赤松広隆の発言 (予算委員会第六分科会)
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○赤松国務大臣 昨日のあのチリ地震による津波、私どもも大変心配をいたしておりました。一九六〇年のあのチリ地震のときの大惨事、日本にも大きな被害を及ぼしたわけで、私も子供ながらにあの当時のことを覚えているものですから、大変心配をしておりました。
今委員おっしゃったように、高知でも一・二メートル、岩手でも宮城でも一部そういうところがありましたけれども、少し堤防を越え、水没するかしないか、ぎりぎりのところで引いていってくれたものですから、不幸中の幸いというお言葉を使われましたけれども、その程度のことでおさまって本当によかったと思っております。
私どもの対応でございますけれども、あらかじめ予測をされておりましたので、水産庁を中心として官邸にそういう対策室が設けられておりましたので、これはもう早い段階からそちらに人は出してやっておりました。
閣僚については、私自身もずっときのう東京にいて、途中、埼玉の会議には一つ出ましたけれども、とにかく、すぐ官邸に駆けつけられる態勢ということでずっと宿舎に待機をしておりましたが、気象庁等のいろいろな状況報告も刻々と入ってきまして、予想をしていた、心配をしていたよりも、そのレベルまでは至らなかったということで、結局、私も待ってはいたんですけれども、招集はされずに、官房長官のところで当面の対応はしていた。
万が一に、これは少しでも被害が出るあるいは緊急に対策本部を設けてというようなことであれば、すぐ戻れる態勢には私どもしておりましたが、結果的にはそういうことにならなかったということでございます。