吉野正芳の発言 (原子力問題調査特別委員会)
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○吉野委員 おはようございます。
自民党の衆議院議員の吉野正芳でございます。
参考人の皆様、本当に貴重な御意見、ありがとうございます。
私も原子力大好き人間でございました。ですから、きょうよりはあしたよくなってほしい、あしたよりはあさってよくなってほしいということで、党内での議論でも文句ばかりを言ってきた一人であります。
特に、原子力の保安院、これが経産大臣のもとに保安院とエネ庁と、親分は経産大臣ですから、ある意味で身内であります。この保安院を分離独立してくれということで、十年前、一期生のときから、私と梶山弘志君がずっと言っていたんですけれども、十年かかりました。自民党の原子力ルネサンスという、提言書の中に保安院を分離独立することを検討するという一行を入れるのに十年以上かかったんですね。その文章が入ってから三・一一のあの原子力事故が起きてしまいました。
本当に私は政治家として、もし保安院の分離独立がなされていればあの事故は防げたというふうに、事故をいろいろ分析してみると、そのような思いでいっぱいであります。ですから、本当に今、じくじたる思いで原子力規制委員会等々も実務者としてつくらせていただいた経緯を御報告申し上げたいと思います。
佐藤参考人にお尋ねしたいと思います。
知事は、本当に私、尊敬して、すばらしい知事だな、私も政治家として榮佐久知事のようになりたいなということを思っております。というのは、所得を上げる、これも政治家の仕事です。道路網をたくさんつくる、下水道を整備する、これも政治家の仕事ですけれども、いわゆる出生率、安心して子供が産める、こういう環境をつくっていくというのが私にとっての大きな政治家としての目標であります。
その中で、榮佐久知事のときに日本一になったんです、出生率。私は、やったと思いました。本当に、所得も東京と比べれば少ないけれども、総合的に、福島県で赤ちゃんを産むことができる、そういう環境づくりができたということで、まさに榮佐久知事の本当に大勝利である、こう思っているところであります。
そして、私の県会議員時代に、知事はこんなことをおっしゃいました。日本の原子力政策を俺が変えていくんだ、そういうことで原子力政策に取り組んでいったわけですけれども、私も、保安院の分離独立を言って、悪いところに気づいていました。知事も気づいていたんです。でも、今度の事故を惹起して、佐藤参考人としての思い、どういう思いでこの事故を見ているか、お尋ねしたいと思います。