嘉数知賢の発言 (安全保障委員会)

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○嘉数委員 どうもありがとうございました。
 不祥事が続いている防衛省、本当に真に国民から信頼される、感謝される、そして協力される、そういう自衛隊をつくらなきゃいかぬ。そのためには、やはり大臣が先頭に立って、教育の問題についてもシビリアンコントロールについても、しっかり頑張っていただきたい。大臣には期待をしていますので。
 それから外務大臣に、せんだって久米島の町長と沖縄知事さんと、私もお伺いしましたけれども、実は鳥島の件、久米島の。沖縄県は、平成四年に軍用地を一括して契約しました。そして、二十四年にその期限が切れるんです。その期限が切れるときには、もう一度また改めて契約をしなきゃいかぬ。二十四年にそういう時期が来るんです。久米島の町長は、その前にもう返還してほしいという要請をいたしました。それはなぜか。
 実は、いろいろ資料を調べてみたんです。我が国に鳥島の資料はほとんどないんです。先ほどお見せしました最初の図面、これは、実は第二次世界大戦中、一九四五年にアメリカ軍が調査をした鳥島の形容なんです。それを見ますと、尾根が約五百メーターぐらい続いていて、高さが約二十五メーターぐらいの島があるというだけの話です。あと、細かいのはいろいろやっていますけれども、一番古い資料がこれなんです。
 その次の資料、二番目が、これは復帰のときに我が国の国土地理院が調査をした資料です。そのときまでは、鳥島というのは一つの島になっています。一九四五年のときも島になっています。四十七年までも島になっています。面積は定かじゃないですが、およそ四万一千平方メートルと言われています。それが、一九八三年ですから昭和五十八年に改めて測量したときには、その島が三つに割れているんです。それは何でかといいますと、復帰後、米軍が射爆撃場として使って、じゃんじゃん爆弾を撃ち込んでいる。そのために、およそ長さが五百メーター、横幅が一番広いところで二百五十メーター、狭いところで百メーターといった島が、三つに割れてだんだん小さくなっている。
 それで、最後にどういう形になっていますかというと、今度は次のを見ていただきたいんですが、これは上空から見た写真なんですけれども、島らしい島はほとんど見えないんです。周辺に、リーフの上に砂浜がある。島らしい島はほとんど見えない。町長さんにお伺いしましたら、島が三つに割れて、もう島らしい島がなくなっている。それで砂浜が残っている。
 次の写真が、これはことしの八月でしたか、沖縄県議会の経労委員会が調査に行って、船上から撮った写真なんです。それからしますと、当初二十五メーターあった島の高さがほとんど三メーターか四メーターぐらいの高さに、しかも砕けて三つに分かれ、しかも一番低いのはもう二メーターしかない。ということは、島が消滅しつつあるということなんです。
 我が国の領土で、久米島からおよそ三十キロ離れた地にありますから、そこにある島が消滅するということは、国家としてこんな大損失はないんです。今のままで続けていますと、間違いなくあの島は消滅し、リーフだけが残っちゃう。リーフだけ残ったら島じゃなくなる。今きちっとした対応をしなければ、沖ノ鳥島みたいな格好になっちゃう。そういう危険性を十分はらんでいる。
 それで、久米島町長は、もう返還してほしい、射爆撃場としてはもうこれ以上耐えられない、それだったら島がなくなりますよということで、実は要請に来ていただいたんです。日米間で射爆場として提供している、それが今まさに消滅の危機にあるということです。我が国の領土が一つ減ってなくなっちゃうという時期に来ている。ただ、政府としてどういう対応をしているかというのはほとんどわからないんです、私どもは。そういう動きもないと思っています。
 知事さんが横田基地の司令部に行って向こうの報道官にお会いしたときに、米軍は、あの島がだんだん減っていくのに大変懸念をしているという表現はしているんです。しかしながら、だからやめますという話じゃないんです。今から、日米間で話し合いをしながら、あの島をどういう対応をするのか、どうして守るのか。必要ならば、やはり返還してもらう以外にないと思うんですけれども、そういうことをしっかりやっていただかなければ、沖縄から、我が国から領土が一つなくなるということです。国の領土を守るというのは、それは国家の責任ですから、それが、外国に貸与して、そこで爆撃されて沈んでなくなるというばかな話はあり得ないと思うんです。
 ぜひ真剣に、国土交通省もそうかもしれませんけれども、提供する側とそれから交渉する側としっかり話し合いをしていただいて、早急に調査をして、まだ調査されていないんですよ。昭和五十八年に調査されたのが最後で、後は何も残っていない。調査資料も全く残っていないんです。昭和五十三年に一応地主が登記だけはしてあるんです。あのときの島の面積はあるんです。しかし、その形はもう残っていないんです。ということですから、これは私は看過するわけにはいかないと思っています。
 ぜひ、しかるべきところで調査をして、そしてその現状をとらえて、日米間で話し合いをしていただいて、できるだけ早目に返還するという努力をしていただきたいと思っていますが、それはどちらの話でしょうか、答弁は。

発言情報

speech_id: 117003815X00220081127_009

発言者: 嘉数知賢

speaker_id: 8553

日付: 2008-11-27

院: 衆議院

会議名: 安全保障委員会