柳澤協二の発言 (国家安全保障に関する特別委員会)
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○柳澤参考人 おはようございます。
私は、退職させていただいてもう四年になりますが、防衛省は当時防衛庁でございましたけれども、防衛庁で運用局長とか情報本部の仕事もさせていただき、あるいは官邸で五年半近く安全保障、危機管理の担当をやらせていただきました。きょうは、当時の上司も何人かお見えになっておりますけれども、その私の実務的な経験を踏まえて、この法案についての私の若干のコメントを述べさせていただきたいと思っております。
まず、危機対応ということに関して言いますと、私も、官邸におりますときに、北朝鮮の核実験、ミサイル発射の問題、あるいは、当時イラクに自衛隊がおりましたから、イラクの治安情勢の悪化の中でいろいろな事件が起きておりまして、そういったことへの対応に追われる毎日でございました。ただ、緊急事態の対処については、私がいた時代には、基本的には、各省の緊急参集チームの制度でありますとか、緊急閣僚会議の訓練もやっていただいたこともありますし、かなり整備されていた状況だったと思います。
一つのポイントは情報集約でございますが、これも、私は基本的に、情報屋もやらせていただいた経験からいいますと、情報というのは横着して待っていても来るものではないのでありますから、内閣情報会議の下部機関でございます合同情報会議を頻繁に事務副長官のもとで開催しておりましたし、そこで各省の局長や内閣情報調査室とも絶えず意見交換もしておりましたし、また、いろいろな事態があるたびに、こちらから言わなくても内調の方から、こういう情報があるよというようなことを言っていただくとか、非常にそこの関係はスムーズにいっていたなというふうに思っております。
問題は、やはりそこで政策側の人間と情報側の人間が問題意識をしっかり共有できていること、信頼関係があることが一番のポイントだろうと思っておりました。
そういう危機というのは、なぜ危機かといいますと、基本的には情報が不足しているから危機なんだと私は思います。特に、情報が足りないだけじゃなくて、矛盾した情報が入ってくるということも実際に経験したことがございます。これはもうどんな情報機関が頑張っても避けられない宿命とも言えるわけでありまして、そういう中で、まあ、情報のせいにはできません、私自身の対応のまずさもあって失敗した例も幾つか正直ございました。ただ、それはその都度その原因を分析して、次に同じような失敗が起こらないような改善措置はとられてこられたのではないかというふうに思っております。
やはり、もちろん、制度をつくっていくということも、私は別にそのこと自体に反対するものではございませんけれども、制度の本質というのは、制度そのものというよりは、いかにそういった情報がきちんと伝わり、そして、これは難しいことですが、判断ができるだけ的確になされるような、そういう人材を育て、お互いの信頼関係を、そこを文化の問題として制度化していくというのか、形を、法律上の制度以上に、そういった運用面での慣習のようなものを構築していくことが極めて重要なんだろう。
そして、情報が不足する中でありますから、いつも言われておりましたのは、最悪のことを想定しながら楽観的に行動する、そういう姿勢で総理を補佐、完全にできたという自信は全くございませんが、そういうことを心がけながらやらせてきていただいたと思っております。
安保会議が形骸化しているということをよく言われます。これは、大きな場でほとんど閣議とメンバーが変わらないところですから、そこで改めて議論が百出するようでは事前に我々がちゃんと仕事をしていないということなので、そういうことはなかったんですが、しかし、それで形骸化しているとも必ずしも思っておりませんでした。結構いろいろな御意見を出される閣僚もいらっしゃいました。活発な意見表明もあったと思います。また、案件によりましては、官房長官を中心にして外務、防衛の三閣僚の協議というのも頻繁に行っておりました。
したがって、制度がなかったために対応がおくれたということは、私の経験する限りでは、そういう問題ではなかったというふうに思っております。
ただ、そうはいっても、全てよかったかというと、私、振り返ってみまして、内閣安全保障・危機管理担当副長官補のもとに相当数の、今はどのくらいでしょうか、二百人ぐらいのスタッフがいると思いますが、これは、情報セキュリティーも含めて、ほとんどが危機対処あるいは初動対処要員でございまして、実は、政策立案のスタッフというのはほとんどいなかったのでございます。そういうところが不足しているなということを私も絶えず考えておりました。
中長期的な政策の問題については、いろいろ案件ごとの、当時も自民、公明の連立与党でございましたから、政調会長にお願いして与党のプロジェクトチームをつくっていただく、そこでの議論でありますとか、あるいは防衛計画大綱をつくるときの有識者懇のような、アドホックな外部の専門家の方の議論の場を通じて政策を詰めていくというような、そういうことができていたにとどまっているんだろうと思います。
この法案というか、傾向として、この法律がなくても、私は、運用でそういうことをやっていく趨勢にあると思いますけれども、先ほど宮家さんの御意見にもありましたが、屋上屋というのは、これは確かに屋上屋でないかもしれないが、しかし、あくまで制度論として言えば、各省設置法がそのまま残っているわけですから、これは将来、官邸がそういうところまで吸い上げて自分でやっていくということになれば、私も官邸で仕事をする中で一番大変だったのは各省の抵抗排除でございましたので、そういうところを、やがては大きな、もう一段の法的、制度的な手当てが必要になってくるというか、していただけるとありがたいなという感じがいたします。
それから、私が副長官補のときに、NSC法案は出したんですが、次の総理にかわりましたときに一度引っ込めてしまったことがございました。
これは、やはり当時の私どもの感覚、それは当時の総理、官房長官も含めてでございましたが、なかなかこういう形で、一つの形で決め打ちしてしまうのがどうなんだろうなという感覚があったことも事実でございまして、確かに、総理を補佐する機構が充実することは必要だというのは皆さん共通した意見でございました。ただ、それを、では総理も出席した四大臣会合という形でやるかということで見れば、例えば小泉総理のときは、官房長官と外務、防衛の三閣僚が何度も協議をして、その結論を総理のところに持っていって、総理は、どっちかというと、プレーヤーというよりはアンパイアとして、いいところはとる、そういう姿勢でおられた。そういうやり方をお好みになる総理もいらっしゃるんだろうと思います。
ですから、ここは、いずれにしても運用の問題ではありますけれども、余りがちがちの運用というよりは、柔軟性を持った運用をしていかなければいけないのではないかという感じがしております。
以上は、どちらかというと、技術的な、実務的な観点のお話でございますが、さらに、もう少し、私が考える本質的な要素について若干コメントしたいと思います。
私は、今回の法案の一番本質的な要素は何かといえば、各省に対する情報提供というか資料の提供を義務づけているところにあるんだろうと思っております。
ただ、これは、皆さん情報の専門家はそうお考えだと思いますが、義務づけしただけで終わりではない、義務づけすれば良質な情報が上がるという関係にはないということを心得ておく必要があるだろうということだと思います。
本来、政策と情報というのは緊張関係があるのが本来の姿であろうと思うんですね。というのは、情報というのは基本的に、客観的な事実に基づいて客観的な分析をすべきであるんですけれども、では、そういった情報分析の結論が時の総理あるいは政権が目指している政策と合っているかどうかということは、必ずしも保証をされていない。そこのところにまた情報の結論が左右されてはいけないんだろうと思います。
一方で、やはりどちらが上かといえば、それは政策が上、政策に奉仕するために情報があるのであって、その逆ではないわけでありますから、そのことに重きを置いてしまうと、政策決定者がある政策目的のために必要な情報を資料提出義務でもって求めた場合に、なかなかその意に反する情報を上げるというのは、人間のやることですから、これもちょっと難しいこともあるんだろうと思います。
そういったことに気をつけませんと、例えば、これは的確な例かどうかわかりませんが、イラク戦争の前提となった大量破壊兵器の存在に関する情報、これは私も間違えておりましたが、当時、みんなが間違えておった。これはやはり、政策決定者の方向性に情報サイドが引っ張られた側面が一つあるんだろう。そういうことにならないように気をつけていかなければならないというのが最大の教訓だろうというふうに思っております。
もう一つ、それに派生して出てくる問題でありますが、結局、一種の義務として情報を提出させるとすると、私どもも実務者としていつも迷っておったのは、本当にどこまで、ここまで情報を上げていいんだろうかというようなことは、いつも悩みでございましたが、やはりそれは、情報を受け取った側にしっかり守秘義務がないと不安だということも間違いないので、そこはちょうど秘密保護と情報提供義務というのは表裏一体の関係になってくるんだろうというふうに思います。
ただ、そうなりますと、先ほどのような情報提供が義務化されるということによって、政策が情報にまさってしまうことが、仮にそれが上下関係として認識されてしまって、それを命じた少人数の閣僚の協議によって実質的な方向性が決まってしまう、こういう関係が固定化されてくるということになると、そういう場合に、その情報の中には、当然、国の安全上、秘匿すべきものが含まれているわけでありますから、そうすると、それを理由にして、その政策決定のプロセスが一切公表されないということになってくるおそれがあるということを指摘しなければいけないと思います。
これは、私自身、実は官邸におりますときも、やろうとして、人手不足もあってできなかったことであるんですけれども、いろいろな危機管理の事案などについて年次報告書的なものをつくって、どう扱うかは別としまして、それを後世の検証にたえるような形で蓄積していく、それによって政府自身が賢くなっていくということ、そういうプロセスがぜひ必要ではないかと思っておりました。
せっかく今回六十名ほどのスタッフを新設するということであれば、国会に対してでもよろしゅうございますし、あるいは別の形でも結構でございますが、危機管理の事案、あるいは政策決定に関して議論されたことの概要、そういったものを定例的に公表していく、そういうことをぜひお考えいただきたいと思います。それが、その政権自身がより間違いの少ないものになっていくことと同時に、主権者たる国民がより賢い政府を求める権利はあると思いますので、そういうことにも奉仕していく。
ともすれば、何が秘密かということは、やや神学論争的なものにもなりがちなのでありますが、そういうツールを使って、では、その報告でもってどこまで説明ができるんだろうか、その説明のために必要な範囲のことは特定秘密ではないだろう、そういう相場観が、与野党もメディアの間にも共通認識としてでき上がっていく、そういうことにも役立っていくのではないかというふうに思っております。
可能であれば、これは私自身も現役のときにやり残した仕事であるとも認識しておりますが、そういったことについても御配慮いただければ、全体としていい方向に運用ができるのではないかということを考えております。
以上でございます。(拍手)