若泉征三の発言 (予算委員会)
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○若泉委員 世界一と言うと聞こえがいいんですが、私どもの福井県は、原発銀座、十四基、世界一でございます。その中で、当然、野田政権の課題ともいうべき原子力行政につきましての御質問をしたいと思いますが、語り尽くせないぐらいの時間がかかりますが、三十分いただきましたので、その中での御質問をさせていただきたい、このように思っています。
三月十一日に東日本大震災発生、福島第一原発に海抜十五メーターの津波が襲来しまして、一—四号機の全電源が喪失しました。十二日から十五日にかけ一、三、四号機で水素爆発、放射能汚染が広がる。四月二十二日には警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域が設定されまして、約十五万人が避難をしております。
我が福井県におきましては、いまだに原発安全神話というものを信じております。十四基ございます。その中で、この事故が起きたときに、もちろん、津波にのまれる家、人の姿は、私がその日、福井に八時間かけて帰ったときに、初めて私はそれを知りました。その後に水素爆発。
実は、後ほどもまた御質問の中にもありますが、私の義理の母がいわき市出身でございまして、すぐに電話しまして、とりあえず私の福井県へ避難しなさいと、帰ってまいりました。そして、ひとりぼそっとしてうちにおりましたが、一週間もしないうちに、いわきに帰りました。私は八十七歳だ、いつ亡くなってもいい、死んでもいいんだ、だから自分がリーダーになっているお年寄りの友達に何しろ会いたい、帰りたいと。そして、すぐにいわきに帰りまして、ただいまいわきに住んでおります。人ごとじゃないと強く私は感じました。
また、ここに副総理でおられます岡田団長を筆頭にいたしまして、南相馬、飯舘村のあの状況を見ました。今でも、南相馬の住民の皆さんの要望や、また、せつないいろいろな不安やそういったものを訴えられることを黙ってうなずいて聞かざるを得ないというような状況を覚えております。牛の目が、大きな目をしてじいっと見ている、今でもその牛の瞳は忘れられない。非常に驚きました。
飯舘村という村は、御案内のように、非常に美しい村で、この村だったら住みたいなと思われるのは、どなたでも一緒だと思います。そういう中で、本当に、いろいろな言葉がありますが、またいろいろな言葉で批判をされる方もいますが、やはり、今、生き返らせなきゃいかぬ、命を呼び起こさなければいけない、それが、この原発の被害を受けた被災地の、また被災者の皆さんに対する私たちの切なる思いである、このように思っております。
そこで、私は、現状の福島県の被災者の避難状況、また生活実態につきまして、それからもう一つ、ちょっと申し上げるのを忘れました。私は、大熊町の町長とも最近お会いしました。大熊町の町長が、そのときうれしかったのは、細野大臣のことを褒めていまして、時折来ていただいて、もう本当に気持ちが癒やされ、そして励まされます、感謝していますと言われて、私は自分のことのように、ありがとうございますとお礼を申し上げてきました。
同時に、平野復興大臣もいろいろな被災地の皆さんとお会いになっていらっしゃると思いますが、今までの御苦労に対しまして敬意を表しながら、私は、その避難状況、生活実態がどういうふうになっているかお聞かせいただきたい。よろしくお願いいたします。