土井亨の発言 (予算委員会第二分科会)
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○土井(亨)分科員 頑張っているところ、いろいろな意味で頑張るという表現はあるんでしょうけれども、よく言われる、頑張りたくても財政が厳しくて、まず財政再建をするためにということで頑張っている地域には、それなりにこういう形で国は考えているよという大臣の強いメッセージをもっともっと出していただくと、自治体としても、国も頑張って考えてくれているなというような思いが出てくるんだと思いますので、ぜひよろしくお願いいたしたいと思います。
それで、私たちが地方議員のときに、行財政改革をやるときに、一番合い言葉は、赤池のようになっては大変だということだったんですよ。赤池町、旧赤池町ですけれども、平成三年から再建団体、全国初というか全国で一つだけだったわけで、赤池のように再建団体になると、鉛筆一本、消しゴム一個買うにも国の関与があってなかなか大変だという、これはどこまでが事実かはわかりませんが、そうなったらだめだということで、赤池町のようには決してなっちゃだめだ、ということは再建団体に陥っちゃだめだ、だから頑張ろうというお話で、頑張ってまいりました。
そういう中で、二〇〇六年に都市問題研究というところが出した冊子に、元の赤池町財政課長さんの安武憲明さんという方が、「はじめに」という形で、こういうことをおっしゃっているんですね。「午前中の農作業を終え昼食をとったあと、うとうとしていると北海道新聞社からの電話、「夕張市が再建団体の申請を検討していることは知っていますか」とのこと。 思い起こせば、赤池町が再建団体への指定を検討していた平成三年、当時の自治省幹部が、「夕張市も一緒に再建団体になりそうだ」と言っていたのが頭の中を過ぎた。」というような文章を書いておられます。
平成三年当時、赤池町が再建団体の指定を検討しているときに、時の自治省の幹部が、夕張も一緒に再建団体になりそうだというふうな発言というか、安武さん、当時赤池町の財政課長さんにしたということであれば、当時の自治省は、夕張も大変な状況にあるという認識があったからこそ、こういう発言になったというふうに思うんですよね。そうでなければこういう発言にはならないというふうに思っているんです。
自治省から総務省になりましたが、平成三年に幹部がこういう発言をされたということで、その後、夕張市の財政状況等々に、どういうふうに認識されて、どういう対応をなされていたのかということを少し御説明いただければと思います。