舛添要一の発言 (日本国憲法に関する調査特別委員会)
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○舛添要一君 私自身は、これこれの権利は持っているけれどもその権利は行使できない、例えば我々は日本国憲法上、言論の自由という権利は持っているけれどもそれを行使できませんと、こんなばかげたことはないわけであります。元々、自衛権、集団と個別と分けるというやり方は、戦後、一九四五年、国連憲章ができたときに日本、ドイツ、イタリアという旧敵国を差別するためにつくっただけの言葉であるわけです。それが金科玉条のように法制局の解釈が積み重なってきた。そろそろ私は、これは英断を持って変えるべきであると。我が党は、党の研究会ではそういう方向できちんとこの研究を続けていきたいというふうに思います。
一つは、個別、集団という神学論争を繰り返しているうちに国際状況が大きく変わった。隣の北朝鮮が多数のミサイルを持っている。通常弾頭でねらったって日本に届きます。今、東京の上空に通常弾頭が落ちてきたら私たちはみんな死んじゃいますよ。ましていわんや、核爆弾を持っていると向こうの指導者が言っている。もっと悲惨な状況が起こる。それから、我々の国民を拉致するという国家の犯罪をやっている。絶対にこれは許すことはできない。そういう国が隣にいるときに神学論争をやっているべきではなくて、仮にテポドンミサイルが日本の方向に向かって飛んできた、アメリカまで行くのか日本で落ちるか分からない。我々が手をこまぬいて何もしないというわけにいきません。私は、そういう観点からいろんな手があると思います。
一つは、明確にこの解釈を変えるということであります。しかし、それは、総理御承知のように、ずっと積み上げたものを変えるというのは大変な困難があります。我々は、新憲法草案で企図したところのものは法律事項でこれをやろうと。つまり、安全保障基本法、国際協力基本法、緊急事態法、こういうもので担保して、今総理おっしゃったように、個々具体的なケースに基づいてやる、こういうことでいいんだろうと思いますが、内閣総理大臣として極めてお答えしにくいテーマかもしれませんが、総理の御所見が賜ればと思います。