山下栄一の発言 (国の統治機構に関する調査会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○参考人(山下栄一君) 皆さん、こんにちは。山下でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 国権の最高機関でございます参議院の国の統治機構に関する調査会に参考人としてお招きいただきまして、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
 私は、二〇〇八年、平成二十年九月より約一年間、百七十国会から百七十二国会に当たっておりましたけれども、参議院行政監視委員会の委員長として尊い使命をいただきました。今も本当にこのことを感謝しております。初めに、その貴重な体験を述べさせていただきたいと思います。
 本日のテーマは、先ほど会長からもございましたように、議院内閣制下での参議院の果たすべき役割と、これに少しでもお役に立てればと思っております。
 行政監視委員会の運営、この現実は、もう張り切って委員長に就任させていただいたんですけれども、なかなかうまくいかなくて、非常に厳しいものでございました。委員会開催に向けまして懸命に私努力いたしましたけれども、理事懇の開催ができないと、こういう状況がございました。質疑はおろか視察も駄目と、こういう状態が続いておったわけでございます。そんな状況下で、その背景はねじれ国会における与野党対立の特殊事情、これがあったわけでございますけど、機能不全に陥ってしまっておりました。その突破口をどうするかということでいろいろ考えまして、それが視察であったわけでございます。
 視察のペーパー、「視察の意義」というペーパーを作りまして、理事会でそれを確認いたしまして、理事会の了承の上で委員全員に配付させていただきました。(資料映写)それがお手元にもございますけれども、ちょっと前、見えづらいですけど、お手元にあるのと一緒ですけど、この「行政監視委員会「視察の意義」」と、こういうペーパーを作りまして、理事会で了承いただいて全員に配付したと、こういうことであったわけでございます。
 もうやりきれない状況の中で知恵を出したのが委員長視察、委員長が視察すると。委員会の視察がなかなかうまくいかないので、委員長が視察するということでございました。非常手段であったわけでございます。
 ただ、委員長視察というのは、委員会運営の下準備として非常に大義があると。前例もないことはないんですけど、でも少ないし、また苦肉の策、非常手段であったけれども、常時継続的監視としての行政監視委員会の使命を果たすことにつながると、このように自分で確信して、精力的に委員長視察に力を注ぎました。この手応えが驚くべきものでありまして、やってよかったなと私は思いましたんですけど。
 お手元の配付資料の視察先一覧、これを見ていただきたいと思いますけど、ここにもいろいろありますねんけど、今日、ちょっと代表的というか、私が非常に、三十数か所行って特に激しく印象に残ったところを一つだけ。それは、この資料一覧の、これ二ページにわたっておりますけど、一番下の十二番、東京空港事務所管制保安部と、これは、だから、委員長二年目の四月に行っているんですけどね。
 これ、何で衝撃を受けたかといいますと、羽田空港ですけど、国土交通省の現場組織ですけど、このラッシュ時、午前七時とか夕方の六時とか七時とか、この空の交通整理というのはもう大変だと。これ、管制官の、管制官というのは試験を受けて専門行政職になっているわけですけど、その交通整理が大変で、多言語、アラビア語とか英語とかフランス語だけでなく多言語に対応すると。で、ニアミスの恐怖。ラッシュですからニアミスの恐怖がもう常に付きまとうと。そんな状況を聞かさせていただきました。
 特にお話聞きながら現場の管制官とも懇談させていただいて感じたのは、具体的な事件が起きたというか、平成十三年日航九〇七便ニアミス事故、これは裁判になりまして、平成十三年のニアミスの事故で、衝撃でその乗客がけがをするということがあって業務上過失致死罪に問われたと、管制官が問われたわけです。機長もいろいろ、受ける側の機長さんも捜査対象になったので、それはまあ結果的には特に問題ないという状況になって、二人の管制官が刑事裁判の対象になったと。これが、地裁は無罪、高裁が執行猶予付きの有罪と。最高裁で有罪が確定するわけです。これ平成二十年、七年間以上掛けた。そういうことでございました。
 そのお話聞きながら、管制官個人の問題かといういろんな議論があって、国際空港組織としてはこういうのが犯罪になると大変だという見解も示したそうなんですけど、結果的には、この二人の具体的な人が執行猶予付きであったが、有罪判決受けたと。これ、空港全体のシステムに関わる問題じゃないのかと。個人の問題ですかと、これは。こういうことが問われたんですけど。
 そのときに、私、話聞いて非常に心に残ったのは、裁判官も、結果的に影響与えたかどうか分かりませんけど、地裁の裁判官は現場に行って確認しているわけですね。高裁、最高裁は現場に行っていないと。そんなことも影響与えたか分かりません。だけど、現場に行くということがいかに大事かということ。
 そして、組織上の、組織犯罪にはなりませんので、国家公務員上の問題とか、そういう問題になってくると上司が責任問われたりするんですけど、これは刑事事件で、個人二人、管制官二人のそういう罪が問われたと。こういうことが続くと、これは現場で管制官になり手がなくなるし、案の定、競争試験も希望者が減っていったという状況が当時はあったようですけど、この羽田の話は管制官の話。
 私は、この話聞きながら、もう専門行政職としての管制官の俸給表も、専門職は専門職としての大変な御苦労もあるし、もちろん特勤手当も付いていたと思いますけど、その在り方も、俸給表もきちっと見直すべきじゃないかなというようなことも考えましたし、女性管制官も育児休業を取るのがもう大変なんですと。男女もちろん平等の世界、もうこれは非常に大事なことなんですけど、現実はそういう話なんかもございました。現場に行くこと大事だなということを感じたわけです。
 あと、これ、上から六番目に国立感染症研究所というのがございます。これも物すごく大事な国立の、独立行政法人じゃない、一部独法に移行したのもありますけど、今も国立、直属の研究組織ですけどね。これが新宿区の町の真ん中にあるということは、周辺住民の理解がなかなか得られないと。P4と呼ばれる一番激しいウイルスに対応する施設もあるんですけど、これ、いまだに機能しないと、造ったんですけど。それは、住民の説得が物すごく大変だということです。感染症研究所の方々、もうこれは自分自身が感染するかどうかということも含めまして、これも専門性を持った専門職の方々の御苦労、これはもう行って初めて、私が初めて、私自身のことですけど、非常に感じました。
 あと、この中に、宮内庁も行きまして、宮内庁も実際行ってみたら、こんな開かれた組織だったのかというようなことを、いろんな情報公開、市民の皆さんに、都民の皆さんに開くための御苦労もされておりましたが、それも行って分かったことでございます。
 あと、防衛研究所も行きまして、貴重な戦前、戦中の資料もございました。
 そんなことも通しまして、現場の重要性、視察から学びましたことを何点か申し上げます。
 一つは、私は、視察ということが大事だということ。それで、行政監視委員会活動というのは、もちろん委員会開催して質疑するということも大事なんだけれども、質疑と並んで、私は質疑以上に大事なんじゃないかなと思ったのがこの視察でございました。行政監視活動というのは視察じゃないのかと、別の見方をすればというふうなことを物すごく感じました。
 それからもう一つ、二番目は、国権の最高機関としての視察というのは現場の士気を高めると、現場で働いておる方々の士気を高めるんだなということを感じました。来られると嫌だなとか煙たいなとかいう、そんな人もいらっしゃったかも分かりませんけど、これを通して、よくぞ来てくれたと、これ知ってほしかったんだと、こういう張り合いみたいなものを、国権の最高機関もちゃんと見ているよということが現場の士気にもプラスの影響を与えるなということも感じました。
 委員会の視察というのは、国政調査活動、憲法六十二条の国政調査活動そのものだと。議員個人も、今日お見えの皆さん方も現場に通われていると思うんですが、議員個人の視察と全然重みが違うなと。これ、行った先の受け止め方がこれほど違うかというぐらい。私は行政監視委員長という立場で行かせていただいた。行政監視委員長というのは常任委員会の委員長ですから、参議院の役員の中に入っておるわけですね。議長と並んで、常任委員会の委員長というのは重みがある。まして名前が行政監視と付いておると、その委員長が来るというようなことで、受け止める側は非常に重く受け止めてくれたと。行く先々でもう現場のトップの方が対応していただいたというのがそれに表れているかなと思ったんですけど、議員個人の視察のときと全然違うなと、これが国政調査活動かと。委員長個人だったんですけれども、委員会で行くとかそんなことがどれだけ重みがあるのかという、現場に与える、これは驚くべき体験でございました。ハウスの活動だということの自覚が大事だなと、党派を超えてと。山下個人ではなくて委員長視察ということで非常に現場も受け止めていただいたなということを実感いたしました。
 この視察に当たって、私が、次のテーマというか、私、強調することにつながりますけれども、国会スタッフというのが大事だなと、国会職員です。この役割、この方々が私を必死でサポートしてくれましてね、委員会ができないこともありましたけど、調査室の方々、そして委員部の方々が一生懸命支えて、この方々抜きに視察はできなかったと思います。事前の準備、打合せ、これきちっとやればやるほど受け止め方は一言一言が突き刺さるようでございましたし、終わってからの総括も大事だなということをそのときに感じました。ひたすらこれは国会のスタッフ、国会職員、この力量と質に懸かっていると。この方々の研修がいかに大事かということも、お忙しい状況だそうですけど、やっぱり研修をしっかり、心構えとかそういうことも大事だなということを思いました。
 私は、これ視察終わりまして、このペーパーの一部お配りしておりますけれども、こういう冊子に、百五十ページぐらいの冊子に、もうたまらない気持ちになって、これをやっぱり何かまとめないかぬなということでまとめたわけです。これを私、当時の参議院の議長でございました、今日お見えですけど、江田議長のところに、せっかく作ったから議長見てちょうだいと持っていったんですね。そうしたらもう高く評価していただいて、よくぞやってくれた言うて、それをもう御自分のブログにまで、今も残ってますけどね、私の写真付きで、一緒に写っているやつ、非常にそれはもう今も感謝申し上げておるわけでございます。
 それに並んで、次の柱、もう時間あんまりございません、国会スタッフの役割の見直しです。
 先ほどちょっと言いましたけれども、私が十八年間感じたのは、国会職員の、私は直接委員部の方とか調査室の方に関わるんですけれども、何かこう議員個人をサポートしているみたいなことが非常に中心になっている。ハウス、国政調査活動の一環としての委員会、それをサポートするのが国会職員であるという面が非常に自覚の面でもちょっと弱いんじゃないのかなということを感じました。議員立法も含めまして、もちろん議員立法も、会派とかいろいろ外に働きかけているんですけど、何か議員個人の、議員立法の名前も、議員というのはハウスの院じゃなくて、議員立法と言うぐらいですのでね。
 だから、やっぱり国権の最高機関の職員ということよりも、霞が関よりも何か下みたいな雰囲気が、そんなことないのかも分かりません。そんなふうな文化というか、そういう意味が、戦前の影響か分かりません、残っているのと違うのかなと。そうじゃないと、国権の最高機関のスタッフなんだと、こういう自覚と、これは、御本人たちだけじゃなくて、議員の側にもそういうふうな自覚が大事かなというふうに思いました。
 その原因の中に、私は、国会の法律に関係あるんじゃないかということで、これは私辞めてからでもちょっとだけ勉強したんだけど、国会法があると。国会法も、これもまともに私も読んでいなかったんですけど。それから、国会職員法というのがあると。こんなのもうあんまりよう知りませんでした。議院事務局法というのもあると。議院法制局法というのもあると。ここに目配りしてメスを入れて、きちっと、これでいいのかというようなこと、ここに何か問題があるからなかなか自覚できないのじゃないのかと。
 特に私が気になったのは、国会職員の方々の身分保障はどうなっているのかなと。解雇とかそういう問題出てきたときに、それで考査委員会とかあるんですけど、これは人事院はもちろん霞が関とかやるんですけど、その後の公平性を保つためにそういう仕組みが極めて貧弱だと。身分保障がしっかりできていなかったら、張り合いも仕事するに当たってなくなっていくんじゃないのかなと。この仕組みは、是非私はこの調査会で御検討をいただけたらというふうに思います。現実、法制上は、議長とか議運を支えるのは国会職員ですからね。国会職員が国会職員の解雇とかそんなのを扱うとなると、本当の公正さは保てるのかというふうなことも感じたわけでございます。
 最後に、もう時間ちょっとなくなってきたみたいですけど、この行政監視委員会のそもそもの歴史も、私、委員長になってしばらくしてちょっと感じまして、実はこれと同じような調査会から始まったと。調査会が一生懸命考えて、こういう行政監視は参議院の大事な組織だから、それを、役割を第二種の予算委員会と並ぶ第二種の委員会でつくってというふうに提言されて、それが議員立法につながって国会法を改正して、そしてできたのが、調査会からスタートしてできたのが行政監視委員会だと。その議員立法はここから、この調査会からスタートしたと。その最初の行政監視委員会ができていく調査会のメンバーだったのが、今日の武見会長もそうだったんですけど、当時の井上孝会長の下でそういうことをされて、そのときはもう霞が関の公務員の不祥事がいっぱい続いたこともあったんですけど、この行政監視委員会の方ができたと、鳴り物入りでと。十五年たつわけです。
 私は、十五年間、またそのときはちょっと、特に異常だったかも分かりませんが、十五年間のそろそろ総括を、私は、行政監視の前に国会監視を調査会でやられたら、この統治機構に関わっていく、国会監視は誰がやるんだ、国民しかおらぬということになると、内部監査的に国会職員が、国会、ハウスが国会監察みたいなことをという発想も大事なんではないかなということも、行政監視委員会が調査会から始まったということをちょっと勉強しまして思った次第でございます。
 ちょっと時間超過したようでございます。
 ありがとうございました。

発言情報

speech_id: 118614290X00320140409_003

発言者: 山下栄一

speaker_id: 16465

日付: 2014-04-09

院: 参議院

会議名: 国の統治機構に関する調査会