赤松広隆の発言 (農林水産委員会)
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○赤松国務大臣 先生から御通告をいただきまして、私もちょっと調べてみました。
私の理解で言えば、当時、砺波平野は非常に川のはんらん等が多くて、そのはんらんから逃れるために農家の人が高台に家をつくった。そして、その高台の周りにずっと畑をつくるようになってきた。しかし、その後、江戸時代にかんがい等が進んで、その心配が、平地であっても用水路網が整備をされて、平野部の開拓も進んで、まさにその高台を中心とした一つの集落になって、見事な散居形態の集落が形成された。
ちなみに、今、富山県の場合は、そういうものが、いわば今で言う集落営農の原型になるようなものだと言ってもいいと思いますけれども、そういう集落営農の数が七百四十一と、滋賀県に次いで全国二位、そういう形で非常にうまく集落営農が行われている、そういう地域だという理解をしております。