橋本大二郎の発言 (行政監視委員会)

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○参考人(橋本大二郎君) どうもよろしくお願いいたします。御紹介をいただきました橋本大二郎と申します。
 本日は、行政監視委員会にお招きをいただき、また、こうして陳述をする機会を与えていただきまして誠にありがとうございます。
 今日のテーマは地域活性化と行政の役割ということだと、こう承っておりますが、このことを考えるに当たって、中央集権の現在の制度、枠組みを前提にして考えるのか、それとも中央集権の仕組みを改めた分権型の国というものを前提に考えるのか、二通りの考え方があろうと思いますが、私は日ごろから今の中央集権という仕組みを早く改めて国と地方が対等にお互いの役割を果たしていく分権型の国に変わっていくべきだということを申し上げておりますので、そのことを前提にした立場、立ち位置でお話をさせていただきたいと思います。
 ただ、今日は宮古の山本市長もおいででございますので、まず最初に戦時と平時の違い、非常時と平時の違いということに少し触れておきたいと思います。
 非常時、戦時と申しますのは、昨年の東日本大震災のような大規模で広域的な災害、また、これから起きるかもしれません大規模で広域的なテロ攻撃といったものを指しておりますが、このような非常時、戦時においては、国が瞬時に復興なり、また危機管理なりの組織を立ち上げて、中央集権の仕組みの中で広域調整をしながら復旧と復興の土台を築いていく、この必要性があることは言うまでもございません。
 今回の東日本の大震災におきましても、例えば国土交通省の東北地方整備局が広域的な調整ということで大きな役割を果たされたと思いますし、また各被災された自治体は、今後においても国の役割ということに大きな期待を持たれていると思います。
 ただ、だからといって、非常時にこんなにやはり中央集権の仕組みが機能するではないかということから、だから平時においてもそういう体制を続けていくべきだと、特にこれからは関東直下型の地震だ、東海、東南海、南海だというような広域的な地震災害も予想されていると、そういうときには今のままの中央集権の仕組みの方がいいのではないかというような考え方が何となくそのまま流れていってしまうと、これだけグローバル化が進み人口減少が進むという時代の中で国そのものが私は沈み込んでいってしまうのではないかということを思います。
 ですから、その非常時、戦時の行政の仕組みがどうあるべきか、また、今のその中での中央集権の問題点ということは少し脇に置いて、非常時と平時ということをきちんと分けたまず議論が必要ではないかということを思います。
 その上で、その平時の、日常の国の体制をどうしていくかということですが、私は、今の中央集権という仕組みを早く改めて、国と地方が対等に役割を分担をしていく、そういう分権型の国に早く変わっていくべきだということを思います。こういう話をしますと、ああ、やっぱり高知で知事を務めた人の話らしいなと、また地方分権の話かと、大変懐かしいけれどももう地方分権の話も聞き飽きたなというふうに思われる方も多分いらっしゃるのではないかと思います。
 私は、もう今、地方分権という言葉は使わないようにしております。というのも、地方分権という四文字を頭に思い浮かべていただければいいんですが、そのまま見ると地方が国にお願いして権限を分けてもらう、そういう取組というふうに読み取れますし、多くの国民は、それが地方分権の取組だろう、つまり国と地方の権限の取り合いだろうというふうに理解をされています。しかし、国と地方の役割を分けて分権型の国をつくるというその意味は、何も国と地方の権限の取り合いというふうな瑣末な争いが目的なわけではありません。そうではなくて、国が地方の面倒を見ていくという荷物を一旦肩から下ろして、身軽になった国が今取り組まなきゃいけない戦略的な課題に集中的に力を注ぎ込んでいく、そのために私は分権型の国にしていくことが必要だと思っています。
 今国が取り組むべき戦略的課題というのは幾つもございます。例えば、人口構造がかつてのピラミッド型から今釣鐘型になっておりますが、やがて逆ピラミッドになっていく、そういうことが予想される中で、ピラミッド型というものを前提にしてつくられている社会制度をどういうふうにつくり直していくのかというようなこと。また、グローバル化というのも、もう好き嫌い別にして更に進んでいくことは間違いありません。その中で一次、二次、三次の産業の構造をどう転換するか。具体的に言えば、それぞれの産業のどの部分を国内に残して競争力また生産性を高めていくのか、また、どの部分は海外からの輸入に、国際分業に委ねるのかというようなことをきちんと分けた産業構造の転換を図るということもあります。あわせて、昨年の原発の事故の後明らかになっていますエネルギーの制約という現状を前にして、これから二十年、三十年先の特に電力のエネルギーをどういう組合せでつくり直していくのかなどなど、国が取り組むべき戦略的な課題というのは今山積をしております。
 そのようなときに、国が地方の事細かいことに、例えば特別養護老人ホームの廊下の幅が何メーター以上ないといけないとか、それから逆に幼稚園の階段の幅が何十センチ以下じゃないといけないとか、そういう事細かいことに口を出したり手を出したりしている暇はないんじゃないかと。また、地方から上がってくる補助金の申請を受けて、それを審査して補助金を交付してその使い道がどうなっているかということを審査をしていく、そんなことに膨大な時間と労力を使っていく暇はないんじゃないかと。そういう地方に任せていいことはもう地方に任せて、身軽になった国が戦略的な課題に力を集中をしていく、そういう国に変わらない限り、私は国全体が沈み込んでいってしまうと思いますし、それでは地域の活性化もそもそもあり得ないのではないかということを思います。
 ただ、こういう分権型の社会をつくっていくためには、今国が担当しておられます事業のうち、どの部分を引き続き国が担っていくのか、どの部分は都道府県に任すのか、どの部分は基礎自治体にお願いをしていくのか、またどの部分は民間の企業やNPOに委ねるのかということを分けていかないといけないということになります。といいますのも、そうでないと、地方の受皿である地域主権というような仕組み、また民間の受皿である新しい公共というような仕組み、そういう受皿ができたとしても、そこにどういう仕事を担ってもらうのかという仕分がやっていけない、それが動き出さなければ、道しるべがないまま分権化も進まないということになってしまうからです。
 事業仕分というのは本来今申し上げたようなことをするのが事業仕分ではないかと自分は思っておりますが、実際に十年前に構想日本からの提案で高知県も事業仕分をいたしました。具体的には、当時高知県の持っております事業が二千三十事業ございました。これを全部テーブルの上にのせて、どの部分はもう民間に任せていったらいいか、どの部分は本来国がやっていくべき仕事か、どの部分は基礎自治体にお願いをしていくか、そしてどの部分を引き続き県が担っていくかというようなことを仕分けていきました。
 こういうような作業を同じ時期に八つの県と三つの市で行いましたけれども、その事業仕分の本来の目的は、国、県、市町村という形で二重三重に重なって行われている補助金行政の無駄というものを明らかにして、そして国の形を国と地方の縦の形から横の形に変えていく、そのためのその前提の作業としてこういう仕分をするんだという理念でございました。
 ところが、昨今行われております事業仕分というのは、こういう分権型の国にこの国を変えていくという理念がどこかに置き去りになったまま、一つ一つの事業が無駄かどうかということを判定をし、予算を削っていく、従来我々が取り組んでいた仕事であれば事務事業の見直しという分野に当たることを事業仕分という名前で行っておられるように見受けられます。しかも、事務事業の見直しとしても非常に中途半端な、つまり決定したことを誰かが実行していく、そういう立場の人がいないという意味で中途半端なやり方になっているために、事業仕分という名前そのものが国民の意識からもだんだん薄らいできているのではないかな、これはとても私は不幸なことだと思います。
 先ほども言いましたように、この国がやっぱり生き抜いていくために分権型の国に変えていくことが必要ですし、その前提条件として、どの事業をどのセクターが持つかという事業仕分は大変大切な作業ですので、是非もう一度国において、国が持っておられる事業全てを一定の基準、判断によって仕分けていくということを取り組んでいただきたいなということを思うんです。
 今、一定の基準ということを申し上げましたが、私はそのときの判定基準は、どれをやっぱり国に集中すべきか、どれを地方に、民間に分散をすべきかということだろうと思っています。そのことを、乳幼児医療費の無料化ということを一つの切り口として少し考えてみたいと思うのですが、今申し上げた乳幼児医療費の無料化も、また高齢者、老人医療費の無料化も、これは一九六〇年代の初頭に、当時の岩手県の旧沢内村という小さな村が独自の施策として始めた地方発信の事業でした。
 乳幼児の医療費の無料化でいいますと、一九五〇年代に、東京と比べて岩手県のゼロ歳児の乳児の死亡率が二倍以上高い、その中でも沢内村は岩手県の平均よりも高いということを非常に心を痛められた当時の村長さんが、まず保健師さんなんかと組んでお嫁さんに赤ちゃんの健康管理ということを教えていく、また当時の古い農村社会の中ですので、お嫁さんがそういうことに時間が割けるようにおしゅうとめさんに理解を求め、そういうことに協力をしてくださったおしゅうとめさんには表彰状を差し上げるというふうな、細かいソフトの施策とを組み合わせてやっておられました。
 そのときに、一九五九年に国民健康保険法が施行をされて、健康保険によって五〇%の医療費が支払われるということになりましたので、残りの部分を村が負担をして乳幼児の医療費の無料化ということを一九六一年の四月から実施をされました。この結果、旧沢内村は、一九六二年一年間にゼロ歳児の赤ちゃんが一人も亡くならなかった、乳児の死亡率ゼロという全国の自治体で初めての記録を達成をされました。このために全国にこの制度が広がっていきました。
 ただ、全国の自治体は財政状況も違いますし、様々な事情の違いがありますから、年齢が幾つまでなのか、また入院だけか、通院も含めるのか、所得制限はどうするのかということで、その対象の基準に大きなばらつきが出てきております。二〇一〇年の都道府県のその政策のばらつきというのをばあっと自分が拾って見てみましたら、大体十三パターンぐらいの違いがございました。これは私が個人的に拾った数字なので、何のオーソライズされたものではありませんが、都道府県単位で十三パターンのばらつきがあるということは、市町村レベルでいえば推して知るべしということになります。
 このことに対して、福祉という基本的な部分、ベースになる政策が地方分権という名前の中でこれほどサービスにばらつきが出ていいのかと、分散が出ていいのかという御議論があります。結論からいうと、私は、ばらつきが出てもいいというふうに思っています。
 なぜかというと、これを全国例えば一律のサービスにしていったとしても、それ以上の上乗せはいけませんという法律でも作るなら別ですけれども、そうじゃない限り、財政的にゆとりのあるところは必ず上乗せのいろんなサービスをしてきて、その財政力による格差というものはどこまでも止まらないだろうということが一つ。
 もう一つは、先ほども言いましたような沢内村のような小さなところで実施するから地域の実情に合わせたソフトと組み合わせていけますが、それが大きな単位で実施をされれば単なる所得移転の政策になって、財政を圧迫をしていくことになると思うからです。
 このことは老人医療費の問題で見る方がはっきりするのですが、老人医療費の無料化も、先ほど申し上げましたように一九六〇年に初めて旧沢内村が実施をした事業でございます。が、この後、東京都と秋田県が都県単位では一九六九年に初めて老人医療費の無料化ということを実施し、その後、一九七三年に田中内閣のときに福祉元年だということを言われて老人福祉法を改正して、全国レベルで老人医療費というものが無料化になりました。
 その結果、一九七三年から八三年までの十年間に日本の老人医療費は七・七倍に膨れ上がりました。また、国民医療費も三・六倍に膨れ上がりました。なぜかといえば、先ほども申し上げましたような地域の実情に合わせたようなソフトの施策がなくて、大きな単位でこういうような事業をしていけば、サービスをしていけば、必ず財政の負担だけが増えていくという結果になっていくからです。
 このようなことからも、一見、国に集中をした方が公平性ということからもいいなというふうに理屈的には見えることでも、実際には地方に分散をした方が、たとえサービスにばらつきが出ても、それぞれの地域の実情に合ったソフトの施策と組み合わせられるということで、非常に事業効果はその方が上がっていくという事例が私は多いと思いますし、まさにそのことが今日のテーマでもございます本当の意味での地域の活性化ということにもつながっていくのではないかと。是非そういう視点で、この集中すべきか分散すべきかという視点から、先ほども申し上げたような国の事業の事業仕分というものをもう一度やっていただきたいなということを思います。
 以上申し上げましたように、今国と地方の関係の見直しということで取り組むべきことは、現状の中央集権の制度というものを前提にした上で少し規制緩和をするとか特区の制度を膨らますというような小手先のやりくりのことではなくて、やはり国と地方の形を縦から横に変えるというような根本的な組替えが今必要なときではないかと思います。
 そうでなければ、先ほども申し上げましたような意味で、この国そのものがだんだんグローバル化と人口減少という波にのまれて沈み込んでいってしまうということになりますし、そういう中で、地方自治体で本当に元気を持って生き抜いていくところというのは非常に少ないのではないかということを危惧をしております。
 ということで、私の陳述を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 橋本大二郎

speaker_id: 1554

日付: 2012-05-28

院: 参議院

会議名: 行政監視委員会