山内道雄の発言 (少子高齢化・共生社会に関する調査会)
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○参考人(山内道雄君) お答えします。
四つの島があるわけですけど、一つの島に四町村がございました。これはもう、一つの島の中で示されて合併しました。これは私は理想的な合併だと思っております。あと、残る三つの有人島が一つになれよと、別な意味で。私は、島と島との合併というのはなぜかと。いわゆる内航船的には町村組合でやっています。小さい島ながら、それぞれ完結型の島なんです。特徴は、私のところは半農半漁、隣は漁業、そしてもう一つは牛を中心にした農業。そして経済的にも、我々が行き来というよりも、主に松江を中心に、物を買うにしても本土へ向かってのあれで、経済交流というのはほとんどないんですね。
そういう中で、私はどう考えても、十五年の十二月に任意合併協議会を開催しましたけれども、メリットは生かされない。これは私だけではなくて職員も、そしてまた、十四地区あるんで三回回りました。地区の皆さんも、とにかくおまえらだったらやれるからやれと、最後は全部拍手で激励を受けて、もうやろうと。
私の島自身の誇りも、実は流人の島といえども高貴な方がずっと流された島なんだという、海の士というこの字をなくすまいという思いもございました。ただ心意気だけではございませんが、結論からいいますと、私は、やっぱり合併しなかったから、自分たちの島は自分たちで守ろうという、この職員との一体感が、住民との一体感ができたと思っています。
ですから、私は先送りした覚えはございません、合併についても。当時、そういうふうな思いもありました。そして、相当厳しい、上からも来ました、県からも来ました。ですけれども、最後までやっぱりそれは今は通して良かったなと。
周囲の合併した、私も全離島の副会長もした時代がございますけれども、やっぱり中心部に座れといって、これは現実に合併がそうなんですけれども、いわゆる本土と島との合併もございます。ましてや、長崎も私も行ってみたんですけれども、とてもとてもそれはもう初めとは違うんです。
私は、合併は究極の合理化だというふうに理解していましたので、良かったなと、この一体感はそれでできたのだと思っています。