佐々木隆博の発言 (予算委員会)

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○佐々木(隆)委員 野田総理が農業と言わずにあえて農村と表現をされた。私は、ある意味で評価をしています。というのは、農業というか農というのは、なりわい、つまり業と、生活の場としての村というものが一体不可分、切り離せるものではありません。そういう思いも込めて農村と表現をされたのかなというふうに私は思っております。
 唯一、この国の省庁あるいは行政の中で、政治の政という言葉がついているのは農政だけであります。漁政、林政という言葉もあり、一次産業だけであります。それだけ政治がかかわらなければならないという思いなんだろうというふうに思っております。美しい農村と表現されたのは、そうした意味を込められて総理がおっしゃったのだというふうに思っておりまして、そういう意味で、農村集落というものについて、少し政府の考え方を聞いておきたいというふうに思うわけであります。
 資料の一を提出させていただいてございますが、西日本を中心に少し事例を挙げさせていただきました。
 私自身も政務官時代に西日本の何カ所か訪問をさせていただいて、そこで、いわゆる集落営農という仕組みで取り組んでおられる方々を何カ所か訪問させていただいたんですが、ほとんどが六十五歳以上の皆さん方で集落を組まれている。なぜかというと、リタイアをされてから、自分たちの育ったふるさとをしっかり守っていきたい。新規就農者もなかなかいない。そういった中で、自分たちの地域を守っていくためには、集落営農という形の中で新しい人たちを取り入れて担い手を育てたいという思いを非常に強く感じたわけであります。
 そこに幾つか挙げさせていただきましたが、いずれもかなり有名なところばかり取り上げさせていただきました。
 徳島県の上勝町というところでありますが、これはいわゆる葉っぱビジネスで有名になったところであります。概要については資料の方に書いてありますので割愛をさせていただきますけれども、ここの皆さん方は、パソコンのブロードバンドを使って、タッチ式の端末機を持って、おばあちゃん方が自分の売っているものがどのぐらいの成績になっているのかというのを常に見られるようなシステムも開発して取り組んでおられるわけであります。
 それから、高知県の馬路村というところでありますが、ここはエコアスというものを、村が三セクを立てて、これは結構有名なんですが、木製のバッグ、モナッカという名前なんです、もなかに形が似ているからモナッカというんだそうでありますが、そういうものをつくった。そういうもので今非常に売り上げを伸ばしている。
 それから、島根県の、今は合併して雲南市吉田町というふうになっていますが、旧吉田村でありますけれども、ここも村が五百万、村民が一千万を出資した三セクで、食品の製造販売、村営バスの委託、それから簡易水道、これは業者の許可、免許も取ったということでありますが、あとは、たたら製鉄所のあったところでありますので、郷土資料館などを運営しているわけでありますが、何で有名になったかというと、おたまはんという名前の卵かけ御飯のしょうゆでございます。これも、B級グルメどころではなくて、今はA級グルメになっているわけでありますが、そうしたもの。
 それから、島根県の隠岐郡の海士町、これは離島でありますが、厚生労働省の事業や山村事業などを利用して、町が出資した株式会社で経営をしているわけであります。ここは、千葉県のベンチャー企業と提携をして、解凍しても味が落ちないという冷凍技術で非常に有名になっているところであります。
 ただ、このことを紹介したいだけではなくて、この人たちは、例えば一朝一夕に成功したわけではございません。
 上勝町では、一九八一年と八二年に大寒波でミカンが全滅をして、ようやくこの葉っぱビジネスに至ったのは八七年でありますから、五年間大変な御苦労をされて、ここに至っているわけであります。
 それから、馬路村は、七九年、九八年と営林署が次々と廃止をされてございまして、そこで二〇〇〇年に三セクを設立して、このモナッカというバッグに行き着いたのが〇二年でございます。ですから、もう十数年、ここに至るまで日月を要しています。これのもとになったのが、農協がやっているユズ製品の加工品でありまして、これは二十年の歳月があります。
 それから、島根県の例では、たたら製鉄所が二一年に閉鎖をされて、それからこのふるさと村という三セクを立ち上げたのが八八年、そして、おたまはんができ上がったのは〇二年でありますから、ここにも十四、五年の歳月を要してございます。
 それから、海士町でありますが、これは九九年に例の三位一体の改革で財政再建団体の危機になりまして、その後も給与カットなどをどんどん繰り返しながら、公共に頼らないまちづくりということで、〇五年に設立をしてございます。
 こうした皆さん方は、まさに必死の思いで地域づくり、村づくり、そして後継者づくりというものに取り組んでこられた地域であります。外部からの担い手を受け入れない限り地域が存続できない、村を元気にしたい、そんな思いで取り組んできているわけでありまして、中には、公共事業を非常に上手に使って、こうしたものに至っているというようなところもあるわけであります。
 こうした取り組みこそが、私は、ある意味で農村という意味なのではないかというふうに思うんですが、このことについて、戦略大臣、古川大臣のお考えを伺いたいと思います。

発言情報

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発言者: 佐々木隆博

speaker_id: 13691

日付: 2012-02-20

院: 衆議院

会議名: 予算委員会