清原慶子の発言 (少子高齢化・共生社会に関する調査会)
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○参考人(清原慶子君) ありがとうございます。東京都三鷹市長の清原慶子です。
本日は、会長を始め調査会の皆様、発表の機会をいただきまして、心から感謝を申し上げます。
調査会のテーマに即しまして、本日、市民と協働で進めるコミュニティーの再生と創生につきまして、御配付されております発表の要旨に基づきましてお話をさせていただきます。
まず、自己紹介をさせていただきます。
私は、学生時代、昭和五十年代初め、一九七〇年代の後半、三鷹市での第一次基本計画作りに向けた市民会議に学生代表として参加をいたしました。当初から三鷹市は市民の声を反映する取組をしておりましたが、その後、大学の研究者となりまして、在住研究者として様々な取組に参加をしてまいりました。
特に、一九九九年、平成十一年から二年間、全員公募の三百七十五名の市民の一人として三人の共同代表のうちの一人を務めました、みたか市民プラン21会議による白紙からの自治体の第三次基本構想・基本計画素案作りへの参画をしました関係で、前市長が勇退される中、市民参加と協働を進めることを期待されて、平成十五年、二〇〇三年四月より第六代の三鷹市長を務めております。
さて、三鷹市の特徴でございますが、昭和二十五年、一九五〇年十一月三日に町から市となりまして、本年、市制施行六十周年目を迎えています。十六・五平方キロに人口は約十八万人。実はさきの二つの町長さんには申し訳ないんですが、三鷹市は、私が市長になってから毎年千人ずつ人口が増えているような動向でございます。予算規模は約一千億円、地方交付税の不交付団体でございます。
全国で初めて公共下水道を一〇〇%普及したことで注目されておりますが、最近では日経新聞・日経地域産業研究所によりますサステナブル都市や行政革新度調査で高い評価をいただいておりますが、なぜ高い評価なのかというところがポイントです。三鷹市民の市民参加、協働の取組が注目されて高い評価をいただいております。もちろん、それを支える行財政改革についても一定の努力はしておりますが、重要なのは市民の活躍でございます。
そこで、コミュニティー再生からコミュニティー創生に向かう三鷹市についてお話をさせていただきます。
三鷹市では、一九七三年十一月に発足しました、最初の住民協議会によるコミュニティーセンターを拠点とするコミュニティーの再生に向けての活動が、その展開を始めてから三十七年の年月が経過しております。
当時、三鷹市において求められましたコミュニティー再生の事例は、まずは、戦後の地縁を基礎とした村社会が崩壊してきて、新たな住民と古くからの住民の融和を図りつつ、地域性と共同性を持つ地域社会をつくることをコミュニティーという言葉で表現したわけでございます。
その後、最近の少子高齢化の急速な進展の中で求められているコミュニティーは、従来モデルとなっていた日本の村社会を知らない若い世代をも含めて目標とされているものでございますので、言わば三鷹市ではコミュニティーの創生を目指す段階に入ってきていると思います。すなわち、地域で共に生き、共に支え合う、新たな共助の仕組みづくりが求められ、三鷹市での取組がなされています。
これから御紹介をする事例は、自助、共助、公助の公の部分は、自治体行政のみが担うことが必ずしも有用ではなく、むしろ課題の当事者のニーズを酌み取り、その解決の在り方にとっては、多様な担い手が参加し合う新しい公共空間が顕在化してきています。
三鷹市では、平成十八年、二〇〇六年四月に三鷹市自治基本条例を定めました。その中身には、参加と協働の理念の取組を明文化しておりまして、地域の多様な主体が力を結集して相互に連携、分担して、住民ニーズに対応した公共サービスの効率的、そして総合的な実現を目指しております。
本日は、三鷹市で実践されております広範なコミュニティー再生にかかわる活動事例を紹介させていただきまして、本調査会のテーマであります「コミュニティの再生」について検討する際のヒントをお示しできれば幸いです。
それでは、幾つか具体的な例を御紹介いたします。
第一点目は、住民協議会によるコミュニティーセンターを拠点とする活動です。
先ほど申し上げましたように、一九七〇年代にこの住民協議会の活動は始まりました。何代も住んできている住民と新しく転居してくる住民との融和を図るためにコミュニティーセンターを開設する。本格的な複合施設の先駆けです。市を七つの住区、これは大体中学校区に相当するのですが、設計段階から市民参加を求め、市民の願いに沿った建物を建設し、施設の管理運営は各住区の公募の個人、団体から成る住民協議会が自主的に行っています。
八〇年代には、コミュニティーカルテやまちづくりプランをつくっていただき、それを多くの計画に反映をしています。また、住民協議会発足当初から創意工夫の事業計画や広報活動をしていただいておりまして、コミュニティー祭り、コミュニティー運動会、子ども・シルバーまつりという世代間の出会いを促進する取組を進めていただいています。
さて、次に子供、子育てを支える地域の活動について御紹介をいたします。
言うまでもなく、公立保育園は働く保護者のためにそもそもは設定されていますが、地域開放事業という家庭保育世帯の相談に対応する取組を強めております。特に公立保育園、保育士、保健師、栄養士等がコミュニティーセンターに出前の絵本とおしゃべりの会を進めたり、公立・私立保育園によるひろば事業は、いわゆる家庭保育世帯にも子育ての不安がない支えです。
また、ファミリーサポート事業は有償市民ボランティアによる子育て支援でございますし、虐待児などを含む子ども家庭支援センターを中心とした要保護児童対策地域協議会の活動も機関連携として有効に働いています。
また、子育て世代を中核とするNPO法人には、子育てねっとの運用を依頼するなどの取組をしています。
特に、私が市長になりましてから始めましたのが、コミュニティースクール型による小中一貫教育の活動です。カリキュラムの検討を始め、モデルとなる第二中学校区で意見交換会を進め、目指す子供像として、二〇〇五年度には、人間力として、生きる力と他者とともに生きていく力を併せ持ったもの、そして社会力、すなわち社会の一員として役割を果たしつつ自己実現を図る力を兼ね備えた子供の育成を目指す教育ビジョンを定めました。
公立学校がこのような理念に基づき、二〇〇六年四月に開設したのが、建物を合築しない方式で一つの中学校と二つの小学校から成る、にしみたか学園の取組でした。その後、二〇〇八年度に三つの学園、二〇〇九年度に三つの学園と、合計七つの中学校区に七つの学園を開園いたしましたが、その取組の大切なポイントは、コミュニティースクール運営委員会の活躍です。
これは、各校ごとに設けられている学校運営協議会と別途、学園として設置をいたしまして、構成員は、保護者、住民協議会、町会、自治会、青少年関係者、そして地域住民の皆様によるものです。まさにコミュニティースクールは、学校は地域のもの、子供たちは地域で守り育てる、その構想の中から進められているものです。安全を守る学校安全推進員、安全安心・市民協働パトロールの取組は、とりわけ保護者の中でおやじの存在を明確化してきたことも特徴です。
さて、高齢者を地域で支える活動としては、地域ケアネットワークの組織化も進めています。先ほど、七つの住民協議会による七つのコミュニティーセンターの活動が、長いもので三十年以上、新しいものでも十年以上であることは三鷹の宝です。医師会、歯科医師会、薬剤師会、民生児童委員、社会福祉協議会、住民協議会の健康福祉部会や町会、自治会等が一緒になって地域で高齢者を見守り、支える取組を始めています。
まだ七つのコミュニティー住区で三つでスタートしたばかりですが、有償ボランティアが行うすき間を埋めるちょこっとサービスが開始されていたり、市で主催をしまして、傾聴ボランティア、認知症サポーター、地域福祉コーディネーターを養成する中で、地域での共助の取組を進めています。さらに、災害時要援護者支援モデル事業を開始しているところですが、老人給食サービスという市民の皆様による給食サービスは、独り住まいや二人住まいが多い三鷹市では大いなる支えになっています。
また、障害者を地域で支える活動も、計画を当事者参加、支援者参加で作る中から強めているところでございます。なお、移送についてはNPO法人みたかハンディキャブが三十年以上の実績を持っています。
それでは、このような取組をしつつ、本調査会の課題でもありますコミュニティーの担い手に対してどのような取組をしているかについて御紹介をいたします。
三鷹市は、幸いなるかな、東京都の市であるにもかかわらず百を超す町会、自治会が健在です。私は、その大切さを思い、がんばる地域応援プロジェクトという市独自の取組を進め、補助金を交付するだけではなく、発表会で実践例を交流しています。また、地域防犯モデル事業で、マンション等集合住宅が町会と出会う取組を進め、安全安心・市民協働パトロールも町会で活躍をしていただいています。
また、コミュニティー再生を目指す多様な担い手につきましては、既存の団体等との協働に加え、新たなNPOの組織化に向けて行政がかかわってきています。一九九九年創立の市が出資しているTMO、タウン・マネジメント・オーガナイゼーション、いわゆるまちづくり会社に活躍してもらい、SOHOやベンチャー、コミュニティービジネスの創業や継続支援をしておりますが、あわせて、農協にも御活躍をいただいて、都市農業を守るために三鷹市立農業公園を開園し、都市農業の継続を進めています。
また、市内外の十五の大学研究機関と市によります三鷹ネットワーク大学を創設し、市民の皆様の課題解決の研究や高度な学習機会を提供しています。
また、観光協会がなかったものですから、三鷹商工会と協力して協会を発足するとともに、このところ不況でございまして商店街も苦しいので、三鷹むらさき商品券という市内共通商品券事業を昨年度一億一千万円、今年度三億三千万円で実施し、商店街の活性化も進めています。
また、市民協働センターを運営するNPOを支援したり緑化推進のためのNPOをつくるなど、私が市長になりましてから、市内の様々な団体、個人が結束できる枠組みとしてNPO法人を多く発足し、指定管理者やあるいは三鷹市と協働で様々なコミュニティーづくりをする活動の担い手になっていただいています。
最後に、担い手に関する課題と解決に向けて申し上げます。
三鷹は、幸いなるかな高齢者の比率は全国平均より下回っていますが、やはり働く世代は仕事に邁進しなければいけない状況の中、様々な組織の役員の高齢化、固定化という問題がないわけではありません。しかし、事業ごとの実行委員会方式や一日あるいは短期間委員になっていく方式を広めたり、事業を固定化してしまうという問題に対しては、継続することの意義を再確認しつつも、新規事業については行政の事業と協働で行いながら、できる限り行政の職員もパートナーとしてかかわっています。
また、他の団体、機関と連携をしていただくことが重要ですので、一つの団体が孤立することがないように行政による情報共有や情報交換の機会を設定し、協働で実施することを支援するような補助金制度などの設置をしています。例えば、がんばる地域応援プロジェクトでは、町会、自治会がNPOと連携することを奨励するために補助金を出すなどの事例でございます。
まとめさせていただきます。
三鷹市は、戦後の高度経済成長の中で、新しく転居してくる市民の皆様と古くから家も十何代も住んでいらっしゃる市民の皆様との出会いがありました。その出会いが相互に尊重し合いながら新しいコミュニティー再生につながるように、行政としては市民参加と協働を進めてきたわけでございます。
参考までに三鷹市自治基本条例の条文や協働についての参考の取組などを紹介させていただきましたが、三鷹市は、このように個人が孤立することなく、子供たちの教育や障害者、高齢者の支え、それを市民の皆様が何らかの役割を担いながら責任を共に持つ、そんな共に支え合う地域社会を創生しているプロセスでございます。
御清聴ありがとうございました。