原子力問題調査特別委員会

2014-06-05 衆議院 全89発言

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会議録情報#0
平成二十六年六月五日(木曜日)
    午前九時開議
 出席委員
   委員長 森  英介君
   理事 塩崎 恭久君 理事 鈴木 馨祐君
   理事 鈴木 淳司君 理事 宮下 一郎君
   理事 山際大志郎君 理事 中川 正春君
   理事 足立 康史君 理事 江田 康幸君
      今枝宗一郎君    大島 理森君
      鬼木  誠君    川田  隆君
      菅家 一郎君    菅野さちこ君
      北村 茂男君    佐々木 紀君
      齋藤  健君    白石  徹君
      新谷 正義君    武村 展英君
      中村 裕之君    丹羽 秀樹君
      額賀福志郎君    細田 健一君
      細田 博之君    宮澤 博行君
      簗  和生君    湯川 一行君
      吉野 正芳君    渡辺 孝一君
      荒井  聰君    生方 幸夫君
      辻元 清美君    寺島 義幸君
      吉田  泉君    小熊 慎司君
      木下 智彦君    西田  譲君
      中野 洋昌君    山内 康一君
      椎名  毅君    笠井  亮君
      畑  浩治君
    …………………………………
   参考人
   (東京大学大学院工学系研究科教授)        岡本 孝司君
   参考人
   (前福島県知事)     佐藤榮佐久君
   参考人
   (福島県南相馬市長)   桜井 勝延君
   参考人
   (東京大学公共政策大学院特任准教授)       松浦 正浩君
   衆議院調査局原子力問題調査特別調査室長      仲川 勝裕君
    —————————————
委員の異動
六月五日
 辞任         補欠選任
  うえの賢一郎君    武村 展英君
  北村 茂男君     吉野 正芳君
  白石  徹君     今枝宗一郎君
  馬淵 澄夫君     寺島 義幸君
  玉城デニー君     畑  浩治君
同日
 辞任         補欠選任
  今枝宗一郎君     白石  徹君
  武村 展英君     鬼木  誠君
  吉野 正芳君     北村 茂男君
  寺島 義幸君     吉田  泉君
  畑  浩治君     玉城デニー君
同日
 辞任         補欠選任
  鬼木  誠君     湯川 一行君
  吉田  泉君     馬淵 澄夫君
同日
 辞任         補欠選任
  湯川 一行君     うえの賢一郎君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 原子力問題に関する件(原子力規制行政の在り方)
     ————◇—————
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森英介#1
○森委員長 これより会議を開きます。
 原子力問題に関する件、特に原子力規制行政の在り方について調査を進めます。
 本日は、本件調査のため、参考人として、東京大学大学院工学系研究科教授岡本孝司君、前福島県知事佐藤榮佐久君、福島県南相馬市長桜井勝延君及び東京大学公共政策大学院特任准教授松浦正浩君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
 この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れれば幸いに存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 まず、参考人各位からそれぞれ十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、念のため申し上げますが、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。
 それでは、まず岡本参考人にお願いいたします。
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岡本孝司#2
○岡本参考人 東京大学の岡本でございます。
 簡単に私の略歴を申し上げておきますと、私、一九八五年に東京大学の修士課程を出まして、民間で三年間、原子力にかかわった後、大学に戻りまして、原子力工学に関する教育を継続的に、二十年以上にわたってやってきてございます。その間、東京大学の原子炉「弥生」の原子炉主任技術者なども兼任してございますし、それから、二〇〇四年からは、原子力の安全規制のあり方を考えるという、日本機械学会の委員会等もやってきてございます。
 そのような背景から、本日議題にあります原子力規制のあり方ということについて、一言申し述べたいというふうに思います。
 まず、お手元の資料、大変恐縮で、ちょっと小さくコピーされ過ぎていて見にくいかもしれないんですけれども、原子力というのは、日本だけの問題ではなくて、世界で考えるべき問題であるということから、世界的な視野というのが非常に重要になってまいります。
 その点から、二ページには、IAEAが提唱してございますIAEAの基本安全原則というもののコピーを示してございます。こちらには、一番重要なものとしては、人及び環境を放射線の影響から防護するという非常に重要な目的が書かれてございます。
 この中の原則二に「政府の役割」という形がありまして、その中の三・一〇に規制機関、今回、規制のあり方を考える上で重要になります、「規制機関は、以下を満たさなければならない」というように、四点書かれてございます。その中でも、二番目、三番目、これはもう非常に有名でございますが、実質的に独立であること。それから、安全性、規制手続について周囲の団体、これは日本語訳がちょっと変ですけれども、地元自治体等を含めて伝達する、それとともに意見を求めることが必要であるということが、IAEAの基本安全原則として書かれております。
 現在の原子力規制委員会は、これをベースにいろいろな考え方で運営がされているというふうに認識してございます。
 さて、原子力規制委員会のあり方を考える上で非常に参考になるかと思いますのは、アメリカNRCでございます。三ページ目から五ページ目まで、アメリカで具体的にどういう規制がやられているか、話し始めると細かい点があるわけですけれども、三つだけ、ちょっと申し述べたいと思います。
 そこにちょっと、英語で大変恐縮ですが、アメリカのNRCを訪問したときに、彼らから私どもに言われた二つの重要なキーワードを、三ページの黄色の囲いの中に書いてございます。
 これは、日本語訳いたしますと、何がリスク上重要なのか。原子力発電所というのはさまざまな危険な部位があるわけですけれども、その中でも、それを安全に運転していくためには、どこにリスクがあるかということをしっかり把握すること、これがNRCの基本的な姿勢である。
 それから、下の方は、ウイ・トラスト・ライセンシーズ・バット・ベリファイ・ゼムと書いてございますけれども、我々は事業者を信頼する、しかしながら監査するんだという立場を明確にしているということでございます。ここで重要なのは、事業者を信頼しているという立場をとっているということでございます。
 その上で、発電所を見える化するためのさまざまな規制の施策をとってございます。
 四ページ目は、これは発電所を見える化している、発電所の安全、リスクを見える化しているやり方で、ROPと呼ばれるやり方なんですけれども、公衆の健康と安全の確保が目的となっている中で、そこにあります七つのコーナーストーンと呼ばれるものをベースに評価を行ってございます。これは百四基あります全ての発電所についてやってございます。
 これは、地震とか津波とかも含めた起因事象。それから、緩和系といいますのは、地震とか津波が来た後、どういうふうに原子力の安全を保つか。最終的なバリア健全性は、その放射性物質をどうやって担保しておくか。さらには、一つ重要なことは、緊急時の対応計画、これも重要な視点であるというふうに言ってございます。黄色いところは、被曝安全、公衆と従業員。さらには、セキュリティーの部分まで考えてやってございます。
 五ページです。この七つのコーナーストーンが非常に重要だと彼らは考えていまして、これはきのうちょっとNRCのホームページからコピーしたんですけれども、この七つの視点について、大変見にくくて恐縮ですが、三カ月ごと、一Q/二〇一四と書いてあるのは、ことしの一月から三月までがどうだったか。実は、グレーは問題ないんですけれども、緑色はちょっとまずいことがあった、でもこれは全然問題ないのはグリーンです。だんだんこれが白、黄色、赤となるに従ってリスクが高いよということをホームページに公開してございまして、今どのような感じになっているかというのがわかるということになってございます。
 例えば、このファーリーという原子力発電所では、昨年の第四・四半期、十月から十二月ですけれども、そこが白ということで、緊急時対応計画に若干のミスがあったということがこれでわかるということになります。
 さて、このようにNRCの規制を見てまいりましたが、福島の反省をしなくてはいけません。私も、原子力学会の事故調査委員会等に加わりながら、いろいろな事故の原因を考えてまいりました。事業者、それから直接的な要因等もあるわけですけれども、残念ながら規制も非常に反省しなくちゃいけないんじゃないかということがこの六ページに書いてございます。
 その具体的な内容というのが七ページに書いてございまして、原子力安全規制が今回失敗したからということも一つ大きな教訓であろうというふうに思っています。これは、一言で申し上げますと、原子力安全を目的とせず、法律遵守、法律は原子力安全のためにつくられているわけですけれども、その法律の文言にのみこだわって、本質的な安全、発電所の総合的リスクを余り見ていなかったというところが一番大きな反省点であろうというふうに思っています。
 ここで総合的リスクというのを八ページに書いてございますが、原子力発電所というのは非常に危ない物質を扱ってございます。このため、いろいろなシステム、十万個を超すようなシステムが組み合わさって一つの原子力発電所の安全を担保しているわけですけれども、それらに対していろいろな対策を現在行っております。
 ところが、対策というのは、その真ん中に書いてございますけれども、対策をすると、その対象とした、ターゲットに対するリスクは下げられるんですけれども、そのほかのリスクというのを必ず高める部分がある。オールマイティーな対策はないということが実は重要なことです。
 「例えば、」に書いてあるんですけれども、同時多発テロの後にアメリカで、皆さん、飛行機は危ないということで、移動するときに飛行機をやめて自動車に変更しました。このことによって、飛行機事故によって亡くなるリスクというのは下がったんですけれども、飛行機より自動車の方が事故を起こす確率は大きいので、結果的に交通事故による死亡者はアメリカはナイン・イレブンの後ふえたという事実がございます。これは、飛行機に乗らないという対策が結果として死亡者をふやしたという観点になります。総合的な視点から見ると、この対策がよかったかということになると、必ずしもよかったという判断はできないんじゃないかということであります。
 つまり、今原子力発電所で規制委員会が中心になってさまざまな対策がなされていますが、この対策は、多かれ少なかれ、今回の飛行機と自動車の関係のように、別のところにいろいろなリスクがふえているということに注意しなくてはいけない。特に、既設プラントは現状でかなり安全な状態にありますので、そこをさらに安全にしようとすると、別の部分にリスクが導入される可能性が非常に高いということであります。
 ですので、総合的なリスクを判定しなくてはいけないんですけれども、残念ながら、今規制委員会がやっている審査は、これもこの教訓と相入れないんですけれども、自分たちのつくった法律に合っているかどうかということのみを審査してございまして、法律に合っていれば、総合的リスクが若干上がったとしても、一部のリスクが下がっていればそれでいいというような考え方になっているように見える。そこが非常に危ないというふうに思っています。
 総合的に見るためには、先ほどアメリカのNRCであったように、七つ、非常に幅広いコーナーストーン、視点という意味ですけれども、幅広い視点から発電所のリスクを捉えていくという形の規制を行わないと、結果として危ない発電所がつくられていってしまう。そこが一番、私が本日、言いたかったところでございます。
 規制というのはどうあるべきかというのを九ページに書いてございますけれども、ここには、原子力基本法第二条第二項に、国会の方で改正いただいた中に「安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、」という一文を入れていただいておりますけれども、例えばNRCとかIAEAとか、そういうような確立された基準を踏まえて、総合的な安全、総合的なリスクを下げる、そういうための規制を行っていくということが必要であると思います。
 そのほか、コミュニケーションをとらない。残念ながら、今、ほとんどコミュニケーションが、少しとれているようですけれども、非常に危ない状況にある。それから、JNESが一緒になって若干能力はふえたとは考えておりますけれども、残念ながら、まだまだ現場を知らない、六本木にずっといて現場を余り知らないという形で、リスクの総合的な視点が見えない人材がかなりいるというところが、非常に危機感を持っている次第であります。
 規制というのは、先ほど申し上げましたように、例えばアメリカのNRCのように、総合的な視野から、幅広い視野から発電所の安全を考えていく、一部分だけではなく総合的な視野から考えていくということが必要なわけですが、そういう判断ができるためには、どうしても人材育成ということが重要になってまいります。私は、東京大学で原子力を教えているということもありまして、規制側だけではなくて、原子力を扱う事業者も含めてしっかり、人材育成が重要だというふうに理解してございますけれども、特に規制側については若干懸念を持っております。
 最終的に必要な人材というのは、そこにありますように、総合的な原子力のリスクを俯瞰できる経験、それらをベースに判断ができる人材。特に、安全文化ということを書きましたけれども、規制としての安全第一の姿勢を貫く、そういったような人材。特にその人材は、リスクをよく理解して現場をよく知っている、発電所の現場が一番重要ですので、机の上でいろいろ議論するよりは、現場をちゃんと知っている人材というのが重要であるというふうに考えております。
 次の十一ページ、十二ページは、若干時間がありませんので簡単に言いますけれども、例えば、その中でも博士号を持ったようなマネジャークラスの人材、それだけではなくて、中堅の原子炉主任技術者クラス。特に、この中堅の方々は現場をよく知っているということが重要かなというふうに考えておりまして、その中でも原子炉主任技術者の資格は、原子炉を知っているだけではなくて、その他、原子炉のあり方も含めて、材料から、非常に幅広い工学的知識を持っているという方々ですので、この方々をしっかりと養成していくことが重要だろうというふうに思っています。
 最後でございます。規制は、先ほど申し上げましたように、全体的なリスクを低減していく、局所最適化じゃなくて、全リスクを低減していくということができる人材が必要で、そのためには、残念ながら、現状では必ずしも十分であると思っておりませんで、長期的な視野でしっかりと人材を育成していくということが重要であろうというふうに考えている次第であります。
 以上で私の意見陳述を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。拍手
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森英介#3
○森委員長 ありがとうございました。
 次に、佐藤参考人にお願いいたします。
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佐藤榮佐久#4
○佐藤参考人 佐藤でございます。
 たまたま、こちらに出る前に一枚の写真を見まして、これは、事故後一年半後に富岡町で撮影した猟友会の方の写真でございまして、まさにこのイノシシは、県内の人は皆御存じのように、阿武隈川から西には行かなかったんですが、今や中通り、そして会津にも行っております。生態系が本当に壊されている。単に原発の放射能が飛んだだけの問題ではなくて、そういう大きな問題であるということを、この写真を、ありましたので、御紹介しておきます。イノブタですね、イノシシと豚の。
 この順に沿ってお話しいたします。
 自己紹介も兼ねて、私は、チェルノブイリ事故の前の年に、自民党の青年部の皆さんをお連れして、県会議員の皆さんですが、船田団長だと思いますが、この写真のように、スウェーデンの核シェルターを拝見した経験がございます。その次、一年たたないうちに、チェルノブイリの事故が一九八六年四月二十六日に起こりました。そして、その数カ月後、中曽根総理の随行で北欧と東欧に行ってまいりました。この写真は、八七年の東ドイツ、ホーネッカー議長さんとの握手の写真です。
 このとき、外務省筋からだと思いますが、国会議員同士でしゃべっていることは全部あっちに通じるから注意するように、ホテルの部屋からうちに電話するのは全部盗聴されていますという話がありました。私は、ソ連崩壊前の、ファシズム、民主主義の国でないからこういう事故が起きたとそのとき思って、帰ってきておりました。残念ながら、その事故が日本で起きたわけでございます。
 次に、悲しいポスターが皆さんのお手元にあると思います。何とか四十年以上原子炉をたかないでくれと、四十年目に三月二十六日に入るわけです。ですから、もうやめてくれということでずっとお願いしておりましたが、二月七日に経産省はオーケーを出しました。五十年に向かってのオーケーを出しました。そして三月十一日の事故であり、三月二十六日、私はいわきでやれと、やれというのはおかしいですが、やろうよと言いましたが、いわきの方の電話で、主催者の電話で、とてもやれるような、どんな小さな、こういう集会場でさえ、少なくとも集まれるような状況ではないという返事がありました。
 残念ながら、二月七日にどういうチェックをしたのかわかりませんが、五十年目に向けてのオーケーを出したんですね。ですから、今東大の先生からいろいろお話がありましたけれども、非常に重要な問題提起がありましたけれども、そんな問題じゃなくて、日本の役所も含めた体質の問題がこの事故を起こしていると私は思います。
 次に、欧州地方自治体会議に、ちょうど二十周年目のとき、私が知事をやめる年で、やめるというのは、行くときはやめる気持ちもなかったんですが、残念ながら、九月の二十八日ですかね、辞職するつもりもないで県庁に行きましたら、帰りには辞職会見をして帰ってきたことがございます。
 その年の二カ月前に、欧州の自治体会議というところに出席して、日本の地方自治について講演をしてきたのがこのパンフレットですが、私の講演の後に、チェルノブイリ二十周年の原則をスラヴィティチというチェルノブイリの仮の町でつくりました。その原則を、我々地方自治体も、ロシアからも来ておりましたけれども、欧州全部の地方自治体で原則を確認しようということで確認したのが、お手元にある五つの原則でございます。
 その一つ目が、原子力の問題というのは国が完全にコントロールして、責任もあり、全てあれするんだよということであります。残念ながら、今の原子力の事故の後も、私は、誰が責任を持っているのか、電力会社が責任を持っているとしか思えないような状況で進んでおります。この問題等については後でまた話題になると思いますが。
 また、この二条ですか、一番の関係者は誰か。一番の関係者は、国でも原子力会社でも誰でもなくて、住民そのものが、その周りにいる人が一番の関係者だよということであります。それは、この事故が起きておわかりのように、本当に一番苦労しているのは原発の周りの皆さんであることはおわかりのとおりであります。
 それから次に、そういういろいろな状況の中で、私は、エネルギー政策というのはどうなっているのかということで、お手元のこういうパンフレットをつくるために、日本の学会も含め、総力を集めて、一年ぐらいかけてこのパンフレットをつくりました。表紙だけにしようと思ったんですが、これはぜひ皆さんに読んでいただきたいと思って、本物もきょう持ってまいりました。
 このペーパーを見まして、経産省の若手の四人が、見てやめたかどうかわかりませんが、見て、次のテーマにあります、週刊朝日に十九兆円の無駄遣いという記事が出ました。このまま原発政策を進めていく、「もんじゅ」を進めていく、サイクルを進めていくということになると大変なことになるよと。「「上質な怪文書」が訴える「核燃中止」」というのが、この年に週刊朝日の記事になりました。「第二の道路公団、年金になる。霞が関から噴き出す危機感」という文章で、後でわかりましたのは、四人がパージになったということでございます。
 それが去年、次のページの週刊ポストというのに出まして、はっきりと、彼らがパージになって、そういう問題提起をしたのは、上質な怪文書、役人が書いたから「上質な」になったんでしょうが、怪文書を書いたのは、原発というのは、サイクルなんというのが不可能などうしようもないものだということを、我々のこの黄色い冊子を読んで通産の若手の官僚の皆さんは考えた。
 それは、私がやめてからですが、県議会報告があるんですが、その報告でも、そのとき来た通産省の担当の課長は、どこに捨てるんだ、使用済み燃料をどうするんだということに関して、それは東電と原燃が相談して決めることだよというようなことをおっしゃっていたわけでございますので、そういう意味では、本当に、誰がどう考えてどうするのかということがめちゃくちゃな状況の中で今進んでいるということです。
 もう時間も余りありませんので最後の部分ですが、「席がらがら 陳謝」という新聞のペーパーを挟んでおきました。事故の次の年の三月二十五日の朝日新聞であります。
 原子力委員会を郡山で開催して、私もわからないで、私がやめる前ですが、二〇〇四年の十二月二十二日に、余りにいいかげんな原子力委員会なので、乗り込んでいって問題提起をしました。そうしたら、三十分間私に時間をくれるというので問題提起をしましたが。その委員長さんがまだやっていまして、そして、郡山で原子力委員会をやる、避難民が何千人もい、そして市民も何十万人もいる福島県で、福島県の人口は少なくなったとはいえ二百万近くいるわけですから。これが委員会をやったときの状況です。私でさえわからないように委員会をやっている。私の秘書が四時前後に来まして、四時まで委員会をやっているんだけれども、知事がいないのでと。昔の福島の秘書が来たので、どこでやっているんだと。郡山でやっているんだという話でございました。
 これはもう入り切れないで大変だな、意見ももちろん言えないなと思って行ったんですが、行ってみたら、前の席は三列ぐらいあったんです、前の真ん中の席、十人、二十人もいないです。あと、ぱらぱらです。
 福島県で、郡山で避難民がどれだけ苦労して、原子力委員会にどれだけ問題提起をしたいかというのにもかかわらず、残念ながら、そんなことをやっている委員会であり、私のときの委員長であり、たまたま委員が三人来ていて、司会者が一人だったんですが、私が挙手したら、時間ですからやめてくださいという話になりました。しかし、私の顔を見て委員長は驚いて、いや、しゃべらせろというので、しゃべりましたけれども。
 いわゆる日本の劣化はここまで進んでいるんですね。これは国会議員の皆さんにお願いしなきゃならないので、本質的な問題をもう少し、本当にぶつかっていって直していかない限り、形だけ直していくなんということでは、日本はどうしようもない状況にこれからも行ってしまうだろうというふうに思います。
 その後ろにあるペーパーは、事故の後、避難せざるを得なくなった二つの村の写真を、「かえる」というのが書いてありますね。この二つのペーパーは、合併をしろしろということで、福島県は、合併する、しないは自由だよということで進めてまいりました。多分、合併したところは、将来消滅都市に大体なっていくだろうところでございますが、福島県は十五の村が残っております。
 合併した村は、この左の絵でありまして、四、五人しか四月二日の仕事始めにいませんで、私まで立ってくれと言われました。合併しなかった川内という村は、同じ阿武隈の同じ場所にあるんですが、合併しなかった村は、ちゃんとこのとき帰って、線量も大体同じぐらいの村に帰って、四月二日に戻って、にぎやかな村が戻りました。
 以上、取りとめのない話でございました。ありがとうございました。拍手
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森英介#5
○森委員長 ありがとうございました。
 次に、桜井参考人にお願いいたします。
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桜井勝延#6
○桜井参考人 福島県の南相馬市長の桜井勝延でございます。
 衆議院議員の皆さんには、私のような者をこの現場に呼んでいただきましたこと、心から感謝申し上げます。
 私の方からは、原発の立地自治体でないにもかかわらず福島県南相馬市で起こっている現状について、御報告申し上げたいと思います。
 それは、野田政権時代に、二十三年の十二月の十六日に、原発が収束したというお話がありましたが、そのとき、私は、南相馬市で建てられなかった、相馬市の仮設住宅におりました。仮設に避難させられている住民の懇談の中におりました。そのとき言われた言葉が、野田政権は収束したと言っている一方で、我々は棄民なのか、市長はどう考えるんだという言葉でした。
 私は、捨てられたというようなことに対して、発言する何物も持っておりませんでしたけれども、現在もなお、残念ながら、五千六百人を超える南相馬市民が仮設に今住まわされておりますし、南相馬市民、当時、原発事故以前に七万一千五百人いた、その人間があの大震災で、福島県全域の中で一番広い面積、四十一平方キロメートル流出しました。
 皆さん御承知かと思いますけれども、平成二十二年の二月二十八日、チリ地震津波で東日本一帯に警戒警報が発令されました。そのときに、私は就任した直後で、避難指示を出しましたけれども、そのときの津波は四十五センチでした。その一年後に南相馬市を襲った地震は、二十一メーターでした。御承知のとおり、東北電力原町火力発電所一号機、二号機、百万キロずつですけれども、両方とも破壊されました。
 このようなことが自然の中では起こるし、福島第一原発事故もこのようなことを想定していたと当時言われておりました。四十メーターの津波が来ても大丈夫なんだということを、立地したときに言っていたそうです。けれども、残念ながら、そのリスク管理はできていなかった。
 南相馬市民は、津波で六百三十六人が亡くなりました。まだ百十一人が遺体も上がっておりません。その一方で、原発事故によって、七万一千五百人のうち一万人を割り込むまで、あの市から一時的には避難をしました。結果として、残っていたのは、野良犬化した飼い犬とカラスだけでした。
 物が入らなくなる。三十キロ設定しただけで全く物資が入らなくなって、三十キロ線に警察が立っている。どうして我々が、食料を求めるのに、県が支援してくれたおにぎりを五十キロ離れた川俣町までとりに来いと言われなければいけないのか。どのような放射線量があるかわからないさなかに、我々が郡山までガソリンのタンクローリーをとりに行かなければならないのか。続いて、宇都宮までとりに来いと言われて、とりに行っておりました。このようなことが起こるんです、実際に。
 結果として、病院から避難させられた入院患者、特老から避難させられた入所患者そのものは、残念ながら、多く亡くなりました。災害関連死は、今、南相馬市民が被災三県の中で多分一番多いと思います、四百五十七名になりました。原発事故の直接死以上にふえていく可能性が出てきております。
 これも、先ほど申し上げましたように、仮設住宅に住まわされている人たちの気持ちを考えれば、先が見えない、希望がなくなっている現状の中で、自分自身を失ってしまっている。それは、とりもなおさず、原発事故によって家族が全国各地にばらばらにされて、若い世代から高齢者まで、多い家族によっては、九人世帯で六カ所に離れて住んでいる。避難によっては、多い世帯では十回も避難させられている。
 こういう現実の中で、生活の再建は本当にできるのかということになれば、今、さまざまな国の施策のもとで、損害賠償等の手当てもされてきております。残念ながら、それで生活再建全体ができているのかということが一番問題です。
 御承知のとおり、今、二十キロ圏内は直轄地域ですよ。直轄地域でなぜ除染が進まないのか。災害瓦れきの処理がなぜ進まないのか。
 我々としてやるべきことは、直轄地域であっても、市の道路、下水道、上水道、整備しました。でも、残念ながら、医療が復活できません。市単費で医療機関の再開をしました。店舗が再開しておりません。ここにどうして戻れるでしょうか。
 常磐線、線路が復旧されるかどうか、いまだかつてわかりません。安倍総理大臣のもとで、おかげさまで、常磐自動車道が来年のゴールデンウイーク前までに全線開通という、我々にとって喜ばしいニュースが飛び込んでまいりました。けれども、残念ながら、国道六号はまだ自由通過交通できておりません。
 どうして我々の生活を守ることを最優先しないのか。生活が守られなければ、生活再建できません。
 今、私は、東京に出てくるのに、必ず福島まで出て、福島から新幹線で来なければなりません。L特急が走っていた原ノ町から上野まで来られたのが、全く来られない状況です。このようなことがいつまで続くのか。
 我々特別職の者にとっては、まだいいですよ。一般市民がこのようなことを強いられているということは、我々にかけられる言葉は、憲法は我々を見捨てたのか、最低限の文化的な生活を営む権利さえ奪われているというふうに、我々は今でも言われています。
 南相馬市は、最低、頑張っていて、あの二十キロ圏内にかかった地域に今、五千、二十キロ圏外に五万五千人弱、正確に言うと五万二千人住んでおります。一方で、同じ人口を抱えていた双葉郡八町村は、七万六千人のうち、まだ五千人も住んでいないと思います。
 これは、残念ながら、政府がリスク管理できていなかったこと。今も、その結果として、役場ごと避難してしまった結果、住民が求心力を失っているわけです。
 南相馬市は、残念ながら、避難指示が出たにもかかわらず文書も来なかったので、私の独断で、住民は避難させても役所をとどめました。結果として、役所は、住民からすれば大変な非難ごうごうの中で、住民の生活を守ろうとして、役所職員は大変な疲弊をしましたけれども、幸い、今は五万人を超えるまで回復しています。
 その中での最大の問題は、皆さんも御承知かと思いますけれども、若い世代が戻らない。南相馬市からもう既に転出してしまっている四十歳以下の人口は七千六百人おります。これは、飯舘村六千人の全村避難どころではありません。
 今、南相馬市にとって一番大切な復興に向かうときに、働く人がいない。それは、とりもなおさず、原発事故によって、健康不安を抱える母親たち、そして若い親たちが、子供を戻せない。だから、今現場では、皆さんも御承知かと思いますけれども、吉野家の牛丼に象徴されるように、我々のところはすき家がございます、今、時給幾らだと思いますか。夜の時給は千五百円ですよ。それでも人が集まらない。これが実態です。
 ですので、今、東京電力にもお願いしてきましたけれども、二十キロ圏内のセキュリティーを消防団が守れないような状況になっているときに、東京電力にも一緒になってセキュリティー管理をしてほしい、我々は、お金だけを要求するのではなくて、人が当たり前に住む環境と、人が命を守れる環境を保障してほしいんだということを申し上げています。
 国会議員の皆さんはそれぞれの地域の代表ですので、地域の皆さんの命と暮らしを預かっていると思います。それを国全体で考えていると思います。ですから、あえて皆様方にお願いしたいのは、国民の健康、本当に命を守ろうとするのであれば、エネルギーも基本的に大切です。なければなりません。けれども、その前に、命を守るということをしっかりしていかないと、加えて、暮らしを、安全を担保していかないと、住民は見捨てられたというふうな思いになってしまいます。
 ですから、地域で、日本全国で原発を抱えている自治体は苦しんでいます。皆さんも御承知だと思いますけれども、函館市長が私のところに来て、訴訟したいということをお話しされました。私は、訴訟は大変だということを申し上げましたけれども、決断したようです。
 このように、住民を抱える首長は、住民の本当の命の安全性、暮らしの担保というのはどういうふうにするのかということを考えて行動しているわけで、これは自民党だとか共産党だとか公明党だとか政党だけの問題ではなくて、全てその地域に暮らす人が、当たり前に安心して暮らせることを担保してほしいということを望んでいるんだろうと思います。
 私は、今回の福島原発事故を機に、この国が新しいエネルギーに挑戦する、ヨーロッパのように新しいエネルギー革命を起こすんだというところにシフトしていってほしいと思います。その結果が、現場でいろいろなエネルギー、電力に参加する人たちがふえてきますし、農業者も、風評被害で食えない農業者が農地に太陽光パネルを張ったり風力発電を設置したりすることが、どれほど今まで考えていなかったような産業に自分たちが踏み出せるんだという勇気づけと希望を与えるかということをぜひ認識していただいて、この国が本当に変わってほしいし、世界の先導役として皆さんが提示してほしいと心から願っています。
 きょうは本当にありがとうございました。拍手
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森英介#7
○森委員長 ありがとうございました。
 次に、松浦参考人にお願いいたします。
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松浦正浩#8
○松浦参考人 本日は、貴重な機会を賜りましてまことにありがとうございます。東京大学公共政策大学院で特任准教授というものをしております松浦と申します。
 まず初めに、私は、原子力規制そのものについての専門家ではないこと、また福島の現実についてお話しさせていただくような立場ではないということをお断りさせてください。
 何で話をするかということなんですけれども、これまで合意形成という単語をテーマにアメリカなり東京大学で学術の研究と実践にかかわってまいりましたので、その分野の専門家として、原子力規制に関連して、御参考にしていただけそうなことをかいつまんでお話しさせていただければと思います。
 一応お手元にスライドがあると思いますが、印刷してきたものもあるんですけれども、まず第一に、合意形成という単語について定義させていただければというふうに思います。
 皆さん、合意形成という単語は、政治のいろいろな場面でお聞きになったこと、お使いになったことがある単語かと思いますけれども、その定義というのは人によってまちまちだと思いますし、またそのことが実は混乱を招く要因ではないかというふうに思います。
 合意形成というものはコミュニケーションとか説得ではないということを、まず確認させてください。
 むしろ、合意形成というのは、異なる意見とか志向、自分と異なる意見を持った人たちと共存していくための手段やプロセスというものです。ですから、合意形成は、異なる意見とか志向を持った人たちの存在をまず認めてあげるところ、そこから、否定しないところから始まるというのが大前提としてあります。
 そのような自分と異なる人たちと、互恵関係、ウイン・ウインみたいな言葉もありますけれども、そういったような関係を通じて、自分と相手の双方に利益が生じるような取引を見つけることというのが合意形成であります。
 また、状況によっては、取引ではなくて、誰もが共有する価値観とかモラルみたいなものを言葉として具体化するという作業も、一種の合意形成だということが考えられています。
 では、原子力規制に特に関連する問題として、科学的情報と合意形成というもののかかわりについてお話しさせてください。
 利害関係者とか一般国民のような人たちが何らかの政治課題について議論しているという状況を想像してみてください。そこに専門家とか科学者のような方々がどのようなかかわりを持つことができるでしょうか。
 よくあることなんですけれども、残念ながら、人々が対立していると、その陣営をサポートするための科学者とか専門家グループができてしまう。そしてまた、それに対立する陣営をサポートするための科学者や専門家グループというものができてしまう。それが顕在化するような状況のことを弁護科学というふうな言い方を私はしております。
 こうなってしまうと、それぞれ対立する陣営は、個人の思いを語るのではなくて、結局、専門家グループの方をそれぞれ指さして、自分の方は正しい、相手の専門家グループを間違っているといった批判をお互いに繰り返すという事態になってしまいます。このこと自体が絶対的に悪いとまでは言えませんけれども、もし合意形成を本気で目指すのであれば、このような形での専門家の関与というのは、残念ながら混乱を増長するだけだというふうに考えられます。
 実は、合意形成を目指す場合に、科学的情報がかかわってくると非常に多くの障壁が存在するということを、ピーター・アドラーさんという方がまとめています。ここにいっぱい載っているんですけれども、一つ一つ説明できませんが、要は、科学的情報が出てきた場合に、十分考えておかないと議論は簡単に混乱するということを申し上げたいというふうに思います。
 そこで、科学的情報を必要とする合意形成について、私は共同事実確認というふうな訳し方をしていますが、英語でジョイント・ファクトファインディングという呼び方があります。そのような枠組みを導入すべきだということが、八〇年代からアメリカの環境政策とか環境論争の文脈の中で言われるようになってきています。
 具体的には、情報の利用者の側、つまり皆さんのような議員の方々、意思決定をなさる方々、政府、関係者、国民全体などになりますけれども、そちらの側がもっと責任と自主性を持って科学的情報を扱うという立場が必要じゃないかということです。
 第一に、情報の利用者が個別に専門家に接触して弁護科学に陥るのではなく、情報の利用者の集団として専門家集団に一元的に情報を請求するというのが望ましいというふうに思います。
 また、どのような情報を要求するのかについても、原則として、情報の利用者の側で決める。つまり、専門家の方がこれが大事な情報ですよというものを与えてきたときに、そのまま素直に受け取らないということですね。自分で考えて必要な情報を取得するという姿勢が一番大事になってくるということです。
 また、第三に、分析結果には必ずや仮定とか不確実性というものが含まれます。そのときに、どのような仮定を置いた分析なのか、あるいは、どの程度の不確実性があるのかということを、情報の利用者の側、つまり皆さんがきちんと聞いてそれを理解するということが必要だというふうに考えます。
 最後に、判断というものは情報の利用者が行うべきだというふうに考えます。つまり、専門家というのは情報提供の役割に徹しまして、安全か危険かといったゼロ、一の判断については情報の利用者が責任を持つということですね。不確実性があるという以上は、そのリスクを受け入れるのか受け入れないのかというのは、専門家が判断することではなく皆さんが判断すること、ひいては国民が決めることなのではないかというふうに私はいつも主張をしております。
 このようなことを実際に行う場合に二つの形がありまして、ちょっとテクニカルな話ですけれども、先ほどのように、政治的な協議の場を設けた上で、専門家集団に対して科学的な専門知というものを一元的に請求するという、事実確認取りまとめ型というものがあります。あるいは、対立の規模が非常に大きくなって、もう協議すること自体がなかなか難しいけれども、現在の原子力の問題は近いかもしれませんが、弁護科学のような様相を呈している状況では、それぞれの陣営の専門家を連れてきて、安全とか危険とかいうことを言っている先生が、どういう仮定を置いて安全と言っているのか、あるいはどういう仮定を置いて危険と言っているのかということを公の場で確認する、みんなで確認するという、背景情報確認型という作業も可能ではないかと思います。
 ちょっと抽象的な話が続いてしまいましたので、原子力の文脈で幾つか事例がございますので御紹介したいというふうに思います。
 まず第一に、事実確認取りまとめ型というふうに呼べると思うんですが、二〇〇七年に、アメリカにおいて、原子力共同事実確認、ニュークリアパワー・ジョイント・ファクトファインディングという取り組みが行われました。これはアメリカのNGOが主催で行ったんですが、NGOというとどうも色がついているように思われるかもしれませんが、このNGOは、賛成、反対のような政治スタンスは絶対にとらないで、とにかく合意形成を支援するんだということのみをミッションとしているキーストーンセンターという団体があります。そこが、連邦政府の上院議員の人たちから、こういうことをやった方がいいんじゃないかという働きかけを受けて実施した事例です。
 実際、二十七名のいろいろな意見を持った参加者の人たちが、十六名の専門家から情報提供を受けながら政策提言をまとめたという事例です。
 この事例ですけれども、参加者の中に、現在、アメリカのNRC、原子力規制委員会委員長のアリソン・マクファーレンさんも実は入っていました。私が実際数年前に主催した研究会でも、このマクファーレンさんに来日していただいて、この事例についてお話しいただいたということもあります。
 具体的な結果ですけれども、この議論の結果、原子力の発電コストというものは、キロワットアワー当たり八から十一セントだろうということで、推進派のような人たちから懸念を持つ人たちまで、ある程度意見の集約が図れたという事例です。ほかにも幾つか論点があります。
 これは、福島第一の事故の前の、しかもアメリカの話ですので、この八から十一なんて数字は全く参考にはならないとは思いますし、現在の日本で、このようにみんなが対話することというのは不可能かもしれません。ただ、賛成、反対の人たちが、みんなで納得できるような科学的な情報というのを、前提とか不確実性まで含めて整理して、それをもとに政策とか規制というものを合意形成でつくっていくということは、現実はともかくとして、理想の形というふうに言えるかもしれません。もちろん、これは原子力でできるかどうかはまた別の話です。
 次に、実際に私が日本でやらせていただいた事例ですけれども、原子炉というよりは高レベル放射性廃棄物の地層処分に関する問題です。
 実際に何をしたかといいますと、NUMOの方、事業者の方と懸念を持たれている研究者の方、それぞれお一人お呼びして対話を実施したという事例です。
 このときも、賛否を問うということではなくて、むしろ、地層処分の安全性について考えるときに、どのような視点が我々に必要なのかということ、そして、どのようなことを事実として現状、確認できそうかということを、二時間半ですけれども、対話で実施した事例です。
 この議論の結論については、お二人に御相談させていただきながら作成したまとめの文章というものがございまして、そこはホームページに載っておりますのでごらんいただきたいんですけれども、当時の法制度の中で、安全にかかわる判断基準というものがどのように設定されてきたのか、あるいはまだ設定されていなかったのかといった点、あるいは安全評価の際のシナリオ設定、特に火山現象のような相対的には確率が非常に小さい現象を評価することというのが技術的に可能なのかどうかといったような点について、実はある程度意見の収れんが見られたのではないかというふうに、個人的には思っております。
 もちろん、政治的なその後の判断について、そしてまた、ほかの技術的な要素についても、議論が分かれる部分は多々あったかもしれません。ただ、ピュアに技術的な議論だけしてみると、あるいは事実関係の特定だけしてみると、実はこのような人たちの間でも共通認識が全く存在しないわけではない、全て共通認識があるとまでは言いませんけれども、しないわけではないという事実こそが、多分、これから先の未来を考える上で重要なことなんじゃないかなというふうに思います。
 最後にですけれども、原子力規制についてということで少し絞って、これは私見になりますが、述べさせていただければというふうに思います。
 まず、今、一番の皆さんの懸念事項かと思われますけれども、新規制基準適合性審査という件ですね。
 まず、先ほど申し上げました共同事実確認の思想を前提とするんだったら、意思決定とか判断みたいなものを専門家の先生に委ねるべきではないということです。つまり、専門家は、新基準へ適合していますよ、していませんよといったようなことまでは情報を提示していただけるとは思いますけれども、そこに限定すべきだということです。
 また、審査を通じて許可、認可が出たということが今後あるかもしれませんけれども、それをもって社会的合意が得られたというふうな言い方をするのは、ちょっと言い過ぎだというふうに私は考えます。
 もちろん、法制度のもとで許可や認可が出ているという事実は変わらないでしょうけれども、現実問題として、その後自治体の同意が必要だったりしますし、結局、合意という言い方をするのは言い過ぎなんじゃないかという点について御注意いただきたいというのがもう一つの点。
 そして、科学以外の視点というものがどこで介入する余地があるのかというのが、私、実は気になっているところです。
 例えば、適合性審査というのは、科学的な調査分析、活断層がある、ないとかそういったような話だとは思うんですけれども、そもそも、倫理として、甚大な被害をもたらす可能性がたとえわずかでもある技術というものを社会として導入するのかどうか。あるいは、高レベル放射性廃棄物のように超長期の将来世代にわたってリスクを負わせることというのが倫理的に認められることなのかどうかといった問題について、議論する場が今ないんじゃないかというふうに思っております。そういった点がどこで考慮されるのかという点が気になっております。
 そして、最後に、適合性審査において、不確実性のもとでの判断はどのように行われるのかという点が気がかりであります。
 例えば、何かの危険性についてある程度の幅があったときに、真ん中くらいのところをもって安全か危険かというふうに判断するのか、それとも安全寄りのところを見て安全か危険かというふうに判断するのかといったようなこと。あるいは、そもそも危険かどうかということを定量的に評価できない事象というものは世の中にたくさんあると思うんですが、そういったような事柄はどういう形で判断されるのだろうかということです。
 そこの点につきまして、共同事実確認という考え方に基づけば、専門家の人に任せるのではなくて、むしろ科学的情報の利用者、つまり皆さん、政治家の皆様であったり、政権の皆さんであったり、あるいは国民一人一人かもしれません、その人たち一人一人が判断すべきことだと思います。ここの判断まで専門家に委ねてしまってブラックボックス化するというのは、極めて社会として望ましいことではないというふうに考えております。
 これが本当に最後のポイントなんですけれども、規制だけでなくて、原子力の合意形成全般について、これは利害調整なのか、あるいはモラルの問題なのかという疑問を実は持っております。
 つまり、利害調整だけということであれば、いわゆる条件闘争みたいなものですので、補償の条件をどれぐらいまで上げるのかとか、安全性のレベルをどのくらいのところで設定するのかといったちょうちょうはっしの交渉で合意形成が実は可能なのかもしれません。
 しかし、もしモラルの問題、つまり、今、桜井市長がおっしゃいましたけれども、福島の事故という経験を踏まえた上で、社会として原子力を利用すべきか、あるいはすべきでないのか。あと、先ほど申しましたけれども、廃棄物を将来世代に回すことが倫理的に認められるのか、認められないのかといった、べき論の論争が今回の原子力の経緯に含まれているのであれば、実は、合意形成などそう簡単に実現するものではないというふうに思っております。
 私自身、原子力利用の問題は、利害調整だけではなくて、モラルの問題もはらんでいるんじゃないか、だから、そう簡単に解決しないんじゃないかというふうに考えております。逆に、そういったようなモラルの論争があるんだよということを認めることによって、たとえ合意には至らなくても、現在何か閉塞感のようなものを感じているわけですが、それを乗り越えることができるんじゃないかというふうに感じております。
 以上です。どの程度お役に立てるかどうか大変不安ではございますけれども、一般的な合意形成の話をさせていただきました。原子力以外の分野でも、例えば皆さん地元で道路建設とかいろいろな合意形成上の課題があるかと思いますので、そういったところまで含めて御参考にしていただければ、大変ありがたく存じます。
 きょうは、御清聴どうもありがとうございました。拍手
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森英介#9
○森委員長 ありがとうございました。
 以上で参考人の意見の開陳は終わりました。
    —————————————
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森英介#10
○森委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。吉野正芳君。
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吉野正芳#11
○吉野委員 おはようございます。
 自民党の衆議院議員の吉野正芳でございます。
 参考人の皆様、本当に貴重な御意見、ありがとうございます。
 私も原子力大好き人間でございました。ですから、きょうよりはあしたよくなってほしい、あしたよりはあさってよくなってほしいということで、党内での議論でも文句ばかりを言ってきた一人であります。
 特に、原子力の保安院、これが経産大臣のもとに保安院とエネ庁と、親分は経産大臣ですから、ある意味で身内であります。この保安院を分離独立してくれということで、十年前、一期生のときから、私と梶山弘志君がずっと言っていたんですけれども、十年かかりました。自民党の原子力ルネサンスという、提言書の中に保安院を分離独立することを検討するという一行を入れるのに十年以上かかったんですね。その文章が入ってから三・一一のあの原子力事故が起きてしまいました。
 本当に私は政治家として、もし保安院の分離独立がなされていればあの事故は防げたというふうに、事故をいろいろ分析してみると、そのような思いでいっぱいであります。ですから、本当に今、じくじたる思いで原子力規制委員会等々も実務者としてつくらせていただいた経緯を御報告申し上げたいと思います。
 佐藤参考人にお尋ねしたいと思います。
 知事は、本当に私、尊敬して、すばらしい知事だな、私も政治家として榮佐久知事のようになりたいなということを思っております。というのは、所得を上げる、これも政治家の仕事です。道路網をたくさんつくる、下水道を整備する、これも政治家の仕事ですけれども、いわゆる出生率、安心して子供が産める、こういう環境をつくっていくというのが私にとっての大きな政治家としての目標であります。
 その中で、榮佐久知事のときに日本一になったんです、出生率。私は、やったと思いました。本当に、所得も東京と比べれば少ないけれども、総合的に、福島県で赤ちゃんを産むことができる、そういう環境づくりができたということで、まさに榮佐久知事の本当に大勝利である、こう思っているところであります。
 そして、私の県会議員時代に、知事はこんなことをおっしゃいました。日本の原子力政策を俺が変えていくんだ、そういうことで原子力政策に取り組んでいったわけですけれども、私も、保安院の分離独立を言って、悪いところに気づいていました。知事も気づいていたんです。でも、今度の事故を惹起して、佐藤参考人としての思い、どういう思いでこの事故を見ているか、お尋ねしたいと思います。
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佐藤榮佐久#12
○佐藤参考人 県議会議員時代から一緒に、特に環境問題に関しては非常に熱心に珍しくそのころ取り組んでいた先生でございました。一緒に行動しておりましたが、残念ながら、今回のような状況になっております。
 皆さんのお手元の、黄色い表紙と一緒についている年表に、このペーパーのところに年表がついていると思います。この〇一・一・一という、二〇〇一年一月一日ですね、このときに何が起きたか。監視するものを経産省はなくしてしまったんですね。
 お忘れかもしれませんが、原子力安全委員会、原子力委員会というのが科学技術庁の中にあったはずでございます。原子力安全委員会が多分チェックをしていたはずなんですね。ところが、二〇〇一年に省庁再編で、それは、例えば大蔵省が財務省と、チェックするところとチェックされるところを分けたのかどうか、財務省と二つに分けましたよね。経産省はこれを一緒にしちゃったんですね。なら、誰がチェックするんですか。
 安全委員会の委員長あるいは原子力委員会の委員長さんなどが、安全委員会の方は二週間後、正確な数字はわかりませんが、少なくとも十日か二週間たってテレビに出て、あんなことをやったら、守るためには天文学的数字がかかるんだと。天文学的数字がかかるなら原子力なんかやっちゃだめですよ。それを安全委員長がそういうことを人ごとみたいに言っていました。
 それは、省庁再編をして総理府かどこかに行っちゃったんですね。実際にチェックする機関ではなくなっちゃったんですよ。誰がチェックしていたか。二〇〇一年に保安院というのをつくって、保安院がチェックするようになったんです。それはどこの省庁ですか。経産省の中の一組織がチェックするようになったので、チェックなんかできますか、これは。
 私は、よく講演なんかで言うんですが、この半分は警察官です、この半分は泥棒です、泥棒が偉くなると警察官の課長になるんですよ、警察官が偉くなると泥棒の課長になるんですよ、そういう組織にしたと。
 この事故の後、東京出身の与謝野先生が、私はそんなことをやらなくていいのではないか、一緒にする必要がないのではないかということを言ったんだということを、ちゃんと、共同通信配信で、多分、シリーズの中で彼の写真入りで出ています。そういうことを二〇〇一年一月一日に国はやってしまいました。
 そして、やったのはいいんですが、このペーパー、私のところに、県庁にこういうのが来ました。エネ庁でこういうペーパーをまきますと。二万二千百五十戸、双葉郡内の全戸ですよ。全部流浪の民になっていますよ、今。二万二千百五十戸に、こういうペーパーをよこして、全戸にこのパンフレットをまいたんですよ。
 このパンフレットに何が書いてあるか。新しい保安院というのができましたので、もう間違いなく安全で、例えば、みんなの質問に対しての赤い字のところを読みますと、おっしゃるとおり、原子力は安全確保が大前提です、国ではジェー・シー・オー事故を教訓として原子力の安全確保を強化しました、原子力事故を踏まえ、原子力災害対策特別措置法を制定するなど、原子力防災対策の強化を図りました。
 そして、最後の、皆さんのお手元にある一番下の、多分保安院の職員だと思います。ここをちょっと、読みにくいので読んでみますね。色違いで書いてある字があります。「原子力の安全対策については、常に緊張感をもって慎重の上にも慎重を重ねて臨みます。」と書いてありますね。重という字を、字の色を変えて書いているんですよ。
 どういう意味か。もう原子力の関係者だったらわかるように、原子力は多重防護で、地震が来ようと津波が来ようとテロが起きようと、何が起きようと絶対安全ですと二万二千百五十戸の方に言ったんですが、今、この方々がどういう思いでいるか。これは全国の皆さん、国会議員の皆さんにぜひわかっていただきたい。ここまでやっていたんですから、私は信用しないですね、経産省の今やっている皆さんの動きというもの、あるいは国がやっている部分。
 そして、今これだけの苦労の中で、これはきょうのテーマではありませんが、ほかの国に輸出して、万が一事故のとき、今現場のあの一生懸命守っている、本当は国が前面に出て守らなきゃならないんですが、多分電力会社、そしてその下請の皆さんがやっているんです。その方々は、技術者は、福島県もそうですよ、除染で、うちの周りもうろうろ、うろうろと言うと語弊がありますが、関西の方の大手の方が来て、うちも十日ぐらいかけて除染しましたよ。
 原発に作業者が行きますか。百トンの高レベル放射能排水が、ねじを間違ったからなんて、毎日毎日。こういうことを、電力会社がまさに問題を起こしているなと思うんじゃなくて、国がやはり前面に出て。もう作業者はいないですよ。万が一のことがあったら、社員というか、ソフトも含めて社員はいませんと彼らは言っていますから。
 という状況を理解して、中途半端にこの問題、福島県の限定の問題なんて考えないで、文化、文明、先ほど話しました倫理の問題として、ドイツがすぐ倫理の委員会で決めましたけれども、今決めなかったらやはり良識が疑われると私は思います。
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吉野正芳#13
○吉野委員 桜井参考人に伺います。
 こういう場で、特に国会議員の皆様方の前で現場の声、実情を話されたことは本当に意義のあることだと思います。もう三年たって、後ろを振り向けば私も涙がいっぱい流れます。でも、十回のうち一回、後ろを振り向いて、九回は前を向いて歩こう、こう心に決めております。
 そして、市長もメンバーである、赤羽副大臣がイニシアチブをとっているイノベーション・コースト構想というのが、浜通りの産業づくりといいますか暮らしづくりといいますか、ここに大きなインパクトがある、そういう構想だと私は思っております。
 南相馬市として、この構想にどういう形で取り組んでいくのかお聞かせ願いたいと思います。ちょっと、時間もないので短目にお願いします。
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桜井勝延#14
○桜井参考人 おかげさまで、赤羽副大臣のもとで、私もメンバーに入れさせていただいております。
 南相馬市としては、先ほども申し上げましたけれども、人口減少がこれだけ厳しくなっている一方で、高学歴の人とか、これから科学技術を求める人たちが浜通りに本当に働く場があるのか、また、あの原発事故があったからこそ再生できるというようなものが浜通りにあるのかというと、残念ながら今のところは廃炉作業に追われている現状ですし、その中で、イノベーション・コースト構想というのは夢を与えていくことになるんだろうと思っております。
 ですので、南相馬市としても、そのフィールドをロボット産業協議会というような形で、地元の金属機械加工をするメンバーたちに、二十三年の段階でもう既にそういうものを立ち上げて準備してまいりました。それが、経産省の赤羽副大臣のもとでああいう構想を出していただいたので、我々も全面的に、浜通りの復興ということについて支援も準備もしてまいりたいというふうに考えてございます。
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吉野正芳#15
○吉野委員 ありがとうございます。
 大きな夢でありますけれども、その夢を現実のものにしていくというのが私たちの仕事だと思います。
 松浦参考人にちょっとお尋ねしたいんですけれども、今、うちの方で困っていることは、若者夫婦で、旦那がいわきで働いている、奥さんと子供が県外に避難している、いわゆる夫婦別れ一歩手前くらいまでいっているんです。松浦先生が今おっしゃった合意形成のあの手法で、若いお母さん方の理解を深めるように、何か工夫すればできないかなとお話を聞いていて思ったんですけれども、ちょっとその点についてお尋ねしたいと思います。
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松浦正浩#16
○松浦参考人 以前、南相馬の方も伺ったことがあって、職員の方もお子さんと御家族は実は遠いところに住んでいてみたいなお話を伺って、非常に心が痛むものがあるわけです。
 そのときに、実際どういうふうなリスクがあるのかといったようなコミュニケーションは国の方がいろいろやられているんだと思います。ただ、今、佐藤元知事がおっしゃいましたけれども、結局、信用していないというふうに思われてしまっては、コミュニケーションの活動というのは全て掛けるゼロになってしまいますので、まずは、お母さん方の信頼を取り戻すというための本質的なところからやっていかないと、水をかけるだけなんだというふうに私は思います。ですから、そのための行動を見直すということ。
 あと、まさに、家族が別れて暮らすというのは、私自身がもしその立場になったら、とてもじゃないですけれども許せないことですから、それはまさにモラルの問題だというふうに思います。
 ですので、そういったような側面からもこの点を議論しないと、単に、これはリスクが低いから安全ですというようなことを言っても何にも解決しないと私は思います。
 済みません、具体的な答えじゃなくて。
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吉野正芳#17
○吉野委員 時間が来ましたので、これで終わりますけれども、本当に貴重な御意見をありがとうございました。
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森英介#18
○森委員長 次に、生方幸夫君。
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生方幸夫#19
○生方委員 民主党の生方でございます。
 きょうは、貴重な御意見を聞かせていただきまして、大変ありがとうございました。
 私も、発災直後、二週間ぐらいたって南相馬に参りまして、あそこにもう人が住めないんじゃないかなというふうに思いましたら、今、かなりの方が戻ってきているということで、まずは、市長の御苦労、大変なことだったというふうに思います。
 ただ、先ほどのお話にもあったように、市民に希望が持てないというのは、本当に帰った方も大変な思いをしているんじゃないかという気がいたします。現実にまだ福島第一原発の事故は収束をしていないわけで、廃炉が終わるまでは不安というのがずっと残るわけですよね。その中で生活をしていかなければいけないというのは大変なことだというふうに思います。
 先ほど市長が指摘しましたように、再生エネルギーを含めた新しいエネルギーの基地にしていけば、そこが若い人が戻ってこられるんじゃないかという希望の芽であるというお話をされましたが、残念ながら、除染の問題も含めてまだまだ不安がたくさんあると思うんですよね。若い人が戻ってきてくれないというのは本当に心配の種でしょうけれども、もし私が若いころで子供が小さかったら、本当に戻るかといったら、やはり子供のことを考えると、今の状況で幾ら安全だというふうに言っても、このレベルなら安全だというふうに言ってもなかなか戻れないというふうに思うんですよね。
 どうしたらいいかということになると、なかなかどうしたらいいというふうにならないと思うんですけれども、今、市長として、国がこうしてくれればもうちょっとよくなるという思いが多分あると思うので、何をどうするというのが一番の市長の望みであるかということをお聞かせいただきたいと思います。
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桜井勝延#20
○桜井参考人 ありがとうございます。
 我々現場を預かる者として、佐藤元知事もお話しされておりましたけれども、国が前面に出てこそ現場は安心感が持てます。
 残念ながら、医療スタッフ確保、幼保の無料化、介護の無料研修制度、全部市の単費でやっています。それは、先ほど大島先生がいらっしゃいましたけれども、加速化本部として頑張っている、でも、我々は要望してからでないとなかなかそれが実現できないし、その間に希望を失う方々がいらっしゃるわけです。
 ですので、我々、できることは、まず、やり続ける、やっていくということなんですけれども、最低限の権限と財源は現場に与えてほしい、それが全てだと思います。
 昨日も全国市長会でいろいろな会合がありましたけれども、決議もありましたけれども、森会長以下お話しされていたのは、地方に権限を移すことが必要で、それは国と一体的に、お互いにやっていきましょう、残念ながら中間管理職としての都道府県は余り役に立っていないんじゃないかというようなことも含めて議論になりました。
 まさに災害が起こったとき、特に原発事故が起こったような現実の中においては、国の皆さんが現場を支えてくれるというくらいの安心感があれば我々としてはありがたいですし、現実的に言えば、本当に被災地が一番おくれてしまうんです、例えば再生可能エネルギーを導入するにしても。被災地の復興ができていないときに全国一律の政策をやられたら、被災していないところが一番優先的に利益をこうむるんですよ。一番被災地がおくれていくんです。
 これは、被災地だからこそ特例をつけるとか、期間を延長するとか、復興してから何年までであるとかいうことが地方に安心感を持って伝われば、地方は本当に頑張ると思います。今、残念ながら、どこの自治体も、二十七年でもしかしたら財源が切れていくんじゃないか、そんなことを心配しつつ全力で取り組んでいるんです。
 ですので、地方に本当に安心感を与えるように、国が、特に被災しているところについては、財源も権限も最低限与えてほしいと思います。
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生方幸夫#21
○生方委員 大変貴重な御意見で、私もそのとおりだというふうに思います。
 松浦参考人にお伺いしたいんですが、私、この間、原発をトルコに輸出をするという案件がございまして、反対をして党から処分を受けたんですが、何で反対したのかというと、自分が責任を持てないことはやはりやってはいけないんじゃないかと。特に原子力の問題は、我々人間が生きている期間はこんなに短いのに、使用済み核燃料の問題から廃炉の問題からまで含めると、とんでもない年月がかかってしまう。それに全然責任を持てないのに、自分がそれを勧めるということはできないんじゃないか。
 まさに、原発に頼らない生き方、これは私の思想、信条の問題だ、思想、信条は自由じゃないか、それに基づいて行動したことに対して、まあ、これは党の処分に対して、処分するのはおかしいんじゃないの、憲法でも思想、信条の自由は認められているんだから、生き方の問題なんだと。
 先ほどの指摘の中に、科学的知見以外にモラルの問題が非常に重要じゃないかと。今重視されているのは経済性とか科学的な知見とかが重視されているのであって、本当に重要なのはやはりモラル、これから先もそういう不安定な危険なものに頼っていいのか、いけないのかというところが多分一番重要なポイントじゃないかというふうに思うんですけれども、では、そのモラルの点というのをどういうふうに議論して合意形成がなされるのかというので、ヒントでもあったらお伺いさせていただきたいと思うんですが。
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松浦正浩#22
○松浦参考人 党議拘束でいろいろ大変だったということだと思います。
 私、一つ、合意形成という考えで一番懸念しているところが、やはり、対話とかいろいろな形で物事が進んでいるんですけれども、そこに経済合理性という原理が知らないうちにそれ以外のものを排除するような形で進んできているといったようなところは、実は、私だけじゃなくて、世界じゅうの政治哲学を研究されている方は議論をしているところであります。
 つまり、合理性に基づかないことはこういったような場で議論しちゃいけないのかといったような批判が出てきております。その対応として、最近、モラルに関する議論というものをどうするかということで、デリバラティブデモクラシーというふうな英語で言うんですけれども、日本語で討議民主主義とか熟議民主主義という言い方をするんですが、それはどういうことかというと、つまり、産業界の代表とか反原発とか、そういったような形で集まってしまうと、それぞれの背負ったものがあって、その間でどうやって利害調整するかという形の交渉になってしまう。
 そうじゃなくて、例えば国会という場が実はそうかもしれないんですけれども、皆さん、あくまで一人の人間として守るべきものとか、人間としてあるべきものということを、背後に抱えているものを考えずに素直に議論することが一番大事じゃないかということが言われていて、最近見たもので、例えば昔のドイツのワイマール憲法には、国会議員というものは、あくまで全国民の代表であって、利害関係を代表するような発言はしてはならないといったようなことまで書いてあったそうです。日本はそこまで制限はないとは思うんですけれども、例えば国会のような場がそのような形で機能していただくことは私は理想の一つではあると思います。
 また、先ほど申し上げましたような熟議民主主義の実践ということで、御存じかもしれませんが、これは前政権になってしまうんですが、エネルギー・環境会議というところが国民を無作為抽出で集めて、エネルギー政策について議論したような事例もありますし、そういったような実践をしていくことで、経済合理性以外の側面からの議論というのができるんじゃないかというふうに思います。
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生方幸夫#23
○生方委員 これは本当に非常に難しい問題で、最後は誰かが政治的な決断をしなければいけないということになるんでしょうけれども、今の状況を考えれば、私も以前は、原子力発電というのはCO2を出さないし、事故も起きたことがないから、もうちょっとふえてもいいんじゃないかなというふうに思っていたんですけれども、三・一一以降は、やはりこれは私の認識が甘かったんだということで、これからは原子力に頼ることはできないだろうというふうに私自身は思っております。
 岡本参考人にお伺いしたいんですが、専門家を育てていくことが重要だという御指摘なんですが、まさに原子炉を動かしていく専門家を育てていくことはこれまで重要でありましたでしょうけれども、これから先は廃炉あるいは使用済み核燃料をどういうふうに処理していくのかということが大事な問題になってくると思うんですけれども、そっちの方の人材育成というのはちゃんと進んでいるのかどうか、専門家の立場からお伺いさせていただきたいと思います。
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岡本孝司#24
○岡本参考人 ただいま御質問いただきましたが、私どもは、昔から、使用済み核燃料のあり方、それから高レベル廃棄物のあり方、それについては人材育成を含めて研究、教育を継続してやってきてございます。そういう意味では、特に人材育成というのは、原子力を進める場合でも、やめる場合でも、どのような場合でも必ず必要になってまいります。
 既に我々は三十年以上にわたって原子力の恩恵を受けてきているわけで、そのような中で、どういうふうにリスクを最適化していくか。原子力をやるリスク、これは非常に福島で顕在化された、これは私も非常に思いますし、原子力をやめるリスク、これは、単純に経済的なものだけではなくて、世界的な国際関係とか、そういうものも含めてさまざまな問題があろうと思っています。
 そういうような中で、総合的な判断ができるような人材を教育していくということについては、私どもは非常に前向きにやってございますし、これについては、特に廃炉とか使用済み核燃料とか、そういうことだけにこだわらずに、全体の中で原子力のあり方を考えられるような人材をしっかり育てていきたいというふうに思っております。
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生方幸夫#25
○生方委員 次に、佐藤参考人にお伺いしたいんです。
 きょうのお話の中でも、住民が一番の関係者であるということをお話ししていただきました。二〇一二年の三月に開かれた原子力委員会での、先ほどお話しになったところで、国民が原子力政策の決定に参加できる仕組みが必要だということをお訴えなさっておりますが、具体的にはどういう仕組みがあれば国民が原子力政策の決定に参加できるというふうにお考えになっているんでしょうか。
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佐藤榮佐久#26
○佐藤参考人 その前に、今まで出たお話の中で、原子力ができたころ、ロベルト・ユンクという方が、原子力が、原発ができると、まさに民主主義の国家でなくなる。当たり前で、一人悪い者が出ていきますと、完全に福島県のような状況をつくれるわけですね。ですから、監視社会にならざるを得ない、一人一人を、個人を、監視すると言うと語弊がありますが、民主主義の社会から外れていくということをおっしゃっておりました。
 そういう意味では、私は、先ほどの質問の中でありましたように、これから原子力学科に入る人なんていなくなるんじゃないか、今までは夢の学問だったかもしれないが、これからは、廃炉で四十年も頑張らなきゃならないときに、本当に出てくるのかなと心配をしております。そうでないことを祈るわけです。
 ということを今お話をお聞きして思ったわけです。質問は何でしたか、私に対して。
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生方幸夫#27
○生方委員 国民が原子力政策の決定に参加できる仕組みが必要だというふうに御発言なさっておりますが、具体的にはどういう仕組みがあれば大丈夫だというふうにお考えか。
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佐藤榮佐久#28
○佐藤参考人 私は、そういう仕組みというよりも、仕組みは幾らでもできますが、さっき委員会の写真を見せましたけれども、できるだけ参加させないように、新聞社は全部来ているんですよ、テレビは。来ていて、多分、一社でも出したら、このぐらいの広さのところですから、あそこは満杯になるところなんですが、実際はコントロールしていたんだと思うんです。私さえ知らない。郡山でですから。
 というような意味では、大体この世界そのものが、原子力を一つ持つことによって大変な監視社会になるという言葉があるように、あと、国民の議論の中でコンセンサス会議のようなものをつくってどうこうということは、日本では私は不可能だと思っております。
 以上です。
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生方幸夫#29
○生方委員 時間が参りましたので、これで終わります。
 きょうは、ありがとうございました。
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