三谷英弘の発言 (安全保障委員会外務委員会連合審査会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○三谷委員 ありがとうございます。
それでは、集団的自衛権の必要性の議論に移らせていただきます。
先ほど来、桜内委員がさまざま指摘をされました。この集団的自衛権に関するさまざまな議論というのを聞いておりまして、個別的自衛権で対処できるんじゃないかですとか、警察権の行使ということで対処できるんじゃないかとか、そういうような議論というものがされている。そういう方々がいらっしゃるのは、私も理解をしております。しかしながら、この点こそが戦後日本が犯してきた過ちの上に基づく議論じゃないか、私は率直にそのように感じております。
これはどこから端を発しているかというと、個人的には、憲法九条の問題、憲法九条において武力を持たないというようなことが書いてありつつも、やはり、国際社会の中で、必要性に応じて自衛隊というものを創設してきた。これは、自衛隊がなくて、全く非武装中立であれば、日本の安定、平和が守れるかのような議論というのが、一時期、ある程度の勢いをもってされてきた。
でも、本当に政治の責任を果たすという役割からすれば、そういうようなファンタジーに基づいて国家を運営していくことはできないという中で、これは、本来的には、私は、憲法九条を改正してしっかりと自衛隊というものを位置づけるべきだ、そのように考えておりますけれども、それを解釈というやり方で自衛隊というものは認めてきた。これが、本音と建前というものが乖離している今の日本の現状というものを生み出してしまっている一つの大きな原因ではないかというふうに考えているわけです。
口先ではさまざまなことは言いますけれども、その中で、本当に難しい、一番きつい議論から逃げる、そういうことで本当にこれからの政治の役割、政治の責任というものを果たしていけるのか、私はそのように考えております。
だからこそ、有権者の皆様、国民の皆様からすれば、余り聞きたくない、余り耳になじむ話ではないかもしれないけれども、あえて必要に応じてしなければいけない議論もあるのではないか。それが今回議論されておりますさまざまな、本当に個別的な自衛権、警察権で対処できるのかどうか、その限界事例の検討なんだろうというふうに思います。
その中で質問させていただきますけれども、邦人輸送の米艦防護というものが一つ例とされておりますけれども、この米艦の中に邦人が乗せられているということで、これを個別的な自衛権というもので本当に守ることができるのか、または警察権の行使ということで守ることができるのかということについて、これは率直に防衛大臣の御見解を伺いたいと思います。