土屋正忠の発言 (総務委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○土屋(正)委員 今お話が出ました、例えば郵便局会社の職員に従来は預けていた年金の支払いなどが預けられないといったような問題は、確かに一つの問題であります。
 とりわけ過疎地などにおいては、私は中国地方の集落が五戸という限界集落に行ってまいりましたが、そういうところにおける郵便のデリバリーサービスというか、こういうものは非常に住民の心に響くものだろうと思います。
 それはいろいろな工夫の仕方があるわけでありまして、私も現場の皆さんにはいろいろな提案をいたしておりますが、また大臣のところにも具体の提案をさせていただきたいと思いますが、そういった郵便文化を維持しながら実際に民営化にどのように進むかということについて、力強くお願いをいたしたいと存じます。
 なお、マスコミの皆さんはその都度いろいろなことを言うんですけれども、例えば、六月の五日、政治がなすべきことはトップの首のすげかえではない、朝日の社説であります。六月の四日の東京、六月の六日の毎日も同様であります。六月の五日の日経は、首相は西川氏続行でまとめるべきだと。こういうのがマスコミの社説であります。ところが、こういう事態になってくると手のひらを返したような話になるわけでございます。
 いろいろなマスコミの報道があってもこれはやむを得ないことでありますが、本筋は何か、骨太の方針としてこれから解決しなければならないことは何かということを前向きにお取り組みくださいますように、心からお願いを申し上げたいと存じます。
 二点目に、地方自治をめぐる基本的な方向について質問させていただきます。
 最近、地域主権とか地方主権とかという言葉がはやりました。私も地方自治の現場にいて四十数年になるわけでありますが、そのうち、地方主権とか地域主権とかということがはやり出したのは十数年前であります。私の記憶ですと、平成二年、今から十九年前に行革国民会議が作成した「地方主権の提唱」というパンフレットがそのスタートだった、このように考えております。地方分権イコール善、イコール、政治的なジェスチャーも含めて、地方主権という言葉はいいというようなことになり、大分使うようになってまいりました。
 ついに石原東京都知事も平成十四年に施政方針の中で使ったわけであります。私は驚きまして、果たしてその真意は何かということを地元の都議会議員に質問していただきました。その結果、石原知事はそれ以来使わなくなったのでありますけれども。
 この問題点というのは、少なくとも我々が主権と考えているのは立法、司法、行政の三権であります。国民主権と言う場合には、国民にこの立法、行政、司法の三権がある。これはよく言われるように、君主主権とか王権とか、あるいは独裁国、党の独裁、宗教的独裁、こういうところに対する、国民のいわゆる国政に参加する基本が立法、司法、行政だ、このように考えられるわけであります。
 どのような行政学の本でも、主権の中身というのは立法、行政、司法と決まっているわけでありますが、地域主権とか地方主権とかという言葉を使うと、それでは、例えば北海道なら北海道、何々県なら何々県に立法や司法や、行政は今あるわけでありますけれども、こういうことも全部ゆだねるのかということになるわけであります。ですから、厳密な意味で使っていくと、結局、連邦国家しかないということになるわけであります。
 しかし、大きな流れとして、地方制度調査会においても、第二十八次地方制度調査会においては非連邦型道州制ということを言っているわけでありまして、第二十九次の地制調の中にも、少なくとも連邦制を志向するというような議論はないわけであります。
 でありますから、我々は、こういう言葉が安易に使われて、国民に誤解を与え、あたかも国民におもねて、地方分権をした方がいいではないかと思う国民の気持ちにおもねるということにならないように気をつけるべきだ、そうしないと、これからの地方自治論をお互いに論ずるときに非常に大きな誤りをもたらすことになるだろうと私は思います。
 したがって、地方主権とか地域主権とかと言われていることについての大臣の御見解をお願いいたしたいと存じます。

発言情報

speech_id: 117104601X02220090618_007

発言者: 土屋正忠

speaker_id: 5330

日付: 2009-06-18

院: 衆議院

会議名: 総務委員会