北澤宏一の発言 (環境委員会)
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○北澤参考人 北澤でございます。
本日は、私は民間事故調の委員長をやらせていただいたということでこちらにお呼びいただいているかというふうに思いますけれども、規制庁との関係も考えて、二点お話ししたいと思います。
こういう横長の資料を一枚だけ、皆さんのお手元にお配りしているかと思います。
それで、私が申し上げたい二点は、一番目は、なぜあのような大きな事故になってしまったのかということの調査結果から学ぶことであります。第二は、なぜ事故対策ができていなかったのかということに関して、規制庁とのかかわりでどういうことが考えられるかということを申し上げたいというふうに思います。
この民間事故調といいますのは、一番下に書きましたけれども、日本再建イニシアティブ財団というところが新たにできまして、そこは、原子力、電力関係の企業からは寄附金をもらわないということで設立された財団なんですけれども、そこが中立を保って、国会の事故調それから政府の事故調、東電の事故調とは独立に調査、検証するんだということで、私も協力させていただいたわけであります。
それで、この事故調は全く権限がございませんでしたので、多くの方々から、そんな何の権限もない事故調に一体何が調べられるんだというふうに言われました。私もそう思っておりました。しかし、民主主義の国において民間の事故調がこのような大きな事故が起こったときには活動するというのは、民主主義国の責任でもあり特権でもあるというふうに言うことができるかと思います。
スリーマイルアイランドの事故が起きた三十年前にアメリカでも民間の事故調もできて、二十年後にまだそれを検証する本が出版されるというような感じで、スリーマイルアイランドの事故、これは福島に比べればはるかに小さな事故でありましたけれども、非常に大きなショックを持って迎えられたわけであります。
そういうことで、三月十一日の一周年までに私どもは報告書を出すことができました。それで、約三百人の方をヒアリングさせていただいて、三十人のワーキンググループ、これは若い人たちですけれども、彼らがヒアリングをして、その結果をまとめたわけであります。
この民間事故調の報告書といいますのは二千部ほど刷らせていただきまして、報道陣の報道によってその日のうちにあっという間にあちこちから問い合わせがありまして、すぐにはけてしまったというようなことがありました。ただし、民間事故調にはお金もないということで、仕方なく、市販本としてその後十日間のうちに印刷してもらって、出すことにさせていただきました。本屋さんの名前をつけただけで、報告書を全くそのまま市販本として出させていただいて、アマゾン・ドットコムの調査では、それが二週間ぐらいのうちにベストセラーになったということであります。
私どもの印象としましては、こういう報告書などというものを一般の方々が何万部も買ってくださるということは、日本の国民がいかに関心を持っているかということであったというふうに思っております。
そういう中から、きょう、二点ちょっとお話しさせていただきたいんです。
まず第一点は、なぜあのような大きな事故になってしまったのかということに関してでありますけれども、これは一言で申し上げれば、大量の放射能の源が過密に配置されていたということであります。つまり、量が多かったということと、過密配置であったというこの二点。ですから、この二点が今後も直らない限りにおいては、また大きな事故が起きる可能性を抱えているということであります。
それで、過密に配置されていると事故対策の活動が阻害されるんですけれども、それは、瓦れきが飛ぶ距離、それから、放射能レベルがベントなんかをしたときに上がってしまう距離の中に第二の原子炉があったり第二の放射能の源が配置されていると、そこへ近づけなくなってしまう。
それで、原子炉というのは、実は、人間がそこに手を加え続けないと暴れ出してしまう、そういう存在であったということであります。これは多くの方々が御存じないし、私自身も知りませんでした。つまり、ほっぽっておいたら原子炉というのは黙っていないということであります。
それはどういうことかといいますと、燃料棒から大量の放射能が出てくる。その放射能というのは大きなエネルギーを持っている粒子のことでありますので、大きなそのエネルギーというのが自分自身を加熱してしまって、熱くなって溶けてしまう。そうすると、そこから放射能がさらに出てきてしまう。そういう問題であります。
そのために冷やし続けなければならないわけですけれども、それが、人間が近づけなくなってしまうとできなくなってしまう。電源があれば自動的に遠隔操作できるわけでありますけれども、それができなくなった、電源が全て喪失してしまったというのが今回の福島の事故でありました。
それで、そのために事故が次々と拡大していくわけでありますけれども、余りにも過密に配置されていたということが、第一に我々が学ばなければならないことであるというふうに思います。
実は、福島の事故というのは、安全か安全じゃないかという、ゼロか一では決してありません。ゼロに限りなく近い事故もあるし、一に限りなく近い事故といいますか、うんと大きな事故もあり得るわけでありまして、ゼロか一では決してない。
ですから、今後も、安全か安全じゃないかという問いに関しては、答えることはできない問題であります。この程度に危険である、この程度に安全であるというそういう答え方になりますので、それともう一つ、なぜつくらなければならないのか、なぜ稼働させなければならないかということとのバランスで物事が決まっていく、そういう問題であるというわけであります。
したがいまして、どれだけ大きな事故が起きるのかというこの源を少しでも少なくするというこの問題というのは、これから非常に大きな問題だと思います。
なぜそんなに大量の放射能源が置かれているのかということなんですけれども、それは、使用済み核燃料をどこにも持っていけないという、この問題があるということであります。この問題がある限りは、原子炉は非常に危険な量の放射能を自分の建物の中に抱えておかなければならない、そういうことであります。これはよくトイレのないマンションであるというふうに原子炉が言われるのは、そういうことを表現しているというのがまず第一点であります。
第二点。その事故が〇・一でとまるのか、〇・三までいっちゃうのか、〇・五までいくのかというのは、事故が起こり始めてからの対策がどれだけ準備されていたかということによって決まります。残念ながら今回は、電源が失われて、そこから後の対策は実はほとんど立てられていなかったということが、私たちの調査でもわかっております。
どういうことかと考えてみますと、それは、電源が失われると、いろいろなことをマニュアルでやらなければ、手動でやらなければならないことになるわけであります。そうしますと、ふだん、自動で、遠隔操作でスイッチを押せばいろいろなことができるようになっているわけですけれども、それを全部手動でやらなければならない。では、一体、バルブとかそういったものがどこにあるのかというようなことがふだん訓練ができていないと、それは緊急時にはできないということになります。
ですから、一番最初の日、それから翌日、翌々日、そのころの福島第一のテレビに出てくる様子を見ると、非常にもたもたしているふうに見えました。
なぜかといいますと、やはりどうしていいかわからない。ではこうしようと言って、これは非常に泥縄的なことになるんですけれども、これをやってみる、やってみようと言って行くと、どこにあるかわからないというようなそういったことが続いていくわけであります。それで、探してそこにたどり着いてみると、もう放射能レベルが上がってしまっていて近づけない。
そして次に、では電源車を、電池をたくさん積んだものを持ってこようというようなことを考えても、それをどうやってつないでいいかわからない。あるいは、消防ポンプがやってきても、どうやって水を入れたらいいかそこが考えていなかったというようなことで、いろいろなことを対策を立てるんですけれども、私たちの報告書ではこれを、泥縄的な対策がいろいろ行われたというような書き方になっておりますが、それは今申し上げたようなことを意味します。そういうことのために、もはや手おくれという状況になってしまうわけであります。
それで、最初申し上げましたように、原子炉はとにかく燃料棒を冷やしていないと放射能が漏れるようにだんだんなっていってしまう、そういう問題でありました。ですから、なるべく早くいつ冷やせるかということが最も大事なことであったわけでありますけれども、それが今回できなかった。
これが、そこに書きましたように、推進、規制両方の組織的な怠慢によってそれが起こっていた、しかもそこにはおごりがあったというふうに、ちょっと厳しい口調で我々の報告書に書かれております。
このおごりとは何を意味するかということなんですけれども、実は、スリーマイルアイランドの事故が三十年前、チェルノブイリの事故が二十五年前にあったわけでありますけれども、海外はそれに非常に恐れをなして、いろいろな事故の対策というのを立てたわけであります。日本は、事故は起きないということのもとにその対策を立てなかった。日本は、原子力の技術は最もすぐれていて安全だというふうに、海外が対策を立てるときに、日本国内でそういうふうに言っていたということであります。
これは一番下から二行目に書いてありますけれども、日本では安全神話というものができて、その安全神話によって、規制側及び推進側も自分たち自身の手を縛ることになってしまった。なぜかと申しますと、一〇〇%安全であると言い張ったわけであります、これが安全神話なんですけれども、そうしますと、一〇〇%安全なものにそれ以上の安全はない、そういう論理ができていってしまうわけであります。
ほかの国は、安全性がまだ不十分だからということでいろいろな対策を立てて、遠くの方からぐるぐるとベントのバルブを回したり、そういったことができるようにいろいろな改造を加えていくわけでありますけれども、日本はやらなかった。なぜやらなかったか。一〇〇%安全だからというふうに言い張るからであります。そうすると、何の対策も立てられない。対策を立てようとすると、では一〇〇%安全じゃなかったんですねと言われてしまう、この問題であります。
そのために、一〇〇%安全だと言えば言うほど安全対策はできなくなっていってしまうということがこの三十年間起こっていた、その実態があったということを民間事故調は強調いたしました。そして、日本の技術はすぐれているというふうに言うことによって、一〇〇%安全ということをサポートするような言い方になっていたわけであります。
このことは、日本だけがなぜそんなガラパゴス化したようなそういう状況を迎えたのかということなんですけれども、これは、個々人が空気を読むという、そういう日本のこれはいい風土でもありますけれども、安全に対してもうからない規制をやらなければならないというこの原子力の特殊性、そういう分野においては、お互いに空気を読んで、規制側は推進側が困らないように、こういう形で今までの規制は行われていた。私たちはそれを、組織的な問題があったというふうに考えております。
したがいまして、組織及び法律によってそういう空気を読む、そういう雰囲気のもとで規制が行われ安全対策が考えられるようなそういう原子力行政では、今後も同じことが発生するということを申し上げたいと思います。
そうしますと、なぜ、空気を読む、そういう土壌ができてしまうのかというのが最後の問題になるわけでありますけれども、これは、先ほど木村先生のお話にも出てきましたけれども、ノーリターンルールとか、その辺のことが非常に大きな問題になる。
特に、日本では永久雇用システムのようなものが定着しておりますから、自分がいつ、どこに帰っていくのかという帰巣本能みたいなものが、これは公務員を初めいろいろな人たちにあります。私たちにもあります。
その帰巣本能、最後に戻っていく先というんですか、そういうものがあるために、そこに不都合になるようなことを、今自分が規制側にいてもやることができないというこの問題であります。
そのことを、今後、規制の組織をつくり、法律をおつくりになられるときには、ノーリターンルールというのはそういうことから出てきてはいますけれども、では、どこの巣に帰っていったらいいのかということまで考えないと、このノーリターンルールというのは実効が出てこないということになるかというふうに思います。
以上のことを申し上げまして、私のプレゼンテーションを終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。(拍手)