田村憲久の発言 (厚生労働委員会)
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○国務大臣(田村憲久君) 多様な働き方の一つとして、正社員として幾つか限定した中で労働契約を結ぶというようなものをイメージをいたしておるわけでありまして、職種でありますとか職務でありますとか、場所も若干入るのかも分かりません。あと、時間というものもあるんだと思います。しかし、それは一方で実態がどうであるかということに起因するわけでありまして、そういう契約であったとしても実態がそうでなければ、それは今の働き方と変わらないということが前提であるというふうなことは御理解をいただけるものだというふうに思います。
これはそもそも、ワーク・ライフ・バランス等々を実現するために、今の日本の正規と言われる働き方、いわゆる日本型の働き方といいますか、それがかなり労働者に対しての制約があるという中において、それが原因でなかなか少子高齢化、少子化も改善していかないというような、そういうようなことがあるものでありますから、やはり本人が望む中においてそのような多様な働き方を実現をしていこうというのが基本的な考え方であります。
しからば、それで解雇をしやすくなるかどうかでありますけれども、そもそも、日本の解雇法理といいますか、言うなれば、これ、解雇、労働契約でありますから、契約は自由でございます。つまり、いついかなるときでも本来解雇することはできるわけでありますが、しかし、そうなりますと、やはり民法上権利の濫用に相当するわけでございまして、これが昭和五十年代前半にいろんな裁判で、最高裁でそれこそいろんな判例が確立をしてきたわけでございまして、それが民法の方に移されてきた。民法の中においても、権利の濫用等々、これを規制する条項があるわけでありまして、その中において解雇権の濫用というような法理が生まれてきて、今労働契約法の方にそれが移ってきておるわけであります。言うなれば、社会通念上、相当でないというような、そういう解雇でありますとか、客観的に合理的な理由のないような解雇、こういうものに関してはこれは権利の濫用と、解雇権の濫用と見るわけでありますから、これ自体が、この働き方というものが変わる中において、すぐさま変わるものではないであろうと。
つまり、そういうものが社会的な中においてどういうふうな認知をされるかによって、それは司法が判断をするものでありますから、仮に解雇は自由だというような法律をあえて上乗りで作ったとしても、本来、最高裁で確立をされてきた解雇権というものの権利の濫用の法理というものが、上から他の法律を作ったからといって、それで本当に変えることができるのかという疑問はあるわけでございまして、あくまでもこれは裁判で我々としては確定をしてくるものであると思っておりますので、働き方において解雇をしやすくなるというようなものを狙って我々がこのような働き方を推奨するわけでもございませんし、あえて言えば、そういうことを目指していろんな方々がいろんなことをおっしゃっておられても、そういうものが通用していくものだというふうには我々は思っておりません。