那谷屋正義の発言 (総務委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○那谷屋正義君 おはようございます。民主党・新緑風会・国民新・日本の那谷屋正義でございます。
今日は、まず、地方財政の確立というのが今大変重要になってきている、特に地方の格差が広がっている中でこのことを確立していくことが大事であるという、こうした共通の課題はあろうかというふうに思うんでありますけれども、そんな中で、大臣に少しこの認識というものについて確認をさせていただきながら質問をさせていただきたいと、このように思っているところであります。
大臣もよく御存じのことだろうと思いますし、また前回のこの委員会での話合いの中にもありましたけれども、地方分権改革を推進しなければならないという国民意思が明確に示されたのは、一九九三年に国会が地方分権の推進に関する決議をしたことにさかのぼるわけであります。この決議は、目的をゆとりと豊かさを実感できる社会を築くことにあるとうたっているわけであります。生活重視となれば生活に身近な自治体の役割へ期待が高まるのは当然であり、そのためにも分権の推進は不可欠という決意の表明でもあったというふうに認識しております。
分権の推進とは、遠い中央政府から身近な政府である自治体への参加民主主義に基づく政策体系へと切り替えていくシナリオとも言えます。具体的には、育児、介護、医療や教育など、そうしたことを重視することによって、住民の安心、安全の生活を保障していくことを指すわけであります。
こうしたサービスは、地域社会で営まれている生活に密着して供給される必要があるために、その任務は自治体が行うべきであるというふうな結論になってくると。この流れを一定の今度ファイナンスの面で読み替えれば、税金や料金等にかかわる住民の最適負担が前提になるものの、地方分権にはそれ相当の費用がまた必要になってくるということであります。
この問題については大臣にも共有していただけるのではないかというふうに思っております。時間の関係でここは質問にしませんので、共有していただけるというふうに御理解したいと思います。
そうした中で、地方財政悪化と国の責任論についてちょっと触れてみたいと思います。
去る二月二十二日、衆議院でのこの総務委員会で委員の方が質問されたときに大臣が、今の地方財政の悪化について、国も重く受け止めなければいけないと思いますが、一方で地方団体の方も、やはり最終的には首長と議会の判断でこうした事業を行う等のことを行ってきたわけでありますので、よくそういった行動を見直してというふうな形で、いわゆる応分の責任は地方にもあるというふうな御指摘をされたところであります。
形式論で言えば大臣の答弁にも瑕疵がないというふうにも言えるかと思いますが、しかし世の中は形式論だけではやっぱり動いていかない。
そういう意味で、何というんですか、今まで知事をされていた大臣が今度は総務大臣になられたということで少し考え方が変わったとなるとこれは非常に大変残念なことだというふうにも思いますけれども、この大臣が言い出した論理は、地方財政にとっては負の作用しか及ぼしてこなかった経済財政諮問会議の陰の主宰者とも目されていたあの竹中氏ですら総務大臣時代にはさすがにこういった指摘はされてこなかったわけであります。今日時点でも大臣のおっしゃる地方の責任論というものについて適切とお思いかどうか、まずお尋ねをいたします。