麻生太郎の発言 (予算委員会)

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○内閣総理大臣(麻生太郎君) あの話というのは、当時は今よりもうちょっと先が全く見えていない時期でありました。したがって、緊急金融サミットを開きたいという話を最初に電話が掛かってきたのが九月の何日だったと思いますが、そのときにG7でとかG8でという話でしたので、それは駄目と。なぜなら、関係する国はアジアでも例えば中国、例えば韓国などなど、インドを含めて関係国が多いので、それは七つや八つの国で対応できる話ではないと。また、新興国に与える影響も極めて大きいと思っておりましたので、いわゆる国際金融機関、ワールドバンクとかIMFとかいうのを含めた会議にしないとなかなか難しいのではないかという話を電話でしたと記憶します。結果としてG20ということになったんですが、基本的には金が回らぬという話であります。特にそれが、ドルがどうにもならぬということになっております。
 御記憶かと思いますが、九七年、九八年、アジアで経済というか金融危機が起きたときがあります。多くのアジアの国々、タイとか韓国とかインドネシアとか、軒並みそういった国々の中央銀行が動かなくなるという事態になったときにIMFが何をしたかというと、アジアの国々に対しての対応というのは極めて問題があったと、それを間違いなく助けたのは日本だったと思います。あれはたしか橋本内閣だったか、だったと記憶しますが、そういうことをやって非常に感謝をされたという記憶がありますから、逆に言えばそれらの国々はIMFに関する信用というものは極めて低い。加えて、そのIMFに今資金がないという状況にありますと、これはIMFがしかるべく作動をする資金とIMFの信頼というものが再確保されない限りは、これはうまく新興国にとりましては事が進まないということになります。
 したがって、日本としては十兆円、約一千億ドルの資金を融資、増資じゃありません、融資をすることによってIMFが動く。結果として、ストロス・カーンという今のIMFの専務理事をして、こういった日本の貢献に関しては特別声明を発表して、日本のおかげでという話をしておりますけれども、こういったことをやって一応あの当時、目先の何が起きるか分からぬという金融危機の状況にあって具体的に提案をできたのは日本だけだったと思いますが、これはひとえにこれまでの日本という国が長い間、まあデフレの経験もやった、九七年のあれも切り抜けた、そういった経験を我々としては大いに自分たちの経験から学習してこういったことができたし、経済をみんながそれなりに盛り上げてきたからできたんだと思っております。

発言情報

speech_id: 117115261X00220090119_017

発言者: 麻生太郎

speaker_id: 17218

日付: 2009-01-19

院: 参議院

会議名: 予算委員会