石破茂の発言 (安全保障委員会)
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○石破国務大臣 お言葉をいただきまして、ありがとうございました。
責任のとり方というのはいろいろあるんだろうと私は思います。潔くやめちゃうというのも一つの責任のとり方であるし、私はそれを否定するものではありません。
ただ、翌々日行きましたときに、妹さんであるとか、あるいはいとこの方であるとか、あんたがやめてどうするんだ、絶対やめるな、この原因を究明し再発防止策をきちんとあんたがやってくれなきゃ、行方不明の二人はどうなるんだということを、本当に心底言われた。だから私は開き直ろうとか、自分がとどまる正当化にしようとか、そんなことを思っているわけでは全くありません。自分がどなたのお気持ちにこたえるべきなのかということは自分で判断しますが、私は、その御家族の方、漁協の方がおっしゃる思いにこたえるのが自分の責任だというふうに思います。
防衛省改革につきましては、また委員と議論させていただきたい、党でも国防部会長代理もお務めであります、いろいろな議論をさせていただきたいと思います。
ただ、昔、陸海総力を挙げて戦い、余力を持って英米に当たるという言葉がありました。冗談みたいな話ですが、そういうことが本当にあった。かつての日本帝国はそうであった。しかし、統帥権というもの、軍令というものが完全に独立したことによって判断を誤ったということも、私は歴史の事実としてあるんだと思います。
そして、内局がどうの背広がどうの、車の両輪として支えるといったときに、この調整に時間を要しているとするならば、それは防衛省として、自衛隊として、機能を発揮する上においてこんなプラスがありますということが何が言えるのか。私は、そうは思わない。
もちろん、有識者会議でいろいろな御議論をいただいておって、その結論を得て、私どもはそれを尊重してやるべきものでございますが、私も委員もいらっしゃる皆さん方もそうですが、使う側、シビリアンコントロールというのは、国民に対して責任を負い得る唯一の存在であるがゆえに、政治家が責任を負う、使う側にとって使いやすい組織かどうかという議論は、私はちゃんとしなきゃいかぬと思っているんです。どこでだれが何をやっているのか全然わからぬというような組織であって、本当にそれでシビリアンコントロールが果たせるのかということは、我々政治家が、使う側の立場に立ってきちんと責任を果たして考えねばならないものだ、私はそう思っております。