2008-06-03
衆議院
福嶌教偉
厚生労働委員会臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案審査小委員会
福嶌教偉の発言 (厚生労働委員会臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案審査小委員会)
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○福嶌参考人 私は、現在、大阪大学医学部附属病院移植医療部で副部長をいたしております福嶌教偉と申します。
主に心臓移植の臨床を担当するとともに、脳死の臓器提供時のドナー評価、管理、それとドナーコーディネーターの教育などを行っております。
このたびは、臓器移植法に関しての参考人質疑をこの委員会で開いていただきまして、本当にありがとうございます。しかも、その場で参考人として意見を述べさせていただくことに感謝をあらわしたいと思います。
まず、私の話に入らせていただきます前に、個人的なことで申しわけありませんが、私がなぜ心臓移植医になったかについてお話をさせていただきたいと思います。
私が移植というものに初めて出会いましたのは、今からちょうど四十年前の一九六八年の八月、私が小学校六年生の夏休みでした。皆様もよく御存じの和田心臓移植をテレビで拝見したときが最初であります。
そのときの報道では、心臓移植が終わりMさんが元気になったときにはとてももてはやし、逆に、Mさんが亡くなった途端に、手のひらを返したように、和田教授は医療不信の代名詞のように非難されました。子供心に感じることは多かったと覚えております。和田移植の問題点は、まだ世界的にも脳死の議論が始まったばかりのときに、移植医が脳死と診断したことが最も大きいと考えられます。
この事件を見て私が思ったことは、亡くなった人の臓器をもらうのではなく、その人に合った臓器がつくられればいいのではないかと思ったことです。これが私を医者の道に進ませた原点であります。
しかしながら、それから四十年が経過いたしましたが、臓器をつくるという命題はまだ臨床レベルまで達しておりません。私の所属している教室でも、澤教授を初め、臓器再生を主に研究されている方が多くいらっしゃいますが、ようやく限られた状況の中で臨床応用されるようになっただけで、心臓に限っても、多くの命を救えるようになるにはあと数十年はかかるものと思っております。
そのような経過の中で、私は、臨床研修、研究を行ってまいりました。臓器を移植さえすれば助けることのできる命が我が国でどんどん失われていくのを目の当たりにして、本来すべきだと自分が考えてきた臓器再生の研究というものをあきらめて、約二十数年前に移植医になることを決心しました。ただ、何とか人からの臓器提供を減らせるようにということで、動物からの心臓移植を可能にするための実験をずっと行ってまいりました。
そのような中で、一九九七年に、多くの国会議員の皆様の御尽力のおかげで、現在の臓器移植に関する法律が制定、施行されました。本人の生前の書面による意思を最大限に尊重するという厳しい法律ですが、その時代の国民の総意と考えまして、その三年後にまた見直しがあるものだと信じて、我が国で心臓移植が始められるように準備をしてまいりました。
そして、ついに一九九九年の二月二十八日、我が国で脳死臓器移植が開始されたわけであります。その心臓移植の再開例では、私は、高知に赴き、ドナーの方の心臓を摘出いたしました。アメリカに留学中も、心臓、特に子供さんのドナーの心臓の摘出をしておりましたが、我が国での臓器摘出の現場というものはアメリカと大分異なっておりました。集中治療室で横たわっている患者さんの評価をするということで診察をさせていただくわけですけれども、医者の本能と申しますか、何とか助けてあげられないものかと自問自答したことを覚えております。
また、ドナーの心臓を停止させるときにも、本当にこのようなことをしてよいものかということを自問自答しました。しかし、私は医師として、脳死は人の死であるということを確信を持っておりますし、また、ドナーの方が、脳死になった後、臓器を提供してもよいという明らかな御意思を持っていらっしゃった方ですので、そこで考えを直し、決心して心臓を摘出いたしました。
高知から伊丹までのヘリコプターの中でも、本来であればレシピエントを救うことで非常にうれしいはずでありますが、ドナーの方の最後の心拍を私のみずからの手でとめたということを思うと、身の張り裂けるような思いでいっぱいでありました。今もこの気持ちを忘れたことはありません。実は、その摘出のときに実際につけていたネクタイをきょうもさせていただいております。気持ちは変わっているつもりはないです。
このような思いもありまして、現行法を遵守しながら、粛々と心臓移植を行ってまいりました。表に示しておりますけれども、移植医療にかかわる多くの方々の努力で、欧米のデータと遜色のない成績を出すことができていると思います。私自身が、このような成績を国民の方々にお見せすることで、国民の移植医療に関する理解がふえ、意思表示カードが増加するものと信じておりました。また、私どもの大阪大学の病院で心臓移植を希望されて待機されていた患者さんも、そう信じて、本当に最初の間、海外に行くことを考えずに私どもの病院で待機をされておられました。
しかし、心臓移植を受けられるまでの待機期間というのは、短くなるどころか、どんどん長くなり、図一に示しますように、今では人工心臓がついた状態で千日以上待機しないと移植を受けることができないのです。
その結果、例えば、私たちの病院で、法制定後、当初の四年間に心臓移植を希望して登録した患者さんが二十二名いらっしゃるのですが、心臓移植を受けることのできた五名は、今全員が生存し、仕事あるいは学校に行っておられます。それに対して、残された十七名の方はすべて亡くなりました。つまり、現行法では、我が国で心臓移植を受けようと決心しても八割ぐらいの方が死んでしまうというのが現状なのです。
さて、移植医療に関する世論は、この十年間でどのように変わったでしょうか。図二に示しますように、内閣府の世論調査では、脳死になったら臓器を提供してもよい方が実は四一・六%もいらっしゃいます。しかし、意思表示カードを常に持ち歩いて脳死臓器提供を希望されている方は二%にも満たないのが現状でございます。つまり、我が国の習慣上、生前の書面による意思を尊重した方法では、患者さんを救うことはできないということがわかりました。
また、この法律では、民法上の理由から十五歳未満の脳死臓器提供ができませんので、体の小さな子供さんは、我が国で心臓移植や肺移植を受けることが絶対にできないのです。そのために、多額の募金を集めて海外に渡航されているのが現状であります。
しかし、実際に海外に行かれて心臓移植を受けられている患者さんの中で、そういう体の小さい患者さんは、実は四〇%程度しかいらっしゃいません。残りの六〇%以上の方は、実は日本でも移植できる体の大きさの子供さんあるいは大人の方であるということなのです。しかも、その数というのは、現行法が成立してからむしろ増加しております。すなわち、心臓移植を必要とされた患者さんにとっては、たとえ国内で移植可能な患者さんであっても、海外に生きる道を探さなければならないという状況にあるということです。
WHOも指摘していますように、海外渡航心臓移植には大きな問題があります。
まず、図五に示しますように、アメリカで心臓移植を受けたアメリカ人以外の子供さんの半分以上が日本人であるということです。また、図六に示しますように、アメリカで毎年三百人くらいの子供さんが心臓移植を受けられていますが、同時に、毎年六十人から百人ぐらいの心臓移植の登録をされた患者さんが亡くなっているということです。もし日本の子供さんがアメリカに渡航していなければ、毎年何人かのアメリカの子供さんが助かっているのです。それでも日本の子供さんを受け入れてくれるわけですが、これが本当にいつまで続くのでしょうか。
よく、欧米は文化が違っていて、脳死や臓器提供の受け入れが多いというお話をお聞きしますが、アメリカのお母さんも、日本のお母さんと同じだけ、いや、それ以上かもしれません、子供を失って悲しいのです。その中でとうとい決断をされて、ほかの子供さんを救うために愛する我が子の臓器の提供を決心されているということです。それなのに、渡航移植の報道がされるときには、海外渡航の準備や募金が大変だということばかりクローズアップされていますが、本当にそれでいいのでしょうか。
このまま法律が改正されずに、WHOの勧告どおり海外の子供をアメリカやドイツが受け入れなくなったら、日本の心臓移植や肺移植を必要とする子供はすべての道を断たれることになってしまいます。
A、B、C、三案の中で臓器移植をふやす目的で提案された法案は、AとBの二案です。
A案であれば、さまざまな統計から、現時点でも七十例近い脳死臓器提供が可能となり、体の小さな子供さんも心臓移植や肺移植を受けることが可能になってきます。
これに対して、B案ですと、本人の意思表示が必要で、その提示年齢を十二歳に引き下げるだけでございますから、脳死臓器提供そのものは、もし十二歳から十五歳の子供さんが意思表示カードを書いているとふえるわけですが、しかし、十二歳から十五歳までの子供さんの体格というのは、実はほとんど変わりません。つまり、この法律が制定されても、今までどおり体の小さな子供さんは心臓移植も肺移植も日本では受けることができないわけです。それどころか、一見子供が移植可能であるというふうなことになれば、WHOの指針どおり、多くの国が日本の子供さんを受け入れなくなる可能性が大きいのです。
以上の理由で、私は、多くの臓器移植を必要とする患者さんの命を救うためには、この法律を改正A案のように修正していただくことを望みます。ただ、先ほども述べましたように、ドナーそしてドナーの御家族のことを十分配慮した体制づくりも必要であるということも述べておきたいと思います。
私は、移植医個人として何ができるかということをずっと考えてまいりました。
ドナー、ドナーの御家族が脳死臓器提供をするというのは、心臓の提供ということをやはり念頭に置いておられると思っております。私は、脳死臓器提供の現場の約七割に実際に赴き、その臓器の評価、管理を行ってまいりました。したがって、その気持ちは、できるだけ多くの臓器を提供させていただくということがドナーのお気持ちを反映するものであると信じているということと、あともう一つは、もしそのレシピエントが亡くなると、実はドナーの家族はもう一度家族を失うという苦しみを味わいます。その苦しみを味わわせたくない。要するに、移植する限りはその患者さんが長く生きて、そのことがドナーの御家族の気持ちを安らげるものであるということを信じて、そういうふうな活動をしてまいりました。
また、実際に心臓移植の現場まで立ち会っておりますが、心臓が拍動を開始した時点で、私は必ずドナーコーディネーターを通じて、ドナーの御家族に心臓が動き出したこと、そしてそのレシピエントあるいはレシピエントの御家族が感謝していることを伝えていただくようにしております。少しのことではありますが、提供したことで、愛する家族を失ったドナーの御家族の悲しみを少しでも喜びの方向に変えられればと思ってやっていることであります。
また、法律が改正されれば、本人の書面による意思表示がなくても提供できるわけですから、御家族の精神的な負担がより大きくなることが予想されます。臓器提供に承諾された御家族が後で悔やまれることのないような体制づくりが大切と考えております。
私は、日本臓器移植ネットワークや都道府県のドナーコーディネーターの教育も担当しておりますが、臓器提供を強要することがないように心がける、つまり、臨床的脳死と判断された時点で、この治療を続けるのも、治療をやめるのも、そして臓器を提供するのも、御家族にとって同じ意味があり、御家族の意思に従って臓器提供するか否かを決めてもらえるような説明をするように指導しております。
しかし、このような配慮のできるコーディネーターを育てるということは一朝一夕でできることではありません。ですから、そういった方を教育できるようなシステムというものを早急に対応していただきたいと考えております。
また、御自身の愛する御家族の臓器を提供した後に、社会で十分な評価を得られず、心を痛めていらっしゃるドナー家族がいっぱいいらっしゃるというふうにお聞きしています。ドナーコーディネーターが中心になってドナー家族の支援をしておりますが、まだまだ不十分だと思います。ぜひ国レベルでドナー家族を支援し、ドナー家族がこの国で胸を張って生活できるような制度をつくっていただきたいと思います。
以上、法律をA案に改正するとともに、ドナー家族の国レベルでの支援体制をつくっていただくことをお願いして、私の発表を終わります。
御清聴ありがとうございました。(拍手)