長浜博行の発言 (国土交通委員会)
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○長浜博行君 この委員会にも尊敬すべきベテランの先輩方もいらっしゃるわけですが、やっぱりそれ一つ一つの法律がいつ作られてどういう経緯で続いてきたのかというのは、やっぱり政治家として勉強していかなければいけない部分があると思っております。
久しぶりに本を開きまして、その本で序にかえてというところで、水は低きに流れ、人は高きに集まる、世界各国の近世経済史は、一次産業人口の二次、三次産業への流出、つまり人口や産業の都市集中を通じて国民総生産の拡大と国民所得の増加が達成されてきたことを示している。これ序文でありますが、私は今年三月、永年勤続議員として衆議院から表彰を受けた、私はこれを機会に、国土開発・都市問題と一緒に歩いてきた二十五年間の道のりを振り返るとともに、新しい視野と角度と立場から日本列島改造の処方せんを書き上げ世に問うことにした、国民及び関係者各位の参考になれば大変幸せであるという、昭和四十七年六月に刊行された本でございます。
私が持っているのは、これ六月二十日が初版で八月二十一日の版でありますが、このわずか二か月の間で十二版重ねられた、田中角栄先生の「日本列島改造論」でございます。この書き上げられた一か月後の、六月にこれは出されて、七夕、七月七日に田中角栄先生は総理大臣に御就任をされるという状況になるわけでございます。
田中角栄先生が作られたこの法案、まさにこの法律でありますけれども、当時の状況は、道路がほとんどないし金もないという状況の中で、当時、つまり二十年を振り返られてこの本を書かれたわけでありますが、それから総理大臣になられるわけですけれども、一九五四年、議員立法で道路特定財源を導入したというのがこのスタートでありました。一番最初に申し上げましたように、揮発油税は四九年に既に出ておりますので、この五四年がいわゆる道路特定財源の一発目ということになってくるわけでございます。
それに先立つ二年前、一九五二年、昭和でいえば二十七年、このときに、この財源が必要となるであろうところの今使われている現行の道路法、道路整備の体系を定めたこの道路法も田中先生によって作られているわけでございます。そして五〇年代、この五四年に続いて五五年、翌年には地方道路税が創設をされ、五六年には軽油引取税が創設をされているわけでございます。そして六六年に石油ガス税が創設をされ、六八年に自動車取得税が創設をされて、そして七一年に自動車重量税が創設をされているわけでございます。こういう歴史を経て六つの特定財源が整備をされていき、それに伴っての日本の、まあ高度経済成長と言ったらいいんでしょうか、そういったつくられた日本のバックボーンになっているのがこの法律と言ってもおかしくないというふうに思います。
特に、七一年に自動車重量税がつくられたとき、田中先生は自民党の幹事長であらせられましたけれども、この理屈は、車は重いほど道路を傷つけると、重さに応じて取ろうというこういうアイデアの下で、このときの五か年計画では大体三千億円ぐらい道路財源が足りなかったと思いますけれども、これを重量税として現実のものとしていったわけでございます。
特に、この暫定税率を導入した七四年、七四年ということは昭和で四十九年、このときに暫定税率がスタートしていくわけでございますが、この当時のもちろん総理大臣は田中総理大臣という状況の中で、大蔵大臣は福田大蔵大臣であったわけでございます。
田中内閣は、七二年のさっき申し上げた七夕から七四年の十二月九日まで続きますけれども、その間に、今申し上げたような特定財源と表裏の関係にある、これは租税特別措置法に規定されているところの暫定税率というものが設けられ、それが今日まで延々と議論になっていることは、昨年の道路国会というかガソリン国会で御記憶にある方も多いというふうに思っております。
この暫定税率の問題はまた後ほど触れさせていただきますけれども、このある意味での道路特定財源というものが、いわゆる道路族というような呼び方をされる方々を呼び、そして建設業者との既得権益ということになり、そして議論の過程の中においては、余った道路財源の使途拡大、それから一般財源化と、こういうふうに議論が進んできて、この悩ましい法律が与党によって提出をされるという状況になってくるわけでございます。
ですから、悩ましいといった問題が、一番最初に申し上げましたように、こういう法案が、本来であるならば、政権交代をした後の状況の中において対立した概念を持つ政党から提出をされて議論をされるのであるならば、ある意味での、どう言ったらいいんでしょうね、議論のしやすさがあるのかもしれませんけれども、そうじゃない状況の中で提示されているところが今日の政治状況の大変複雑さ。去年を振り返ってみても、審議する委員会の連続性がないという状況にも生まれているのではないかな、これは私の私見でありますから、そういうことが行われてきたのではないかなというふうに思います。
特に、この暫定税率の導入をするときには、四十九年、先ほども申し上げましたように石油危機のさなかでありまして、こんなときに増税ということがどういう意味を持ってくるのか。特に暫定税率は、野党からの厳しい反対、道路を中心とする公共事業投資への固執であり撤回を要求するということで激しい議論がなされたわけでございます。
考えてみれば、先ほどの、この特定財源をつくるときにも大分議論がなされたようでありまして、ガソリン税を目的税として実施した法律で我が国の税制史上とりわけ意義の大きいものである、ところがこれに対して政府固有の予算編成権を拘束する目的税法は憲法違反であるとの論議が学界から提起された、しかし私は、私はというのは田中角栄先生ですが、そのような憲法違反論には問題にならないと考えて真っ向から違憲論に立ち向かった、二十七年の衆参両院、特に参議院ではこの問題について百日間にわたる長期論議が行われた、私はこの間の答弁をすべて一人で行い、結局法案は陽の目を見たということで、この特定財源の問題というのの財政硬直化の問題は当時からも指摘をされていたようであります。
今日は財務省からも来ていただいておりますが、この特定財源、一般財源化されるわけでありますが、財務省の立場としては財政の硬直性が解消されて喜ばしい話だというふうに、この当時の田中角栄論争の終止符を打つという状況の中で何か考えはございますでしょうか。