加藤秀治郎の発言 (政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会)

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○加藤参考人 東洋大学の加藤です。
 日ごろ、選挙制度については言いたいことがたくさんありましたので、きょうはお呼びいただいて大変ありがたく存じております。
 まず、私が一番最初に申し上げたいのは、選挙制度については、日本で非常にたくさんの非常識なことが平然と語られているということであります。
 まず大きな一番の特徴は、統治システムとの関係が非常に重要で、その中で選挙制度を位置づけるということを考えなければいけないんですが、継ぎはぎの議論を平気でやるという風潮がどうもあるようであります。
 それで、簡単な例からいきますと、まず誤解ですが、死に票という言葉がございますが、これは日本では落選した候補への投票というふうに理解されておりますが、とり過ぎた票も死に票ではないかというのが外国での一般的な議論でございます。市町村選挙がいいかと思いますが、トップの候補が非常にとりますが、それはとり過ぎた票が議席につながらないではないかというようなことであります。
 次は二党制ですが、日本では、二大政党制と言われるために、二党が伯仲していないと二大政党ではないというような理解が広くなされておりますけれども、政権交代の可能性が重要なのでして、一回一回の議席の差はつくものでございます。
 あとは、少数代表制という言葉が学術用語としてありまして、中選挙区制のように少数の代表も送れるようにという言葉でありますが、これは戦前、東京帝大の野村淳治がつくりました造語でございまして、外国の文献には全くありません。したがって、選挙制度を議論するときは、基本は、比例代表なのか、小選挙区のように多数を代表する多数代表なのかという点を押さえていただきたいと思います。
 もう一つが、選挙制度というと、それぞれが利害得失があってどれも決定的ではないというようなことを語りますが、これは今回の議論でぜひやめていただきたい。それぞれ考えがあって、これがいい、あれがいいと言っているのでありまして、理念のない選挙制度論にならないようにしていただきたいということであります。
 その点で、例えば二十世紀のスペインの哲学者オルテガの言葉を引かせていただきますと、民主政治は、一つの取るに足りない技術的細目にその健全さを左右される、選挙制度が適切なら何もかもうまくいく、そうでなければ何もかもだめになる。選挙制度が適切なら何もかもうまくいく、そうでなければ何もかもだめになるというのですが、日本は戦前から戦後にかけて、中選挙区制という日本で考えられた制度をやってきましたが、それがいろいろな不適切なところを生んでいるわけでありまして、その点のことをよく考えて議論をしていただきたいなと思います。
 現在、身を切る改革ということで定数の削減に話が行っておりますが、やはり基本で押さえるべき点がたくさんありますので、その点は軽視しないで議論していただきたいと思います。
 それで、先ほど申し上げました統治システムでありますが、アメリカとイギリスのことがよく言及されますが、これは物すごく違うものでございまして、日本ではこの両者の違いをかなり簡単に考え過ぎの傾向がございます。大統領制、議院内閣制の違いは御承知のとおりですが、そこのもとにおいての議会というのは全く違うものでございます。
 議会というのを立法府と訳しますと、立法府なんだから立法をしろというふうな議論に行きますが、イギリスは、そういう立法府的なイメージからは大きく外れる議会でございます。与党が内閣として官僚の協力を得て出す法案を野党は批判する。討論さえすればいいので、そこで何か実際の立法を議員自体が担わなければいけないということをほとんど考えていない制度であります。
 日本では、立法府なのだから議員が法案をつくれ、議員が修正をしろということを言いますが、現在の日本の国会の周辺の補助スタッフからいいまして、これはほとんど不可能というか極めて難しいことを、立法府なのだからということで議論しているように思われてなりません。
 ですから、日本はどちらを目指すのか、その点をはっきりしまして、アメリカのように、立法作業を議会がするんでしたら、そのように選挙制度も考える。それで、党の役割がそう大きくありませんから、そうでしたら比例代表とかそういう制度も可能かと思いますが、イギリスのようにやりたいのでしたら、安定政権の創出は極めて重要ですから、小選挙区制などを中心にするというのは自然なことかと思います。
 それで、選挙制度の基本的な知識ですが、多数代表と比例代表とありますが、多数代表制を日本では小選挙区制と言っておりますが、それで間違いではありませんが、そのことが、一人選ぶ場合以外のときにどうなるかが極めて大きな問題になっています。
 それぞれ代表的な論者がいまして、小選挙区のような多数代表制ではウォルター・バジョット、日本では戦前、吉野作造が極めて立派な議論をしております。比例代表制については、J・S・ミルと、戦前では美濃部達吉が唱えておりました。
 この両者を考えますと、戦後の日本の議論は極めて恥ずかしいような議論が展開されてきているように思います。日本では理念の空疎な制度が続いてきまして、外国では、日本だけがやっているものですから、そういうものはジャパニーズ・システムだということでございます。
 先ほどちょっと申し上げましたが、地方議員選挙は極めてでたらめでございます。参議院の選挙区選挙というのもでたらめというか、これも名前だけは選挙区選挙となっておりますが、改選一の激烈な激しい競争をする小選挙区制もあれば、複数の定数のところで単記制で投票するために、二人区などは、民主党と自民党が投票する前からほぼ決まっているようなことでございます。こういうことでは問題かと思います。
 それで、少数代表制については山県有朋が導入した議論で、山県有朋というのは、戦前、政党というものが出てくることを極めて敵視した政治家でありまして、そういう人が考えた制度、それを復活していいものかということであります。
 日本では、選挙制度を変えまして二十年近くたちますが、今、公然と中選挙区制復活論があるのは、私などからいいますととても理解がしにくいことであります。
 経済学者のガルブレイスは、株で失敗した人はもう株は懲り懲りだというのをよく言いますがそれはたかだか二十年しか続かないといいますが、日本では中選挙区制で懲りたということを言っていた人がまた中選挙区制ですかというような状況で、負の側面に対しての認識が本当だったのかということを疑わざるを得ません。
 失敗という点では、日本より深刻な反省をしましたのがドイツでありまして、ドイツは、ナチス・ドイツを生んだということの反省などからいろいろな議論がなされました。特に悲劇的なのはお隣のオーストリアでありまして、特にユダヤ人だった人はその犠牲になりましたから、今までのような選挙制度をやっていてはいけないということを唱えました。
 経済学者のシュンペーターは、経済がうまくいっているのは市場で激しい競争が行われているからだ、同じようなことをやるには、どちらが勝つかということで激しい競争をする制度が大事だということで、小選挙区制を擁護しております。比例代表や中選挙区制のようなぬるま湯的なものではいけないということであります。
 もう一人は、二十世紀を代表する哲学者カール・ポパーであります。彼もまたオーストリアのユダヤ人ですが、彼は、民主政治ということをいろいろ議論しているけれども、一番大事なのは流血なしの政権交代であるということを言っているわけでございます。
 その観点からいいますと、比例代表制はどういう制度かといいますと、キャスチングボートを握る少数派政党に過剰な影響力を与えるんですね。一党と二党がかなりの議席を得ているとき、第三党がどちらにつくかによって政権が決まる。こういうようなのは、比例代表制の論者は、一票がそれぞれ同じ重きを持つように、公正な選挙制度と言いますが、そういう意図と比例代表制がもたらしている結果は全然違うものであるということであります。比例代表制は、政党は選べても、結果的に政権は選べていないことになっているということであります。
 それで、改正の方向でございますが、衆議院については、現在の並立制は激変緩和の要素から導入されたものでありまして、これは将来的に一本化する、そういう議論をしなきゃいけないときかと思いますが、現在語られている連用制は、これからいいますと趣旨の全く異なるもので、まず、私はほとんど、一般の有権者の方に説明のつかない制度かと思います。
 部分的に小選挙区あり、今までのような比例代表、あとは連用制的なものを入れますと三つの制度が並び立ちますが、何と呼ぶのかわかりませんが、鼎立制とか名前を何か考えられているのかわかりませんが、ちょっとこれは余りにも複雑かと思います。
 中選挙区制は先ほど申しましたように最悪のことで、日本に合っていると申しますが、外国でこれがいいからこれを導入しようという国は私は聞いたことがありません、私の不勉強かもしれませんが。同士打ちが復活しますが問題はないのかということで、私は、下手にいじるよりも、小選挙区の何増何減という形がいいかと思っております。
 私の案は、では、それだけでは定数削減はどうなるんだということであります。
 そこで、できる範囲で何とか考えるとしたら、一つだけ方法があるかと思います。現在の制度に大体近いものを維持して定数削減をして、現在のような結果に近いものをやる方法でありますが、現在、ブロックで行っている比例代表を全国での比例配分に変えるということであります。
 これをそのままやりますと、中小政党が多少有利になります。どうしてかといいますと、比例代表制は選挙区の定数が多ければ多いほど比例の度合いが高まりますから、大政党と中小政党の差は比率的に近いものになってきます。
 前回の結果をもとにして計算をしてみますと、二十議席減らして百六十議席にしますと、比例の議席は、公明党は、みんなの党からの一議席が近畿ブロックか何かであったと思いますから、それを除きますと二十ですが、二十が十八。共産はふえます、九が十一。社民は四が七。三十議席減にしますと百五十議席になりますが、その場合は、公明が二十から十七、共産が九から十、社民は四から六というぐあいであります。
 こういうようなことでありまして、ブロック制を私は悪くない制度だと思っています。もしやるんでしたら、ドイツがそうしているんですが、ブロックの名簿を決める際、地方分権的な要素を生かすということで名簿の決定を完全に地方に委ねるんでしたら、ブロック制を残す意味はあるかと思いますが、現在の日本での運用はほとんどそういう要素が見られません。したがって、現在の運用でしたら、そのあたりが何とか各党で話をしてやれる線ではないかなと思っております。
 どうもありがとうございました。(拍手)

発言情報

speech_id: 118004577X00320120523_004

発言者: 加藤秀治郎

speaker_id: 32341

日付: 2012-05-23

院: 衆議院

会議名: 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会