででも今明らかにさせていただきましたが、なぜ国立大学の附属学校がこれだけ進学校化してしまったのか。これはもちろん、社会全体が受験に対して非常に過熱ぎみであることがその根底にあるのだというふうに思います。
この過熱する受験競争の緩和という問題については、今始まった問題ではありません。平成八年の中教審の当時から議論を重ねられてきた課題でありますが、残念ながら、今なおこの過熱した受験競争が緩和されるということはないまま進んできています。本当ならば、国立大学附属学校などが先頭を切ってこの過熱する受験競争を緩和させる手だてをとらなければならない、そういう立場にあると私は思うのですが、逆にそれをあおっているような状況があるから、今、この附属学校の問題も取り上げさせていただきました。
今回のこの教育基本法改正に端を発し、三法の改正、私よくよく考えますと、今の社会がいろいろと生み出してきた課題、例えば格差の是正とかも含めてなんですけれども、そういう問題の根底にあるものを解決せずして、教育三法の改正、教育基本法の改正だけで本当にこの世の中が住みよく、また豊かになれるのかな、そんな気持ちを改めてこの質問を考えながらとらえてきました。いいです、聞いてください。
もちろん、教育に関するさまざまな問題は、大臣も御承知のとおり、私たちも、いじめによる自殺や家庭内におけるいろいろな問題、殺人事件等々、教育の果たす役割の大きさを感じながら今日まで議論を重ねてきたところであります。
例えば、与党の方からも、教育改革全体を論じるときに、愛国心を盛り込むべきだ、そして、大学の九月入学制、また、社会奉仕活動を制度として導入しろ、そして義務教育年限の前倒しなどが議論をされているというふうに聞いておりますけれども、どれもこれも、実は法律で義務づけるような中身なのかなとさえ思えるものばかりだと私は思います。
例えば九月の入学問題などは、これは、第二次中曽根内閣時代に既に臨教審で議論をされていた、二十年前の話であります。社会奉仕活動の制度としての導入も、諸外国でもう既に先駆的に取り入れられていますし、義務教育年限の前倒しについても、それこそ、幼保一元化という五十年来の課題が具体的に解決の方向を見出せないまま、前にも進んでいない状況があります。
やはり、こうした課題を何とかすれば今の教育は立て直せるんだと短絡的に考える前に、私は、それこそ、小泉さんが残した財政改革や地方分権、規制緩和の後始末として、生じてきた格差是正が何より大切なのではないかなというふうに実は思っているところであります。青少年健全育成、この課題についても、それこそ、教育以前の社会全体の問題としてメスを入れていかなければならない課題だと思います。もちろん教育も、その担わなければならない重要な分野の一つだというふうには認識をしています。
しかし、今前段に申し上げたように、受験に対して過剰な意識を持っているこの日本人の感覚、ここにメスを入れない限り、私は、この教育改革が完遂できることは不可能なのではないかなとさえ実は思っています。学校で成功すれば人間として将来も成功が約束されている、そんな意識を持って、日本の社会では学校が支配をしてきたと言ってもおかしくないような現状があります。受験競争はよくないと多くの方は語りますが、いざ自分の子供を見たときには、いい学校へ入ってほしいという自我がどうしても働いてしまいます。
このような葛藤の中で、私たちも、親としてまた政治家として、教育とはいかにあるべきか、そして、今日の、学ぶということはどうあるべきかと議論を重ね続けてきたところでありますが、いまだに結論には私は至っていないように思います。学歴社会がどうあるべきなのか、また、この社会を構築している有能な人材そしてまた能力が別の分野ででもしっかりと自分の持ち味を発揮できる、バランスのとれた社会を構築したい、そう考える中ではありますが、残念なことに、今の教育は学歴社会を補強するばかりではないか、そんなふうに思えてならないのであります。
まだまだこの議論が途中の段階で、私は、繰り返し繰り返し教育改革については大臣とまた与野党を超えて議論をしていかなければならないというふうに考えますが、先ほど引用した国立大学の附属学校の受験校化の問題も含めて、この学歴社会にメスを入れていかないと、私は教育改革は完成しないのではないかというふうに思います。
学歴社会の現状、平成八年から中教審等ででもずっと議論をされてきましたけれども、今なお明確な方向には至っていない。一たんはゆとり教育という答えに導かれたところもありましたが、それがまた引き戻されるということで、結果的にいえば、子供たちが右往左往しているような、そんな現状にも私は見えてなりません。全体として教育が揺れ動いていると言われておりますけれども、果たして、この学歴社会という観点からとらえたときには何をやらなければならないとお考えなのか、大臣の御見解をぜひ聞かせてください。
この発言だけを見る →おもしろい例が一つあります。東京大学の教育学部附属学校というのがあります。ここは実は実験校として双子の研究に随分熱心に取り組まれていまして、双子の児童生徒を優先的にとる。といっても、実は不合格になる、抽せん漏れするケースもあるんですね。そういうふうにわかりやすい研究をされているのであるならば、附属学校としてのレゾンデートルはしっかりと証明されると思うんです。
しかしながら、偏差値だけはやたら高くする。先ほど大臣は、抽せんでお子さんは入られたとおっしゃいましたけれども、筑波大学附属駒場でも、中学校については競争率八倍を超えれば抽せんにしますとやっていますが、八倍を超えることはありません。受けてももったいないからみんな受けません。ですから、抽せんが行われたのはここ近年一度もないんですよ。ですから、国語、算数、理科、社会の四教科の試験一発勝負になるんですね。
要は、優秀な子しか集めていないという現実を、先ほど申し上げた国立学校設置法の規則の第二十七条に違反しているんだということをしっかり文科省も認識をいただきたいんですよ。それをしないと、今申し上げたように、教育実習の実施もそうです、子供たちの様子の観察や研究についても何一つ、実態と乖離した研究しかできないということを私は認識をいただきたいんですね。
一般の、それこそ公立の小学校や中学校で起こっているさまざまな問題が、同じように国立大学の附属学校で起こっているかどうか。以前、文科省で、大臣にお願いをして学校給食費の未納状況というのを調査していただきました。現場の先生には多くの負担をかけたのかもしれません。しかし、公立の学校では相当数が出てきて、結果、国立ではそういう問題はなかったですよね。それくらい家庭的にも安定をした人たちばかりが子供さんを送り込んでいらっしゃる。
そして、受験となれば、東大に、それこそ六十人、七十人、八十人と現役で入っている。優秀だということは、それはそれで結論としていいことかもしれません。しかし、やはり入るための能力を持った人しか集めていないわけですから、これでは教育実習校として大学の研究に資することではないんだという現実をぜひ照らし合わせていただきたいし、この世の中は半分は男性、半分は女性です。それである中にもかかわらず今や男子校だということ自体が私はどう考えても腑に落ちない点でありますので、ぜひ、先ほど答弁いただいたように、もう一度この問題点をきちっと整理していただかなければならない。もっと言うならば、この問題を整理せずして、今の教育改革というのは本当に論ぜられるのかなとさえ私は思っておりますので、その点、ぜひ酌み取っていただきたい。お願いをしておきたいと思います。
今回のこの附属学校の問題ででも今明らかにさせていただきましたが、なぜ国立大学の附属学校がこれだけ進学校化してしまったのか。これはもちろん、社会全体が受験に対して非常に過熱ぎみであることがその根底にあるのだというふうに思います。
この過熱する受験競争の緩和という問題については、今始まった問題ではありません。平成八年の中教審の当時から議論を重ねられてきた課題でありますが、残念ながら、今なおこの過熱した受験競争が緩和されるということはないまま進んできています。本当ならば、国立大学附属学校などが先頭を切ってこの過熱する受験競争を緩和させる手だてをとらなければならない、そういう立場にあると私は思うのですが、逆にそれをあおっているような状況があるから、今、この附属学校の問題も取り上げさせていただきました。
今回のこの教育基本法改正に端を発し、三法の改正、私よくよく考えますと、今の社会がいろいろと生み出してきた課題、例えば格差の是正とかも含めてなんですけれども、そういう問題の根底にあるものを解決せずして、教育三法の改正、教育基本法の改正だけで本当にこの世の中が住みよく、また豊かになれるのかな、そんな気持ちを改めてこの質問を考えながらとらえてきました。いいです、聞いてください。
もちろん、教育に関するさまざまな問題は、大臣も御承知のとおり、私たちも、いじめによる自殺や家庭内におけるいろいろな問題、殺人事件等々、教育の果たす役割の大きさを感じながら今日まで議論を重ねてきたところであります。
例えば、与党の方からも、教育改革全体を論じるときに、愛国心を盛り込むべきだ、そして、大学の九月入学制、また、社会奉仕活動を制度として導入しろ、そして義務教育年限の前倒しなどが議論をされているというふうに聞いておりますけれども、どれもこれも、実は法律で義務づけるような中身なのかなとさえ思えるものばかりだと私は思います。
例えば九月の入学問題などは、これは、第二次中曽根内閣時代に既に臨教審で議論をされていた、二十年前の話であります。社会奉仕活動の制度としての導入も、諸外国でもう既に先駆的に取り入れられていますし、義務教育年限の前倒しについても、それこそ、幼保一元化という五十年来の課題が具体的に解決の方向を見出せないまま、前にも進んでいない状況があります。
やはり、こうした課題を何とかすれば今の教育は立て直せるんだと短絡的に考える前に、私は、それこそ、小泉さんが残した財政改革や地方分権、規制緩和の後始末として、生じてきた格差是正が何より大切なのではないかなというふうに実は思っているところであります。青少年健全育成、この課題についても、それこそ、教育以前の社会全体の問題としてメスを入れていかなければならない課題だと思います。もちろん教育も、その担わなければならない重要な分野の一つだというふうには認識をしています。
しかし、今前段に申し上げたように、受験に対して過剰な意識を持っているこの日本人の感覚、ここにメスを入れない限り、私は、この教育改革が完遂できることは不可能なのではないかなとさえ実は思っています。学校で成功すれば人間として将来も成功が約束されている、そんな意識を持って、日本の社会では学校が支配をしてきたと言ってもおかしくないような現状があります。受験競争はよくないと多くの方は語りますが、いざ自分の子供を見たときには、いい学校へ入ってほしいという自我がどうしても働いてしまいます。
このような葛藤の中で、私たちも、親としてまた政治家として、教育とはいかにあるべきか、そして、今日の、学ぶということはどうあるべきかと議論を重ね続けてきたところでありますが、いまだに結論には私は至っていないように思います。学歴社会がどうあるべきなのか、また、この社会を構築している有能な人材そしてまた能力が別の分野ででもしっかりと自分の持ち味を発揮できる、バランスのとれた社会を構築したい、そう考える中ではありますが、残念なことに、今の教育は学歴社会を補強するばかりではないか、そんなふうに思えてならないのであります。
まだまだこの議論が途中の段階で、私は、繰り返し繰り返し教育改革については大臣とまた与野党を超えて議論をしていかなければならないというふうに考えますが、先ほど引用した国立大学の附属学校の受験校化の問題も含めて、この学歴社会にメスを入れていかないと、私は教育改革は完成しないのではないかというふうに思います。
学歴社会の現状、平成八年から中教審等ででもずっと議論をされてきましたけれども、今なお明確な方向には至っていない。一たんはゆとり教育という答えに導かれたところもありましたが、それがまた引き戻されるということで、結果的にいえば、子供たちが右往左往しているような、そんな現状にも私は見えてなりません。全体として教育が揺れ動いていると言われておりますけれども、果たして、この学歴社会という観点からとらえたときには何をやらなければならないとお考えなのか、大臣の御見解をぜひ聞かせてください。