小谷部育子の発言 (少子高齢社会に関する調査会)

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○参考人(小谷部育子君) 日本女子大学の小谷部でございます。よろしくお願いいたします。(資料映写)
 少子高齢社会の住環境の問題というのは、高齢期をどう生きるかということだけではなくて、次世代を担う子供たちがいかに健全に社会的発達を遂げ、正に今、少子化の問題をどうするかということにつながるというふうに思います。
 という視点から私は、高齢者の住宅というよりは、ここにありますように共生型集住といったらいいかと思いますが、コレクティブハウジングという、これは一つのライフスタイルの選択でもあるわけですが、住まいあるいは住まいづくりについて今日は御紹介したいというふうに思います。
 既にテレビだとか新聞などメディアを通して、コレクティブハウジングというそういう言葉は皆さんもう御承知だとは思うのですが、コレクティブハウスという言葉が最初に使われたといいますか、その始まりをちょっと御紹介したいと思うんですが、アルバ・ミュルダール、ここにはスウェーデンの社会学者と書いてありますが、それよりも国際的な政治家、一九五五年にはユネスコの社会学の分野のチェアマンも務めまして、一九八二年にはノーベル賞をいただいた女性の社会学者でありますので、そちらの方を皆さん御存じだと思いますが、彼女が一九三二年に、コレクティブハウスは将来三つに大別される住宅タイプの一つになるだろうということを言いました。
 既にそのころスウェーデンは核家族が進み、今後更に核家族化、少子化、それが進んでいく。そういう中で、コレクティブハウスというのは、一つは家族用の一戸建て住宅、それから単身だったり家族用だったりするわけですが、日本では法律用語で共同住宅というふうに使っておりますが、要するに縦横に集約して都市的なところで集合住宅というふうに言っておりますが、そういうものと、もう一つ住宅のタイプとしてもちろんコレクティブハウジングというものが将来必要になっていくだろうというようなことを言いました。
 そのころの考え方としましては、保育だとか食事その他家事の共同化の仕組みを取り込んだ住宅のタイプなんですが、外で働きたいあるいは働かなければならない女性を家事から解放する、そして家族が小規模化し孤立化していく状況の中で子供たちに社会的に望ましい住環境を与えられるというような考え方で、コレクティブハウスは子供と家族の問題を解決するというようなことを言っております。
 そして、一九三五年にスウェーデンの、そこでは第一号と言われるこんなような集合住宅が造られるわけですが、上階はこんなような小さなミニキッチンもありバスルームもあり、比較的小規模な一人用あるいはファミリー用の住宅なんですが、一階にレストランがあり、中央キッチンがあり、保育所を併設し、あるいはその当時、ミルクハウスとか外部からも使えるような、そういう家事サービスを取り込んだような集合住宅が造られるわけです。
 一九三五年というとこのころなんですが、その当時は、既に十九世紀の終わりからアメリカでは、新しい保育の考え方、あるいは働く女性の家事からの解放というようなことで、新しい型のアパートメントホテルなどが出てきました。それとか、二十世紀の初め、ヨーロッパの機能主義建築思想だとかフェミニズム運動だとか、そういうものに影響された形で今のようなコレクティブハウジングができてくるわけなんですが、その後、その考え方は、そういう住宅がたくさんできてきたということよりも、一九六〇年代、七〇年代、世界的に都市化の中で郊外に大規模なニュータウンが造られていきます。その中に、タウンセンターの中にいろいろ家事サービスを中心的に入れていく、そういうものとも関係しているわけです。
 そういう流れが、一九六九年を始めとしまして世界的に学生を中心とした社会改革運動があるのですが、その辺の影響などもありまして、一九七〇年以降、これからお話しする現代的な形のコレクティブハウジングに転換していくわけです。郊外に非常に大量に画一的な集合住宅が造られていくわけなんですが、その中でバンダリズムの問題だとかいろいろ引き起こしました。居住者の公的住宅へのもっと民主的な参加が必要ではないか。それから、仕事と子育て、それから生活文化の継承と創造、環境共生、そういう視点から、一九三〇年、四〇年代、五〇年代に造られたコレクティブハウス、クラシックな形のコレクティブハウスは、むしろ家事サービスですね、そういうものを取り込んだ集合住宅だったわけなんですが、そうではなくて、もっと、食べること、あるいは子育て、自分たちの親たちがつくってきた生活文化、そういうものを自分たちで継承していく必要があるんだと。
 居住者によって様々な集合的に問題を解決を目指す居住運動、そういうものの中から、BiGでありますが、これはコミュニティーに住むといいますが、現代のコレクティブハウジングに移行していくわけです。小さな、二十から五十戸ぐらいで、そして居住者自らがいろいろなコモンスペースの掃除だとかそういうものを担っていく、自分たちで自主運営、そして多世代の様々な居住者がいる、そういうコレクティブハウジングが公的な形で供給されるべきだと、そういうような運動から現代に至っているわけです。要約しますと、集まって住むことのメリットを最大限に生かした暮らしのスタイルと住まいづくりと言うことができます。
 暮らしの理念、住まい方、住宅類型、そういうものについてちょっと分かりやすく御説明しますと、それぞれ自分らしく生きるために、高齢期であっても、あるいは働きながら子育てをする人でも、自分らしく生きるために、ともに住む、ともに生きる、ともにつくるというそういう考え方で、住まい方としては、ですから現代的な個人の自立とか自由、そういうものを前提にしながら生活の一部を共同化する、あるいはそのための生活空間の一部を共用化する、そういう住まい方であって、そのための住宅の類型としましては、プライバシーが確保された独立した住戸、一人用であれ家族用であれ、そういうものがまずあること、それを前提として、日常生活の自分の住戸の一部として、その延長としての共用空間、そういうものが組み込まれた住まいの形、そこがいわゆる私たちが考える一般集合住宅と違った住宅の形を持っているということを御理解いただけると思います。
 そして、居住者が主体的につくり、またはぐくんでいく、そこには自立、共助、そういうものがある住コミュニティーというふうに言えると思います。
 海外では、特に一九七〇年以降、いろいろ呼ばれ方は違いますが、こんなような住宅がいろいろ展開をしております。今日は時間がありませんので御紹介いたしませんが。
 次のこれもちょっと細かいので今日は省略させていただきますが、いろいろな供給主体、あるいは立地と集合形態、あるいは新築か増改築かコンバージョンかというようなそういう建築の種別、あるいは規模、それから運営モデル、いろんな視点から様々な形で展開しているということだけをここでは御説明しておきたいと思います。
 そして、日本ではこのような考え方の住まいが、一九九五年の阪神・淡路大震災の後、被災者の仮設住宅は正に超高齢社会の縮図であったわけですね、そして、そういう方たちがすべてを失い、コミュニティーを失い家族を失い、そういう中でいかに生活再建をしていくかという中でこのコレクティブハウジングの考え方が取り入れられて、国のシルバーハウジングというそういうプログラムの中にコレクティブ住宅の考え方を入れたものが十プロジェクト、三百四十一戸全部で供給されていきます。
 十年以上たちまして、これも是非その検証がありますので見ていただきたいんですが、公営住宅モデルと言えるんですが、実は高齢者だけではとてもコミュニティーは形成するのは難しい、みんなで年を取っていきますから大変難しい問題を今抱えています。大変やっぱり持続的な福祉的支援システム、そういうものを組み込んでいく必要があると思います。
 そして、今日御紹介したいのは、二〇〇三年に入居があって、もう三年目を超え四年目になるんですが、日本での本格的な民間の多世代の賃貸住宅モデルができていますので、その暮らしぶりをちょっと見ていただきたいと思います。
 ちょっと時間がありませんので、ここを飛ばしますね。
 これは日暮里なのですが、こういう大きな規模の複合住宅のこの二、三階にあるのですが、一階にはレストランだとか保育園だとか地域に開かれた診療所、そういうものが入っております。それから、四階から上が高齢者用の住宅です。介護型の高齢者用住宅、それからまだまだ元気な高齢者住宅。しかしながら、四階から上は有料老人ホームのシステムを持った高齢者住宅。それの二、三階に多世代型の一般賃貸住宅としてのコレクティブハウスが入っております。
 かんかん森という、そういう名称なのですが、この二、三階で、一階からエレベーターでも行けるのですが、独立したエントランスを持っています。
 二階へ入りますと、ワンルームから二DKクラスの、二十五平米から六十五平米ぐらいの様々なタイプの住宅と、百六十平米ぐらいあるのですが、コモンスペース、この赤い部分がコモンスペースです、コモンダイニングあるいはリビング、それからコモンキッチン、それからランドリーがここにございます。
 それから、三階は、ここの森の風という居住者の組合なんですが、そのオフィス、それから、今ここはゲストルームになっておりますが、そんなようなコモンスペースが入っております。
 コモンダイニング。写真をちょっと見ていきたいと思います。
 コモンミール。今一週間に三回コモンミールを、夕食ですね、やっております。
 これがコモンキッチンですね。
 コモンダイニングはこんなふうにいろいろな目的に使われておりますが、たまたまこれはスウェーデンでコレクティブハウジングに住んでいたり活動している方たちがいらっしゃったときに、ここでミーティングをしています。
 リビングコーナー。みんなで何かいても、あるいはこんな一人でいても気持ちのいいリビングコーナーを持ったコモンスペースです。
 これはアウトドアのコモンデッキ。たまにはこんなような外でのパーティーをやったり、それからデッキも、これも自分たちでもってコンクリートの床に、こんな庭づくりを居住者たちが自分たちの手でやったものです。
 これはランドリーですね。ここで子供の、すぐそばにキッズコーナーなどもありまして、子供が遊んでいるのを見ながらランドリーで家事ができる。この向こうに見えておりますのがコモンダイニング、その入口です。
 それから、工作テラスというものを持っていまして、これも外部なんですが、大きな屋根が張り出ていますので雨の日でも使えるんですが、日常的な家具の修理だとか、新しいものをみんなで作ろうとか、そんなことができる。とても個人の住宅では持てないようなこういうコモンスペースが充実して、そして自分たちでマネジメントしているわけですね。
 菜園テラス。季節によっていろいろ、野菜だとかあるいは果物などを育てています。
 これはゲストルームの一つです。これも後でSOHO的に使うつもりのところをゲストルームに自分たちでリフォームをしたと。
 たまたまこれは比較的小さいワンルームの個人の住宅ですが、ここでは子供、二人目の子供を産みまして、ワンルームで非常にうまく使っています。
 このコモンスペース、百六十平米あるんですが、どんな仕組みで生み出したかといいますと、これは賃貸住宅なんですが、各住戸の家賃の中の一三%分がコモンスペースにあるというような、そういう仕組みでこのコモンスペースが生み出されています。
 そして、森の風というこの居住者組合なんですが、こんなような仕組みをつくりまして、毎月の定例のミーティング、年間の総会、そんなことをやりながら進めています。
 二〇〇六年度、現在の活動グループが十五ぐらいあるわけなんですが、一つ以上自分の関心のあるそういうグループに入ってここの生活運営をしていこうと。
 こういう掲示板、重要なわけですね。
 ちょっと時間が過ぎてしまいましたが、最後に、こういう居住者が自ら自分たちの住環境を気持ちよくしていくために、そういうところに価値を置く人を私はコレクティブ人と呼んでいるんですが、こういう人の存在、それからそれにふさわしいコレクティブハウスという物理的環境の設計、計画、そして持続可能な管理運営、これをコレクティブ運営と言えば、そういうものがこういうコレクティブハウスを成立させているものです。そして、住んでいる人の個人の生活の質、あるいは生活の可能性、それを広げるだけではなく、私は、地域の今ある安全とか安心あるいは環境共生、そして防災、減災、そういう点で、これは個人の住宅ではあっても大変社会的に意味のある地域のストックだというふうに私は考えております。
 こういう住宅を成立させるための事業主体の存在、それから専門家の存在、そこに是非私は住宅、福祉、まちづくりの総合的政策・行政の支援、そういうものがこれから必要になってくるというふうに考えております。
 少し長くなりましたが、これで終わりたいと思います。
 ありがとうございました。

発言情報

speech_id: 116614534X00420070425_008

発言者: 小谷部育子

speaker_id: 766

日付: 2007-04-25

院: 参議院

会議名: 少子高齢社会に関する調査会