駒崎弘樹の発言 (少子高齢化・共生社会に関する調査会)

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○参考人(駒崎弘樹君) 御質問、ありがとうございました。
 まず、豊洲の新しいおうち保育園で保育者が替わることで不安ではということなんですが、こちらの方、私の説明がちょっと不足しておりましたが、実は保育者は替わりません。
 基本的には担任の先生でずっと一年間見ますが、例えば風邪を引いちゃったとか、時々、例えば何か体調が悪くてお休みしたときに、私どものフローレンスの方から、たくさん保育者がいますので、派遣して代替要員をカバーするというような仕組みになっていますので、通常は三人決まった人が助け合いながら、だけれども、担任の先生として三人の子供を専属で見ています。だけれども、時々お休みしちゃうときには代わりの先生が行くというような仕組みになっているので、そんなにしょっちゅう入れ替わり立ち替わり保育の先生が替わってということではございません。
 一方、先ほど丸川先生がおっしゃられたような、いろんな主体が入るとその責任の主体はどうなるんだと、中にはいいかげんな株式会社があってつぶれちゃって子供があぶれちゃうじゃないかというこの議論は、非常にこの保育業界ではよくあるお話でございます。
 そこで、少し参考にしていただきたいのが医療や介護です。基本的に医療や介護では、保育の世界と違って参入は保育よりはとっても自由です。どこに病院を開業しようといいですし、あるいはデイケアセンターをどこで造ろうとそれ自体は構わないという形になります。しかし、保育の業界では配給制なわけですね。行政がどこに認可保育園を出すか全部決めて、公募して、ここでやってください、このようにやってくださいというふうな形を取ります。
 これは、どっちがいいかという話なんですけれども、現状だと、この配給制がゆえに待機児童というのを生み出しているというような状況において、少しでも待機児童問題を解消するためには、やはり需要と供給のマッチングを効率的に行う必要というのは出てきます。ですので、ある程度の市場原理というのを入れないといけません。
 だけれども、その市場というのがもう完璧に市場だと、お金を持っている人は保育園に入れるけれども持っていない人は入れないというふうになってしまうので、介護や医療のように、準市場という言い方がありますけれども、税金をつぎ込んで、もう値段が決まっていて、ある程度、お金持ちも持っていない方も入れますよというような、いいサービスが受けられますよというような形にする。だけれども、やぶ医者は淘汰されたりとか、あと質の低い介護事業者が淘汰されるような仕組みというものをつくらなくてはいけません。
 ちなみに、保育園というのは、皆さん御存じかと思いますが、第二次大戦で父親を失った、兵隊として父親を失った母子家庭の子供を預かるために生み出された、そういった施設です。ですので、完全に福祉の施設だったんですね。だけれども、一九七〇年代以降共働き世帯数が増え、そしてこの十年間でそれが逆転し、今では働く御家庭の方が当たり前のようにもうなっています。ということは、社会サービスになっています。
 ですから、この社会サービスを支えるためには、ある程度の供給体制というものをきっちりつくらなくてはいけない。だけれども、旧態依然とした保育の業界のままであるということが、これが問題のもう極めて中心にあるところです。
 ですから、私としては、来るべき二十一世紀を支える保育の仕組みというのは、そのような抜本的な改革というものが望まれる。そこにおいて、確かにいろんなところが参入してくるとつぶれるところもあるでしょう。だけれども、それに関するセーフティーネットの法律をきちんと作れば、それは対応可能です。
 例えば、ある事業者がつぶれたとしたら、そうしたらすぐに役所がそれを一時期公立化して運営して、その後、また公募に掛けてそこを民間に手渡していくというような、ある種のスキームが今はないんですね。ですから、あっ、つぶれちゃった、どうしようみたいな感じになってしまう。だけれども、それがスムーズに移行できるような法的整備さえできれば、そうしたことがあったとしても対応可能になるわけです。
 ですから、頭の使い方次第ですというふうに言いたいなというふうに思います。
 最後に、働き方をどう変えるかというようなお話ですが、皆さんも御案内のとおり、労働人口というのは非常に減っております。今から二十年後、二〇三〇年には労働人口は八〇%、今の八〇%までに減少します。これは、十一人でやっていたサッカーを九人でやってほかの諸外国と戦っていきましょうというようなことと同じになるわけですね。
 一方、高齢者、増えております。先ほど介護のお話がありましたが、二〇五〇年には高齢者人口、人口に占める高齢者の割合、四〇%以上になります。人口の半分近くが高齢者になる。同時に、働く人は減っていく。じゃ、社会保障はどうなるんだというような状況になりますよね。
 そうしたときに、一二〇%仕事で打ち込めるというような人しか働けないとなると、これはもはや無理なわけですね。なぜならば、介護も当たり前のものになりますし、また子育てもしなくてはいけない。そうした仕事とXを両立できるような働き方というのが当たり前にならなければ、我々のライフスタイルというのは破綻してしまうというのは既に明白です。ですから、我々は働き方を変えなくてはいけません。
 だけれども、国がそれに明確な政策を打っているかというと、例えば私、一昨年、福田首相に呼んでいただき、社会保障国民会議に出させていただきました。そこで、じゃ、どんな政策が打たれたかというと、カエルキャンペーンということで、カエルのマスコットで、カエルのワッペンとかをここに張ったりして、働き方を変えるというのと早く帰るというのを掛けて、これで国民を啓発していきましょうというようなキャンペーンが内閣府からなされていた。確かにカエルはとてもかわいくていいんですけれども、それで我々の働き方が変わるかというとなかなか厳しいものがあるというふうに思います。
 ですから、今、割と世界的な不況になって下火になってしまっているワーク・ライフ・バランスの議論なんですが、是非、内閣府を中心にしてもう一度その話合いの場、そして有効な政策の場をつくっていただきたいなというふうに思いますし、また、諸外国ではフレキシキュリティー政策、特にデンマークではされています。これは、フレキシビリティーという言葉とセキュリティーという言葉を掛けている政策です。
 どういうことかといいますと、フレキシビリティーというのは、労働条件をフレキシブルにしましょう、つまり解雇というのを容易にできるようにしましょうと。その代わり、失業しても全然オーケー、全然困りませんよ、セキュリティーですね。失業したとしてもきちっと失業者にお金が払われて勉強ができる、あるいはいろんなスキルを身に付けられる、そしてまた労働市場に再参入できるというような政策パッケージがフレキシキュリティー政策というふうに呼ばれていて、北欧などでは取られています。
 日本では、解雇等々の流動性というのは非常に低い、一方で、一度そこから漏れてしまったらセキュリティーがないというような状況になっています。もちろん失業保険はありますが、生活保護も必要とされている人の三割にしか出されていなかったりします。
 そういった意味で、じゃ、労働政策においてどのようなビジョンでいくのかというのをもう一度、いま一度考えていただいて、正社員の雇用をがっちり守ります、確かにいいでしょう。だけれども、それのみだとやはりこの働き方を変えるというところにまでは行きませんので、そこの部分でもう少し柔軟な働き方、具体的に言えば、労働基本法のところにも踏み込んで、ある程度いろんな働き方を包摂するような法体系にしていくというのが非常に重要じゃないかなというふうに思いますので、そこら辺をお考えいただけたらなと思います。
 どうもありがとうございます。

発言情報

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発言者: 駒崎弘樹

speaker_id: 19501

日付: 2010-02-24

院: 参議院

会議名: 少子高齢化・共生社会に関する調査会