野中廣務の発言 (国の統治機構に関する調査会)
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○参考人(野中廣務君) 野中でございます。
今日は、少々声を痛めておりますのでお聞き苦しいところがあろうと思いますが、あしからず御了承をいただきたいと存じます。
議院内閣制について、大変重要な問題につき意見を求められたのでございますが、誠に光栄に存ずるとともに、皆さんの参議院としてのお立場に、こういう視点に目を付けられたことに深い敬意を表する次第であります。
さて、私、野中廣務は、二十五歳で町議会議員、三十三歳で町長、四十一歳で京都府の議会議員、五十三歳で京都府の副知事を経由いたしまして、昭和五十八年、衆議院議員に当選をさせていただき、与党・自由民主党の幹事長、内閣では自治大臣・国家公安委員長、内閣官房長官、沖縄開発庁長官に就任をさせていただきました。これら地方自治の三十三年間、国会議員としての二十年間に参画した経験を踏まえまして、今日的問題点を中心に私の率直な意見を申し上げたいと存じますので、何とぞ御了承いただきたいと存じます。
何分、浅学非才な私でありますし、また、既に政界を引退して十年を経過するわけでございますから、委員各位の御参考に供することは少ないと存じますし、むしろ不満や不愉快なこともあろうと存じますが、あらかじめ御了承いただきたいと存じます。
御承知のように、日本国憲法は、立法権と行政権をそれぞれ国会と内閣が担当することを前提に、内閣は国会の信任に依拠して形成され、維持されることになっております。また同時に、内閣は、衆議院による内閣不信任案の可決又は信任案の否決には解散をもって応え、それ以外にも解散を行うことができるものとしております。それが我が国の議院内閣制の基本であると存ずるわけでございまして、今日では世界のモデルとも言われておると聞いております。
しかし、ここ数年間、政治の実態を眺めておりますと、憲法が規定し、期待するものと相当に異なったことが平然として行われているように申し上げざるを得ないと存ずるのであります。具体的な指摘をいたしますと「議院内閣制における内閣の在り方」というテーマについての意見となりますので、そのように御理解をいただきたいと存じます。
まず、民主党に政権交代したのが平成二十一年でございましたが、二人目の総理でありました菅直人さんは就任のときに、議会政治は時間を限定した独裁政治と同じという発言をなさいました。このとき、私は我が国の議院内閣制に危惧を持つことになりました。と申しますのは、議院内閣制というのは、内閣は議会の信任に根拠を置いて存在しております。一方に、内閣は、議会の解散権、日本では衆議院でありますが、これを持つことによって議会と内閣との間に連携と均衡の関係を保つことで政治が行われるわけでございます。議会政治は時間を限定した独裁政治と同じという思想ですと、議会で多数を得て信任された内閣は、任期中、国会を無視して政治を行えるという極論を得ることにもなろうと思います。
内閣が議会の信任を得た多数、すなわち与党の政策を実現することは当然のことですし、しかし、多数決で信任されたといって、与党だけの内閣ではありません。議会が信任した内閣であります。そこで、大切なことは、与党の政策を実現するにしても、少数派の、すなわち野党の意見を表明させる機会を与えることは議会制民主主義の鉄則であります。さらに、必要とあれば、野党の意見を取り入れることも議会政治には期待されるところであります。
私は、第一次小渕内閣時代に内閣官房長官を平成十年の七月から平成十一年の十月までやらせていただきましたが、この間、参議院が与野党逆転で大変な苦労をしたことを今思い起こしておる次第であります。時の今は亡き小渕恵三総理の政治信条は、自民党から選ばれた内閣という意識は全くなく、国会から信任された内閣だから、野党側の意見を徹底的に聞き、妥協できるところは妥協するという姿勢で臨んでこられました。もちろん、総理の信念の下に、私も独裁政治のようなことができるといった発想は持ったこともなく、反対されても議院内閣制は与野党の国政を運営することが基本だという思いで政治に関わってまいりました。
若干私が体験した例を申し上げますと、まず、あの深刻な金融不安のときに金融法案をめぐっていろいろと徹夜の議会が続きましたが、最後に、金融再生法につきましては、私が総理の了解を得て民主党の案を丸のみしたという経過がございます。また、平成十一年の自民党と自由党との連立の際に、議員立法でありましたが、自由党が要求した国会審議活性化法を成立させた。これは、党首討論、さらに、政府委員制度の廃止、副大臣、政務官制度の創設等を内容とするものでございまして、官僚側からは強い抵抗もありましたが、国会審議に官僚が関わる機会を少なくし、国会議員の審議の参加を多くする改革でありまして、議院内閣制を活性化する狙いであったと存ずるわけでございます。
ただ、今振り返ってみて、最近の各委員会、本会議等の答弁等を聞いておりますと、やはり政府委員制度の廃止というのはいささか議会の運営の上に私どもは反省をしなければならないところがあったんではなかろうかと、このように考えることがございます。
約三年三か月続いた民主党政権において、議院内閣制の運用を見ますと、実態の面でいろいろな変化がございました。それは、国会論議が、裁判所の論争のような特定の意図を持って政府側を攻撃することは、ルールの範囲で審議権の行使です。これに対応する内閣側は、私たちの時代と違って、野党の主張を一旦包み込んで野党を説得的に反論するという方法でなくなってまいりました。最初から野党の主張は誤りであるという対応で内閣が行うという場面が多く見かけられたと存じます。
この結果、予算委員会の質疑などは民事裁判の法廷闘争のような雰囲気になり、著しく国民に不信感を抱かせてしまったという感じを持っております。これでは、議院内閣制の持つ国会と内閣の連携と均衡の機能を失わしめるものでございます。
原因は、野党の質問が形骸化したこと、そして、内閣の答弁が理屈だけで野党に勝とうという、いわゆる論点をかみ合わせることがなく、意見の違いから共通なことを合意していくという議会政治の本旨が失われてきたと存ずるのであります。
その一方で、民主党政権は、総選挙で国民との公約を無視したという表現を、まあ失礼ですが、与えても仕方がない、社会保障の充実をさせるという名目で、自民党、公明党等を含めて消費税の増税を決定いたしました。その後、政権交代があったとはいえ、政党間で合意されたことはほとんど無視されて、現状は社会保障制度の充実どころか劣化させた、消費税の増税だけが先行させるという結果になるのではないかと今危惧をしておるところでございます。国民の政治不信の一因となっていくことを大変私は心配をいたしております。
平成二十四年の暮れに、自民・公明連立政権に交代をいたしてからの内閣の在り方について申し上げておきたいと存じます。
民主党政権の時代に比べて、両院で与党が圧倒的に多数となり、野党側が少数で、なおかつ結束がされずに、与党との協力関係を結ぼうとする野党が存在する状況で、我が国の議会、議院内閣制の微妙な変化が始まってきたというように感ずるのであります。それは、与党と内閣の関係希薄化と申せます。内閣、それも首相から突然に発信する重要政策などが与党で十分論議されていないという問題であります。これは、政党政治の在り方に問題となりますし、首相のブレーンが重要政策をまとめ、メディアを利用して正当性を国民にPRし、与党や国会での議論を形骸化するという傾向が現れてきておると思うのであります。
特に、外交・安全保障問題や経済政策などについて、偏った立場のブレーンを集め、公的あるいは私的諮問機関で首相の主導される政策の事実上の確定を行っておるのではないかと考えるときが多うございます。時には内閣の内部調整も不十分となる傾向が出てきておると感じます。
議院内閣制という統治形態であっても、政策の内容を実質的に決めるのは諮問機関であり、ブレーン諮問内閣制です。そして、与党での議論と国会での野党の議論が形骸化していけば、議会制民主政治は機能不全となります。野党の状況もあり、今日相当な危険な状態、事態になっておると言えるのではないかと心配をしております。
次に、内閣の総合調整と国会との関係について申し上げます。
内閣の役割については、憲法七十三条に一般行政事務のほか七つにわたる事務を規定しておりますが、そのトップに「法律を誠実に執行し、国務を総理すること。」との規定がございます。法律を誠実に執行するということについては、国会が制定した法律が誠実に執行されているかどうかを国会が監視するので、それに応えなければなりません。国務を総理することとは分かりにくい言葉でありますが、私は、国政の在り方が適切な方向を向いているかどうか、総合的に常に調整していかなければならないという意味だと考えております。
国会との関係で申しますと、内閣として、現存している法律を誠実に執行していくだけでなく、いかなる法律が必要であるか、そのためのどのような目的、性格、内容の法律を国会で制定してもらうか、そのための方途について関係機関の総合的調整が必要となると存じます。
内閣の総合的機能の内容を難しく言えば、総合管理機能と総合企画機能の二つに分けられると思うのでございます。御承知のように、国政といえば一般日常的な行政事務だけではございません。戦争、紛争、災害、事故、事件、そして政治的、経済的混乱、その他もろもろの問題を処理し、国民の安全な生活を保障するというのが内閣、行政権の役割でありまして、その行使について国会に対して連帯して責任を持つというのが内閣であろうと存じております。
こういう憲法の要請に昨今の議院内閣制はどう応えているのか、これまで申し上げたことを繰り返しはしませんが、私は極めて不安に感じておるのが現状でございます。
次に、内閣の持つ衆議院解散権について若干述べておきたいと思います。
議院内閣制という国会の関係で最も重要な問題は、内閣が衆議院の解散権を持っておるということであります。この内閣の持つ解散権を内閣総理大臣の専権事項として政治家もマスコミも有識者も当然の憲法上の権利のように理解しておるのは、これはとんでもない私は誤りだと存じております。
憲法七条は、天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事について行為を行うとして、第三項に「衆議院を解散すること。」と規定しております。解散権が内閣総理大臣の専権とはどこにも規定しておりませんが、内閣の助言と承認というのが原則でございますので、内閣に権限があるということを改めて認識をしていただきたいと思うのであります。
なぜ内閣総理大臣の専権事項と言われるような状態になったのか。それは、内閣を構成する国務大臣の任命権と罷免権を総理大臣が持っておるということから解釈されていくと、今日まで定着したのではないかと思うのであります。内閣総理大臣の解散の意思に反対する国務大臣を罷免して賛成する国務大臣に入替えをして解散権を行使するか、罷免した大臣を内閣総理大臣が兼任するという方法も考えられて、それによって解散権を行使できるから専権事項だという理論もございます。しかし、これは解散をめぐる政治的利用という事実行為に影響されるもので、これをもって専権事項というのは言えないのではないかと思うのであります。
終戦直後の混乱期に作られた慣行を専権事項という言葉で内閣総理大臣の個人的な権限に解釈することは、正しい憲法運用とは言えないと思うのであります。憲法上の権限は、合議制である内閣に解散権があるということは明確であります。事実問題にして、内閣の閣議で議論して、多数の反対論者を罷免して内閣総理大臣で継続して、この内閣の権限として他のこういう内閣の反対する閣僚を罷免して新しい大臣を選んだり、また、総理大臣がこれを兼務してやるようなことが正しいとしたら、そのときには新しい政治的な動きが出てくると思うのでございます。
問題は、解散権は内閣総理大臣の絶対的専権事項だとほとんどの政治家が思い込み、信じ切っておることでございます。そのことが解散権を濫用させる原因となり、議院内閣制の適切な機能の障害になっておると思うのでございます。解散は内閣の閣議で議論し、内閣総理大臣の総合的判断ということ、事実行為の中で行使されることになっておると思うのであります。
最後に、議院内閣制の在り方について、先人の教えを参考のために申し上げておきます。
昭和五十三年の十二月に第一次大平内閣が成立いたしました。大平正芳首相は多くの有権者に、議院内閣制における統治能力とはいかなるものであるかという意見を求められたと聞いております。いろんな有識者の意見を大平首相はおまとめになって、議院内閣制での適切な統治能力とは戦略的自己抑止能力である、戦略的な自己抑止能力であると、このように位置付けられたということを聞いております。この意味をどのように考えるかは議員各位の御判断にお任せするといたしまして、粗雑でありましたが、私の考えを申し述べさせていただきました。
失礼をいたしました。