那谷屋正義の発言 (決算委員会)
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○那谷屋正義君 ありがとうございます。
私の生まれ故郷は横浜でありますけれども、少子化の中にあって、この横浜市はいまだに学校が新設で増えているという状況がありますけれども、その新設校を造るときに、実は、もしかしたらいずれ廃校になるかもしれないという、そういったことを見越して、いわゆるその後、例えばそのまま介護施設にするだとか、そういうことを想定した設計をして学校を造っているというふうなこともございますので、これは今までのものだけでなくて、今後もこうしたいわゆる活用されないまま放置されるということのないことが今からやっておく必要もあるのではないかなということでありますので、様々な御検討いただきたいと思います。よろしくお願いします。
今、文科大臣の方から、震災で、要するに被災地のところの学校でも耐震化がなされているところでは避難所として有効に活用されることが望まれる、期待されるというか、あるいはそうしているというふうなお話があったかと思いますけれども、この震災の件についてこれから少しお尋ねをしていきたいと思いますけれども。
先日、岩手県の方に行ってまいりました。そこでいろいろと海岸沿いを見たり、あるいはいろいろお話を伺ったりすると、大震災以前からあの岩手県の沿岸部の学校は避難訓練の一つとして津波に対するものが行われていたと。避難訓練のときには必ず子供たちを集め、そして実際に避難するところまで逃げるという、避難するという、そういうところまでやっていたそうですけれども。あの日はその訓練が非常に生きて、ただし、ふだん逃げる山だとこの津波の状況ではまずいという判断があって、もう一つ反対側の山に逃げたところ皆さんの命が救われたという、そういうある意味ミラクル的なことが起こった。でも、これも全てやっぱり日ごろから訓練をしているということが非常に大事だと、だからこそ生まれ得るものなんだろうというふうにも思いますので、これは言ってみれば、防災ということよりも、ある意味その災難を少しでも減らすための減災というふうなものにつながっていく。
もう一つその減災ということで言うならば、これもまた先日神戸に行ってきたんですけれども、神戸市と宮城の仙台市が今回この震災の関係で姉妹都市というか、そういうふうなうまく協力関係を結んでいるところなんですが、仙台の小学校の六年生が神戸市の教育委員会の前で挨拶をしたと。そのときの挨拶が、これ小学校六年生がしたんですけれども、私たちは、阪神・淡路大震災で大変な被害に遭ったこの神戸市の今のこの復旧復興の状況というものをしっかりと目に焼き付けていきたい、そして私たちが地元仙台に帰ったときには、私たちがこの焼き付けたものをしっかりと地元の復旧復興に生かせるよう頑張りたいという、こういう決意をしたというんですね。
これは、中には両親を亡くしたり身内を亡くしたりする方たちがいて精神的に相当ダメージを受けている子供たちもいる中で、こういう発言というのは非常に力強い。まさに減災というもののこれから中核になっていくのは小学校の高学年であり中学生でありというふうなことがこのことからも分かるのではないかなというふうに思うわけでありますけれども。
それにつけても、この防災教育、そして減災というふうなものを考えるときに、津波の避難訓練というのは実はほかのところでは余りされていません。しかし、いつ起こるか分からない様々な地震ということを考えたときにはやはり津波の避難訓練というのも十分やっておく必要があると、こういうふうに思うわけでありますけれども、今後、地震、津波に対する減災という観点も含めた防災教育の充実をどのように全国的に展開をするおつもりがあるのかということについてお尋ねをしたいと思います。