但木敬一の発言 (法務委員会)

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○但木参考人 参考人の但木と申します。
 取り調べというものが日本の安全とか安心を維持する上で非常に大きな役割を果たしてきたということは事実であると思います。
 我が国におきましては、警察官あるいは検察官が被疑者とじっくり信頼関係を構築して、言ってみれば犯人の口から直接犯罪事実について聞き出すということを非常に重視してまいりました。被疑者の方も、検察官あるいは警察官という取り調べ官に対して、その人の人格なりなんなりに共鳴して、自分たちの生い立ちやその事件に至る契機、動機、その犯行の態様あるいは事後の様子まで詳しく述べてくれたわけであります。ある意味、国民は、そうして犯人がすべてのことを打ち明けてくれて、その上で公正な裁判がなされることを理想としてきたところがあったように思います。裁判所も、そういう詳細な事実を記した供述調書をもとにして詳細な事実認定をして、有罪か無罪か、有罪であるとすればどれだけの刑に服させるべきか、それを判断してまいったわけであります。
 その意味で、日本の刑事訴訟法というのは非常に精緻な精密司法と言われてきたわけでございます。それはそれで本当にすばらしい面を持っておりまして、検挙率も非常に高いですし、有罪率も極めて高い。検事は、言ってみれば戦前の予審判事として、有罪にならないような事件は起訴しない。それによって、ある程度被疑者の被告人になる不利益というのを排除してきたというところもあったように思います。
 ただ、今般の大阪の事件を見ますと、そうした日本の独特の刑事訴訟法の発展の中でやはり忘れてきた部分があるのではないか、それはやはりここで大転換せざるを得ないときが来たのかなというのが正直なところであります。
 この事件の発端は、多分、その大阪地検の上司が、部下に対して、証拠上の確かな根拠なく、当時の中央官庁の局長であった村木さんをターゲットに定めたところから問題が生じたろうと思っております。そこには、本来、大きな社会的強者に対する犯罪を捜査して、それを起訴し、有罪にすることによって多くの国民の共感を得る、それによってメディアからも称賛される、それを自分の喜びとする、それ自体を悪とは言えないと思うんですが、ただ、それが進みますと、どうしても、むしろその喝采してもらうこと自体に一つの自己目的が生まれてくる危険があったんだなというふうに思っております。
 その指示に基づきまして、主任検事が部下に、その上司の命に従った方向で調書をとるように指示するわけですが、これも非常に大きな問題で、この主任検事はそれと反する客観的証拠があることを知りながら、それを言ってみれば軽視する形で部下に捜査を命じる。部下の方も、本来は検察官それぞれ独立ですから、自分がきちんと調べて真実を言わせて、真実に従った調書をとるべきであるのに、結論ありきということで調書をそろえるようなことをしてしまった。これはまことに痛恨のきわみでありますが、検察の抱えている現在の非常に大きな問題を投げかけているのかなというふうに思っております。
 そして、真実というのは本来真実であるべきなのに、あたかも検事の調書にとられたことが真実であるように思い込んでしまうという、これは一つの検察官の独断、独善ではないかな、そういう問題もこの事件の中にはやはり含まれているなというふうに思っております。
 そういう意味で、そのほかの問題を含めて、この事件が大阪地検特捜の偶然の、また単なる一事件だというわけにはいかないだろうと思っております。検察が持っているさまざまな問題点がこの事件によってたまたま外へ出てきたんだと。体質の問題としては、やはりそういう事件を引き起こしてしまう体質が検察の中にあるのではないかなと。やはりそれを根本的に改めることが今回の事件を真に反省することであり、また検察がよって立つ国民の信頼を回復させる唯一の道であるように思っております。
 時間の関係がありますので、だんだん結論を言わなければならない時間になってしまいましたが、私は、日本の刑事訴訟法が異常な発達を遂げた、それは必ずしも悪いことではなかったと思います。しかし、それが行き過ぎることによって、結局、検事調書中心の裁判というものを異常に発達させてきた。
 ですから、例えば重要な検事調書が不同意になりますと、その検事調書の供述者の証人尋問が終わるまでは保釈はしないというような、そういういろいろな派生的な問題も生じてくるわけでございます。大きな問題としては、捜査官というのが調書に過度に依存する今の状態からは、やはり脱していかなきゃいけないと思っております。
 それから、裁判所も、今までのように自分の家にその記録を持ち帰って検事調書を丹念に読んで、そこで有罪無罪の心証を得るんじゃなくて、公判において証言をさせ、供述を得、また証拠をいろいろ提出させて、公判の場で、つまり国民が見ている場で審理を進め、そして判断をしていかなくちゃならない、そういう時代に入ってきたのではないか。その意味で、私は、今回の事件を契機に日本の刑事手続が抜本的に変わるべきであるというふうに思っております。
 以上です。(拍手)

発言情報

speech_id: 117705206X01220110518_002

発言者: 但木敬一

speaker_id: 34260

日付: 2011-05-18

院: 衆議院

会議名: 法務委員会