家西悟の発言 (少子高齢化・共生社会に関する調査会)
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○家西悟君 民主党の家西悟です。
当調査会ではこれまで、いわゆる少子高齢化時代におけるコミュニティーの役割について、各分野で御活躍されている参考人の方々を多く招き、貴重な御意見や提言をお聞きしながら議論を深めてまいりました。人と社会のつながりを大切にする共生社会の実現、私の意見も一つ加えるならば、命と健康を大切にする社会の実現が求められることを強く感じているところでございます。
今の世の中は生きづらい、特に若い人たちや高齢者の方々にそんな思いをさせていいんでしょうか。
日本経済の景気後退は、顕著になった二〇〇七年十月ごろから始まり、二〇〇八年九月のリーマン・ショックで急降下しました。戦後最悪の不況に陥った日本経済を立て直さなければならないとみんなが考えているのではないでしょうか。
なかなか良くならない経済状況の中で、リストラや生活不安など雇用状況の不安定な中で、人と社会のつながりを大切にする共生社会の実現といっても国民からは相手にされません。人と社会のつながりを大切にする共生社会の実現が、情緒的にならず、そのことを希望や夢だけに終わらせるのではなく、是非実現させるんだという強い思いでいっぱいです。
私の尊敬する田名部会長の下で、しっかりと当調査会の御提言をまとめていただきたいと思います。
私の実体験を一つ述べさせていただきます。
私のコミュニティーは病院の待合室から生まれました。生まれながらの病である血友病の治療のために、幼いころより病院通いを通し、二時間、三時間、待合室のソファーで治療の順番をひたすら待つという生活でした。専門病院に通っていると、内出血ではれ上がった関節を見て、痛そうやなという話が始まります。お互い言われて、大変痛い、そうやろうな、それだけはれていたら痛いやろうななどと子供らしい邪気のない会話が始まり、何度か通ううちに仲間ができてきました。
こうした交流は、子供たちだけではなく、親同士にもありました。病気のこと、家庭のことの苦労話、経済的に大変なことなど、我々子供は痛さにこらえてひたすら待っているのですが、親同士は話が尽きません。
治療は病院に朝早く出かけていくのですが、治療が終わるころには午後を回り、場合によっては夕方近くになる。そして、時には長い入院生活をしなければなりませんでした。そうした中で、病院の医師などを巻き込んだネットワークが広がり、病院を超えた地域、自治体、国への働きかけなど、患者のネットワークが生まれていきました。
四十年以上前になりますが、血友病友の会はそんなふうにして生まれてきました。そして、私たちは医療費の問題やいろんなことを言いながら、そして経済的な苦しい立場をお互いに共有するということで共有をしていったというのが当時の状況であったということを一つお話を申し上げておきたいと思います。
少し話が長くなりましたが、そんな中でコミュニティーは私は生まれてくるんだというふうに思うわけです。
そんな体験を通じて、総論といいますと、東京三鷹市の清原市長が参考人として述べられた、地縁を基礎とした村社会が崩壊する中で、新旧の住民の融和を図りつつ、地域性と共同性を持つ地域社会をつくることがコミュニティーという言葉の意味に込められていました。
現在は、少子高齢化の急速な進展の中、村社会を知らない世代も包含した新しいコミュニティーの創生、すなわち、地域で共に生き、共に支え合う、新たな共助の仕組みづくりが求められているという認識から、新しいコミュニティーづくりの実践を深く見ていきたいと思います。
自治体を始め個人、NPOなど先進的な取組を進めているところにどのような国の支援があればいいのか、政治や国の果たすべき役割は何なのかを考えるべきです。
一方で、せっかくの政策や補助金に代表される支援が活動の手かせ足かせになり、身動きが取れないこともあります。各地域で頑張って地域の再生や、また子育てや高齢者の支援などに取り組んでいる団体の方や個人の方々が燃え尽き症候群にならないようにすべきではないでしょうか。また、子育てや高齢者の支援は、何か上からこうだというような画一的な仕組みや哲学を押し付けるようなことがないように望みます。
そのことを踏まえて国や政治が下支えをする、そんな仕組みをつくり上げることだと考えます。全国各地で先進的、献身的に取り組んでいる個人や団体の方から余計なおせっかいだと言われることのないような取組が私は必要ではないかと考えているところでございます。
私の意見としては以上であります。ありがとうございました。