森まさこの発言 (東日本大震災復興特別委員会)
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○森まさこ君 東電に求償して払うわけがございません。今だって、指針に載っているものだって大変な事態なんです。
こういった医療訴訟というのは、私も弁護士でございまして、被害者側の立場で長年やってまいりましたけれども、医療訴訟というものはほとんど勝てないんです。最後、マスコミが騒いでくれて、そして世論を巻き起こした一部の医療問題だけが国と和解ができるというような大変な状況です。因果関係の立証なんかできないんですよ。だから、国が起こした事故、国が進めてきた原発だからこそ、これは法律で立証責任の転換をしていかなきゃいけないんです。
自民党を始めとした私ども野党七党は、その観点から、原発被害から子供たちを守る子供救済法をこの国会に提出しておりますので、その審議がいち早く行われることを願いたいと思います。
さて、次の質問に入らせていただきますが、皆様のお手元に資料が配られております。その一枚目でございますが、これは自衛隊の方が大熊町にありましたオフサイトセンターの入口に張っていった紙の写しなんです。それを、オフサイトセンターから誰もいなくなった後、福島県の県議会が見に行ってこの紙を持ってきました。自衛隊が張ったその紙をその張った本人に渡したら、いや、もうこれ要らないので取っておいてくださいと言って、原本がいまだあるんです。
これがどういう意味を持っていますかといいますと、双葉病院の患者の置き去り事件がありました。高齢患者が二十一人犠牲になり、その双葉病院の院長が患者置き去りといって週刊誌でたたかれましたが、これ全くの間違いでございました。このことが福島民報、二月十日に大きく真実が載りました。
一回目の爆発があり、自衛隊が来て患者を運んだけれども、まだ患者が残っている。そのうち二回目の爆発があった。しかし自衛隊の第二陣は来ない。院長は、緊張が高まる中、自衛隊の隊長が本部に戻らなければならないと切り出してきたと語っています。オフサイトセンターで指示を受けてすぐ戻るから病院の車を貸してほしい。病院の車に乗って自衛隊の隊長、つまりこの紙に書いてあるヒウラ三尉、病院の車で去っていって戻ってこなかったんです。
院長は、このことを自衛隊に何度も質問をして、このヒウラ三尉に会わせてくれと。あのとき病院の車を貸した。病院の車は、全てが収束した後、三日ぐらいして戻ってきたらしいです、車だけがね。でも、ヒウラ三尉からの説明もない、自衛隊からの説明もないんです。何で戻ってきてくれなかったんですか。車で、そうですね、五分か十分ぐらいですよ、双葉病院からこの大熊町のオフサイトセンターまで。ちょっと行ってすぐ戻ってくると思った、オフサイトセンターから指令を出してもらって戻ってくると思ったけど、戻ってこなかったんです。
この張り紙はヒウラ三尉がそのときオフサイトセンターに行って張った紙なんです。ここに何て書いてありますか。派遣したバス部隊、相双に向けて前進、事後の事態掌握できず、双葉病院内、患者九十人、職員六人取り残されている、警察我らを残置し全て帰還済み、私については病院職員の私有車を使い郡山ステーションへ前進する、化学隊の準備せよ、十二旅団ヒウラ三尉より、伝えてください、お願いします。つまり、この時点でオフサイトセンターに人がいなかったということになります。
政府の正式発表では、私の質問主意書に対する内閣総理大臣の回答では、十五日の午前十一時過ぎにオフサイトセンターにいた副大臣始め官僚二十人ほどが移動したというふうになっていますが、どうしてこれ誰もいなかったのか、どうして紙を張らなきゃいけなかったのか。十四日の朝ですよ。
このことについて、双葉病院の院長も、病院の車も持っていかれて、そしてその後、自衛隊に車に乗せられて院長先に移動しますが、その後患者はすぐ第二陣来ますからと言って、すぐ近くのトンネルまで移動していた。それを置き去りにされたと報道されて、大変な被害を被っています。
防衛省、今日は防衛大臣来ていただけなくて残念ですけれども、このことについて事前に通告をしています。この自衛隊の隊長はなぜ帰ってこなかったんですか、説明してください。