麻生太郎の発言 (予算委員会)
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○内閣総理大臣(麻生太郎君) 御存じのように、あのときは朝鮮事変です。もう朝鮮事変以後に生まれられた方の方が国会議員も多い、そういう時代になっておりますけれども、あの辺は朝鮮事変の勃発でありまして、御記憶のように東京ではもう動乱景気でえらく景気の良かった時代でしたけれども、我々、小倉やら門司ではまだ敵機来襲、空襲警報、灯火管制なんていうのは昭和二十五年はやっておりましたから、二十六年ぐらいは。そういった時代でしたので、かなり情勢としては東京と九州北部とは大分違っておったと、子供心にそういう記憶があります。
そういう時代だったと思いますが、少なくとも国際連合に加盟するというのは、当時優先順位の一番に挙げられるほどの大きな問題でもありました。それが単独講和か全面講和か、国論二つに割っておる、そういう時代だったと存じます。そういう中にあって、この日米安全保障条約というものに関しましては、今御指摘のありましたように、この防衛の点におきましてはかなり平等性を欠いておるという点はもう当時から言われておりましたんで、その責任は後世問われる可能性がある、したがって、これには他の、これからの政治家にサインはさせられない、よって自分で全責任を負う、それが当時の哲学だったと記憶します。