郷原信郎の発言 (行政監視委員会)
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○参考人(郷原信郎君) 大変傾聴に値する御見解だと思ってお聞きしておりました。今の司法、とりわけ検察の捜査ないし処分に様々な問題があることは御承知のとおりだと思いますし、足利事件というのは、一つの殺人事件をめぐって冤罪というこの社会の中で何とかして防止しなければいけない重大な問題が生じてしまった事件だと思います。
問題は、そういう冤罪、そしてその一方で、検挙されるべき真犯人が検挙されていないという、検察の捜査ないし処分が適切に機能していないと考えられる場合に、それじゃ他の行政庁である総務省の行政監察がどのような機能を果たすべきかということなんですが、先ほども申しましたように、検察の行政としての性格にはやや特殊な面があります。一つ一つの個別の事件の捜査、処分は、基本的にその検察内部で、検察が組織として独立して判断することがこれまで善と、それが正しいこととされてきました。それに対するチェックというのは、まず第一次的には、法務省の中の、法務大臣の権限によって、十四条の法務大臣の指揮権というのが元々用意されているんですが、その指揮権すら、先ほど来申しております検察の権限行使の独立性、外部からの介入を排除すべきだという世の中の受け止め方、マスコミの論調などによって余り十分に機能してこなかったというのが実情です。まず、個別の処分について世の中全体がそうやって検察が独立して判断することを善と認めてきたこと自体をどうしていくのかという枠組みづくりが重要だと思います。
やはり検察官も人の子ですから間違うこともありますし、一旦間違った方向で判断をしたときにそれをどうやって是正していくのかということに関して、その組織内部のチェックが十分に働かないことはあり得ます。そういう組織としての危険性がいろんなところにあることは確かですし、昨年の秋の村木事件というのもまさにそれが顕在化した問題です。そういった組織の内部におけるチェックが働きにくい、そういうような問題についてどういうふうなチェックを働かせていくのかという仕組みづくりを行っていくということをまずやるべきだと思いますし、そういったことを通して、なぜ足利事件において適切に、それまでの捜査が誤っていたのであればそれを積極的に見直してみる、やり直してみるということが行われないのかという原因を考えていくべきではないかと思います。
そういう意味で、一つ一つの事件にストレートに総務省の側から調査して介入していくという行政監察の在り方よりも、適切な検察権の行使のシステムを確保していくことに向けての行政の監視というのは今後もっともっと見直されていいんじゃないかと思っております。