江崎孝の発言 (決算委員会)
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○江崎孝君 是非やっていただきたいし、これは日本の全ての原発が、地震等の被害というのはこれはもう密接にかかわってくるわけですから、私はこれはやるべきだろうと思いますので、是非大臣のお力でやっていただいて、最悪の対策というのを一方で用意しておく、是非お願いをしたい、このように思います。
班目原子力安全委員会の委員長の静岡地裁での浜岡原発差止め訴訟での発言は極めて有名な話で、今出ています。私もその速記録を取り寄せました。その中に、非常用ディーゼルが二台動かなくても、通常運転中だったら何も起きません。ですから、非常用ディーゼルが二台同時に壊れていろいろな問題が起こるためには、そのほかにもあれもこれも起こる、あれも起こる、これも起こる、仮定の上に何個も重ねて初めて大事故に至るわけで、だから、そういうときに非常用ディーゼル二個の破壊も考えましょう、こう考えましょうと言っていると、これも可能性ちょっとある、これもちょっと可能性がある、そういうものを全部組み合わせていったら物なんて絶対造れませんよ、だからどこかで割り切るんですと。こういう発言をされています。
この発言を聞かれてどう思われるかということなんですけれども、裁判は二〇〇七年です。
これは、実は二〇〇七年だったら班目現委員長だけのお考えではなかったと私も思います。ほとんどの方が、全てのここにいらっしゃる方もひょっとしたらそういう考え方であったのではないのかと。産業界はもとより、専門家も政治家もマスコミも、原子力に関する全ての皆さんの思いの中心が今のような考え方であったのではないのかと私は推察をいたします。
最悪の事態を想定すれば物は造れない、だからどこかで割り切る、最悪の事態のレベルを下げてしまう、それ以上のことは想定外だ、これが我が国の原子力発電の安全神話をつくり上げていった。安全だから過酷事故はあり得ないのだから規制の中には入れない、安全だから原発の事故は起きない、安全だから市民に対する安全対策は適当でよい、安全なんだから市民に不安を与える情報は極力出さなくてよいと。こういうのは意外と行政の中にあるんですけれども、我々は三月十一日に経験をしたわけですから、それであってはならないと私は考えています。班目さんのこの発言を振り返ると、何と無責任だったのかというふうに思えるのは、恐らく三月十一日を経験をしたからであります。
私は、原子力発電所、いまだ頼らざるを得ない、このように思っています。しかし、国民の多くは原子力発電からなるべく自然エネルギーに早い段階で切り替えていくんだと、こういう思いが大勢を占めてきているのではないでしょうか。
最後に大臣にお聞きします。
こういう思いがあって、そしてこういう今の歴史的な流れがあって、三・一一が起きた。そして、これからの国民の思いを考えると、やはりゼロベースで安全を考えていく。安全神話を崩して、過酷事故に対してしっかりとした目線を持って対応していく、これが必要だろうと。これは全ての政治家に求められているものだろうと思います。
最後にその決意を是非お聞かせください。