赤松正雄の発言 (外務委員会)
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○赤松(正)委員 こういう、とっさに聞かれたときというのは、日ごろの思っておられる部分が出てくるはずなんですが、余り出てこなかったということは、余り深く思っておられないんじゃないかなというふうに思いました。
私は、実は韓国には行ったことがありません。正直、行けない。それについては、まさにいろいろな思いがあるわけですけれども。
今、例えば御厨貴さんが、震災後、戦後ではなくて、これからは日本は災後、震災後だ、そういう言い回しというか言葉遣いということがこれから使われるだろうという意味合いのことを言っていますよね。つまり、戦後は終わった。日本発の物の考え方という場合において、ここから先は震災後だというふうな、震災にかなり思いを注入した上での発言だろうと思うんです。
私は、これも先般来言っておりますように、対ロシアとの関係においても、この震災というものをてこにして日ロ関係をよくしていくという側面があるのと、一方で北方領土という、昭和二十年八月十五日から九月二日までの間になされたことというものも絶対忘れちゃいけないという部分で、多重的な外交なんですけれども、最小必要限二面性というものは必要だということを申し上げてきました。韓国を初めとする近隣の国々、中国等においても同じことは言えるだろうと思うんですね。
つまり、日本は震災後、国内政治的に見ればそういう側面が非常に強くなってきますが、対外的な側面では、ますますというか、戦後というものは全然終わっていない。常にそういう意識を持っていかなくちゃいけない。戦後六十五年ですが、私は、少なくとも百年は、さきの大戦以降のものというのは引きずらなくちゃいけないというふうに思っているんです。
そういう観点で、私の個人的な観点から言えば、対朝鮮半島の問題についてはやはり贖罪意識というものがかなり、個人的にはですよ、あって、元気いっぱい韓国に行くことはできないというのが個人的な思いであります。
そういうことを冒頭で少し申し上げさせていただいて、この日韓図書協定の問題に入るわけですが、ちょっと先ほど来の、私までの同僚委員との質問のやりとりを聞いていまして、少し私が考えていたことと違うのかなという印象を受けたのは、大臣が、未来志向、そして自発的措置と。この日韓図書協定を結んだその背景として、未来志向の日韓関係、そしてこれは自発的措置なんだ、こういうふうに言われたんです。こういう側面ももちろんあるんだろうと思うんですが、ちょっと私が違和感を持ったということを、今からやりとりの中で明らかにしていきたいと思うんです。
その前に、昭和四十年、日韓の間に基本条約というのが結ばれた。一九六五年。この日韓基本条約で、今日まで日本政府、政権は交代しましたけれども、私が沖縄の問題で、要するに、沖縄の問題で地位協定をめぐって、政権政党の思いは変わったけれども、外務省は変わっていないという話をしました。
同じように、日韓図書協定という問題についても、基本的には昭和四十年の日韓基本条約で、日韓におけるそういう図書をめぐるやりとりというものについては決着済みだという観点で、過去の自民党政権、あるいは自民党と公明党の政権の間についてはすべて決着済みだとしていたのに、なぜ今回は、決着済みを改めて、引き渡しという観点に変わったのか。
引き渡しをする、従来の日韓基本条約で決着済みとしてきた物の考え方を今回変えたということについて、なぜ変えたのかの理由として、未来志向、自発的措置だけでは十分でないように思うんですけれども、いかがでしょうか。